【完結】流星群の降り注ぐ夜に   作:ラジラルク

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Episode ☆☆

2

 

 

 当時は何とも思っていなかったけど、今振り返れば私はかなり変わった子供だったのかもしれない。

 何がキッカケだったかとか、いつ頃からだったのかとか、そんなことは今となっては遠すぎる過去の出来事になってしまって曖昧だが、私は物心ついた頃からロックが好きだったんだと思う。きっとそれは男の子がスポーツ選手に、女の子が保育士や花屋に憧れたりするような、小さかった頃のそういった類の感覚と同じで、始めの頃は私の中でロックはただただ漠然とした遠い憧れだった。

 薄暗いライブハウスのステージで、暴力的にマイクスタンドを振り回しながら思いのままに歌って、額を流れる汗を気に留めずに身体全体で自分の“ロック”を表現するーー、そんなステージに立つ自分の姿を鮮明にイメージしてはまだ幼かった私の小さな魂が揺れ動くような気がして、私はいつもロックに夢中になっていった。休みの日に一人で自室で世界中のロックアーティストの音楽を聞き込む度に、あの過激で熱い世界の魅力に惹かれていって、時折テレビで放送される音楽番組でロックアーティストが出演すれば、テレビの中の世界と自分を重ねてみたりして。流行りのアニメの主題歌や話題のアイドルに夢中になる同世代を余所目に、私はこの頃からどっぷりとロックの世界に浸っていた。なんなら小学生の頃に書いた卒業文集にも、確かに“日本を代表するロックアーティストになる”と、常日頃から脳裏でイメージしていた将来の自分の姿を照らし合わせ、書き込んでいたくらいだ。もうこの頃の私は、ロックが漠然とした憧れではなく、明確な“夢”であり人生の“目標”となっていたのだと思う。

 

 慣れないセーラー服に身をまとい、中学生になった私に、今までヘッドホンで聞いてばかりだったロックの世界にぐっと近づく機会が訪れた。

 小学生のくせにやけにロックに詳しくて憧れている面白いガキがいるーー、そんな変わりの者の噂が狭い街の中学の先輩たちの間に知れ渡っていたらしく、中学校に入学してすぐに一つ上の先輩たちのバンドに誘われたのだ。バンドと言っても、中学生ができる活動規模なんかたかが知れていて、周りから見ればバンドと言うより“バンドごっこ”に近かったのではないかと思う。確かにあの頃の私たちは、バンドと呼ぶにはあまりにも技術が伴ってなくて、活動も休みの日に先輩の家に集まって練習したり、たまに薄汚い路上で好き勝手に演奏を行う程度のレベルで、当然無名中の無名バンド、先輩たちが高校受験に備えて塾に通い始めたのを機に解散してしまった素人集団だ。あんなのを“ロックバンド”だなんて言い張ってた当時の自分を思い出すと途端に小恥ずかしい気持ちにもなるけれど、それでもあの頃の私たちは私たちなりに本気でバンド活動をしていて、あの頃にしか持てなかった純粋な想いで本気でロックに向き合おうとしていた。その時間は私にとって本当にかけがえのない、充実した時間だったのは間違いなかった。

 

 そんな私に人生で最大かつ、最後の転機が訪れたのは忘れないもしない中学二年生の秋。

 私が“あの人”に出会ったのは、秋というには風があまりにも肌寒くて、独りぼっちで見上げる福岡の空があまりにも高く感じた、日曜日の夕暮れ時だった。

 この頃、先輩たちの受験勉強が本格化していたためバンドは既に事実上の解散状態。唯一取り残された私は独りで路上で歌うことが多くなり始めていて、案の定この日も大勢の人が行き交う警固公園の隅で、一年越しにようやく感触が馴染んできたギターを持って名前も無い歌を歌っていた。

 

「……なんだよ、アンタ? さっきから人のことを物珍しいに見て」

 

 足早に私の前を通り過ぎていく通行人の中で一人、足を止めて品定めをするような眼差しで私を見つめる若い風貌の男の存在に気がついて、私から声をかけた。

 眼鏡をかけた男はサラリーマンなのか、日曜日だというのにシワひとつない綺麗なスーツを見事なまでに着こなしており、その佇まいや存在感からは周りの通行人の人たちはどこか浮いているような、そんな異質な雰囲気すら感じられる。

 

