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彼と別れてからというもの、私は以前に増してアイドル活動を熱心に行うようになっていった。765プロで行われるレッスンは勿論、アイドル活動や学校の前後にできる僅かな隙間時間、時には誰に言われたわけでもなく、自らオフを返上してまで私はレッスンに打ち込み続けた。
その恐ろしいまでのストイックさの根源が、“アイドル活動が楽しくて仕方がない”といった純粋でポジティブな想いだったらどれだけ良かったことだろうと思う。だけど、あの時の私はそんなことを考える余裕など、一ミリも持ち合わせていなかった。
どうにかして今いる場所より前に進みたくて、福岡を発つ直前に見た流星の果てを知りたい一心で、福岡ではなく東京の何処かにあると信じていた夢の鍵を探し求めて、私は姿形が全くイメージできない漠然とした“何か”を手に入れようと闇雲に前へ進み続けた。だけどその私が探し求めていたものの明確な正体も、本当は立ち止まることが怖かっただけで、常に私の背後に付きまとう姿の見えない脅迫とも言える思いから逃げるように走っていただけだということも分からないまま、私は真っ暗な道をひたすらに走り続けていた。
それに加え、もし東京の地でアイドルとして有名になれば彼が再び振り向いてくれるのではないかと、そんな淡い期待も抱いていたのだと思う。誰かを愛したことも、誰かに愛されたことも、唇を通して温もりを感じることも、全てを彼から学んだ私は、どうしても彼のことを忘れきれずに、破局後も未練たらしく引きずり続けていたのだ。
私が福岡に彼氏を置いてきていたことも、上京後3ヶ月で別れてしまうことになったのも、765プロの中で知る者は誰一人としていなかった。そういった悩みを相談できる友達がいなかったわけではない。ただ単純に変なプライドや羞恥心が邪魔をして、自分の胸の内を話すことができなかったのだ。
あの時誰か一人にでも相談することができていたのなら、もしかしたら未来は変わっていたのかもしれない。だけど、私は初恋の想い出を大切にするあまり、自分の胸の内にだけ留めてしまって結局誰にも打ち明けることができなかった。
方角も道も、答えがこの道の先にあることすら分からないまま、私は走り続けて、そしてその道中で沢山の宝物を落としていってしまっていったのだった。
5
淡い失恋を経験した3ヶ月後の夏の終わり頃、異様なまでのレッスン漬けの毎日を送っていた私に大きなチャンスが舞い込んできた。
「今度デビューするアイドルのバックで、コーラスやギターの演奏をジュリアともう一人のアイドルにお願いしたいと思っている」
上京から半年、プロデューサーから告げられた“アイドル”ジュリアとしての初仕事は、近々エンジェルのカテゴリーからデビューするとされるアイドルの引き立て役だった。てっきり初仕事=自分のステージだと勘違いしていただけに、最初は落胆の方が大きく、あまり乗り気ではない仕事だった。
だがそれもすぐさま一変することになる。
顔合わせの初日、私は後に生涯の仲になる親友と初めて出会い、決して乗り気ではなかった仕事へのモチベーションだけではなく、今までの自分の価値観を百八十度改めさせられることとなったのだ。
「わたし、伊吹翼でーっす! よろしくお願いしますーっ!」
伊吹翼、当時14歳の中学二年生。プロデューサーから聞かされていた、エンジェルからデビューする新人アイドルは16歳だった私の二つ下になる翼のことだった。気ままでマイペース、天真爛漫な彼女は典型的な自由人気質で、正直初めて言葉を交わした時は上手く友好関係を築けるかどうか自信がまるでなかったのを覚えている。だが苦手意識を持っていたのも最初の数分だけで、彼女と一緒の時間を過ごしていく間で翼の魅力と見た目にそぐわない芯の強さに気付くようになり、次第に入れ込むになっていった。
翼は一言で言えば、「すげー奴」だった。
ダンスレッスンではトレーナーの動きを一度か二度見るだけですぐに出来るようになるし、歌だってボイトレを頻繁にサボっているくせに要領を掴むのが上手く、楽々と求められている以上の歌声を出すことができる。私から見ても翼は極めて優れたアイドルとしての資質を持っていて、何をやらせても及第点以上の得点を叩き出す天才肌。それでいて究極のマイペース人間なせいか、言動の一つ一つにまるで嫌味が感じられず、また本人も自身のポテンシャルに気が付いていないのか興味がないのか、傲るような振る舞いも一切見せず。
「モテそうだし、楽しそうだからアイドルやってみたんだー」
アイドルを始めた動機も、私からすれば信じられないほど不純な理由である。
