【完結】流星群の降り注ぐ夜に   作:ラジラルク

8 / 9
Episode ☆★

3

 

 

 東京から帰ってきた時、私は19歳。東京で通っていた高校も無事に卒業し、既に学生という名の免罪符を失くしていたため、すぐに就職活動を行い地元福岡で就職した。

 ぎこちない筆先で書かれた履歴書で勝ち取った仕事は、福岡市を拠点とする中小企業での営業職。慣れないスーツを着て昼夜仕事に終われる日々は、15歳で福岡を発ったあの頃の私が思い描いていた生活ではなかったのかもしれない。大勢の人の前で大好きな唄を歌うこともなければ、大好きだった彼から貰ったギターを持って武道館でライブを行うこともない、19歳の私が行き着いた未来は誰の目に留まるわけでもないそんな平凡な毎日だ。淡々と繰り返されていく日々は東京での暮らしと比べるとあまりにも退屈で刺激のない生活で、仕事に終われる毎日。あの頃のように深く悩んだり迷ったりする機会も多くはない、そんなありふれた日常を大人になった私は生きていた。

 その生活が好きかと問われれば自信を持ってイエスと答えられるわけではなかったが、きっと私はこれで良かったのだと思う。東京で失った大切な想いたち、果たすことのできなかったプロデューサーとの約束、福岡に帰ってからも暫くの間、あの頃をふと思い返す度に私は行き場のない喪失感に駆られ、過去の亡霊に囚われ続けていた私は、平凡な暮らしに戻ることができればアイドル活動をしていた頃に残してきた後悔や未練たちを風化させることができるかもしれないーー、そう密かに願っていたのだ。

 就職してからというもの、早く過去の亡霊たちを振り払いたい一心で、私は仕事に打ち込んだ。過去を捨てることが正しいとは思わなかったが、過去に囚われ続けるのは間違っても建設的ではない。シアターでの素敵な思い出も、苦渋を舐めた苦い思い出も、全てが今となっては足枷になってしまっている気がして、私はその足枷を捨てて早く前に進みたかった。それこそ、闇雲に流星群の行く果てを追い求めていたあの頃と同じように、私は足枷を振り払った先にある“何か”を探し求めて、仕事に打ち込み続けた。

 

 そして就職してから数ヶ月、私はある程度貯金が貯まったタイミングで実家を出て一人暮らしを始めた。実家を出るタイミングで最後まで迷ったが、彼から15歳の誕生日に貰ったギターを実家の自室に置いていくことにした。

 このギターを受け取った時、私たちはまだ金銭感的余裕がまるでなかった中学生だったのを覚えている。だけど彼は私の憧れていたミュージシャンのギターをずっと貯めていたお小遣いと、彼の兄であり当時バンドを組んでいた先輩から幾らかお金を借りてまで、私にプレゼントしてくれたのだ。

 

「いつかこのギターを持って、武道館に立って俺を招待してくれよ」

 

 それが中学生にとってどれだけ高価なモノだったのか、ギターの具体的な額を知っていた私に気を遣うようにそう言ってくれた彼の笑顔は、今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。生まれて初めて人は嬉しい時にも涙を流せるのだと知ったあの日のことは、どれだけ忘れようとしても忘れることができなかった。

 それから毎日のように彼から貰ったギターを手にし、手豆が何百個もできるくらいかき鳴らして唄を歌った。先輩たちと楽しく警固公園でバンドごっこをしていた時も、バンドが解散して独りきりで歌うようになった時も、東京で先の見えない暗闇の中を走っていた時も、私はずっとこの相棒と唄を歌い続けた。それだけの長い時間を共に過ごし、その分思い入れが強かったからこそ、彼に別れを告げられた後も棄てきれなかったのだと思う。どれだけボロボロになって周りの人に買い替えを勧められても、彼と別れることになっても、何故か私はどうしてもこのギターだけは手放すことができなかった。

 

 それだけ大切にしていたギターも、福岡に帰ってきてからは一度も手に取ることなく埃を被っていく一方。そして東京での思い出を封印するかのように自室の隅に置き、私は一人暮らしの狭いマンションへと引っ越した。

 この日を境に、私が東京での日々を思い返す機会は日に日に減っていったのだった。

 

 

4

 

 

 福岡に帰ってきてから地元で就職し、あっという間に4年の月日が流れた。

 一人暮らしを始めた際にギターを実家に置いてきたことで踏ん切りが付いたのか、あの頃の夢を見ることは未だにあったが、それでも以前ほど東京での生活を振り返ることはなくなっていった。

 私も歳を重ねて大人になり、そういった過去の思い出との向き合い方がようやく分かるようになったのだろう。そう思って、自分がようやく自分の中で整理が付いたのだなとホッとする反面、味気のない毎日を過ごす度にシアターで皆と過ごした大切な時間が色褪せてしまっていくような気もして、それがどこか私に寂しさを感じさせることもあった。

