仕事にもある程度慣れてきた1月。
数週間前に始めたにも関わらず、あまり疲れや不満が溜まっていないのはもしかしたら仕事と合っているのかもしれない。
そんな事を言っても休日は休日でゆっくりと休む。
土曜日の今日は、この前買った格安携帯で世の中で何が起きているのかを確認していた。
世の中は色々と物騒な出来事が起こっているらしい。
ご当地アイドルがファンにナイフで切りつけられるとか、若い女性が通りすがりの男性に催涙スプレーをかけられるとか言い出したらキリがない。
俺はそんなネットを寝転びながら見ていた。
どうしてこいつらは自ら人生をフイにしてしまうような事をやってしまうんだろうな。一度犯罪者ってレッテルを貼られたらこれから生きていくのは大変だぞ。
まぁそんな物騒な事をやっている奴らと同じ穴の
携帯を閉じてから俺は窓の外を見た。どんよりと重たそうな雲が空を覆っていた。
もしかしたら今日はめんどくさい事が起こるかもしれない
「おはよう、佐東君」
「おはようございます京華さん。それとノックしてくださいっていつも言ってますよね」
朝の早くからモカの母親である京華さんが俺の部屋に入ってきた。
「ノックして要件が伝わればするけどね」と言う、ぶっ飛んだ意見を普通の顔で言えるのはやっぱりモカの母親なのかもしれない。
それと京華さんが部屋にやってくる時は大体めんどくさい事が起きる。
この前は土曜日のくせに仕事を頼まれた。しかも電車で片道3時間もかかる場所にまで行かされた。
今回は京華さんの表情が明るい感じだからヤバい要件かもしれない。
もちろん俺は住む場所を提供してもらっているから拒否権なんて存在しない。
「うちの娘に変わって、アルバイト行ってくれない?」
「はい?京華さんの娘さんはバイトをサボって遊びに行く子なんですかね」
「あの娘、珍しくしんどいって言うのよ。代わりもいないらしくて困っていたらしいけど、身近にいたわね」
「……何時からですか?」
「9時からね」
「もっと早く言ってくださいよ!」
今の時刻は8時20分だという事をこの人は知っているのだろうか。
それにバイトで給料が日当なら問題ないが、それ以外のバイトで関係ない人が働けないよな……。
そんなことを考えていても仕方がないから、京華さんにモカのバイト先を聞いてから急いで事務所から飛び出した。
「青葉の代役で来ました、佐東です」
「佐東君、よろしくねっ!」
モカのバイト先はコンビニだったらしい。そして同じシフトにはギャルっぽい人が付いてくれる。今井リサと言うらしい。
ここのコンビニ店長に自分が代役で大丈夫なのかを聞いた時は流石にイラっとした。
店長曰く「働くのが好きな男の人だから無給で良いって聞いた」かららしい。いったい誰がそんな事を言ったのか想像は容易い。
店長が悪いわけでは無いからここで怒っても仕方がないから、帰った後はじっくりと訳を聞くことにしよう。
こいつらには労働の規則を教えてやらなくちゃいけないな。そもそもバイトの代役は同じバイト仲間でするもんだろ。
コンビニのバイトは以前やった事があるから作業の流れは大体分かるし、レジの打ち方もこのタイプなら問題なく行える。
「無給でアルバイトって佐東君って仕事大好き人間だったり?」
「そんな訳ないですよ……青葉のイタズラでしょ」
「あはは……それはドンマイだね」
「まぁ、足を引っ張らないように働きますよ」
俺は軽く今井さんと話をしながら、来た客を無難に対処していく。
この時間だからピークほど忙しくは無いだろうけど、それなりに客は来るものだ。
そして客が少なくなってきたら商品の整理を行うためにレジを離れる。
どうもこのコンビニは働くのには良い環境かもしれない。客足が落ち着いているときはあまり来ないのだから。
……確かにモカがバイト先に選びそうだな。
「ねぇねぇ、佐東君」
「何ですか?」
今井さんはレジの方から商品整理をしている俺の近くまで来る。
この人、結構人との距離が近い。俺はどうってことは無いけど、弟なら嫌いなタイプの女性なんだろうなってふと思った。
