change   作:小麦 こな

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小さいなりの気遣い①

「……でお願いします。……うん、こちらこそよろしくお願いします」

 

失礼します、という綺麗な声が耳に届いたのを確認した後ゆっくりと電話の通話を切る。

 

朝晩はずいぶんと冷え込んできた10月の中旬。

およそ一か月後に迫ったデートに向けての宿の予約は完了した。

 

後は当日になるまでを待つだけなのだが、この一ヶ月という期間が長いようで短い。

先だと思うと時の流れが遅く感じ、カレンダーと共に迫ってくる時は早く感じる。

当日になればもっと時間は早く感じるのだろう。

 

時計は20時を指し示す。

いつもはこの時間にはモカがふらっと部屋に入ってきて今日あった出来事を面白おかしく伝えあうのだが、今日は彼女の姿が見えない。

 

モカは俺の彼女なんだし、そもそも毎日会ってベタベタしていたら長く続かない気がするから来ない事は気にしていないのだけれど。

 

本音を言うと、少し寂しい。

心に少しの隙間が出来てしまったように感じて、冷たい風がその隙間をくすぐって落ち着かない。

 

ベランダに行って、たばこでは無くて夜の澄んだ空気を吸った。

 

「あ、貴博君。ベランダにいたんだね」

「いつの間に来たんだ?階段の音も聞こえなかったぞ」

「びっくりさせようと思って、ゆ~っくり上がってきたんだよね~」

「無駄な努力、ご苦労さん」

「たばこ吸ってたの?」

「だから、たばこは辞めたって言っただろ」

 

そう、俺はモカと付き合い始めた日から数日後にたばこを辞めた。

理由なんて挙げればクソほど出てきてしまうが、強いて言うなら。

 

 

少しでも長くモカと一緒にいたいから。

たばこにかけるお金をモカの笑顔のために使いたいから。

 

 

ちょっと前の自分に聞かせたら鼻で笑い飛ばすであろう理由を持ち始めるようになった。

今の俺はそんなちょっと前の俺を鼻で笑い飛ばすだろう。

 

「そっか」

「……で?今日は何かあったのか」

「うん!面白い物を持ってきたんだ~」

「持ってきた?嫌な予感しかしねぇんだけど」

「今回は~、モカちゃんを信じて~」

 

平日の夜にも関わらず、まるでぐっすり寝た休日の朝のような表情のモカに目を細くして見つめてやった。

 

この前は「貴博君が喜ぶプレゼント」とか言って平気で国内最恐クラスのバンジージャンプのチケットを手渡してきたぐらいだから期待などしたくない。

彼女なりのジョークなのだろうから本気では怒らないが、心の奥底では期待している俺がいるという事も気づいて欲しいものだ。

 

「……貴博君、信じていないよね?」

「隠し事は無しだからあえて言うが、信じてない」

「むぅ~!ぜ~ったい後悔しちゃうからね~」

 

頬っぺたをムッと膨らませている彼女をみて、良く分からないフワフワとした罪悪感がゆっくりと満ちてきた。

今回だけは期待してやるか、と言葉にすることはしなかったがベランダからゆっくりと居間の方に戻る。

 

居間の机の上にはさっきまで無かったはずのレジ袋が置かれてあった。

そのレジ袋には何か入っているけど、今の段階では見えないがそれなりに大きな物が入っているような雰囲気を感じ取れた。

 

「……モカ、面白い物ってこれか?」

「そだよ~」

「早速出してみるか」

 

レジ袋の中に手を突っ込んだところ、触り心地は何やら本っぽい感じがした。

一度手を止めてチラッとモカの様子を伺うと、彼女はショーの開始を待ち望んでいる子供のような表情をしていたから一気に取り出した。

 

レジ袋の中から出てきた物。

それが出てきた瞬間、なぜか懐かしい香りがして、古い書物がたくさん置いてある図書館に入った時のような感覚に陥った。

 

そしてどうしてこれをモカが持っているのかが分からなかった。

こんなものはとうの昔に捨てられてしまったかと思っていたけど、まだ残っていたんだ。

 

「懐かしいな。なんでモカが持ってるんだ?」

「だから、面白い物だって言ってるでしょ?」

「面白いのはお前だけだろ」

「あたし、他人の卒アル見るの好きなんだ~」

「はぁ……良い性格してんな」

 

昔懐かしい小学校の卒業アルバムを手に持ちながら、モカの素晴らしい性格に息を零す。

カバーのようなものの中からアルバムを取り出して一番初めのページを開く。

 

最初のページは俺の卒業した小学校の名前と卒業年度が書いてあった。

そしてその周りにたくさんのクラスメイトや同級生が書いてくれた手書きのメッセージが残されていた。

 

どうやら正真正銘、俺が貰った卒業アルバムだ。弟のやつじゃない。

 

「モカ、これ誰に貰った?」

「秘密~。でも、貴博君なら大体予想ついてそうな気がする」

「俺の家族からってなったらあいつしかいないか」

 

頭の片隅で、ちょっと申し訳なそうな顔をした俺のそっくり人間が即座に浮かび上がった。

別に怒ってもないし申し訳なさそうな顔をされてもな、と苦く笑う。

 

親に捨てられたと思っていたから、見つかって安心した。

俺の大事な卒業アルバムであり、今は亡き親友との思い出と触れ合える大切なものなんだから。

 

「小学生のちっちゃい貴博君、気になるな~」

「あんまり期待しない方が良い。ただの悪ガキだから」

「この付箋が貼られている所に貴博君が写ってる?」

「あぁ?付箋?」

 

モカが指さしたところには確かにピンク色の付箋が貼り付けてあった。

付箋を付けた覚えなんて無いんだけどな、と思いながら彼女に言われた通り付箋の場所を開くと6年2組のページ、つまり俺が卒業した時のクラスの名前と写真のページだった。

 