だけどそんな不純とも捉えれる動機と対照的に、子供っぽさとマイペースさを併せ持つ翼は、いつもアイドル活動に迷いがなくて一直線。良くも悪くも周りの影響を受けにくく、いつも自分が信じた道だけを振り返ることなく歩いていける翼の突き抜けた純粋さが、私は少しだけ羨ましかった。
と言うのも、この頃は“ロックなアイドル”というある意味中途半端なアイドル像を抱える私に対し、あまり良くないイメージを持っている人が少なからず現れ始めていた時期で、翼と仲良くなったのはそのことで悩んでいた時期でもあったのだ。誰かしらに後ろ指を刺される度に迷って思いつめて、自分の歩もうとしている道が果たして本当に正解なのかどうか不安になってしまう私は、翼のように外野を無視して突き進む強さもなければ、自分の選択を最後まで貫けるほどの信念も持ち合わせていなかったのだと思う。
だからこそ、私は自分にはないひたむきなまでの純粋さを持つ翼に惚れ込み、いつしか憧れを抱くようになっていたのかもしれない。私にはない強さを持つ翼が、眩しくて仕方がなかったのだ。
「ジュリアーノもやりたいことやればいいよ。楽しくないことしててもつまらないじゃん」
翼は迷いが一ミリもない平然とした顔で、いつもそう口にしていた。
楽しいか、楽しくないか。やりたいのか、やりたくないのかーー。彼女は自身の中で単純かつ明確でハッキリとした線引きを持っていた。周りの目やつまらない常識に左右されず、自分の気持ちにいつも素直だった翼。だからこそ、やりたいことがあるのに迷っている矛盾した私の姿を見ては、いつも心底不思議そうに首を傾げていたのだと思う。
「ははは、そうだよな。翼の言う通り、楽しくないとつまんないもんな」
翼の言い分は最もだ。だけど、そうとは思ってもいながらも吹っ切れきれない自分が悔しくて歯痒くて、こうして彼女の言葉に否定もしなければ肯定もしない、曖昧な言葉しか私は言えなかった。そんな私を見て理解できないといった表情を翼が浮かべる度に、「大人になれば翼にも分かる」、なんて卑怯な逃げの言葉が喉の奥まで出かかってきたが、私はそれをいつも直前のところでぐっと飲み込んで口にすることはなかった。その言葉を口にしたら最後、私は純粋無垢で潔白である綺麗な翼の心に泥を塗ってしまうような気がして、怖かったからだ。
翼の隣は居心地が良かった。それは、きっと無邪気なまでに未来を信じる翼の姿が、過去の私と重なって見えていたからだと思う。このステージをキッカケに私たちは仲良くなり、プライベートでも長い時間を過ごすようになったわけだが、私はいつも変わらない姿で純粋に夢を追い求める彼女に憧れを抱き続けていた。
そして、やりたいことに真っ直ぐな翼と一緒に彼女のデビューステージに向けてレッスンをしていく過程で、彼女の純粋さや眩しいまでのひたむきさに触れた私は悟った。きっと夢を叶えるために必要なものは技術云々ではなく、誰に何と言われようとも自分を信じれる力で、どれだけ苦しくても辛くても、未来の自分に夢を抱き続ける強さが大事なのだと。そして未来の自分を信じ続けるには、子供のように無邪気で困難に屈しない純粋さが必要なのだとも。
「わたしは夢を叶える勝算も、誰かからの称賛も必要ないの。胸を張って自分だけの道を歩きたい。わたしだけの道の先に、どうしても辿り着きたい場所があるはずだから」
翼がキラキラした眼差しでそう話してくれたのは、デビューステージの直前、自分たちの登場を待ちわびるファンの姿を舞台袖から覗きつつ、出番を待っている時だっただろうか。
その様子を見て、私は確信した。きっと翼は私が心配せずとも、例えこの先誰かに批判されようと後ろ指を指されようと、歳を重ねて大人になろうとも、いつまでも純粋に未来の自分を信じて夢を見続けて歩いて行けるのだろうと。そしてそんな翼の強さを、私は微塵も持ち合わせていないということも。
キラキラとした眼差しで夢を語る翼を見て、私は確かに切実にこう思ったのだ。
翼のように、私も未来の自分に夢を見続けられる力が欲しいーー、と。
「はじめましてーっ! わたし、伊吹翼って言います! 早速だけどわたしのデビュー曲を聴いてください!」
このデビューライブから翼は一気にスターダムへと駆け上がっていったのは後の話。
私の隣で新人らしからぬ物怖じしない強気な姿勢でアイルを歌う翼は、私なんかより何倍も大人に見えて輝いていて、眩しいまでの輝きを放ち続けていた。
6
翼の“アイル”で初ステージを踏んだ私だったが、その後はなかなか上手くいかずに、思うような仕事がなかなか得られない苦渋の日々が続くこととなった。
それでも私は東京にあるのかどうかすら不確かな“何か”を求めて、ただひたむきでガムシャラに前だけを見て、自分を信じて走り続けてきた。悲しくたって苦しくたって、未来の自分に夢を見て、子供のように夢を信じる力が自分にもまだ残っているのだと言い聞かせ続けて。
