【完結】流星群の降り注ぐ夜に   作:ラジラルク

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Episode ☆☆☆

4

 

 

 私が福岡を発ったのは中学校の卒業式の翌日のことだった。

 当時は夢を叶えるための通過点としてしか考えていなかったこの日が、後に私の長い人生の中で様々な想いを含んだ忘れられない日になるとは知る由もなくーー。

 私はこれから東京で幕を開けるサクセスストーリーに胸を躍らせながら、大好きな彼と福岡空港で出発の時を今か今かと待ち望んでいた。

 

「あ、荷物サンキューな。ここでいいよ」

「おっけー」

 

 大きなキャリーケースを握る私の隣で、茶色のギターケースを背負った彼は空席になっていた席の前にゆっくりとした慎重な手つきで、ギターケースを優しく地べたに置く。座席にギターケースを持たれかけて、動かないで安定したのを確認すると彼も私の隣にそっと腰を下ろした。

 

「ありがとう、本当に助かったよ」

「どうせ見送り来るつもりだったからさ、これくらい気にすんなよ」

 

 重いギターを長時間持たせたまま歩かせてしまったことへの罪悪感を感じていた私の言葉、白い歯を見せて笑う彼。

 屈託のない、優しい笑顔にドキッとしてしまって、やっぱり私は彼のことが大好きなんだなと再認識してしまった。そんな柄にもない乙女チックな想いを彼に知られたくないと思う自分がいる反面、これから離れ離れになってしまう現実に対して思っていた以上に寂しいと感じている自分もいて、私の胸の内は複雑な心境でグルグルと渦巻いていた。

 彼は、私の初恋であり人生で最愛の相手だった。

 バンドのメンバーだった先輩の弟で、私の同級生で野球部に所属していた彼。毎日の厳しい練習で鍛え上げたガッチリとした身体は少し威圧感があるけれど、体型によらず中身はとても優しくて穏やかな人で、誰にでも優しくて感じの良い彼は、いつもクラスの中心にいるような人間だった。そんな彼との出会ったのは中学一年の時。周りの同級生と比べて少しだけ大人びていて、それでいてさり気ない気遣いができる彼を入学式後のホームルームで初めて見た時に既に、私はもう恋に落ちていたのだと思う。

 私は昔から男勝りなガサツな性格だったこともあり、誰かを好きになる……すなわち“恋愛”という経験をしたことがなかった。だったが故に、この感情との向き合い方が全く分からず、最初の数ヶ月は彼を遠目から眺めることしかできなかった。だけど先輩たちから誘われたバンドに加入した際に彼が一人の先輩の弟だと知り接点ができると、一気に距離が近くなり、連絡先を交換してからは毎日のように連絡を取り合うような親密な仲に発展することができた。

 学校のことや部活のこと、そして遠い未来のことや高校受験のこと。私たちのやり取りは他愛もない話題ばかりだったけれど、彼と繋がっているだけで私は嬉しくて楽しくて愛おしくて、それが多忙な中学生の日々を頑張り続ける活力になっていたのだと思う。彼はいつも私の話を聞いてくれて、落ち込んだ時は元気の出るような言葉をかけてくれて、彼と連絡を取り合うようになってからというもの、私は日に日に彼への想いが強まっていくばかりで、もうどうしようもないくらいに彼のことが好きになっていった。

 そんな関係が暫く続いて迎えた中学二年生の修学旅行の時、私は一世一代の勇気を振り絞って彼を自由時間の時に呼び出して、生まれて初めての告白をした。緊張して手が震えて、何度も頭の中で練習していた言葉は全然出てこなかったけど、彼は優しく笑って私の告白を承諾してくれた。これが、私の初恋の馴れ初めだった。

 少し早めに到着した空港内で、私たちは肩を並べて座りながらのんびりとしていた。今日で暫く会えなくなるというのに、私たちの会話はいつもと同じような他愛もない話題ばかり。きっとお互いが、うっすらと私たちの間に漂い始めていたしんみりとした空気を見て見ぬ振りをしていたのだと思う。

