【完結】流星群の降り注ぐ夜に   作:ラジラルク

7 / 9
Chapter Ⅲ: スタートリップ
Episode ☆


 

 

 

 懐かしい夢を見た。

 夢の中の私はまだ16歳で、数え切れないほどの流星群が降り注ぐ東京の空の下で、彼から貰ったギターを握って唄を歌っていた。

 唄を歌う私の前には、東京の街並みを寸断するように空を駆けていく流星群たちによって作られた大きな光の道筋が一直線に続いていて、地平線の果てまで続く一直線の道を、私はギターを携えながら独りぼっちで歩き続けていく。かつて警固公園で先輩たちと好き放題バンドごっこをやっていた頃のように無邪気に音楽を楽しみながら、私はギターをかき鳴らし、名もない唄を歌って、歩き続けた。

 どれだけ歩き続けても、ゴールは見えてこなかった。だけど、それでも私は歩みを止めなかった。不思議と独りでゴールの見えない道を歩いていても不安や恐怖などは一切なく、私の胸はドキドキとワクワクで一杯だった。どこまでだって歩いていける、そんな根拠のない絶対的な自信に突き動かされ、流星の指す道をずっと歩き続けていた。

 

 

Chapter Ⅲ:スタートリップ

 

 

1

 

 

 苛立ちのこもった車のクラクションの音、足早に去っていく大勢の人たちを急かすような信号機のメロディ。

 まるでデジャブのように毎朝繰り返される朝の音たちによって、私は目を覚ました。ベッドから身体を起こし、夢の世界に置いてきた意識が戻ってくるまでの間、私はピントの合わない目を窓の外の風景に向ける。意識が戻ってくるのと同時に徐々にピントが合ってきて、ひらけてきた視界の先では、見慣れた福岡の街の、見慣れた朝焼けが、窓から見える都会のビルの隙に消えていくのが映った。その情景をボンヤリと眺めていて、ふと頬に手を当てた時、私の頬に涙の跡が残っていたことに気が付いた。

 きっと、さっきまで見ていた夢のせいだ。

 涙の跡の原因を知り、あれほどまでに窮屈に感じていたはずなのに、都合よく何度も夢に見るなんてと、苦笑いを浮かべる。

 

「…………また、か」

 

 福岡に帰ってきてから、何度同じような夢を見ただろうか。いつも私が見る夢の内容は決まって同じで、あれほどまでに窮屈に感じていたはずの東京の街で、私の大好きな人たちに囲まれて、大好きな唄を歌っている夢だった。

 福岡を発ったあの日、確かに見えたはずの流星群が紡ぐ未来への道筋は曇り空の東京では見えなくて、真っ暗の暗闇の中を闇雲に4年間走り続けて、私は限界を悟った。そして東京の街で何一つ手にできないまま、私は福岡に帰る道を選んだ。

 東京でロック系アイドルとして成功することも、シアターの皆と共にブレイクすることも、大好きな彼を自分のライブに招待することも、夢でもあり私自身を支えていたはずの目標は何一つ叶わなかった。きっと頻繁に夢で見る世界は私が福岡を発つ前に思い描いていた東京での生活であり、手に入れることが叶わなかった夢なのだと思う。辿り着くことのできなかった未来の夢を見る度に、未だに現実を受け入れきれていない自分の未練たらしさと、東京でいつのまにか失くしてしまったモノたちの価値が重くのし掛かってきて、私の胸を苦しくさせた。

 

「カッコ悪いよなあ、いつまでも」

 

 自分で福岡に帰る道を選んだはずのに、未だに踏ん切りをつけることができず、こうして過去の亡霊に取り憑かれている。

 私は頬に残った涙の跡を強引に拭うと、脳裏に残ったままの夢の幻影を搔き消すために洗面台に向かって冷たい水を頭から被った。

 

 

2

 

 

