change   作:小麦 こな

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change①

ゴミ野郎、いや中嘉島は分かりやすく動揺の色を顔に出したが必死に隠そうとしている。

実際は全く隠れていないし、逆にどうして知っているんだという文字が顔に浮かび上がっているようにさえ思える。

 

「な、何を言っているか分からない!そもそも自分の罪を他人のせいにするなよ!」

「それなりに証拠もあるってもんだ」

「お前の弟が言ったんだな!?そうだろ!」

 

中嘉島は興奮のあまり、自分が裏で手を引いていましたよと自供したような言葉を全く意識なく出しているらしい。

この辺りで手を引こうか、とかそんな優しさは残念ながら俺の性格には含まれていなかった。

含まれていない、という言い方は少し語弊があるかもしれない。

 

優しさはある。

でもこのゴミ野郎(中嘉島)にあげる優しさなんて要らない。

 

むしろゴミはゴミらしく燃えて消えてしまえばいい。

リサイクルなんてくそったれだ。

 

「弟が言った、ねぇ……。お前、今自分の罪を自覚したもんだよ、分かってる?」

「ああ!お前の言う通りだよ!」

 

歪んだ笑顔と共に中嘉島は、昔の武勇伝を自慢げに語る老人のような口調で語り始めた。

こんなことをやってやったんだ、すごいだろ?と言わんばかりに。

 

「僕はお前が大っ嫌いだ。勉強しないくせに誰よりも頭が良く、人望もあるお前に!」

「……」

「中学はいなくなって最高だったのに、高校に進学したら何食わぬ顔で新入生代表の挨拶をしてやがった。そこで僕はお前を陥れることにしたのさ……理由は何となくだよ?無性にムカついた、ただそれだけ」

 

高校は弟が自信を取り戻してほしくて、そして離れるのが心配で同じ高校に入った。

もちろん試験を受けて合格を貰ったが、俺はその時、主席入学生として代表でスピーチをした。

 

知らない間に自分の手に力が入ってしまう。

弟を苦しめていたのは、俺の存在のせいなのか?

 

「役に立ったよ。お前の出来損ないの弟は。校舎裏で刃物チラつかせただけで本当に言うとおりにするんだからさ!」

 

奥歯をギリギリと噛み締めながら中嘉島のつらつらと自慢げな口調で話す声を聞いていた。

どうして弟は警察に捕まった時に自分の名前を騙ったのか、という事は俺も以前からずっと気になっていたがまさかそういう事だったとは。

 

「出来損ないの弟は元気か?あいつは傑作だ!刃物で脅したら『僕は、兄さんだけは裏切れない』とかちびりながら言ってた癖に、警察に捕まったらまんまと俺の指示通りにしやがったんだ!聞いてあきれるよな。なーにが裏切れないだ!」

 

話から推測すれば、弟は脅されていたらしい。しかも刃物をチラつかされながら。

誰だって脳裏に浮かぶのは「殺されるかもしれない」という、本能に一番刺激的に反応するワード。

 

警察に突然捕まるというハプニングに、頭が一気にパニック状態にでもなったのかもな。

弟はそういう想定外の事態には弱いし、気も弱い人間だから。

 

「そして無実のお前は犯罪者になって退学。残った本当の犯罪者は校内で色々あって精神崩壊寸前。最高だったよ、本当に!」

 

 

そろそろ、黙ってくれねぇかな……。

これ以上何週間も放置したような生ゴミみたいな鼻障りな言葉を放置しないでくれるか。

 

 

だけどそんな時に、脳内に俺の好きな人の声が響いた。

 

たとえ日本のみんなが貴博君を拒絶してもあたしは受け入れるよ、という昔に聞いたことのあるような言葉。

そして優しく抱きしめてくれた時の彼女の香り。

 

無意識に爪が食い込んで血が出るんじゃないかってくらい力の入った左こぶしをゆっくりと和らげる。

もしここで俺が中嘉島を殴れば、犯罪だ。

彼女が自分を犠牲にしてまで救ってくれたのに、他人を殴ったら今度こそすべて終わってしまう。

 

 

 

