「大事なデートを邪魔する悪い子たちは誰かな?」
佐東貴博という人間を少しでも知っているような人物であれば恐らく今までも、そしてこれからも聞くことはないであろう言葉を使ったと自分でも思う。
感情の籠ってない棒読みでもなくちゃんといたずらっぽく感情も入れた。
それは、モカの幼馴染たちに悪い子なんていないは分かっているから少しでも柔らかく接してあげたかったという気持ちもあったけど。
実際はちょっと違う気持ちも交差しているんだ。
幼馴染たちの中には、巴もいたから。
「なんでみんながいるの~?」
「それはだな……ほら、アタシの時だってついてきてたじゃんか!」
巴が珍しくわたわたとしているが、巴の話が本当ならついてきてしまっても仕方がないというか恒例化しつつあるのかもしれない。
そうなると美竹やつぐみちゃん、ひまりちゃんも犠牲になるのかと思うと同情のため息があったかく零れた。
それにしてもデート中に後をつけられる俺も弟も、まったく信用されてねぇんだなと後頭部辺りをガサガサと掻く。
「別に怒ってないから、ひまりちゃんもそんな眼で俺を見ないでくれ」
「……あんたって、やけにひまりに優しいね」
「何だ?美竹も優しく接してほしいのか?」
「べっ、別に……そんなんじゃないから!」
美竹は顔を背けながらボソッと言葉を零した。
だけど以前と違って言葉に温かさと彩りを感じることが出来た気がした。よそよそしい態度は変わらないけど、美竹の態度が変わるときは来ないような気もする。
逆に馴れ馴れしくされたらこっちも調子が狂いそうだ。
とは思いつつもつぐみちゃんも時折申し訳なさそうな顔を作って俺の方を見つめ、目が合っては少し視線を逸らして地面を見たりとしている。
少し参ったなと思う。
やはりもう少し後の方でカミングアウトをした方が良かったのか。こればっかりは俺の判断ミスのような雰囲気が否めない。
「モカさえ良ければ、だけどこいつらも一緒に行動するか」
「貴博君は、良いの?せっかくのデートだよ?」
「別に、良いよ。それに夜はモカを独り占め出来るんだろ?」
そういうとモカの顔はちょっとずつ赤く染まっていく。
それは周りにいた幼馴染たちも同じように染まっていくのを見て、こいつらは一体どこで時が止まっているんだって半ば呆れた顔で見渡してしまった。
ずっと女子高だから恋愛ごとには疎く、世間的には中学生レベルで止まっているのかもと思いながら幼馴染たちを見ていると、不思議と感じたことがあった。
それは中学生の頃も変わらないんだろうなって事だった。
もちろん仲の良さもだが、純粋さと言い容姿と言い、そのままのような気がした。
幼馴染4人を加えて、更なる景色を求めて軽いけもの道が続く山をちょっとずつ進んで行く。この感覚は夏休みにラジオ体操に参加した後に貰えるハンコのような実感が湧いていた。
美竹と巴、そしてひまりちゃんはモカの近くに行って色々と話しをしているらしい。
話の内容がとても漏れていて、彼氏とどこまでやったのだとか、顔はすぐに赤くなるくせにかなり濃い内容を聞くんだなと薄目になりながら聞いていた。
たまに聞こえてくる何か強要されているようなことはないか、という質問もうっすらと聞こえる。いや、わざと聞こえるような声で話しているのかもしれない。
「その、佐東……さん」
「ん、どうしてそんな緊張してるの?」
「あ、その、やっぱり邪魔しちゃったし迷惑な事しちゃったよね……私が佐東さんの立場だったら、怒ってるかもって思ったら」
つぐみちゃんはさっきからずっとこの調子だった。
とても優しい女の子で、人一倍責任感がある彼女は未だに罪悪感が残っているらしい。
別にそんな落ち込まなくてもいい。
俺達の前を歩いている同罪の幼馴染3人なんてまったく悪気がなさそうだし。
「つぐみちゃんは優しい女の子だな」
「そ、そんなことないですよ!」
「否定しなくても良い。俺が勝手に思ってることを言っただけだから。だからつぐみちゃんはありがとうございます、って言っておけばいいんだよ」
「あ、ありがとうございます……」
「そうそう。よくできました」
「て、照れちゃうよ……」
またほんのりと顔を赤くしたつぐみちゃんを見てあはは、と声を漏らした。
こうやって俺が笑う事で、そしてつぐみちゃんもその雰囲気に揉み解されて柔らかい表情が戻ってきた。
何事も、せっかくやるのだから、楽しくなくちゃ意味がないだろ?