 福岡に私が帰ってきたのは、上京してから丁度4年が経過しようとした頃だった。

 中学卒業と同時に期待に胸を膨らませて福岡空港を旅立った時に比べると、東京から福岡に帰ってくる時のキャリーはすごく軽く感じられて、その重みの違いが私が東京でどれだけのモノを失ってしまったかを確かに証明しているようだった。

 福岡を旅立ったあの日、確かに持っていたはずの綺麗な想いたちは私の人生の指針だった。彼以外の誰かを愛することも、ロック系アイドルとして武道館でライブをすることも、全てが一つでも欠けてはいけない私の大切な道標のはずだった。

 だけど東京で必死に夢を叶えようとガムシャラに努力し続けていく度に道標が蜃気楼のように見えなくなっていって、着地点が分からないまま走り続ける度に大切な想いたちは擦り減っていって、それでもどうにか前に進みたくて走り続けて、そしてFairyStarsのステージを見た日にあれほどまでに大切にしていた想いたちが跡形もなくなくなっていたことに気が付いて、私はアイドルを辞めた。彼への誠実で切実だった想い、純粋で迷いがなくて夢に一直線だった想い、そういった十数年の人生で私が大切にしていた綺麗なモノたちを守れなかった自分がどうしても許せなかった。

 

 昔から一度決めたことは曲げず、すぐに行動に移すタイプだったからアイドル活動もすぐに辞めて福岡に帰るつもりだった。それなのに私が何故それから一年近くもアイドル活動を続けていたかーー。

 その理由はプロデューサーだった。

 

「ジュリア、もう一度真剣に考え直して欲しい。もしウチに居心地の悪さを感じているのなら、他事務所への移籍もアテンドすることもできるから。俺はジュリアを失いたくない」

 

 シアターを抜けて福岡に帰りたいと申し出た私を、プロデューサーは必死に説得して思い止まらせようとした。何度も何度も私と一対一で話をしては、時にはアイドルではないアーティスト部門を手がける事務所などを紹介してまで、私を東京に残そうとし続けた。

 今をゼロとして、東京に留まるべきか福岡に帰るべきか、どちらを選べばプラスになるのかは正直まるで分からなかった。それでも一年間東京に残り続けたのは、私の中で後戻りできないくらい遠くに来てしまって簡単には後に退けないという想いと、プロデューサーが与えてくれた何もかもを道標にしていけば流星群の向かう先に行けるかもしれないといった漠然とした淡い期待があったからだ。面倒を見てもらっている私の立場から見ても、贔屓目抜きでプロデューサーは仕事ができる人間で、私のことを常々大事に考えてくれていて、そんなプロデューサーを私は心底感謝して信頼していたからこそ、彼の元を何も成し遂げずに離れることに罪悪感を感じていたのだと思う。

 

 “プロデューサーにいつの日かブレイクして恩返しがしたい”

 

 いつの日かプロデューサーに話した約束がいつしか私を東京に縛り続ける呪いとなって、私は迷いを生じらせる。結果的にこの迷った一年が仇となり、私は当初より遥かに大きくなった罪悪感を抱えて東京を後にすることになった。その呪いは福岡に帰った今でも解けることなく、私は果たせなかった約束を思い出す度に、胸の奥が締め付けられるような痛みに誘われ続けていた。

 

 

 私がそうこうして迷っている間、最初の脱退者が現れた。

 シアター組では最年長だった、エンジェル所属の馬場このみ。シアターの皆からは“このみ姉さん”の愛称で慕われていた彼女が、各カテゴリーの選抜ユニットがデビューを果たした周年記念ライブの数ヶ月後にシアターを去ることが正式にメンバーたちに告げられた。

 

「ジュリアちゃん、夢は目を見開いて見るものなのよ」

 

 後に二人きりで話をした時、このみ姉さんはいつかのプロデューサーと同じことを口にしていた。

 いつまでも地に足つけないで眠ったまま夢を見るものではないと、きっとこのみ姉さんはそう言いたかったのだと思う。このみ姉さんもまた、私同様にデビューの決まっていない候補生組の一人だった。

