change   作:小麦 こな

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雨のち、芽生え②

二人分の昼飯が載っているからなのか、それとも周りに張り詰める空気が重たくてイタズラをされているのかは分からないが、手に持っているトレイがズシッと重く感じる。

 

俺は少し離れたところでモカの様子を見ることにした。もちろんトレイを持ったまま突っ立っているのはダルイから空いている席に座って様子を伺う。

ただモカの口が動いているのは分かるが何を話しているかまでは分からず、少し距離が遠すぎるらしい。

 

だけどこの距離からでも、モカがはっきりしないような顔をしているのは分かった。

まるで夢を叶えられるが重要な何かを犠牲にしてしまう、そんな究極の選択を迫られているような顔だった。

 

モカはどこからか手のひらサイズのメモ帳を取り出し、何かをメモしてから電話を切った。

 

俺は重たい腰をしっかりと起こしてから、モカの座っていた席に座る。

モカは俺の方を見て、さっきとは全く違う、にこやかな顔を向けてきた。

 

トレイを持っている両手に力が無意識に入った。

本当は辛いのに、助けてほしいのに平気な顔をしている奴が俺は一番嫌いなんだ。

 

「……なぁ、青葉」

「なぁに?そっくん」

「もう一度だけ忠告しとく。後悔しても、知らねぇぞ」

 

じっくり見ておかないと分からないくらいだったが、確かにモカの瞳が揺れ動いた。

俺は今の段階では(・・・・・・)モカが何に追い詰められているのかは分からない。そう、今の段階では。

 

トレイに載っていたモカの頼んだ商品をゆっくりと彼女の目の前にまで持って行く。

俺は自分が頼んだダブルチーズバーガーをぶっきらぼうに頬張った。

 

「……そっくんは、どこまで知ってるの?」

「ああ?何も知らねーよ」

「ふーん……」

 

モカは疑い深そうな、そんなジト目を俺の方に向けてきた。

どこまで知っているの……か。その言いまわし方だと受け取り方は人それぞれなんじゃないかって感じた。

 

だから俺は「知らない」って答えた。

もちろん詳しく言及されたら答えるつもりだったけど、大雑把な問いかけには大雑把な返答が的を得ている。

 

「そっくんはね?『別れ』についてどう思う?」

「別れねぇ」

 

そんなの、俺の中では答えは決まっていた。

 

世間一般では「別れ」を美化している。春になると決まって、世の中を分かったそぶりをしている大人が「別れもあれば出会いもある」なんて言いやがる。

 

でもさ、あんたらは経験したことが無いからそんな安っぽい言葉をペラペラと口に出せるんだ。

一度人間は別れちまったらそれっきりで、出会いがあるという確証なんて無いぞ?

 

現に俺は……。

 

「別れなんてしないのが一番良いに決まってるだろ」

「でも、お別れによって人は強くなるよ?」

「あほか。それは明確な目標を持った、決意に溢れた奴だけだ」

 

コーヒーを口の中にゆっくりと流し入れる。

モカの言葉には少し引っかかるものがあったが、ようやく理解できてきた。

たしかモカは俺と出会ってばかりの時にもよく似た言葉を発していた。

 

“そっくん()、明日も会えるよね?”

 

「まぁ俺が言っても仕方がない。青葉、お前の好きにすればいい」

「それは……そうなんだけどなぁ~」

 

モカは頼んでいた飲み物に刺してあったストローをグルグルと回しながら、ポツンとそんな言葉をこぼした。

トレイは一つしか持ってきていなかったからモカの囁きはこぼれて、店内のどこかへ消えてしまった。

 

今のモカの心に秘められた感情も、こぼれ続けるだけで受け止めててくれる器がないんだろうなって俺は直感的に思った。

器になるべきはずの人間は一体何をやってるんだ、くそったれが。

 

「……悪い、青葉。少し外の空気を吸ってくる」

 