そうこうしているうちに、自身の活動のことをよく思わない人たちから後ろ指を指されることに対して何も感じなくなっていた。そのことに初めて気が付いた時、私は大きな勘違いしていた。何も気にならなくなったのは、てっきり自分が強くなったのだと。実際はある種の覚醒状態のような状態に陥っていただけで、気にしているつもりのないモノたちが私の心を蝕んでいるとも知らずに、私は福岡を発つ夜に見た流星の行く果てを目指して、ひたむきに走り続けた。
そんな私に転機が舞い込んできたのは、高校三年生の6月のこと。この時既に、上京から2年と数ヶ月もの月日が経過してしまっていた。
「夏の劇場ライブでエンジェル、プリンセス、フェアリーの各カテゴリーから新ユニットを3つ結成し、デビューさせる。既存の765ASは含まない、39人の中だけからの選考とする」
珍しく39人全員が集められた場で、そう発表したのはプロデューサーではなく765プロの責任者である高木社長だった。
概要としては、765劇場の周年記念ライブで各カテゴリー毎で4人から5人ほどのユニットを計3つ結成し、同時にデビューさせるとのことだった。各カテゴリーには13人ずつのアイドルたちが属しており、その中で社内オーディションを行い4〜5人を選び出すのだから、新ユニットは各カテゴリーの選抜隊という立ち位置になるのだろう。
私のような陽の光を浴びていない無名アイドルにとって、今回のような13分の5(4かもしれないが)でデビューができるかもしれないこの機会は、願っても無い絶好のチャンスだった。それと同時に、私にはもうあまり猶予が残されていないことも察した。
346プロのシンデレラガールズ、ジュピターが移籍したことで話題を集めた315プロなどの躍進も相まって、年々熾烈を極めるアイドル界で未だにデビューが決まらないアイドルに、この先も多くのチャンスが残されているとは到底思えなかったからだ。
39プロジェクトもこの2年間で半数のアイドルがデビューし、翼を筆頭に短期間でブレイクすることに成功した。だが残りの半数は他事務所のブレイクもあって、デビューすらできずにアイドル候補生として今でも燻り続けていたのだ。
だからこそ、今回の倍率が異様に高いチャンスは絶対に逃したくはなかった。
「フェアリーに関しては、今度のユニットは完全にボーカル重視で選ぼうと思っている。今までの実績やキャリアは一切関係なし、オーディションでの歌唱力だけで決めるつもりだ」
おまけに選考基準の第一はボーカル。
アイドルとしての可愛げやヴィジュアルに関してはあまり自信がない私だったが、ボーカルだったら誰よりも自信があった。
そうは思いつつも、フェアリーの中には私の他にもボーカルに自信を持つ上手い子たちがいて、実際は歌が上手いかつ、既にデビューを果たしてブレイクしているアイドルたちが中心のメンバーになるのだろうと私は予想していた。そうなると、最上静香、北沢志保、所恵美などのフェアリーの中でも看板的立ち位置のアイドルはほぼ確定路線なのだろう。彼女らは活動初期の頃にデビューを果たしたアイドルたちで、歌唱力もさることながら経験も豊富、正直私が太刀打ちできる相手ではないと思った。
それを踏まえると、残る枠は最大2枠。3人を引いた10人からその2枠を争うとなると、確率的には5分の1になる。だとしたらーー……。
私はそこまで考えて、思いっきり首を振って確率論に頼ろうとする弱気な自分を吹き飛ばした。
プロデューサーだって歌唱力勝負でメンバーを決めると言っていた。今回に関しては誰よりも自分の自信のあるジャンルで対等に勝負ができるのだ。ならばこそ、私は確率なんか考えるのではなくて、自分が出せる最高のパフォーマンスを見せて、真っ向勝負でぶつかりに行くべきじゃないのだろうか。
上京してから今日まで、ずっと私はボーカルが売りのロック系アイドルを目指してやってきた。それが原因でなかなかデビューが出来なくても、半端者だと後ろ指を指されても、それでも私は自分に夢を見て、未来がキラキラすると思い込んで、ここまでやってきたのだ。ここまで頑張ってきた自分を、最後まで信じてあげようと思う。
“ わたしは夢を叶える勝算も、誰かからの称賛も必要ないの。胸を張って自分だけの道を歩きたい。わたしだけの道の先に、どうしても辿り着きたい場所があるはずだから”
あの日の、翼の言葉を思い出す。
翼の言葉に導かれるようにして、私はぐっと拳を握りしめた。勝算がなくても、賞賛されなくても、自分が信じた道を胸を張って歩いていければ、きっと私だってーー。
(ずっと憧れていた、流星の向かう先の世界へ行けるはず)
自分を信じよう。
子供のように無邪気に夢を見れる力が、きっと私にも残っているはずだから。
長い雌雄の時を過ごし、ようやく訪れた千載一遇のチャンス。
この時、私は17歳の高校三年生。人生の行方を賭けた正念場を迎えていた。