「あぁ、ごめん。君の歌と雰囲気にすっかり惹き付けられてしまって、つい……」

「……へぇ、そう言われると嬉しいね」

 

 少しだけ恥ずかしそうにはにかんだ男性を見て、思わず私も頬の筋肉を緩めてしまった。

 誰に向けたわけでもない、私の歌がこの男の人の足を止めさせた。そう思うと、すごく幸せな気持ちに包まれて、胸の奥底から満たされていく心地よさに包まれていく。いつもここで歌っていても誰一人足を止めずに私の前を過ぎ去っていくばかりで、こんなに面と向かって私の音楽を褒めてくれる人はいなかったのだ。

 初めは警戒していたけれど、この素性の知らない男はそこまで怪しい者ではないのかもしれない。私の音楽を褒めてくれたのもあってか、私はこの男に心を開くのにそう時間は要さなかった。

 それから男は何点か私に質問を投げかけた。

 

「君はソロ活動中? それともバンドでも?」

「前はバンドのボーカルやってたけど、解散しちゃってさ。今はこうしてソロでやってる」

「そうなんだ、良かったら名前を聞かせてくれないかな?」

「あぁ、いいぜ。アタシの名前はジュリア」

「ジュリア……、か。歳はいくつ?」

「今年14歳になる中学二年生だけど、なんでそんなことを?」

 

 質問に答える私の眼を見ながら、時折小さなメモ用紙に視線を落として上等そうなペンをスラスラと走らせている。

 男は一通りの質問攻めを終えた後、今度は自分の素性を順を追って明かしてくれた。男は東京に籍を置く芸能プロダクションのプロデューサーをしているようで、仕事の関係で昨日から福岡に来ていたらしい。その仕事というのが、今の時代、老若男女問わず知らない人がいないと言っても過言ではないほどの超人気アイドル、星井美希のライブだというのだから私は心底驚いて思わず変な声を上げてしまった。全国ツアーで福岡を訪れていた星井美希の付き添いでやってきたと話すこの男は、必然的に“あの”の星井美希のプロデューサーで、アイドル業界で最大手の765プロダクションのプロデューサーということになるらしい。

 日曜日の夕暮れ時に警固公園で適当に独りで路上でギターを弾いて歌っていたら、国民的アイドル星井美希のプロデューサーに声をかけられたのだ。驚かない方が異常ではないのだろうか。

 

(どうりで他の通行人たちとは違って見えたわけだ)

 

 半信半疑ではあったが男の話を一通り聴いて、初見で感じた違和感の正体がなんとなく分かった気がした。日曜日なのにスーツをしっかりと着ている理由も、男の口調にまるで福岡の方言が混じっておらず、終始綺麗な標準語だったのも、東京から仕事で来た人間だと知れば納得できる。

 事の顛末を聴いてようやく私の頭の理解が追い付いてきた私だったが、衝撃はこれだけでは終わらなかった。東京からやってきたと話す男が、今度は更に私を驚かせるような虚言ともいえる言葉を口にしたのだ。

 

「良かったら東京で挑戦する気はないか? 君の目の輝き、人を惹きつける雰囲気、そしてさっきの歌声があれば、きっとアイドルとして大成すると思う」

「はぁ?」

 

 私が、アイドル…………?

 コイツ、私をからかっているのか。だが、男の眼差しは真剣そのものだった。

 

「それ、あたしをスカウトしたいってことか?」

 

 男の瞳の奥を見透かすように、睨みつけてみる。だけど、いくら男の眼を見上げて射抜くように見つめてみても、その眼差しはまるで変わる気配が感じられなかった。

 

「そういうこと。良かったら詳しい話を……」

「あはははっ、冗談! 話なんて、聞くまでもないね」

 

 今度は男が素っ頓狂な顔で私を見つめた。

 自分からスカウトしてきたくせに、なんて顔してんだ。その顔が妙におかしくて、私は思わず吹き出すように笑ってしまう。

 

(アタシがアイドル、ねぇ……)

 

 今まで考えたこともなかった選択肢。

 夢に見ていたのはロックなアーティストだったけど、正直私は“アーティスト”という枠組みに拘りはなかった。アイドルであれ、シンガソングライターであれ、ステージに上がってロックを表現できる場があるのならなんだっていい。場所や立場なんかに影響されたり縛られたり、そんな窮屈な世界で歌うのは絶対に嫌だった。