そんなイライラが表に出てきてしまったから、俺はモカに一言言ってから席を立つ。

そしていったん店の外に出てから、ポケットに入れてあったたばこを取り出して口に銜える。

 

たばこの先端に火を灯してから一気に煙を吐く。

 

俺はそんなうっすらと消えていく煙を見ながら携帯を取り出した。

そしてある人物に電話をかける。

 

「……もしもし?佐東です」

 

左手に持っているたばこは、まだ煙が昇って行っている。

たばこの吸い殻が無くなってしまう前に、火が消えてしまう前に俺は行動に移してやるしかなさそうだ。

 

それにしても、いつからこんな性格になったのだろう。

まぁ、良いか。犯罪者なんだから犯罪者なりに暗躍して、ヒロインには表で輝いてもらおう。

 

 

 

 

モカと一日デザインを考えていたけど、彼女の納得のいくデザインは出来なかったみたいだ。

何回も紙に書いては捨てるの繰り返しで今日は終わってしまった。

 

モカからすれば、大事なライブになるであろうから最高のものを作りたいって言うのは分かる。

だけど優先すべきことが他にないのか?あるだろう。

 

だけど俺はその言葉を言えずにいた。

モカには自分で気づいて欲しいし、俺が言うのも野暮だって感じたから。

 

 

夜の9時。俺は事務所の二階であの人が来るのを待っていると、珍しくドアをノックする音が聞こえた。

入っても良いですよ、と声をかける。

 

「約束通り、来たわよ佐東君」

「ありがとうございます。それとこれからは今みたいにノックして入ってきてくださいよ、京華さん」

「だって……夜の男の子の部屋なんて一人で(ナニ)してるか分からないもの」

「ほんと、貴方の考えていることは分からないですよ」

 

俺はため息を零す。この人は仕事が出来るのは間違いは無いが、やっぱり親と子は似るんだなって思う部分もあったりする。

……俺にも、あんなクソみたいな母親と似ている部分があるのかもな。

 

「早速本題に入るけど、良い?」

「もちろんです」

「結論から言うと、私は何も聞いてない」

「……そうですか」

「だけど、佐東君が欲しそうな情報は手に入れることが出来た」

 

俺はじっと京華さんの顔を見つめる。

そんな京華さんは「先に貴方に聞きたいことがあるわ」と口にしてきた。

 

「佐東君はモカの事、好きなの?」

「悪いですけど、そんな感情は皆無です」

「そう?気にかけてくれてるみたいだし、貴方なら歓迎なんだけど」

 

俺の事を歓迎だなんてそれこそあなたたちに迷惑が掛かってしまうでしょ、と言う気持ちを込めて大きなため息をつく。

京華さんはまだ俺が前科持ちだという事は知らないはず。あなたたちまで不幸にしてしまうほど俺も腐ってはいない。

 

俺は京華さんに目で、早く情報を教えてほしいと訴えかける。

京華さんは口角を少しだけ上げて首を右横に傾げた。

 

「モカの携帯を開いて着信履歴を調べたの」

「……強硬手段に出たんですね」

「あの子のパスワードったら単純なんだから簡単。それでなんだけど」

 

京華さんは俺にA4サイズの紙を渡してきた。

その紙はとある会社の概要が載ってある、簡単に言えばその会社のホームページにある会社概要をコピーしただけの紙。

 

だけど俺にとっては顔をニヤつかせるには十分な情報だった。

やっぱり、俺の予想は当たっていたらしい。

 

普通は喜ばしい事なのに、モカは悩んだり苦しそうな顔をしているのを見る限り恐らく……そういう事だろう。

これはしっかりと怒ってやる必要がありそうだ。

 

「良い情報でしょ?」

「確かに、とっても良い情報ですね」

「佐東君の話からモカに起きている出来事は推測したけど……佐東君。貴方はどう行動するつもり?」

 

京華さんは少しだけ真面目な顔つきになって、俺に問いかけてきた。

こういう時は、答えはおおよそ何でもいい。

 

