change   作:小麦 こな

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小さいなりの気遣い③

「最近、夜に校舎の中に入っている人物がおるようです」

 

思わず何も関係のない校長を見る目つきが鋭くなった。

それと同時に頭をフルに回転させる。

 

「特に被害などはありませんが、帰った後は家で家族のみなさんと過ごしてください」

 

被害が無いという言葉だけを耳に入れて、それ以外は聞き流す。

特に被害が無いのにどうして誰かが学校に侵入したって分かる?

被害が無いのにどうして緊急朝礼でそのことを言う?

そして気になるのは「最近」というワード。俺ら以外の誰かが、そして複数回にわたって夜の学校に侵入している?

 

「兄さん。後ろから……多分よっちゃんかな」

「お、ありがと」

 

メモ帳の切れ端のような紙が四つ折りにされて後ろから来たらしい。

よっちゃんはいつも手のひらサイズのメモ帳を持っているし、この時間に送ってくるのはあいつで間違いないだろう。

 

その紙を開く。

その紙にはこう書いてあった。

 

 

校長の話、お前はどう思う?

 

 

 

お昼になってから作戦会議という名義でよっちゃんとお弁当を食べる。

作戦会議という大層な名前がついているが自クラスのど真ん中で特に小声で、なんて遠慮も無い。

 

「タカは誰だと睨んでる?」

「俺たち」

「シャレにならないって」

 

冗談で俺達と言うとよっちゃんは苦笑いをしながらプチトマトを口に運ぶ。

あながち間違ってないんじゃない、って皮肉を込めて言う。

そんな俺はお弁当のソーセージを食べる。

 

「俺さ、ちょっと気になったんだよ」

「何が?校長が震えてていつ死ぬか不安になったか?」

「違うよ、タカ」

 

校長は、俺たちのクラスを見ながら言っていたんだ。

そんなよっちゃんの言葉を聞きながらゆっくりと咀嚼しながら頭の中に入れる。

 

よっちゃんは絵を描くのが好きだし、かなり上手い。

そして絵が上手い人間の共通点、それは一度見た景色の記憶力と着眼点。

 

「……他に気になった点はあるか?」

「これは余り自信が無いんだけど、校長が話した時にちょっとだけ瀬川さんが肩を震わせたんだ」

「瀬川が?」

 

俺は思わずクラスメイトの瀬川を見る。

瀬川というのは大人しい女の子で、悪さをするような女の子ではない印象がある。

 

ただ、いつも一人で本を読む姿はサラサラとしたロングヘアーも相まってちょっとミステリアスにも感じる。

彼女は朝礼の時は俺の丁度後ろに座っているから流石にその変化には気づけなかった。

 

「それじゃあ、あいつに直接確かめてみるか」

「どうやって確かめるつもり?」

「簡単だ。夜の学校にいる現場に鉢合わせればいい」

「いや、簡単に言うけどさ……」

 

いや、これ以上簡単に真偽を確かめる方法はないだろ。

俺は嫌らしく口をゆがめると、よっちゃんは何かを察したらしい。さすが俺と長年腐れ縁をやっている仲だ。

 

「如何にも瀬川さんがいつ来るか、分かっているような雰囲気だね」

「あぁ。100%とは言えないが大体は予想できる」

「今日とか?」

「いや、今日は絶対にない」

 

瀬川という女は大人しいし、影も決して濃い方だとは言えない。

だからこそ人一倍警戒心を持っているはずの彼女が話をした当日の夜に学校に行くわけがない。

 

なぜなら警備がいつもより厳重になっている可能性もあるからな。

 

「じゃあ、いつ?」

「よっちゃんは今朝の報道番組で天気予報を見たか?」

「うーん、寝ぼけてて良く覚えてない。けどそれ、何か関係がある?」

 

普通ならいつ彼女が学校に来るかなんて考えている時に天気なんて加味しない。

でも、今回はそうとは限らないと俺は睨んでいる。

 

さっきも言った通り、瀬川はかなり警戒心が強いはずだ。何よりもよっちゃんの証言が正しければ、校長に朝礼で侵入者がいると言った時に身体を振るわせたりしないだろう。

震わせるってことは、バレたくないって事だろ?