 暫く普段と何ら変わらない話で盛り上がって話題が尽きた頃、少しだけ訪れた沈黙の後に彼がゆっくりと口を開いた。

 

「ごめんな、本当はギリギリまで一緒に居たかったけど……」

 

 俯いたまま、そう口にした彼。

 私は本音を隠すように笑顔を作りながら、明るい様子を装って彼の肩を叩いた。

 

「野球部の集まりがあるんだろ? 仕方ないさ」

 

 私が乗る東京行きの便は19時半発だったが、野球部の送別会が博多で19時から開催されるそうで、彼は18時半には福岡空港を出なければならなかった。心底申し訳なさそうな顔で謝る彼に、私は少しでも寂しげな感情は見せないようにと、必死に笑顔を繕ってそう言った。

 本当は最後まで一緒に居てほしい。

 だけど、そんな歯が浮くようなセリフを私が言えるはずもなく、私の口から出てくるのは本音を隠した偽りの言葉。

 いつもそうだった。彼はいつも一直線な言葉で私に想いを伝えてくれるのに、私は彼のように素直に胸の内を打ち明けて話すことができなかった。こんなに彼のことが好きなのに、恥ずかしさが勝っていつもその思いの丈を伝えることができない。私はそんな柄じゃないからーーなんて、逃げの言葉を自分に言い聞かせてばかりで、私はあの日の告白以来、彼にちゃんと想いを伝えることができなかったのだ。

 もし今、この日の自分に言葉を掛けることができるのなら、もっと彼に素直な想いを打ち明けてほしいと伝えたい。この時は思いもしなかったけれども、大好きで大好きで仕方がなかった彼と会えるのはこの日が最後で、この先二度と彼と会うことはないのだから。だからこそ、最後の二人だけの時間を楽しくて幸せな時間にしてほしい。例え別れる未来が待っていたとしても、もっと綺麗な思い出として記憶の中にいつまでも残り続けれるように。

 

「それにまたすぐ会えるさ。765で活躍して、ライブに招待してやるからさ」

「そうだな、招待券が来るのを楽しみに待ってるよ。有名アイドルになって稼ぎまくって、東京までの航空券代も出してくれよ」

「おいっ、そこは『バイトする』とか言えっての!」

 

 いつものように、軽口を叩き合って笑いあう私たち。

 この時、私は彼と別れる未来が東京で待ち構えているとは当然考えてもいなかった。

 高校生になる私たちが福岡と東京の遠距離恋愛ーー。金銭的に余裕がない且、心境の移り変わりが盛んな若い高校生にとって、九州と関東の遠距離恋愛がどれだけ難しいかは当時の私でも理解していたはずだった。だけど、少なくとも私は“私たちならきっと大丈夫”と、そんな根拠のない自信を信じて、本気で福岡と東京の遠距離恋愛を乗り越えられると考えていて、今までの彼との関係が崩れることなど一度も想像したことがなかった。

 だから、今は離れてしまってもまたすぐに会えるのだと、旅立ちの間際なのに関わらず私は楽観視していたのだと思う。765プロでのレッスンがどのレベルでハードなのか分からないけど、夏休みなれば合間を見て福岡に帰省したいと考えていたし、彼だって機会があれば東京に会いに来てくれると何度も言ってくれていた。LINEを使えば毎日通話だって出来るし、例え福岡と東京の距離で離れても私たちなら問題ないはずだと。

 今振り返ってみれば、当時はなんて浅はかな考えをしていたのかと呆れてしまう。だけど、この時は東京に出てアイドルになってブレイクして有名になって、いずれ彼と一緒に結ばれることができるのだと、そんな都合の良すぎる未来を疑う余地もないほどに、私は幼かったのだ。

 

