【完結】流星群の降り注ぐ夜に   作:ラジラルク

6 / 9
Episode ★★★

7

 

 

 真っ暗だったステージにスポットライトが当たり、期待と興奮が入り混じった大歓声が765劇場に響き渡る。さすが劇場の周年記念だけあって、チケットの当日券は販売すらされず前売りの時点で全て完売。見渡す限りでは一席も空席が見当たらない、ビッシリと埋め尽くされた観客席はいつもとは違った緊張感に包まれていて、その普段とは違う雰囲気が今回のライブへの期待値の高さを表しているような気がしていた。

 無人のステージを円状形をした5つのスポットライトが照らす中、大きな音を立てて床が割れると同時に勢いよく青と白を基調とする衣装に身を包んだ5人のアイドルがポップアップ台に乗って勢いよくステージ上へと現れる。その瞬間、会場は鼓膜が張り裂けんばかりの今日一の大歓声に包まれた。

 ステージに颯爽と現れたのは、最上静香と所恵美、北沢志保、そして百瀬莉緒に白石紬ーー……。私と同じフェアリーに属する5人のアイドルたちだ。13人の中から選ばれたこの5人は、自信に満ち溢れた表情でマイクスタンドを握り締め、ステージから様々な色のペンライトが創り出すカラフルな海を挑戦的な眼差しで見つめていた。

 

「新たに発足した新ユニット、FairyStarsのデビュー曲を聴いてください! “Fairy Taleじゃいられない”」

 

 センターに位置する最上静香が手短な言葉で紹介を済ませるとイントロが流れ始めて、ライトが暗転し5人の声が重なり合う。そんな5人の姿を、私は会場の最後尾にある関係者シートに腰を下ろして見下ろしていた。

 まるでデビューの目処が立っていなかった私にとって、今後の人生を占う分岐点とも思えたFairyStarsの社内オーディション。最大5つ、最低4つ用意されていた合格枠の選考基準は私の一番の得意分野であるボーカル、普通に戦って私が負けるはずがなかった。いや、ずっとロック系アイドルとして何よりもボーカルに重点を置き、デビューを目指してきた私にとっては絶対に負けてはいけないオーディションだったと思う。

 だがそのオーディションで私は落選の印を押されてしまった。後にプロデューサーとトレーナーから聞かされた落選の理由は「歌にまるで気持ちがこもっていないから」。例えアマチュアだったとしても、何年もマイクを握って歌ってきた人間が言われるような言葉ではなかった。

 またもやデビューを掴み取ることができなかった私はその結果として、こうして今日も39プロジェクトの仲間たちが立つステージを、遠く離れた関係者シートから指を咥えて眺めることとなったのだ。ステージに立つ5人を見ている私の胸には様々な感情が渦巻いていた。敗北感、劣等感、そして胸から何かが抜け落ちているような喪失感ーー。

 今まで何度オーディションに落とされたとしても、私は無理矢理にでも前向きな言葉を自分に言い聞かせ、未来の自分に夢を持ち続けていた。子供のようにーー、それこそ翼が純粋な気持ちで未来に夢を見続けているように、私にだってまだ子供みたいに信じる力があると言い聞かせ、信じ続ければいつかはきっとあの日見た流星の行く先に辿り着けるのだと。

 そうやって私は不安を一種の洗脳のような言い聞かせで力に変えることで今日まで頑張ってきた。だが、その効力も切れ掛かっていることに気が付いた。これ以上削り取るところのない私の心にはそんな根拠も保証もない無理矢理な思い込みが通用しなくなっていて、どれだけ前向きになろうと、必死に言い聞かせようと、完全に心の中心にある太い何かが完全に折れてしまっている気がして、無理に自分を励ますことができなくなってしまっていたのだ。

 

「…………もう無理なのかなぁ」

 

