舞台袖で自分たちの出番を待つときはいつも神妙な気分になるんだよね。
早くファンのみんなが待ってるステージに飛び出して最高の音を聞かせてあげたいという気持ちと、そんなファンたちの気持ちに応えられるのかなと不安な気持ちが交じり合っているから。
あたしは、この神妙な気分の時は好きかもしれないね。
モカちゃんにかかればファンのみんなの心はがっちりだし、今までの努力は裏切らないってみんなを見てたら自然と思うから。
今日は一段と、神妙な気分が高まっている。
「さすがって感じだね……湊さんたち」
今演奏しているのは蘭がライバル視している湊さんたちのバンドで、今までにないくらいの盛り上がりを見せていてあたしたちもつい見とれちゃう部分もある。
だけど、あたしたちも。
「あたしたちも、負けてないよ?」
「当然。あたしたちは『いつも通り』やるだけだから」
「硬いなぁ、蘭は」
「モカがフワフワしすぎなんでしょ」
良くフワフワしすぎてて掴みにくいんだよな、って貴博君にも言われる。
フワフワとしてるのはあたしのアイデンティティだよ?それに掴みにくいって言ってる割にはあたしの心をがっちりつかんでるのは君なのにね。
湊さんたちの演奏がすべて終了して、彼女たちがステージからいなくなったらあたしたちの登場。その前に色々とスタッフさんが事前に渡してたセッティングリストを頼りに準備をしてくれる。
「ねぇねぇ!みんなであれしよう!」
もうすぐ出番なのにひーちゃんが何かを言い出した。
ともちんと蘭はまたあれか、みたいな顔でアイコンタクトしてる。あたしも予想は付くんだけどね。
「えい、えい、おー!」
空しくひーちゃんの声が大きく響いて、つぐもちょっと控えめに参加していた。
みんな言わないの、ってつぐがちょっとあたふたしているのをみると笑顔になっちゃった。つぐは何にでもつぐるからこうなっちゃうんだよね。
でもひーちゃんのおかげで凝り固まったみんなの顔がいつも通りに戻った。やっぱりあたしたちのリーダーだよね。
あたしだったらひーちゃんみたいに場を和ませることは出来ないし、つぐもともちんも、そして蘭にも出来ないだろうね。
あたしがひーちゃんの事を想っているような想いは貴博君は持っているのかな。
貴博君にとってあたしはかけがえのない存在なのかな。
それも、恥ずかしいけど聞いてみよう。
そう決意したら、今回の舞台はかっこよく決めないといけない。
あたしたちはステージに足を踏み入れると、観客たちが様々な声援を大きな声で与えてくれる。
「……Afterglowです。疲れたとは言わせない。しっかりあたしたちについてきて」
蘭の最初の短めだけど何よりあたし達らしい一言をきっかけに演奏を始める。
あたしはエフェクターを足で踏んでからイントロのギターフレーズを弾き、観客の方に目を向ける。
ギターをずっと見ながら弾いているより観客のみんなの方を見ている方が盛り上がるし、楽器を弾いてる側も楽しい。
そしていつもより色々と目をあちこちさせているのは、貴博君を探しているから。
……あたしの目に見える範囲では見つからない。
後ろの方で見てるのかな。貴博君は肝心な時に恥ずかしがり屋さんなんだから。
でも、絶対どこかで見てくれているはずだよね?
いつも以上にピックに入る力が強くなる。もっとあたしの音を聞いて欲しい、だけどうるさすぎるのはダメだから感情を込めて上品に。
「次で最後の曲だけど、まだまだいけるよね?ツナグ、ソラモヨウ」
練習のためあれだけ長い期間貴博君と会うのを我慢していたのに、本番はあっという間に終わっちゃうんだね。
それならあたしはどうしたら良い?
