change   作:小麦 こな

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ライブとけじめ③

ピピピピピ、という音が深い眠りについていた俺を叩き起こして現実世界に投げ出された。

何の夢を見ていたか分からないけど心地が良かった。

 

それなのに意識が戻れば寒い空気が一斉に身体にしがみついてきて布団という盾の中に隠れておかないと一斉攻撃を受けてしまう。

 

手だけ外に出して携帯を鷲掴みにして耳に当てる。寝起き特有のガラガラ声が自分でも分かるくらいだった。

 

「……もしもし」

「貴博君のねぼすけ」

「別に朝から用事もねぇし、ねぼすけもクソもねぇだろ」

「愛しの彼女であるモカちゃんはこんなにも早く起きて頑張っているのに~」

「おう、頑張れ。おやすみ」

 

携帯を切ろうとして耳から離したのにブーブー、というモカの不満が聞こえてきた。

流石に携帯の画面を見てしまったのは、もしかしたらスピーカー機能になっているのではないだろうかって思ったから。

 

実際はスピーカー機能になっていないから、相当大きな声だったはず。

モカがこんなにも大きな声を出すなんて珍しい、というか今までなかったかもしれない。

今日に限って「今までに」無かったとか、そういう経験はやめてほしい。

 

「朝早くから大声出すなよ、鬱陶しい」

「うえーん、貴博君がいじめる~」

「……はぁ。お前、なんか今日機嫌良いな」

「だって今日はライブだもーん」

 

大勢の人間の前に出て、しかも出番が後半で期待されている演奏を直前にして緊張するそぶりを全く見せないのはモカらしい。

良い意味でマイペースというか、こういう存在が身近にいれば周りも自然とリラックスできそうな気分になる。

朝からこんなテンションで言い寄られるのは電話の相手でも勘弁してほしいってのが本音だけど。

 

それでお前は今どこにいんの、って聞こうとしたら電話越しの奥から美竹の声が聞こえた。

どうやらモカは現在美竹と一緒にいるらしい。

ちなみに聞こえた美竹の声はモカ、うるさい。

 

「今日の夕方頃、ライブハウスに顔出すから」

「うん」

「それじゃ、またな」

 

モカとの通話を終えて後は大きな意気込みを心に宿してから、布団の外へモゾモゾと出るちっぽけな行動を起こす。

どんな小さな行動でも、人によっては行動の何倍も大きな心の準備が必要だ。

 

ボーッとする頭をそのままに、ぼやける視界を左手でゴシゴシと払ってから本棚に入れて置いた卒業アルバムを手に取る。

この卒業アルバムは、モカが持ってきた、小学校の卒業アルバム。

 

アルバムには似合わないピンク色の付箋が、俺の顔の筋肉を引き締める。

この付箋のように簡単にペラッと外せてしまえば大万歳だけど世の中そんな上手くいかない事は短いが密度の濃い俺の人生が語っている。

 

 

 

ふと、時計を見る。

まだ7時になったばかりで、仕事のある平日と同じくらいの起床時間のせいだろうか一度起きてしまえば目は覚めてしまう。

 

モカたちのライブまでかなり時間がある。

だけどモカは気まぐれなモーニングコールで俺を起こした。

 

偶然がめぐり合わせたこの組み合わせは本当に偶然なのだろうかって鼻で笑いながらペンを持って机の前に座る。

 

「……俺らしくねぇから、笑われるかな」

 

特にお洒落でもない白色の便せんを取り出して、思う事を書き始める。

ただ書くだけでは恥ずかしいだけだから少し遊び心も一匙加えよう。加えても分からないような一匙に繰り返しが、今日よりの明日を、作っていくんだって信じてる。

 

思うまま書き続けていて、後半部分に差し掛かった時に思わずため息をついてしまった。

だけど顔の筋肉はかなりほぐれていて第三者が見たら一人でニヤニヤしているヤバい奴に見られるような表情をしているのが鏡を見なくても安易に想像できた。

 

俺って、やっぱりモカの事が好きなんだ。

しかもどうしようもないくらい。

 

そのままの勢いで書き終える、人生で初めて女の子に気持ちを伝える手紙を書いた。

そのまま渡すのはダサいから俺達らしい渡し方が良いと思うけど、直接渡さないとまた京華さんに怒られてしまう。

 

 

そう、怒られてしまう。

 

 

どんな瞬間に立ち会っても楽しく居たい、という俺のモットーが詰まった手紙をモカのギターケースにあるポケットに入れることにした。

その計画を実行するために、少々早くライブハウスに行くことが決定した。

 

「さてと、外でも歩くか」

 

家でジッとしていても退屈だから、といつもならそんな理由を自分の脳に押し付けて外に出る言い訳をするけど今日は違った。

心を落ち着かせるために、外に行くんだって何回も頭の中で呟いて外出用の服に着替えた。

 

 

 

 

 

 

朝の早い商店街はまだ眠っているのではないかと思うほど静かさが辺りを支配していた。

寒さによって家までも布団をかぶってブルブルといつまでも包まっているような雰囲気が支配する商店街の中でも、暖かそうな明かりとにおいを出すパン屋さんがある。

 

「いらっしゃいませー。あれ、佐東君じゃん」

「ん、久しぶり」

「佐東君が来るなんて珍しいね」

「たまには、良いだろ」

「たまにじゃなくて、毎日来ても良いよ」

 

山吹は流石にあいつと関わりがあったおかげなのか、俺の扱いが上手いような気がする。

ただ自分の勘違いかもしれないけどセルフコントロールして勝手な自己暗示は時には良い材料になる。

 