 今まで一度たりとも口に出さなかった弱音が、初めて口から溢れ出る。だが、そんな私の弱音もキラキラしたステージで輝く5人の声によって、誰の耳に届くこともなく掻き消されていったのだった。 

 

 

8 

 

 

 そのことを知ったのは、FairyStarsのオーディション前日のことだった。よりによって、肝心なこの時にどうして私は余計なことを知ってしまったのだろうと後々すごく後悔することになったのだが、きっとこのタイミングで知ったことにもちゃんとした理由があって、振り返ってみれば、もしかしたらこれは私がアイドルとしてステージに立つための最後の試練だったのではないだろうかとも思えた。もしこれが私の思うような最後の試練だったとしたら、結果的に私は挫折してしまった。今までどんな辛いことがあっても挫けずに頑張り続けてこれた私だったが、気力を振り絞って走り続けた私に最後の山を超えるだけの気力はもう残されていなかった。

 

 その日、翌日のオーディションに備えるあまりつい長くなってしまった夜の自主練を終え、いつもより少しだけ遅い時間にマンションに辿り着いた私は、ベッドに倒れこむようにして寝っ転がりなら何気なくスマートフォンを眺めていた。しばらく退屈なニュースサイトを眺めていると、ふと普段はあまりチェックしないようなSNSが気になって、私は久しく見ていなかったSNSを開いたのだ。

 画面に出てきたタイムラインにはかれこれ2年は顔を合わせていない、高校生になった福岡の友人たちの学校生活を楽しむ投稿たち。体育祭や学園祭、テスト勉強だったり進路のことで悩む地元の友達たちがどこか遠い世界の人間のように思えて、私は少しだけ羨ましく思ったりもしていた。もし私があの時プロデューサーに声をかけられなかったら、今頃友人たちと同じように地元の高校に通って年相応の悩みを抱えて狭い世界で一喜一憂していたのだろうかと。

 そんな普段は考えないような“if”の世界軸の想像を膨らましながら、同級生たちの投稿をスクロールしている時だった。ふと流れて行こうとしていたある投稿が目に留まって、私はスクロールしていた指を止めた。下がっていく投稿を止めて、指を離した画面の先に表示されていたのは、ブレザーの制服を着た男女のカップルが仲良さげに映ったプリクラ。お互いが幸せそうな満面の笑みで肩を抱き合っているカップルの両方の顔に見覚えがあったのだ。

 

「…………え、なんで」

 

 スマートフォンを持つ手が震え、その瞬間に私の胸の中から大きな面積を占めていた“何か”が一気に抜け落ちていくのを感じた。ぽっかりと空いた穴に染み込むようにして広がっていくのは、とてつもない喪失感。あっという間に喪失感でいっぱいに満たされた私の胸からは凄まじい重みを感じ、呼吸が苦しくなって、背中を丸めてギュッとTシャツの胸の部分を強く握りしめた。

 どうして、どうしてこの二人が付き合っているのか。初めて知ったその現実に、全く理解が追いつかなくて意味が分からなかった。だが何度も目を擦っても、二人の顔を確認しても、スマートフォンの画面に表示されているプリクラは全く姿を変えないで、ただただ私に現実を突き付けてくるだけ。その現実が鋭い刃物になって、私の胸の奥がどんどんと抉られていくような感触がした。

 

 大人になって思い返せば、どうしてこのケースを今まで全く想定していなかったのだろうと思う。

 心変わりの激しい高校生の年頃で、誰かと付き合ったり別れたりするのは至って普通のことだ。むしろ同じ人を一途に想い続けたり、初恋の人とずっと付き合い続けて結婚するようなケースの方が遥かに珍しいことのはずなのに。そのことを当時の私だって知っていたはずなのに、どうして私は都合のいいことばかり考えていたのだろうか。