答えは決まってるよね。
練習の成果をみんなに、貴博君に届ければいいんだよ。
イントロはあたしが練習の時、何回も間違えちゃったけど今は完璧に弾くことが出来る。
この曲はリズムも大事。聴いているみんなが思わず身体を動かしてしまうようなリズムをあたしが演出しなきゃ。
たった数曲だけなのに額から汗が染み出るけど、不思議とライブ中の汗は演出のようにキラキラと光ってるように思っちゃう。
あたしは、貴方についていくよ。貴博君。
「終わったー!最高だったな!」
ライブを終えて控室に戻り、汗をタオルで吹きながらともちんはとっても良い顔で今回の感想を言う。
あたしもともちんの感想に意義はないし、ほかのみんなも絶対そう思ってる。
証拠はみんなの満ち足りた顔と達成感。
あたしたち、今回のライブも大成功で幕を下ろしたっぽい。
「このまま打ち上げをつぐの家でしようよ!」
「疲れてる……って言いたいところだけど、今回は賛成。つぐは大丈夫?」
「うん!もちろん!」
ひーちゃんの提案に珍しく蘭も賛成。きっと蘭も今回のライブが楽しくて余韻に浸りたいんじゃないかな。
そんなことを思ってるモカちゃんも余韻に浸りたい。貴博君にも会いたいけどね。
出演者のバンドさんやスタッフさんに挨拶を済ませてからライブハウスを出ると、さっきまで熱くなっていたから外の冷気が一段と寒く感じて思わず肩をぶるっと震わせる。
「……?」
「モカちゃん、どうしたの?」
「なにかあったのかなーって。ほら、あそこにいる人たち、警備員さんって感じじゃなさそうだし~」
「あれ、本当だ」
みんなは余り気にしてない感じだったけど、ライブハウスを出てすぐの路地で警察の人がたくさん集まっていた。
見慣れた光景、とか言っちゃったら物騒に思ってしまうけど事実だからしょうがない。
警察の人がいるのを一週間に一回は見ている気がするし、どちらかと言えば何が起きたのか気になって見に行ってしまう人たちも多いような気がする。
自分の身に不幸が降りてない時は好奇心の方が勝っちゃうのは良くないと思う。
でもあたしだって心のどこかで自分は関係ないし大丈夫だ、って思ってる。
「モカ、早く行こう」
「うん」
蘭に急かされてあたしもみんなの後をゆっくりとついて行く。背中にはギターを背負っているからずっしりしているのだけど、いつもこんな重量感があったっけと思う。
手に持っているエフェクターボードも重たく感じちゃう。
たくさんの人たちとすれ違ったけど、みんな同じような話題を話していた。
ライブハウスの近くなのにライブの感想じゃないのはちょっと寂しい。
聞いた?あそこで殺人未遂事件があったんだってよ。
まじで!?でも未遂って事は死んでないんだろ?
でも聞いた話によると被害者の血の量、ハンパじゃなかったらしい。
うっそ!画像とか流出してないかな、調べようぜ。
一人で歩けないよね、こわーい。
安心しろって。俺がいるだろ。
ヤバそうな奴がいたら守ってよね?
当たり前だろ。それより現場、見に行こうぜ
あまり聞いていて気持ちのいい話では無かった。
「みんな、お疲れ様!かんぱーい!」
「「「「かんぱーい」」」」
おじさんたちの飲み会の始まりみたいな雰囲気だけど、ジュースで乾杯をしてるのは流石につぐにお店を借りているのにアルコールはまずいだろうという判断。
夜遅くに片付けもしないといけないのにお店を貸してくれているつぐのママとパパにはお礼を言わなきゃだよね。
オレンジジュースを口に含むと甘さの中にも酸味が加わっていてとても美味しい。
甘さもあって酸味もあるって、貴博君みたいだね。
「……モカ、今貴博の事考えてたでしょ」
「蘭って、エスパー?」
「別にそんなんじゃないけど、貴博のところに行かなくて良いの?」
「これが終わったら、貴博君の布団にもぐるから平気~」
ふと携帯を触ってみると、ママからの着信履歴がかなりあった。
何かあったのかなと思ったけどそんなに急ぎじゃないだろうから後にしよう。
ママに急用を頼まれたことなんて今までなかったから。
「布団にもぐる!?」
「うん、たまに黙って貴博君の寝てる隙にお布団に入って~、それで貴博君が起きたら叩き起こされるんだよね~」
「貴博君も苦労してるんだね……」
みんなの乾いた笑顔が印象的で、多分みんなも本当に好きな人に出会えたらあたしの気持ちが分かると思うんだけどなぁって思う。
いつまでもギュッとしていたいし、貴博君をいつでも感じていたいって思うよ?
