11月も後半になるにつれて、そろそろ薄めのコートやアウターが必要になってきたこの頃。
寒さが俺たちにもうすぐやってくる冬という季節を教えているようなこの時期は木の葉が綺麗に色づく季節でもあったりする。
俺は一人、車に乗っている。
車と言っても自家用車ではなくレンタカーで、一人でと言っても行く先は俺の彼女の家。
決して一人で紅葉を観に行くわけでは無い。
仮に一人で行くのであったらわざわざ仕事を休んだりしないだろうし、二人で過ごした方が楽しい時間になることは小学生の計算ドリルを解くくらい簡単に分かることだ。
しっかりと安全運転を心がけながらモカの家の前に着く。
あらかじめ集合時間として伝えていた時間より10分ほど早いがモカに着いたことを知らせてやるか。
そう思った時に、ふと頭の中にずっとくすぶっていたあの情報が凛と響き渡った。
これから大事な時間を過ごすというのに、タイミングの悪い。
悪態をつきながら携帯を触る。もちろん通話をするために。
俺が電話を掛けるとすぐに彼女は電話から出た。こいつはいつも電話を出るのが早い。
だから、ちょっと長めにコール音が響く時は一抹の不安を感じることもあるが本人の前では絶対に言わないだろう。
「もしもし~」
「おはよ、モカ。家の前にいるからサッサと降りて来い」
「うん、貴博君が来てるのは知ってるよ~」
はぁ、という声が漏れるが車内の中だけに響き渡り外には聞こえていない。なんだか自分の心の中にいるかのような感覚になる。
車の窓を開けてキョロキョロと周りを見渡せば、彼女の家の二階の窓からニヤニヤしながら手を振っているモカがいた。
そんな姿を確認した俺は、そっと車の窓を閉める。
ビュイーン、という閉まる音と同時位に携帯を再び耳元に当てて呟く。
今決めた。お前を置いてくわ。
車は精いっぱいエンジンをふかしているが、最近の技術力はすごいらしくあまり騒音や振動が少ないから乗っていても心地が良い。
ローンを組んで中古の車でも買おうかと思ってしまうくらい車の運転が好きな俺は高速道路の左車線を一定スピードで走り抜けていた。
案の定、というか当たり前だが助手席にはモカがいる。
電話であの一言を言った後すぐに車の場所まで来て何事もなかったかのように助手席に座った。
彼女のじょーだんも分からないの~、とか言いつつ頬を膨らませながら。
「そういえば、モカって車の免許持ってんの?」
「ううん~、まだ持ってないよ」
「早めにとっとけよ。身分証明書にもなるし、就活でも必要になるだろうから」
「でも、一々教習所に行かなきゃじゃん?めんどくさいよ~」
「お前は宿題を嫌がるガキか」
「ガキじゃないよ。立派なレディーだよ~」
立派なレディーが面倒くさいとか言わないだろ、と思いながらジト目で前を見つめる。
たしかに都会の近くに住んでると車が無くても生活出来るから面倒くさいという理由も分かるけどな。
けど田舎となればその逆で車が無けりゃ生活できないところだし、むしろ車を必要としない都会の方が一握りの例外だ。
この世の中、首都圏に一極集中しすぎたよな。このままじゃオーストラリアみたいに首都圏以外砂漠になっちまうぞ。
砂漠と言っても砂まみれになるとかじゃなくて、寂れるって事。
「貴博君は免許合宿で免許取ったの?」
「ん?いや、教習所に通いながら。仕事と平行しながら取得した」
「それにしても、不思議だよね」
「……何が?」
「私たち、もう車を運転できる年齢になったんだって。つい最近まで~、制服着てたのにね」
いつの間にか大人になっちゃうんだね、というモカの言葉が違和感なく俺の耳の中に入ってきた。
小中学生の時だって大人になるのはまだまだだと思っていたし、高校を経て無理矢理社会人になった時でさえ20歳なんてまだまだだと思ってた。
でも気づけば俺は世間的には成人しているし、車に乗って遠出だって出来る年頃になっている。
「もっと、遠回りしても良かったか」
「……高速じゃなくて下道で行けばよかったって事?」
「車じゃなくて、歩きの方だな」
子供の頃は誰だって早く大人になりたいと願うもんだ。
しかもその理由は取るに足りないもので勉強したくないだとか、夜遅くまで好きな時間を過ごしたいだとか。
そして社会人になってから気づく。
もっと深く掘り下げて勉強したい事柄が出てきたり、何かに一生懸命打ち込んでみたくなったり。
大学生だけど、まだ学生に分類されるモカにも当てはまるはずだ。
急ぐ必要はない。ゆっくり遠回りしながら社会人になってほしい。
「……モカ、もうすぐ料金所だから俺の財布から金を出しといて」
「あいあいさー」
徐々に減速しながら料金所まで車を走らせ、おっさんに料金を渡して下道へ。
高速道路を降りる場合はほぼ必ず曲がりくねった道をゆっくりと降りていき、合流地点の近くには信号機がある。
俺達は赤信号に引っかかってしまった。
でもそれでいいと思う。
「モカはしっかりと赤信号で止まるんだぞ」
「その言い方だと、貴博君は信号無視してるみたいに聞こえるよ?」
「ああ、信号無視してたな」
「悪い子だ~」
俺はニヤッと口をほころばせながら信号の色が変わった事を確認してゆっくりとアクセルを踏み込む。
別に今までの俺の生き方に後悔はしてない。
していないけど、もしやり直せるのなら。