だけどこれだけは言える。

 

相手の目をしっかりと、強く見て発言すれば大体上手くいくもんだ。

俺は京華さんの綺麗な瞳を見つめながら、俺の考えを吐き出してやった。

 

「青葉に、モカにそばにいてくれる人間の大切さを思い知らせてやりますよ」

「そう……佐東君らしい。私も貴方ならそうしてる」

 

 

 

 

そんな出来事があって、たしか1週間ぐらいたった時の休日。

俺の部屋にモカが入ってきた。もちろん、彼女もノックなしで入ってくるのは変わらない。

 

ただいつもと変わっていたのは、彼女が何かを手に持って俺の部屋に来た事。

 

「そっくん。やっとできたんだ、ポスター」

「そうか……よかったじゃねぇか」

「そっくんにもあげるね?かわいいモカちゃんからのプレゼント~」

 

俺はモカからポスターを受け取った。

確かによくできていて、日付やバンド名、そしてどこで行われるかがすぐに目に入ってくるようなデザインに仕上がっていた。

 

こんなすごいポスターを結局は一人で作り上げてしまうモカは、京華さんの娘さんなんだなって素直に感じてしまう。

 

「そっくんも、良かったら観に来てほしいな~」

 

そんな言葉を言いながら、だけど目線は少し斜め上を向けながらそう言ってきた。

普段の俺ならめんどくさい、と言って一蹴するのだが今回だけはそうはいかない。

 

もちろんモカにガツンと言ってやらなければならないって目的もあるさ。

だけどそんな目的を抜きに、モカたちのライブを観てみたい感情が俺には芽生えていた。

わざとらしくスケジュール帳を広げて、ポスターに書いてあった月日を確認する。

 

「空いてるから観に行ってやるよ、お前のライブ」

「そっくん、熱でもあるの?」

「はぁ?」

「これが、そっくんがツンデレに目覚めた瞬間であった」

「何言ってんだ?……なら観に行かねぇぞ」

「そっくんが来てくれるの、あたしは嬉しいな~」

「棒読み感を出すな」

 

モカは俺の部屋に少しだけ居座るつもりらしい、床にちょこんと女の子座りをした。

俺はそんなモカにめんどくさいからさっさとどっか行け、と口では言ったが目は違った感情を込めていた。

 

お前のライブ、観てやるからしっかり演奏しろよ。

そしてお前の最後のライブになんてさせるつもりはねぇから。

 

モカはムスッとした顔を一瞬だけしたけど、その後はいつものようなふんわりとした笑顔を俺に向けていた。

 

 

 




@komugikonana

次話は9月6日(金)の22:00に公開します。
新しくこの小説をお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます!
Twitterもやってます。良かったら覗いてあげてください。作者ページからサクッと飛べますよ!

~高評価をつけて頂いた方をご紹介~
評価10という最高評価をつけて頂きました いっちぇーさん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!!
これからも応援、よろしくお願いします!

~次回予告~

「はぁ……面倒ごとは嫌いなんだけどな」

そんな言葉とは裏腹に、口角をグイッと上げながら昼下がりのオフィス街を颯爽と歩く。
もう3月下旬。モカが言う「出会いと別れの季節」が近づいている。

その季節に俺はライブハウスに向かった。

そこである人物で出会った。

ふと、昔の思い出と被った。
小学生になるかならないか分からないくらいの、まだ世の中の右も左も分からねぇぐらいのガキだった頃。
その時のお前の顔が、今のお前の顔とダブって頭から離れない。
おまけに言ってくる言葉まで似てるから困ったもんだ。


「兄さん!」

~ファンアート~
伊咲濤さんからファンアートを4枚も頂きました!ありがとうございます!
まず前半戦として2枚公開します。後の2枚は金曜日に公開します。
ファンアートも随時募集中です。TwitterのDMにて受け付けております!

【挿絵表示】


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では、次話までまったり待ってあげてください。
モカちゃん、誕生日おめでとう。

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