今日よりも明日。明日よりも明後日。そして明後日よりも一年後……だっけ。

感情ばかり先走って何も考えずに走る、自分を犠牲にする方法は止めるようにモカと約束もしたような気がする。もしそれが気のせいであっても。

 

「なんだ?僕を殴ったりしないのかい?」

「そんな子供じゃねーよ、バカ」

「でもお前は僕が許せないはずだ!だからどんな手を」

「癪に障るけど、許すよ」

「は?」

 

好きな女の子の言葉が頭に響いてから冷静になれて、そして気づいたことがある。

それは俺が以前のような俺に戻りかけていたという事実。

 

中嘉島にけじめをつけさせる?

もしけじめをつけさせることに成功してもそれは俺の自己満足にすぎないし、もしかしたら中嘉島を大事に思っている他人がいてもおかしくはない。

そんな人間を陥れたら、もう二度と戻れない気がする。

 

けじめをつけるのは、どうやら俺の方らしい。

昔に起きた出来事をずっとズルズルと引っ張っていても仕方がないし、弟も前を向いて進んでいる。

俺だって前科を消せるかもしれない。

 

 

そうなるなら、もうこの一件は片付けてしまっても良いんじゃないか。

 

「俺は警察でもないし、裁判長でもない。だから他人の悪を裁くことは出来ない。たとえクソなゴミ野郎であったとしても」

「大人ぶってんじゃねぇぞ!」

「お前は四流の大学か医学部かなにか知れねぇけど、俺はもう社会人なんだ。これから先を見てた方がきっと幸せだ」

「……ッ!」

「もうすぐ俺の大事な人、いや、モカのライブが始まる。……もういいだろ、二度と俺の目の前に出てくんじゃねぇぞゴミ野郎」

「……モカちゃん、て言ったか?」

 

 

中嘉島は何かブツブツと言葉を発しているように思えるけど、どうせ聞くに足りない戯言だから無視で良い。むしろ今回はモカにも楽しみにしてる事を何回も本人の目の前で言ったんだからモカの見える場所でライブを聞かなきゃ彼氏じゃないよな。

 

 

もたれていた塀から背中を起こしてライブハウスの方に歩いていく。最後にチラッとだけ中嘉島を見たが、ずっと下を向いて未だにブツブツ言っていて、前髪が適度に垂れていてどんな目をしているかは見えなかった。

 

さて、早く行ってやるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「モカちゃんに手を出すなぁあああ!」

 

今まで聞いたことのない鈍い音が後頭部の大きな衝撃と共に襲い掛かってきて、思わず身体をふらつかせてしまった。

 

な、何が起こったのか分からない。

今分かるのは耳に恐ろしい程の甲高い音が木霊する耳鳴りと、叩かれた頭部を手で触るとねっとりとした感触。

 

「いつになってもムカつくんだよ、クソ野郎がっ!」

 

もう一回、同じような衝撃が頭を襲いかかってきて……。

そのままちからなくたおれてしまう。

 

なかしまの、こえが、どうしてだろう。

とおくにかんじてしまう。

 

どうしてだろう。

ねむたくないのに、まぶたが、かってに、とじようと、している。

 

 

 

 

うっすらとしたしかいでめをうごかす。

なんで、おれはアスファルトにねそべって、いるのだろう。

 

「う、うわぁあああ」

 

おじけついたような、なかしまのこえ……?そんなにはなれたところでなにを?

またちかくでおもたいものがぶつかったようなおと……。

 

みると、ちであかくそまった……ぶろっくへいだ。

 

そう、だ。はやく、もかの、ところに、いかなきゃだよ、な。

 

 

意図しない力によって、勝手に視界がすべて黒色に暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ?何か違和感を感じる。

その、言葉では表しにくいんだけど。

 

 

何かがchangeしたような感覚?