「それで、今日はどうしたの?」

「ああ、夕方の4時くらいになったらまた来るからその時に焼き立てのパンを用意しといて。お得意様だし良いだろ?」

「モカへの差し入れ?」

「まぁ、そんなとこ」

「モカ、めっちゃ喜ぶと思う!」

「そうだと良いんだけど。先に会計とか済ませといたほうが良い?パンの数とチョイスは山吹に任せるけど」

「私4時ごろはライブの準備でお店にいないんだ。母さんに言っとくね」

 

そういえば山吹もバンドで音楽をやってたっけ、と心の中で言葉が湧いた。

それに山吹の母親チョイスか。脳内ではすでに未来の予想が簡単に映像と化して懐かしのテレビのような画質で再生される。

 

ああこれも、あれも持って行きなさい。

そう言って紙袋にたくさんのパンを詰めてくれるやさしいおばさんの姿。これは予定よりも少し多めにお金を持って行っておこうか。

おばさんはきっとお金はサービスするから、って言うだろうけどこのお店は個人的にはずっと続けて欲しいから出来るならお金は出したいと自然に思わせるこのパン屋には脱帽だ。

 

「そうか。じゃあおばさんによろしくって伝えといて」

「おっけー。それじゃ、またね!」

 

ありがとうございました、という明るい声を背中で受けて店の外に出ると辺りの温度が少しだけ温かくなったように感じた。

 

しきりに時計を見てしまうのは、予定があるときの自分の癖。

もう9時なのかという気持ちとまだ9時なのかという二つの相反する気持ちが今日は仲良く寄り添っていた。

 

 

 

 

 

お腹がやけに空いたと感じて、特に時計を見たわけでもないが大体1時くらいなんじゃないかって想像できる時間帯で居酒屋に入った。

居酒屋と言ってもランチを提供してくれる店であり、そのランチが絶品なのだと得意先の人が言っていたのが気になって来てみた。

 

実はこう見えてもお酒が弱い俺にとっては、居酒屋はハードルの高い店だったが入ってみれば案外お洒落で落ち着いている。

 

「今度はモカと、来てみようかな」

 

おすすめの日替わりランチを頼んだ後に、時間を持て余すように携帯を見ていた時にふとそんな想いがあふれてきたのは待ち受け画面がそうさせたのだろう。

 

こんな風に一人でいる時にモカの事を考えることは頻繁になっているという事を一度だけ、あの時は酒に吞まれて無意識にだが、京華さんに言った事がある。

その時の京華さんの何とも言えない顔は今でも忘れられない。

 

「お待たせしました。日替わりランチです。ご注文は以上でよろしかったでしょうか」

 

日替わりランチを持ってきてくれた綺麗なお姉さんに会釈をした後、お洒落に盛り付けられた刺身と、てんぷらとみそ汁、ごはんが付いた定食をゆっくりと堪能する。

……うん。かなりうまい。

 

刺身は臭みは無く、口に入れたとたんに新鮮だと分かるくらいに風味が広がって噛めば噛むほど旨味が広がる。醤油なしでも問題は無かった。

てんぷらもサクサクで、普段はつゆをつけて食べるくせにツウっぽく塩で食べた。

みそ汁はカツオとコンブだろうか、ダシが効いていて具材とかなり調和していた。

 

モカ、和も悪くねぇよな。

 

ランチのおかずたちは艶々と一粒一粒白く輝いているごはんと綺麗に無くなっていった。

最初からみんな一つのものだったかのように感じた。

 

食べ終わった後に少し休憩の意味を込めて携帯を開くとメッセージが届いていた。

差出人はモカで、どうやら彼女たちもお昼ごはんを食べていたらしいが、彼女たちはファミレスで食べているらしい事が送られてきた写真で分かった。

 

少しのイタズラ心で、食べる前に写真をとって置いた日替わりランチをモカに無言で、写真だけ送ってやった。

するとすぐに既読が付いて、思わず笑ってしまった。

 

 

モカからどんなメッセージが帰ってくるか予想してみる。

 

貴博君、ずるい。

知らない女の子とデート中~?浮気だー。

ママと一緒なの?

社会人はお金持ちだなぁ~。

 

色々候補があって面白いけど、この面白さが飽きないからさらに素敵だ。

どうして素敵なのかはモカから返信がくればすぐに分かるさ。

 

 

……ほら、やっぱり。

 

 

今度一緒に、行こうね。

 

 

俺と想っていることと同じ内容をまるで打ち合わせでもしていたかのように返信してくるのだから。

 

 




@komugikonana

次話は2月14日(金)の22:00に公開します。
新しくこの小説をお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます。
Twitterもやっています。良かったら覗いてあげてください。作者ページからサクッと飛べますよ!

~高評価をつけて頂いた方々をご紹介~
評価10という最高評価をつけて頂きました AKARINさん!
評価9という高評価をつけて頂きました 利虎さん!
同じく評価9という高評価をつけて頂きました 鈴鹿楓さん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
これからも応援、よろしくお願いします!

~次回予告~

ライブハウス内はかなり賑わっているのは、実は後30分後にはライブが始まるのが要因だと思う。
モカたちは最後の方の出演らしいから1時間くらい控室で待機するって先ほどモカから愚痴り口調で聞いたばかり。

モカの事だから直前になって顔つきが変わるほど緊張することなんてないとは思うけど、一抹の不安があれば気になってしまうのは俺の性格らしい。
……そう、一抹の不安が。


では、次話までまったり待ってあげてください。
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