寄り道をしながら急がずゆっくりとしたスピードで目的地まで行きたい。
「やっと着いたね~」
「悪い、ちょっとだけ休憩させてくれ」
有名な紅葉スポットに到着して、車から降りた。
車内はエアコンにより温かい空気に囲まれていたけど、外に出てみると山のふもとという地形も合わさって肌寒く感じた。
鼻から吸う空気はいつも住んでいる場所に比べると断然に美味しくて、いつまでも吸っておきたい衝動に駆られる。
心なしか、肺も俺と同じくらい綺麗な空気を欲しがっているように思えた。
近くにあった案内所のような建物の前にある木で出来たベンチに腰掛ける。
「何か、飲み物とか買ってこよっか?」
「ああ、頼むわ」
「おっけ~」
指で丸を作りながらゆるーく建物内に入っていくモカを見ながら、ふと思った。
最初に会った時の第一印象はただフワフワとしているだけで、モカと言う人間の核心が掴めそうで掴めない、つまりどういうタイプの人間なのか分からなかった。
今も多少はフワフワとしてる。そしてそれが彼女らしさだという事も分かっている。
だけど最初の時より、はるかに彼女の表情を読み取れるようになった気がする。
読み取れるようになったのも最近の事だけど。
携帯をコートのポケットから取り出す。
そして携帯を見ている
何も映らない液晶画面を親指でグリグリとなぞる。
携帯の画面は俺の背後をうっすらと写すだけ。もしかすると普通は使われない使用法に携帯もあたふたしているかもしれない。
「おまたせ~。携帯で何を見てたの?」
「ん、ありがと。天気を見てた」
「明日の?」
「そそ」
モカから手渡されたあったかい缶コーヒーを受け取る。
コーヒーは無糖のもので、モカを細い目で見つめた。
モカはえへへ、とフワッとした表情を浮かべながらVサインをしていた。
どうやらモカも俺の考えていることはお見通しらしい。
それなら俺が今想っている将来像も、この子にはお見通しなのだろうか。
いや、モカはもちろんの事、京華さんもお見通しかもしれないと思うと思わず苦笑いが零れる。
口に広がるコーヒーの風味も、俺が作り出した笑顔にそっくりだ。
「さて、そろそろ綺麗な紅葉を観に行くか」
「もう良いの?もうちょっとゆっくりしてても良いのに」
「せっかくここに来たんだから座ってるより歩いた方が良い。それにジッとしてるの寒いだろうから」
「あたしは、寒くないよ」
「お前は、だろ?」
「?」
立ち上がって軽く尻をはたいた後、紅葉がきれいな場所に向かう。
モカは相変わらず頭にクエスチョンマークを浮かべているので発言の仕方はもうちょっと変えた方が良かったか、と自分勝手に思い始める。
もちろんフォローはしておかないといけないから、コートのポケットには手を突っ込まない。
「貴博君。……手、つなご?」
「そうだな……」
すぐ隣を歩くモカがおずおずと手を差し出してくる。モカの手は指先がほんのりと赤くなっているから少し冷たそうだけど、また違った温かさも兼ね備えているように見えた。
そんな彼女の手を見て、そして彼女のちょっと目を下に伏せながら照れている顔を見ながら、ニッコリとした笑顔とイタズラ心を交えて言う。
「面倒くさいからヤダ」
さっきまで色気のあったモカの顔はガーン、と言った効果音が鳴り響きそうな表情に姿を変えた。
そしてがーん、という言葉も同時に口から放り出された。
流石に我慢できなくて鼻で笑ってしまった。
目は口程に物を言う、なんて言うけど目以上に色々なパーツが口以上にペラペラと喋っていたから。
そしてこんなカップルで来てますよと言うシチュエーションの中で断るという対応も面白い。
モカはもちろんだけど、他の人間もあまり良い目で見ないかもしれないけど。
別に手を繋いであげても良いじゃん、って。
その時が来たらちゃんと
本気で手を繋ぐのが嫌だってわけじゃないから。
「ほら、その代わり今日は紅葉を観るぞ」
「はーい」
モカの、案外ノリノリで元気な声が広がって様々な感情が色づいたような気がした。
@komugikonana
次話は1月14日(金)の22:00に公開します。
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~次回予告~
近くを流れる緩やかな川が奏でるせせらぎは耳と肌に潤いを与えているように思える。
俺達が住んでいる地区の川よりも上流のため水も綺麗だ。
歩けばサクサクと音を立てる道を歩きながら、隣にいる彼女に目を向ける。
モカは嬉しそうな顔に、時折鼻歌を交えているから普段では味わえない特別な環境に身を投じているのだろう。
そんな俺もいつもは味気のないアスファルトのにおいばかりだったから、土の臭みがあるこの場所は自然と心の鼓動を早まらせた。
「貴博君ってこーゆー自然あふれる場所、好きだよね?」
「まぁな。どうしてか心がワクワクするんだよ」
「まだまだおこちゃまだね~」
「うるせー」
いつもならあほか、で一蹴するけど今回ばかりはどうしてか否定できないような気がした。
自然が好きで、無性にワクワクするからおこちゃまなのか。
それとも人間としてしっかりとした責任を持てていないからおこちゃまなのか。
どっちもありそうで、なさそうな曖昧な感情に鼻がむずがゆくなった。
では、次話までまったり待ってあげてください。