 

 

「あれ、今日は緊張してるの?珍しくない?」

 

目を閉じて、視界を暗くして深呼吸をしてたのにどうして邪魔をするの~。

目を開けるとひーちゃんがあたしの顔を覗き込んでいた。

あたしだって、今日くらいは緊張しちゃうよ。

 

「ひまりちゃん、モカちゃんの気持ちになれば分かるよ」

「どういう事?つぐ」

「好きな人がライブを観に来たら、ドキドキしない?」

「そういう事!?そっか、モカも恋する乙女なんだよねっ!」

 

こういう時に限ってともちんは何も聞いてないみたいな表情して遠くに行くのはずるい。

ともちんだって~、あたしの気持ち、分かるはずだから。

 

でもあたしの隠している想いをそう直球で人から言われると、どうしてか恥ずかしくなっちゃう。

もう、また手がちょっとずつ震えてきちゃったよ。

 

「ひまり、モカだって集中したいだろうし」

「はーい……」

 

蘭がひーちゃんにビシッと言ってくれてあたしに助け舟を出してくれるのは流石で、やっぱり蘭は一番あたしのことを分かってくれてるような気がする。

いや、一番は貴博君かな。

 

あたしはもう一度、ギターのヘッドにクリップチューナーを付けてしっかりと音を調整する。クリップチューナーの針が弦を弾くごとに左右に振れて、まるであたしのドキドキパラメータみたいになっていた。

 

「モカ」

「なにー、蘭?」

「今日も『いつもどうり』の演奏で、あいつをびっくりさせようよ」

「うん!」

 

あたしは蘭の顔をしっかりと見つめて、こくんと頷いた。

耳にイヤホンを入れて、メトロノームでテンポを確認しながら最終調整をする。

 

あれだけ練習したから、きっと凄い演奏が出来るはず。

そして貴博君をびっくりさせることが出来るよね。

 

 

あたしの右手がピタッと止まった。

ピックが手に会わないとかじゃなくて、心がモヤモヤしたような感じがしたから。

 

「やっぱり、ちょっと失礼だったかな」

「モカ、まだ気にしてるの?」

「……うん」

「貴博はそんなことでモカの事嫌いになったりしないでしょ」

 

蘭が行ってる「そんなこと」と言うのは、貴博君がわざわざ楽屋まで来てあたしたちのために差し入れのパンを買ってきてくれた事。

あたしはみんなの前でデレデレしたくなくて、ついパンに手を出して食べ始めた。貴博君にありがとう、という一言も言わずに。

 

それで貴博君に頬っぺたをむにーっと抓って欲しかった。

ありがとうとかねぇのか、と言いながら。そうしたら周りのみんなも笑顔になっただろうね。

 

でも結果はあたしの思惑通りにはいかずに貴博君はちょっと顔を暗くして楽屋から出て行っちゃった。

あの後すぐあたしは貴博君を追いかけて、ライブハウス中を隈なく探したはずなんだけど見つけることが出来なかった。

 

 

貴博君、怒って帰っちゃったかな。

 

 

「Afterglowのみなさん、もうすぐ出番ですのでステージ袖までお願いします」

 

 

貴博君にそっくりな顔のスタッフさんのが楽屋中に響いた。もうすぐ出番なんだね。

そしてこの時にあたしの心に決心という名の芽が吹きだした。

 

 

ライブが終わったらすぐに貴博君に会って言おう。

ありがとうって。

 

 




@komugikonana

次話は2月28日(金)の22:00に公開します。
新しくお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます。
Twitterもやっています。良かったら覗いてあげてください。作者ページからサクッと飛べますよ!

~次回予告~
舞台袖で自分たちの出番を待つときはいつも神妙な気分になるんだよね。
早くファンのみんなが待ってるステージに飛び出して最高の音を聞かせてあげたいという気持ちと、そんなファンたちの気持ちに応えられるのかなと不安な気持ちが交じり合っているから。

あたしは、この神妙な気分の時は好きかもしれないね。
モカちゃんにかかればファンのみんなの心はがっちりだし、今までの努力は裏切らないってみんなを見てたら自然と思うから。

今日は一段と、神妙な気分が高まっている。

良くフワフワしすぎてて掴みにくいんだよな、って貴博君にも言われる。
フワフワとしてるのはあたしのアイデンティティだよ?それに掴みにくいって言ってる割にはあたしの心をがっちりつかんでるのは君なのにね。


では、次話までまったり待ってあげてください。

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