「佐東君とモカってどういう関係?おねーさんに教えてほしいな~」
「顔見知りなだけ、ですよ」
「ほんとかな~?モカにはナイショにしててあげるから、正直に言ってみなよ、ね?」
片目を閉じながら顔を近づけてくる今井さんを無視しながら俺は空いた棚の隙間に商品を詰め込んでいく。
俺とモカの関係なんて、別にあんたたちが予想しているような仲ではない。
俺とモカの関係性はジンベイザメみたいなものだ。
普通に泳いでいてもコバンザメがお腹辺りにくっ付いてくるのと同じで、モカが勝手に俺の場所に現れる。ただそれだけ。
今井さんは「面白くないなぁ~」と俺にわざと聞こえるような声を出した後、レジに戻っていった。
ただ、俺は少しだけモカとの関係性を考えてみた。
友人ではないけど、知り合いにしては会う頻度が多い気がする。
モカは俺の働き先の上司の娘って関係性なのか?でもそれでは寂しい気がする。
……寂しい気がするのは気のせいだ、きっと。
「じゃあさ、佐東君はモカの事、好き?」
「本当にそういう話が好きなんですね……」
「LOVEじゃなくても良いから!」
今井さんはレジの前で少し前のめりになりながら聞いてきた。
その時に、俺の頭の中からモカの顔がフワワン、と湧いて出てきた。
そのモカはニヤニヤしながら「どっちなの~。そっくん」とか言ってきている。
俺は少しだけ力を入れてポテチを棚にぶち込んだ。
ポテチはガシャ、と言う音を立てながら棚の中にすっぽりと入っていった。
モカが好きか、嫌いか。その二択なら答えは大体だけど決まっていたりする。
だって、
しかもみんなと変わらない口調で。それが意外と嬉しいんだよな。
「……嫌いじゃない、です」
「わぁお!だったら付き合っちゃいなよ!」
「悪いけど、LIKEの好きなんで。付き合うとかそんなのは全然ないですよ」
頭の中でふんわりとした笑みを浮かべているモカは「そっくん、だいたん~」とか言った後にサラッと消えていった。
はぁ、と深いため息を一息こぼした。
指定されていたバイトの時間が過ぎた。
思っていたより時間の経過が長く感じたのはどうしてだろう。あいつを心配している?それこそまさかだ。
俺は今井さんに「お先に失礼します」と一言言ってから店の裏の方に行き、コンビニの制服を脱ぐ。
そして店長にも一言挨拶してから住んでいる事務所に帰ろうとした。
その時に俺は店長に呼び止められた。
まだ店長は「佐東君」としか言っていないから、要件が分からないのが普通なんだけど今日の俺はどうやら冴えているらしい。
軽く手を挙げてから、俺はこう言い放ってやった。
「全部、あいつの口座に入れておいてください。その代わり、もう二度と代役としては来ませんから」
訳の分からねぇことを言ってるな、俺って。
俺はバイトを終えた後はそのまま事務所の2階に行って疲れ切った身体を癒そうと思っていた。
だけど俺の足はそんな考えとは裏腹に事務所に向かう方向の反対を歩いていた。
そんな自分に、一回舌打ち。
俺はあるお店の中に入った。
このお店は全国にチェーン展開しているらしい。俺は遠出なんてしたことも無いから知らないけど、聞いた話によると確かにそうらしい。
俺はこう言う
臭いというわけでは無いが、店内に充満する薬品っぽいにおいが生理的に無理なだけ。
俺はそのまま真っ先に冷えピタの売っている売り場まで足を運ぶ。
冷えピタをガシッ、と鷲掴みにしてからカゴに入れる。その足で自分が良く使っていた風邪薬を買う。もちろん解熱作用のある薬だ。
そのままレジに向かおうとしたら、目に食品コーナーが映った。
そういえば最近は薬局でも食品を買う事が出来るようになったんだっけ。うどんとタマゴの小パック、スポーツドリンクを手に掴んで一緒にカゴの中に入れた。
「誰か風邪をひかれたんですか?」
パートであろう、俺の母親と同年代ぐらいのおばさんがカゴに入れた商品を精算しながらそんなことを言ってきた。