 自分がひどく愚かで幼稚に思えて、無性に泣きたくなった。零れ落ちそうなる涙をぐっと堪えて、私は2年越しにようやく気が付いた。

 私の中では終わっていなかった恋も、彼にとっては当の昔に終わってしまった恋だということに。それと同時に、ずっと憧れていた翼のような、未来に夢を見る子供のような純粋な力を実は私も持っていたということにも。だけどその純粋無垢な力は、気が付いた瞬間に私の元から抜け落ちていってしまった。

 私はずっと信じ続けていた。離れ離れになってしまった彼と、また何処かで繋がれるということを。だけど私の思いとは裏腹に、プリクラに映っていた男女は、今でも想い続けていたかつての恋人と、私の友人だったのだ。

 

 

9

 

 

 FairyStarsによる新曲、“Fairy Taleじゃいられない”が終わった後、プリンセスとエンジェルからも新ユニットと新曲が披露され、会場は大盛り上がりだった。完全実力主義の公平なオーディションで選抜されたユニットだけあって、各ユニットのクオリティは未だかつてないほどに高く、お客さんへの評判も上々。765劇場の周年記念と題された新ユニットのお披露目会は大成功で幕を閉じた。

 ライブが終わり、関係者席からステージを見守っていたアイドルたちが楽屋へと向かう中、私だけはその群れを離れて会場の外へと向かった。我ながら子供だなと呆れてしまいそうになるが、ちっぽけなプライド、嫉妬、そして敗北感といった幼稚な感情が邪魔をして、オーディションに合格し今日のステージ立ったメンバーたちを素直な気持ちで祝することができないような気がしていたのだ。

 ライブの余韻が残る会場を後に、一人で外へ出た私。そんな私を待っていたのは凄まじい量と勢いで地面を叩く豪雨だった。星どころから月すらも見えない曇天の空からは地を打つような太い雨が大量にこぼれ落ちてきていて、雨の香りと濡れたアスファルトの匂いを私は胸いっぱいに吸い込む。遠くに見える街灯の光に浮かび上がる雨は銀色の針のようにも見えて、傘も持たずに外の世界に迷い込んできた私に容赦無く刺さり続けていた。

 だがどれだけ殴りつけるように降り注ぐ雨に打たれ続けても、驚くことに不思議と何も感じなかった。普通なら感じるような、寒いとか、冷たいとか、痛いとか、そういった感情が一切沸いてこなくて、私はただただ無心で雨に打たれ続けていた。それはまるで私の中の大きな感情が欠落しているようだった。

 この時になって私はようやく察した。欠落した感情の正体が、今まで大事に抱えていたはずの宝物たちだということに。

 大切にしていたはずの純粋で切実な想いが、あれほどまでに憧れていて真剣だった夢が、私を形作っていた綺麗な宝物たちが、いつの間にか綺麗さっぱり失われてしまっていた。福岡を発ったあの日、キャリーケースと共に握りしめていたはずの宝物たちが、自分でも知らない間に胸の中にぽっかりとした穴だけを残して、姿形をなくしてしまっていたのだ。

 そのことに気がつき、私はもう限界だと思った。あの日見た流星群の行く果てには、私は辿り着けない。そして、翼のようになりたいと一心でここまで無理矢理にでも前を向いて歩いてきたけれども、子供のように無邪気に未来に夢を見続けれるほどのエネルギーがもう自分には微塵も残されていないことを知って、容赦ない雨に打たれながら私は空を見上げた。

 

「……ここまで、か」

 

 ふと、東京に初めて降り立った日のことを思い出す。あの日、夢と希望だけを持って旅立った私が福岡空港で見た流星群は、曇り空の広がる東京ではまるで見れなかった。そのことを思い出して、ようやく私は知ったのだった。

 きっと、私の追い求めているものは東京にはなかったのだと。

 

 雨に紛れて一滴の温かい涙が私の頬を伝った。彼と別れた時も、何度オーディションに落ち続けた時も、東京に来て一度たりとも流さなかった涙が、この瞬間堰を切ったように溢れ出てきたのだった。

 

 

ChapterⅡ: プラリネ 完

 

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