 それに幼い頃からいずれはロックなアーティストになると信じて止まなかった私にとって、遅かれ早かれ何処かのタイミングでこういったチャンスを掴む必要があると思っていた。色々選択肢や道はあるのだろうけど、この時の私はまだ福岡の小さな世界しか知らない中学二年生の14歳。音楽で有名になる=上京する、といった古典的かつ単純な道しか頭にはなく、それ以外の術を知る由もなかったのだ。

 だから私は男の話に即決で答えを出した。例えアイドルだとしても、東京に出てステージに立てばいつか夢に描いていたロックなアーティストになることができる、と。そう、幼い思考回路で都合よく解釈された私の未来を信じて。

 

「いいよ、やってやるさ」

 

 そう言って覚悟を決めるように、私は警固公園で声をかけたこの男にそっと右手を差し出した。

 

 

3

 

 

 私はスカウトの話に即決したものの、実際は未成年かつ義務教育中の学生だということもあり、上京はすぐには実現しなかった。

 あの日、私に名刺を渡した男ーー、プロデューサーはあれから何度も仕事の合間を縫って福岡に訪れては、実家や学校に直接出向いて両親や先生などに事細かな話と説明をしてくれた。初めてプロデューサーを家に招待した時はさすがに驚いていたが、両親は東京に行きたいと語った私の判断を尊重し、応援してくれると言ってくれた。後から聴いた話だが、両親も昔からロックに夢中になる私の姿を見て、もしかしたらいつの日か本気で音楽の道を進むかも知れないと覚悟していたそうだ。そんなんだったから、いつか私の口からこういった言葉が出てくることも薄々勘付いていたのかもしれない。

 ただ上京する条件として、義務教育を終える中学卒業時までは福岡にいること、そして東京では芸能科のある高校に通うことを提示された。中学卒業まではいいとして、音楽をし東京へ行くのに学校に通う必要はあるのか、そう考えるとどうしても高校は私の東京での生活の足枷になる気がしてしまって、どうにも乗り気にはなれなかった。

 

「上京しても成功するとは限らない。そうなった時のためにも、保険として高卒は取っておいた方が俺は良いと思う」

 

 プロデューサーにもそう説かれ、私は渋々ながら両親の提示した条件に頷くしかなかった。今思えばあの時の両親やプロデューサーの口にしていたことはまさに正論であり、正しい判断だったと思える。人様の子供を預かるプロデューサーの立場としても、成功が保証されていない勝負の世界に身を投じる我が子を心配する親としても、万が一のことがあった時の為に逃げ道を用意しておくに越したことはなかったのだから。

 

(音楽で売れちまえば高卒か中卒かなんて関係ないのに)

 

 だけど、どうしても14歳の幼い思考回路では都合よく自分の未来が解釈されてしまう。この時の私は、色んな意味で東京の本当の恐ろしさを知らなかったのだと思う。

 東京に行ってすぐにアイドルデビュー、そしてロックなアイドルとしてブレイクーー。

 勿論、そんなにトントン拍子に事が進む世界ではないと十二分に分かっていたはずだったが、それでも当時の幼い私はそんなシンデレラストーリーばかりを思い描いていて、自分が東京で挫折する姿なんか一度も想像した事がなかった。東京に行けば私の成功は保証されている、思春期特有のまるで根拠のない自信ばかりが私の胸の中には膨らんでいて、自身のイメージする約束された将来を疑う余地もなかったのだ。

 この時の私は、それこそ何にでもなれる気がしていた。

 怖いものを怖いと思わず、ただただ自分の理想だけを追い求めて、ひたすら一直線に進んで行けるーー。それこそ、真っ暗な夜空の果てにある何かを求めて一心不乱に走り続けていく流星のように。

 光り輝くトップアイドルにだって、世界に通用するロックアーティストにだって、その気になれば何にでもなれる、この頃の私はそんな自分の成功した姿を容易に想像する事ができていたはずだった。

 それはなんて傲慢で浅はかな勘違いだったのだろうか。

 大人になった今、あの頃を振り返ると私はそう思わずにはいられなかった。だけど、その無鉄砲さが、大人になった今の私にとっては少しだけ恋しくもあった。

 

 こうして私は中学卒業と同時に上京し、765プロダクションでアイドルを目指しながら新生活をスタートさせる事が決まった。

 そして中学校の卒業式を終えた翌日。

 福岡を発つことになったこの日が、色々な意味で私にとって生涯忘れられない日になった。

 

 

 

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