 それでもこのみ姉さんが最後に私に見せた顔はとても清々しくて、後悔も未練も何一つないといった晴れ渡った空のような表情だったのを覚えている。「デビューはできなかったけど、シアターにやってきて皆に出会えて本当に良かった。ここで過ごした3年間はかけがえのない思い出になった」と、最後にそう笑顔で言って、やり切った表情でこのみ姉さんはシアターを去っていった。

 その後の彼女の行方は分からない。誰かが偶然街で見かけたと話していたけれど、詳しい情報はだれも知らないままだった。だけど東京のどこかで新たな生活をスタートさせたこのみ姉さんは、間違っても私のような過去の亡霊に囚われる生活は送っていないと思う。きっと彼女は自身の中でちゃんと区切りをつけることができていて、シアターでの時間を“思い出”にして前に進むことができたのだと。最後に見たこのみ姉さんの顔を思い出す度に、私はそんなことを考えていた。

 

 このみ姉さんがシアターを去ってから半年後、私も遂にシアターを離れることを決めた。

 最後までプロデューサーは私を引き止めようとしてくれて、その度に決意が揺らいだが、最後は勢いに身を任せて、東京に縛ろうとするプロデューサーの手を振り解き、成田発の福岡行きの片道航空券を買った。

 

「ジュリア、もし福岡に帰って考えが変わったらいつでも連絡してくれ。シアターの皆も俺も、お前ならいつでも歓迎するから」

 

 プロデューサーは最後の最後まで私を諦めなかった。そして成田空港での別れの間際、私に向かって深々と頭を下げた。「夢を叶えてやれなくて本当に申し訳ない」と、涙声で口にしながら。

 そのプロデューサー姿を見て私は彼にちゃんと想いを伝えたかった。責任なんて感じないでほしい、寧ろプロデューサーは私のために本当に頑張ってくれて、謝りたいのは私の方だと。だけど、私は何も言えなかった。4年前に福岡空港で見送りに来てくれた彼に何も言えなかったのと同じように、私は伝えたかった本心や胸の内を、最後まで打ち明けることができなかった。

 色々あって迷って悩んだりもしたけど、私もシアターを去る時はこのみ姉さんのように清々しい気持ちにはなれるのかもしれない、なんて漠然と考えていたりもしていたが、実際はそんなことはなくて、清々しい気持ちどころか最後まで行き場のないモヤモヤと罪悪感が胸の中に広がり続けるだけ。

 だけどそれも当然なのかもしれない。大切な人に自分の思いすら正直に伝えれることができないのに、心の底から清々しい気持ちになんてなれるはずがないのだから。

 

 見送りに来てくれたプロデューサーやシアターの皆と別れ、私を乗せた小さな飛行機が福岡空港に着陸して私の東京での生活は幕を閉じることとなった。

 福岡空港を出て実家のある最寄駅で地下鉄を降りた時、見慣れた駅の見慣れたはずの夕焼けが、私の目にはまるで遠い国の景色のように映って見え、私は察した。東京で大切なモノたちを失い、色褪せてしまった私の世界は、そう簡単には戻らないのだと。

 色褪せた異国のように映る見慣れたはずの光景を眺めていると、ふと脳裏に東京で別れたプロデューサーやシアターの皆の顔が浮かんで、目頭がじんわりとして熱くなった。

 

「………………ちくしょう」

 

 私を形作っていた大切な想いを守れなかった自分が許せなくて、いつの間にか未来に夢を見れなくなった自分が悔しくて、プロデューサーやシアターの皆と離れ離れになることが悲しくて、様々な感情が交錯する私の胸の中は、はち切れんばかりの喪失感に襲われた。その喪失感に襲われるがまま、私は生まれ育った街の駅で独り、涙を流すことしかできなかった。

 

 

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