 

「今朝の天気予報が言うには、今日の夕方から3日かけて雨らしい」

「げっ、金曜日も雨かよー。怠いなぁ」

「その通りだ、よっちゃん」

「うん?」

 

今日は火曜日で天気予報曰く水、木、金と雨。

今日は職員何人か学校内を見回ってから帰るだろう。だけどそれが火曜日、水曜日、木曜日と続いて誰も来なかったら?

 

きっと職員は雨だし誰も来ないよね、って思うはずだ。

そして金曜日は誰だって早く帰って休日を手に入れたいと思うだろう。

 

「雨が降っていて、見回りの教員のモチベーションが下がっている金曜日にターゲットは顔を出すんじゃねぇか?」

 

木曜日の可能性はあるが「三日坊主」なんて言葉があるくらいだ。せめて三日くらいは教員も真面目にやるんじゃないか?

だったら尚更金曜日に可能性がグッと高まる。

 

「それで外れだったらめっちゃダサいよ」

 

よっちゃんが嫌らしい笑みで俺の方を見つめた。

なんだか無性に腹が立ったから、よっちゃんの額にクロスチョップを入れた。

 

 

 

この後、何が起きたかは想像にお任せする。

 

 

 

 

 

雨が降りしきる金曜日の夜は、何か隠し事を内に秘めている時のようにひんやりとした冷たさが俺たちの世界を支配していた。

 

俺とよっちゃんは夜の8時に校門前にやってきた。

校門の前でぺちゃくちゃと話しても良い事なんて一つもないからサッと学校の塀を乗り越えてそそくさと校内に入っていった。

 

「まだ、職員室は電気がついてるね」

「もしかしたら卒業式関連で忙しいのかもな」

「卒業式の準備って大変そうだもんなぁ」

「子供の親が来るからな。それなりの体裁は保ちたいんじゃねぇの?」

 

大人の嫌な部分が垣間見えるから、あまりそういう校内における大きな催しは好きになれない。

それは学校行事に限っての事じゃないし、むしろ社会人の方が体裁を保つような行動ばかりな気がする。

そんな大人の腐った感情のにおいが、鼻にこびりついて離れない。

 

「……まぁ良い。それより俺らのクラスの方に向かうぞ」

「オッケー。でも本当に瀬川さんなのかな」

「それは会ってからのお楽しみ、だな」

 

俺の予想通り、この時間に校内を見回っている人間がいなかったので精神的には余裕を持つことが出来た。

でも校内を見回っている真面目な人間はいないなんて言いきれないから、気配を消しながら確実に進んでいく。

 

学校の廊下にある鏡は、不気味にも俺達二人の姿を映す。

真冬の冷たい空気と調和していて、鏡に人のような心があってイタズラしているように感じて少し背中がゾワッとする。

 

この廊下を突き進んで右に曲がったら、いつも俺たちが座って過ごしている教室が目に見えてくる。

クラス教室は、他の教室と同じように真っ暗でぐっすりと眠っている。

 

教室のドアを思いっきり握って、右方向にずらそうとした。

 

「……あれ、鍵が開いて無いぞ」

「開いてないのが当たり前なんだけどね」

「じゃあ、廊下側の窓の鍵はどうだ?」

 

一枚ずつ確認してみるが、どうもしっかりと施錠されている。後ろ側の扉も動くことは無かった。

いつもこんな感じで施錠してあるのなら、どうやって教室に入るんだ?