「ところでつぐみちゃんは恋してるの?」
「えっ!?恋ですかっ!?」
「うん。つぐみちゃんも恋をしても良い時期だと思うけど」
「わっ、私は……失恋したばっかりだからしばらくは大丈夫、かな……」
「あれま、失恋か。それはごめんな」
「良いんです。勝手に失恋しちゃったから。私が好きになった時にはもう手遅れで……ご、ごめんね?そんな事聞いてないよね」
急にあたふたしだすつぐみちゃん。きっと彼女なりに頑張ったのだろうと思う。
そしてこの心残りを誰でも良いから聞いて欲しかったのかなって解釈した。
そんな悠長な解釈をしている間に、ふと前を見ると言葉で表しにくいような表情をしている3人がジッとこっちを睨みつけていた。
その3人と言うのは美竹と、ひまりちゃん。そして俺の彼女であるモカ。
モカがそういう嫉妬の表情を浮かべるのは百歩譲っても分かるが後の2人は訳が分からん。
これだから女が集まると面倒くせぇんだ、と冷え切ったため息を零した。
「貴博君はすぐに女の子を口説くからメッなんだよ?」
モカさん、すみませんでした。
だけどこれだけは言わせてほしい。口説いたつもりはない。ただ普通につぐみちゃんと接していただけです。
「これは、恋愛映画によくある第二ヒロインの台頭だよねっ!ね!?」
ひまりちゃん、あんたは頭もアホだったのか。
後で冷たい甘い物を口に無理矢理ねじ込んで頭を冷やさなければならない。
そして後々恋愛映画とか言うフィクションと現実の違いを教えてやる必要もあるかもしれないな。
「ひまりに加えてつぐまで優しく接して……あんた、狙ってんの?」
美竹、せめて冗談を言うなら少しは表情を変えて話してほしい。
お前が真顔で言ったらマジみたいに聞こえるだろうが。
ここで言わせてもらうけど、一切狙ってなどいない。ひまりちゃんにつぐみちゃんはとってもかわいいけど、俺にはもうすでに大切な女がいるから。
それに二股、三股出来るほど俺はモテないから安心しろと大声で言い放ってやりたい。
片道だけでこれほど疲れてしまったら帰り道はどうすればいいんだろうって頭の片隅で考えていたら、目的地に到着したらしい。
真ん中には大きくはないが迫力のある滝が存在していて、その周辺には色とりどりの葉っぱたちが出迎えてくれていた。
ゴウ、という滝から放たれる音は荒々しさも感じるけど同時に尊敬の念に似た感情も同時にワサワサと湧いてきた。
「ちょっと疲れたから休憩するわ」
そう言って近くのベンチに腰を下ろす。モカからはやっぱりたばこは身体に害があるんだねー、なんて言っていたがお前らのイジリの方が百倍くらい身体に毒のように感じた。
そしていまだに休憩中にポケットの中を探るクセは無くならない。
そのクセとなる行動をした後にいつも気づく。俺、たばこ辞めたじゃんかって。
なぁ、ちょっとだけ話しても良いか?
ふとそんな声が聞こえた。右横を見ると赤い髪をした女の子が俺の二歩半離れた場所から話しかけてきた。
赤い髪は秋の風と一緒になって踊っているように感じた。それくらい一瞬だけ、強い風が吹きつけたような気がしたんだ。
「ダメって言っても一方的に話すんだろ?良いよ」
俺もそろそろお前と話しておきたかったと思っていたし。
心の中で思っていたそんな言葉が意図せず口から飛び出した。瞬間、マジかよって思うと同時に無駄に心臓が忙しなく動いた。
赤い髪の女の子、巴は何やら小さな声で一言呟いてからそのままの距離でベンチに腰掛けた。
ベンチの両端に座る、俺たちの姿は赤の他人からしたらどう見えるのだろう。
ほとんどの人間は初対面の、お互い知らない同士が座っているのだろうって感じながら自分たちの世界に入っていくのだろう。まるで俺たちが最初からいなかったかのように。
一度だけ、座っている足元を見る。
普段では見ることができないデコボコな地面。そのくせ履きなれている靴。
そしてまっすぐ前を見る。
たくさんの水量が俺達より何倍も高い場所から落ちて音を立てている。一体一秒間で何リットルもの水が落ちているのだろう。聞いたってどうせ実感が湧かないから聞かなくても良い。
モカやひまりちゃん、つぐみちゃんは紅葉を楽しんでいるようで写真を撮ったりジッと眺めていたりと様々だ。
美竹は俺の方をチラッと見た。
彼女は何かを察したかのような目をした後、他の幼馴染たちと合流した。
恐らく巴も俺と同じ景色を見ているはず。
感じ方はそれぞれだと思うけど。
「……なんだ、巴も緊張してんのか?」
自分も緊張しているくせにって思うだろう。なぜなら俺の言葉も晩秋の冷たい風に吹かれたかのようにブルブルと震えていたのだから。
さっきまで無口だった巴はお前から話すんじゃないのか、と案外落ち着いた声が帰ってきた時は嫌な音が心臓に響いた。
と同時に弟はこの先何があっても下を向かずにこれからの未来を歩いて行けるんだろうなって言う安心感も生まれた。
……その弟の件についても、少し探ってみるか。
強気な自分と弱気な自分がグニャン、と合わさって良く分からない心情が生まれる。
でもこれで良い気がする。
良く言えば程よい緊張感を身にまとう事が出来ているから。
逆に悪く言えば、変な緊張感によって機転が利かないって言っているようなものだけどな。
「アタシは今も、お前の事は好きにはなれない」
巴の口が、開かれた。
@komugikonana
次話は1月21日(火)の22:00に公開します。
新しくこの小説をお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます!
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~次回予告~
「アタシは今も、お前の事は好きにはなれない」
その言葉を、ゆっくりと噛み砕いてかみ砕いて、喉の奥に流し込んだ。
モカと付き合ってから何があっても前向きに生きていこうって決心した俺は恐らくこんな彼女の言葉を聞いても口元をニヘラっとさせて知ってた、なんて陽気な雰囲気で言っているんだろうな。
でも今日は、そんな気分にもなれない。
俺が巴にこの先良い人間だって思われる事が絶対に無いのは知っているのに。
自分の過去の行動によってできた関係性なのに心が痛くなるのはなんでなのだろうか。
そして再び、思ってはいけない感情が染み渡ってくるんだ。
勝手に幸せになろうとしてるけど、本当に良いの?
では、次話までまったり待ってあげてください。