「それじゃ、そろそろ行かなきゃ」

「うん……」

「東京でも頑張れよ、俺、本気で応援してるから」

「ありがとな。お互い頑張ろうぜ」

「おう」

「兄貴にもよろしくな。ギター、ありがとうって」

「伝えとくよ、それじゃ……」

 

 自然と顔を近付けてきた彼と、私は幼い口付けを交わして別れた。

 地下鉄乗り場へと去っていった彼を見送りながら、私はふと彼に初めて東京に行くこと打ち解けた日のことを思い出した。誰もいない夕暮れ時の放課後で、彼は私の決断を尊重しつつも、初めて見せるような悲しい顔でこう言ったのだ、「正直、傍にいなくなるのが寂しい」と。

 私と違って彼は普段からわりと思ったことをストレートに伝えれる性格だった。好きなものは好き、嫌なことは嫌、何々がしたい、それはしたくない……と言った風に。彼はいつも自分が感じている胸の内をストレートに私に教えてくれていた。

 それなのに今日はまるで自分の感情を隠すかのように、終始いつもと同じような振る舞いを見せて、あの日私に伝えた“寂しい”といった類の言葉は一切口しなかったのだ。

 

「…………本当は寂しいはずなのに」

 

 彼の強がり……というよりは、私への気遣いだろう。

 置いていく側より置いていかれる側の方が辛いはずなのに。それでも最後まで私のことを気遣って笑顔で見送ろうとしてくれた彼のさりげない優しさを思うと目頭が熱くなってしまって、私は涙を零さないように慌てて袖で目元を拭った。

 そして、彼が消えていった地下鉄乗り場へと続くエスカレーターを見て、静かにこう誓ったのだった。

 

ーー寂しくないと強がる彼の手を握れるように、もっと強くならないと。

 

 いつまでも彼の優しさに甘え続けるのではなくて、今度は私が彼を支えれるようになろうと。そのためにも、東京で頑張って早くデビューして、彼に成長した姿を見せれるようにならないと。

 私は決意を新たに、彼からもらったギターを背負って踵を返した。

 

 

5

 

 

 彼と別れた後、搭乗手続きまでの時間を余していた私は、少しだけ夜風に当たろうと思い、展望デッキへと立ち寄ることにした。

 キャリーケースを引きながら辿り着いた国内線ターミナルの4階にある展望デッキへと足を踏み入れると、今度は冬の寒さの残る強い春風に晒されて身体中に鳥肌が走り抜けていく。暖房の効きすぎて暑いと感じていた空港の中とは対照的な外の気温に、私は思わず両手をポケットに入れて肩を竦めながら、滑走路を次から次へと駆け抜けていく風の寒さに耐え忍んだ。

 

「うぅ、さっむいなぁ……」

 

 もうすぐ4月だというのに吐く息はまだ白くて、手足が千切れそうになるほどの寒さが身に突き刺さる展望デッキには、私以外誰一人としてお客さんがいなかった。ガラスのように硬くて冷ややかな空気の中、遠くでは大空へと旅立ちを待つ立派な旅客機が何機も滑走路に待機している。あの大きな旅客機に乗る何百もの人たちにもきっとそれぞれのドラマや日常があって、中には私のようにたった独りで人生を賭けた想いを胸に福岡を発つ人もいるかもしれないと、そんなことを凍える中で考えていた。

 現に今日だって空港内では様々な人たちの別れの形を目にしてきた。最後の最後まで別れを惜しみがら手を取り合う同性代くらいの若者たち、泣きじゃくる我が子の手を名残惜しそうに見つめながら歩くスーツ姿の男性もいれば、小さな家族から切り離れて不安げな表情で保安検査場に向かう男の子は進学を機に上京する子だろうか。