別にアンタには関係がないだろ。そんな事を真っ先に思ってしまった辺り、俺が最低な人間だという事を再確認した。
「……まぁ、そういう事」
「最近は冷えますもんねぇ。1260円になります」
俺はしわくちゃになっていた千円札と小銭を出す。
おばさんは千円札を受け取って何回かシワを取ろうと千円札を伸ばしていたけど、そこに描かれているおっさんは相変わらずくちゃっとしていた。
そういう事だから、気にしないでくれよ。おばさん。
俺たち人間も紙切れみたいなもんだ。いちどシワを作ればまっすぐにするのは無理だ。きれいに折りたたまれた紙もあれば、俺みたいにしわくちゃな紙もいるし、自ら燃やして灰になるバカだっている。
「ふふふ。お札がしわくちゃな理由、ちょっとおばさん分かったかも」
「悪かったな。ガサツな人間で」
「そうじゃないわよ。……大事な人なのかな?お大事に」
勘の良いおばさんだな、そんな事を考えながらお釣りを受け取っていつもより広い歩幅で事務所の方まで歩いて行った。
冬のくせに顔はあったかいし、口や鼻から出る吐息がやけにあったかく感じる。
いつもはポケットに入れている手も、左手でレジ袋を持って、右手も外気に触れている。
事務所に着いてから、俺は京華さんのデスクを探る。
俺のやっていることは悪い事だし、印象にも悪影響を与える。簡単に言えば俺の「イメージ」が悪くなる。
そんなことは分かっている。
デスクの上に置いてある書類を片っ端から確認していく。次は棚を一つずつ確認していく。
「……見つけた」
そして俺の目当ての情報を手に入れることが出来た。
その時の俺の顔は自分では見れないから分からないが、良い顔をしたと思う。口角がグッと上がるのを感じたのだから。
間違っていても良い。その道を突き進んでいくことが大事なんだ。
しわくちゃな紙でも、たまには役に立つ時だってあるだろ?
俺は見つけた情報が書かれている部分を携帯で写真を撮る。
そのまま俺はデスクを探ったことが京華さんにばれないようにきれいに整頓してから、携帯で撮った写真を頼りに出ていくことにした。
左手には薬局で購入したレジ袋を持って。
@komugikonana
次話は8月27日(火)の22時に更新します。
新しくこの小説をお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます。
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評価9から10へ上方修正してくださったsteelwoolさん!
この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
これからも応援、よろしくお願いします!
~次回予告~
頭の中では、小学生低学年くらいの子供が熱で寝込んでいるところを同じような背格好の子供が看病している映像が壊れかけのオルゴールの音とともにノイズ付きで再生されていた。
どうやら俺が捨て去った過去の思い出が急にフラッシュバックしたらしい。
どうして青葉家の玄関前でこんな事を思い出したのだろう。
少し硬めにうどんをゆで終わってから水溶きタマゴと水溶き片栗粉、冷蔵庫に入っていたショウガとネギを少量入れてすぐに火を止める。
……さて、そばに行ってやるか。
~感謝と御礼~
今作品「change」のお気に入り登録者が200人を突破いたしました!かなり速いペースで作者もびっくりしまくっています。
読者のみなさんの応援のおかげでこの小説も順風満帆なスタートを切ることが出来ました。これからの展開にも期待してください。
読者のみなさん、応援ありがとうございます!
~豆知識~
しわくちゃのお札……貴博君の財布から出てきた千円札。しわくちゃなのは、何度も使おうとしたけど思いとどまって使わなかった。いわゆる我慢。お金少ないもんね。
でもそんなお金を躊躇なく出せるモカとの関係って、何なのだろうね。
では、次話までまったりと待ってあげてください。