 

……いや、待てよ。

どうしてこんな単純な事をどうして今まで見ていないフリをしていたんだ。

 

校長は一言も夜の「教室に」なんて言ってない。校舎内と言ったんだ。

それにも関わらず校長は俺たちのクラスの方を見て言った。

 

頭の中で即座に一つの仮説が出来上がった。

もしそうだったとしたら……。

 

「よっちゃん、図書室に行ってみよう。瀬川は本を読むだろ?」

「分かった。それに瀬川さんって確か図書委員だよ」

「じゃあ、施錠したと見せかけて鍵を開けたままにしておくことも出来るな」

 

ただ問題なのは時刻だ。小学生が夜遅くまで外に居たら普通の親なら心配するだろう。

ましては真面目という文字を体現しているような瀬川の親だったら尚更だろう。

 

急ぐ必要は無いが、いつまでも眠っている教室の前にいても仕方がない。

 

「なぁ、タカ」

「ん、なんだ?」

「どうしてお前はこの件に躍起になっているんだろって、気になってさ」

「……分かんねぇ」

 

いや、本当は分かってる。

分かってなかったら、俺はこんなにも大胆な行動に出ていないだろう。

 

RPGに絶対に一人はいる、意味深な言葉だけをポツポツとこぼすような人間みたいにセリフを零すとするならば。

 

今はまだ、言うべきタイミングなんかじゃない。

 

この言葉は口から出さないで心に秘めておくことにする。

そんな言葉を言ってもかっこいいのはバーチャルに生きる人間だけってことを理解しているから。

 

「図書室に急ぐか。時間もヤバいし」

「しょうがない、今回もタカに付き合うよ」

「さんきゅ」

「その代わり、罰ゲーム(母親の説教)も一緒に受けてもらうからな」

 

その罰ゲームは世界一受けたくねぇな、なんて思いながら笑顔でよっちゃんの問いかけに応えた。

 

足音を殺しながらクラス教室と同じ階なのに真反対に位置する、おおよそ俺達には無縁の場所に走り出す。

もしかしたら途中で見回っている教師とばったりと会うかもしれない。だけど今だけはそんな大人にも説得できるような、それくらいなんとかなりそうな気がした。

 

さて、そろそろ図書室が見えてくるはずだ。

校舎内は冷たいはずなのに、そう感じない何かが身に染みる。

 

冷たいはずなのに、冷たくない。

意味が分からないと思うけど、そう感じるから。

 

「まるで……誰かに聞いてもらいたいのに、そうできない心の叫びのようだな」

「なにか、言った?」

「独り言だよ、バーカ」

 

図書室の前について、俺は深く呼吸を入れた。

生半可な気持ちで行くことだけは避けたかった。それは周りの空気が自然とそうさせるんだ。

 

手に力をグッと入れて、図書室の扉を右にずらす。

 

 

 

 

すると、普段は施錠されていて開かないはずの夜の図書室の扉が開いた。

 

懐中電灯で周りを照らすと、これまたいるはずのない一人の人影が存在した。

肝試しとかで潜入していたら人影というだけで恐怖を感じるだろう。

 

でも、俺たちはそんな軽い気持ちで来ている訳じゃないんだ。

 

 

「ビンゴだな……そこで、何をしてんの?」

 

 

 




@komugikonana

明けましておめでとうございます。新年早々投稿日時を間違えた正月ボケアホ作者の小麦こなです。今年もよろしくお願いします。

次話は1月7日(火)の22:00に投稿します。
新しくお気に入りに登録してくださった方々、ありがとうございます!
Twitterもやっています。良かったら覗いてあげてください。作者ページからサクッと飛べますよ!

~高評価を付けてくださった方をご紹介~
評価10という最高評価をつけて頂きました CHILDSPLAYさん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
これからも応援、よろしくお願いします!

~次回予告~

「なぁ、こんな時間に何してんの?」

特に声色を落とすことも無く、本当に疑問に思っているような声でそこにいる少女に声を掛ける。
イタズラっぽく怒ったような声で話しかけても良かったけど、真面目な子の女の子にはジョークは通じないってなんとなく、分かっていた。

彼女は小さくヒッ、という声をだして即座に懐中電灯で自分を照らす俺たちの方を振り向く。
肩と声の震えから考察するに、自分でもやましい事をしているという自覚はありそうだ。


どうしてそこまでするのか分からない。
だけど、どこかこの女の子が弟とダブるんだ。まるで写真の人物と思い出の中にいる人物が完全に合致するかのように。


では、次話までまったり待ってあげてください。


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