 家族や友達と別れ、搭乗手続きを終えて独りで飛行機に乗った時、彼らはどんな想いに駆られるのだろう。独りぼっちになった寂しさ、暫く会えなくなる人たちのことを考えて悲しくなるかもしれないし、飛行機で向かう新天地での生活に心細さを感じるかもしれない。そして、そういった不安や悲しみと彼らはどのようにして向き合い、乗り越えていくのだろうか。

 今まで転校も引っ越しも経験したことがなくて福岡生まれ福岡育ちだった私にとっては、こうして独りぼっちになるのは当然未知の経験。だからこの何とも言えない喪失感との向き合い方が分からずに、私は冬空の下の展望デッキで、巨大な旅客機を眺めながら心細くなることしかできなかった。

 初めて体験する本当の意味での独りぼっちに、途端に色々なものが恋しく感じられるようになってきた。15年間過ごしてきた実家の慣れ親しんだ自分の部屋、見慣れた街の見慣れた帰り道、先輩たちとよく演奏していた夜の警護公園、そしてついさっきまで私の傍にいてくれた大好きな彼の温もりーー。

 生まれてから今日までの福岡での思い出たちが胸の奥底から次から次へと込み上げてきて、私の頬に一滴の涙を零した時だった。

 何機もの旅客機の上空に一筋、くっきりと福岡の上空を駆け抜けて行く光が私の目に映ったのだ。

 時間にしてまさに刹那。だけどその僅かな時間で光は強烈な輝きを放ち、颯爽と夜空の果てへと消え去っていった。

 

「…………っ!?」

 

 初めて見た流れ星に呆気に取られる私。

 そして次の瞬間、ふと上空を見上げた私の目に飛び込んできたのは、凄まじいスピードで走り去っていく幾千幾多の流星たちだった。

 流星たちの彩る空の華やかさに、私は寒さも忘れて思わず息を飲んだ。

 そういえば今朝のニュースで今晩が何とか流星群のピークだとか言ってたっけ。高層ビルの多い福岡市では流星を見る機会なんて殆どなく、どうせ今回の流星群も光の一切ない山などに登らないと観測できないのだろうと、私は勝手に決めつけて今朝のニュースにも興味をまるで持っていなかった。

 だが都会の喧騒を離れたこの福岡空港では、ハッキリと肉眼で見えるほどに確認することができる。初めて見た流星群は、あまりにも自然離れした美しさがあって、私はその美しさに呆然としながら立ち尽くすことしかできなかった。

 

「……すごい」

 

 思わず声が漏れた時に、私はふと疑問に思った。

 この流星群は何処に向かうのだろうか。

 色鮮やかな輝きを放つ流星群は迷うことなく一直線に、だだっ広い宇宙を休む間も無く走り去って、長い旅路の果てに一体何処に辿り着くのだろう。辿り着いた宇宙の果てで、流星たちは一体何を見つけるのだろう。

 流星の行く末など私には分からなかった。だけど、莫大な時間と距離を迷うことなく一直線に突き進んでいく流星の力強い姿は眩しいほどに輝いていて、暗闇を照らす流星たちが福岡空港から私の憧れる未来までの道を示してくれているような、そんな気がしていた。

 

 私は今から東京に行って、アイドルになるんだ。

 ロックなアイドルとして武道館に立って、世界中の人たちに私のサウンドを届けれるような、そんな幼い頃から憧れたアーティストになるために。ずっとずっと夢見ていたステージへ、どんなに遠くたって振り返らずに走っていこう。

 

 この時、私は初めて覚悟ができたのだと思う。

 流星の降る夜に、夢も、願い事も、大好きな彼との思い出も、全てを詰めたキャリーケースを握りしめて私は福岡をたった独りで旅立った。

 不安になる私に勇気を与えてくれた流星のように、今度は私が誰よりも輝くアイドルになって、大好きな彼の足元も照らせるように、と。

 そう胸に誓って、私は展望デッキを後にしたのだった。

 

 

 

ChapterⅠ: 流星群 完

 

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