蘭とか想像できなそうだけど、意外とべったりな気がするんだよね~。
「な、何……こっちジッと見てんの?」
「蘭に素敵な人はまだ出来ないのかな~」
「よ、余計なお世話だし!」
顔を赤くしてオレンジジュースをちびちびと飲んでる蘭にあたしは笑ってしまった。
蘭はやっぱり分かりやすいね。
ひーちゃんもともちんも、つぐも笑顔で本当に今は最高な時間を過ごしているって自負してる。
「でもでも、今日は今までで一番楽しかったね」
「そうだな。アタシもめっちゃ楽しかったし、一番うまくいったんじゃねぇか」
「うん!私もそう思うな」
話は次第に今日のライブの感想を言い合っていく方向へと発展していった。
いつもは少なからず反省点があって、それを次の練習では意識してという感じだったけど今回は反省点は挙がっていない。
ともちんは今日のドラムスティックが弾けるようだったと言う。
ひーちゃんは自然と指が動き、身体がステップを刻んでいたと言う。
つぐは鍵盤が身体の一部かと思うくらい一体感があって心地よかったと言う。
蘭は言葉では表しにくいけど、今までで一番歌を歌っていて楽しかったと言う。
あたしは……。
「あたしは~、まだまだ上達できるって感じた~」
「いつもは適当なのに、今日はやけに厳しいじゃん」
「いつも大真面目だよ~」
あたしも今日はとっても気持ちが良かったし、楽しかった。
でもあたしの中ではもっと上手く出来たんじゃないかなって心のどこかでは思っていた。
今回は貴博君の事を想っていたから出来た演奏。だから今回も貴博君に助けてもらったってあたしは思う。
この気持ちを本番直前だけじゃなくて、練習の時でもその気持ちを持っていたらもっと上のレベルで本番が出来るはずだよね。
「だから~、練習の時から今日みたいな演奏が出来たら、もっとあたしたち、上手くなると思う」
「なんだかモカらしくないけど、たしかにその通りだよな。よし、今日の感覚を忘れずに練習に励もうぜ」
ともちんがジュースを高く上げながら宣言し、ジュースをゴクゴクと飲み続ける姿は酔っぱらっちゃったおじさんの姿とダブって見えた。
その時にお店の電話がジリリリ、と音を立てたからあたしも含めみんな電話機の方に目を向けた。
蘭も不思議そうな顔をしているのは、もうすでにつぐのお店の営業時間は終わっているから。
「私、電話出てくるね」
つぐが小走りで電話機の元へ行く。
あたしたちは今どきほとんど携帯電話からしか電話がかかってこないから珍しくもない現象に好奇心を抱いてしまったんだね。
なんだか、ライブ終わりの事件現場を野次馬する人たちと変わらないような気がしてげんなりとした。
「それよりもモカって、本当に貴博君と付き合ってから変わったよね」
「モカちゃんはモカちゃんのままだよ~」
「そんなことないって!モカ、最近輝いてるよ。あーあ、私もモカや巴みたいに素敵な恋をしたいなー」
コップの中に入っているストローを手に持ってグルグルとかき混ぜながらどこか遠い場所を見ているひーちゃんが小さなため息をつきながら手に顎をのせていた。
輝いている、かぁ。
でも確かにひーちゃんの言う通りかも。貴博君の事を思い浮かべてこんなことをしたら喜んでくれるかなとか、あんな冗談を言ったらジト目で見つめてくるかなとか考えているから毎日が楽しいんだよね。
「モ、モカちゃん!モカちゃんのお母さんから。何かとても慌ててる感じでモカちゃんに代わってほしいって」
え、ママがあたしに?こんな時間に慌ててるの?
つぐがちょっと不安そうな顔であたしの事を呼ぶから小走りで受話器の近くまで行く。
どうしたんだろ……。今までこんなことは無かったから不安。
あ、そういえばあたしの携帯にママから着信がたくさん入ってたっけ。
それと関係、あるのかな。
「もしもし~?どしたの?」
「モカ!?今どこにいるの!」
「ちょっとちょっと、落ち着いて話してよ~」
こんなに焦っているママの声を聞くのは初めてで、何か嫌な予感がしてきて心臓がギュッと誰か悪い人に握られているような息苦しさを覚える。
ママはいつも察しが良いのにどこにいるの、って聞いてくる時点でおかしいよ。
つぐの家の電話に出てるんだからつぐの家にいるに決まってるから。
そして受話器から聞こえるママの声が聞こえた瞬間、思わず受話器を落としてしまった。
そして足に力が入らなくなって崩れ落ちてしまった。
そして頭の中はパニック状態を通り越して、何も考えられなくなった。
どういう事……?
「佐東君が意識不明の重体なのよ!?今緊急手術中なのよ!?」
あたしが床に落とした受話器からは空しく声だけが響いていた。
@komugikonana
次話は3月3日(火)の22:00に公開します。
新しくこの小説をお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます。
Twitterもやっています。良かったら覗いてあげてください。作者ページからもサクッと飛べますよ!
~次回予告~
あたしは足に力が入らず、思わず崩れ落ちてしまった。
貴博君が意識不明の重体?ママ、あたしの大事な人に対してそんな冗談なんて辞めてよ。
何も面白くないよ?
それに、貴博君は……。
今日の昼ぐらいはお互いメッセージをやり取りしていたんだよ?
数時間前はあたしたちにパンを差し入れてくれたんだよ?
そんな貴博君が今は意識不明なんて、あり得るはずないじゃん。
なのにどうしていつも冷静沈着なママが慌てふためいているの?
確かにライブハウスの近くに警察の人がいたけど、そんなはずないよ。
「そんなの、嘘だよ……。だって貴博君は今日も控室に来てくれたもん。その時はいつも通りだったよ?」
では、次話までまったり待ってあげてください。