これはモカが付箋を貼りやがったな、と目で彼女に問い詰める。

 

「本当にあたしじゃないよ?」

「じゃあ、弟か。でもなんでだ?」

「まぁ、良いじゃん~……あ、貴博君はっけーん。かわいい~」

 

モカはすぐに俺の写真を見つけて人差し指でツンツンと突く。

満面の笑みだった卒業写真の俺の顔が心なしか引きつっているように思えて写真に写る自分に優しい視線を送る。

 

 

そして俺は自然と親友であるよっちゃんの写真に釘付けになる。

とても、とても切ない気持ちが次々と湧いてきた。

 

……だめだ。あいつにあんなことを言ったくせにこんな気持ちになっていたら逆に説教を食らってしまうよな。

 

 

「ねぇねぇ、貴博君~」

「そんなに肩を揺すらなくても聞こえてるわ」

「むぅ~、面白くないなぁ」

 

それなら、と言いながらモカは崩していた座り方から正座に変えた。

その後すぐに、俺の耳元に甘い風がやってきた。

 

「貴博君の昔話、聞きたいなぁ」

 

耳元で囁くモカに、俺はまたしてもため息を零す。

付き合う前もごくまれに耳元で囁いてくる時もあったが、付き合ってからは今までとは違った感覚が身体を刺激する。

 

「耳元で言ったらこそばゆいだろ」

「だって~」

「だって、なんだよ」

「貴博君、ちょっと悲しそうな顔してたから」

 

彼女の淡々とした、だけど他人を気遣う優しさが混じった言葉がこそばゆい耳の中をすんなりと入っていく。

脱力系な見た目なクセに、こうやってしっかりと見られているのは反則だろう。

そんな彼女だから暗闇のドン底にいた俺を引っ張り出してくれたのだろう。

 

「貴博君にはいつも笑顔でいて欲しいから」

「……モカ」

「やっぱり、卒アルを持ってきたのは間違いだったかなぁ」

 

そういうモカの顔にもうっすらと暗い影が潜んでいるのが分かった。

利き手である左手の人差し指に想いを込めて、親指によって止められていたエネルギーを利用してモカの額にコツッと当てる。

 

いつものように彼女は「うにゅ」と言いながら額を手で押さえる。

俺はその額を抑えている彼女の手をどかせて、自分の左手で額を優しくなでる。

 

モカが俺にいつも笑顔でいて欲しいと思っているのと同じなわけで。

俺だってモカがいつも笑顔でいて欲しいと思っている。

 

「モカが聞きたいのなら、話してやるよ」

「……良いの?」

「感傷に浸ってしまったのは先に死んだバカが目に入ったからだ。気にするな」

「そんなこと言われたら、気にしちゃうでしょ?」

「思い出の中では生きてるから大丈夫だ」

 

そう言いながら、当時の写真ではあるが、およそ8年ぶりとなる小学校同期生と再開する。

心の中ではたくさんの感情が交差する。

 

こいつと、よく一緒に校庭で遊んだな。

この子、小学校で一番人気あったっけ。

この先生、もうハゲの進行が進んで毛が無いんじゃないか。

 

卒アルとは不思議なもので、眺めていると不思議と当時の記憶が昨日のように蘇ってきて脳内を子供のように走り回る。

 

「じゃあ~、小学一年生の頃のちっちゃい頃の貴博君!」

「悪い、流石に覚えてない。虫とって、走り回って、ゲームして。それくらいの単調な事を永遠してたな」

「それなら、六年生の時のお話は~?」

「まぁ、それくらいなら話せると思う」

 

それくらい、だとか言ってしまうと期待を持たせてしまうかもしれないけど。

案の定モカは早く聞きたいという気持ちが表情に隠しきれていないからやれやれと思う。

 

小学六年生か。

何事もなく穏やかに過ごした印象が多いけど、実は大変なこともあって。だけど思い出としては輝いている、という人生の意義を語る知ったかぶりな大人が応えそうな過去。

 

いざ人にそのことを話すとなると、なぜか心がソワソワとして恥ずかしい気持ちになる。

 

「そうだな……。冬も本格的で卒業間近に迫った二月にあった事でも話そうか?」

「聞く聞く~。なんかおもしろそーだし?」

「先に言っておくけど、面白くはないぞ」

 

周りの空間も当時に戻ったかのような錯覚に陥ったのは俺だけなのかもしれない。

あまり他人には話さなかった、八年前の記憶を頼りに黙々と話し始めた。

 

 




@komugikonana

次話は12月27日(金)の22:00に公開します。
新しくこの小説をお気に入り登録してくださった方々、ありがとうございます。
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~高評価をつけて頂いた方々をご紹介~
評価10という最高評価を付けて頂きました たわしのひ孫さん!
同じく評価10という最高評価をつけて頂きました マサムネ18さん!
同じく評価10という最高評価をつけて頂きました たかたか0205さん!
同じく評価10という最高評価をつけて頂きました Luna*さん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
これからも応援よろしくお願いします!

~次回予告~

「消しゴムを投げるなんていい度胸してるじゃねぇか。お前をケシカスみたいにチリチリにしてやるっ!」
「じゃあ、お前を練り消しにしてグニョングニョンの伸ばしてやるよ!」

傍から見ればヤンキー漫画に出てきそうな殴り合い前の言葉の応酬のように聞こえるけど、それは小さい頃からの親友の前では単なるじゃれあいの言葉に等しい。
これが俺と、よっちゃんの日常。


「最近、夜に校舎の中に入っている人物がおるようです」


そんな日常に、少しのスパイスが加わった。


では、次話までまったり待ってあげてください。

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