 何はともあれ、東京での日々は私の中で完全に終わってしまった出来事となった。果たせなかった約束も、失ってしまった宝物たちも、全てが過去の出来事であり今更どれだけ後悔しても取り返すことはできない。だからこそ、過去を受け入れてこれからも続く人生を歩いて行かなければいけない。

 かつての旧友から一本の電話がかかってきたのはそんな風に、ようやく過去の亡霊を振り払って前向きになり始めた頃だった。

 偶然仕事が早く終わった日の帰り道、自宅のマンション近くのコンビニで買い物をしている時に唐突にスーツのポケットの中でスマートフォンが揺れた。社用ではない自分のスマートフォンに表示されているのは見覚えのない電話番号。不審に思いながらも通話ボタンを押すと、スピーカー越しからはひどく懐かしく感じる声が聴こえてきた。

 

『やっほー、ジュリアーノ! 久しぶりっ!』

 

 耳に届いたのは、妙な名前で私を呼ぶ底抜けに明るい声。テレビでも散々聴いていた声の主の正体はすぐに検討がついた。

 

「つ、翼っ!?」

『そだよー、元気してた?』

「お、おう……。唐突だったからビックリしたぜ」

 

 電話の相手は、かつて共にステージに立った同期でもあり、今では何かしらの媒体で毎日のように目にしている超人気アイドルの伊吹翼だった。こうして話すのは最後に成田空港まで見送りに来てくれた時以来だろうか。そう考えると随分久しぶりな気がするが、電話越しの翼は私たちが疎遠になっていた長い時間を微塵も気にしていないようで、毎日のように顔を合わせていた頃と何一つ変わらない口調だった。

 その翼の様子になんだかホッとして、忘れかけていたシアターの雰囲気を思い出し、私はノスタルジックな懐かしい気持ちに包まれる。

 

『ジュリアーノ、今何してんの?』

「普通に働いてるよ、福岡で」

『そっか、なら良かった!』

「良かったって? 何がだよ?」

『今度そっち行くからさ、遊び来てよ』

「はぁ? プライベートで遊びに来るってこと?」

『ううん、仕事だよ。来月ヤフオクドームでライブあって』

 

 そう言えばそんなことテレビで言ってたなぁ、なんてボンヤリと思い出す。

 福岡に帰ってきてから暫くはシアターの皆の動向を意図的にシャットダウンしていたが、いつからかそれもしなくなった。理由は分からないが、夢を叶えられなかった過去の自分を許せない気持ちより、かつての仲間たちを素直に応援したいと思えるような心境の変化が長い時間の中であったのだと思う。

 

「聴いたぜ。ヤフオクドームだって、相変わらずすげーな」

『うーん、凄いのかなぁ? ま、会場なんてどこでも関係ないよ』

 

 いやいや、あのヤフオクドームを貸し切ってライブすんだから相当だろ。

 結構大きなライブだと思うが、当の本人はそこまでの自覚がないらしい。そう言えば昔から翼はキャパとか会場にまるで興味がなく、自分が好きなことをできるかどうかばかり気にしていたなとふと思い出した。

 良かった、翼はあの頃と何も変わらないままだ。きっと今もあの頃と同じように、未来の自分に夢を見て一直線に頑張れているのだろう。

 今や765プロを背負って立つ看板アイドルの一人にまで成り上がった翼だが、スーパースターと言っても過言ではない今の翼も、私があの頃密かに憧れていた、そして大好きだったあの頃の翼と何も変わっていないようで、そのことを知って私はホッとした。

 

『それでせっかくだからジュリアーノが福岡いるなら遊び来て欲しいなって思って』

「そうだなぁ……。ちょっと待ってくれよ」

 

 スマートフォンを肩と耳に挟んで、スーツのポケットから手帳を取り出す。ライブがあるのは来月の第二週の週末だから仕事は当然休みのはずだ。予定は空いている、行こうと思えば全然行くことは可能だが……、

 

「……仕事、休みだろうからさ。行くよ、ライブ」

『ほんとっ!? やったーっ!』

 

 一瞬生じた迷いを、私は見て見ぬ振りをしてそう答えた。

 福岡に帰ってきてもう4年になるのに、此の期に及んでまだちっぽけなプライドが残っていたらしい。シアターを抜けてから皆のライブを見に会場まで足を運んだことは今まで一度もなかった。未だにステージで頑張り続ける皆を見れば、きっと様々な感情が邪魔をして、かつての仲間たちを素直に応援できる気がしなかったからだ。

 だけど今なら、不思議と素直な気持ちで皆を応援し、現実を受け入れることができそうな気がしていた。そして、皆のライブを見ることで今でも夢破れた東京の地で亡霊と化して彷徨い続けている“アイドルのジュリア”を成仏することができるかもしれない。そう思えたのだ。

 

『じゃあさ、ライブ終わったら皆でご飯行こうよっ! プロデューサーも皆も、ジュリアーノに会いたがってたから!』

「い、いやぁ、それはどうしよっかなっ! 次の日も仕事で朝早いし……」

『えー! 良いじゃん!』

 

 ブーブーと文句を言う翼に、適当な言い訳をくっつけて私は誤魔化す。

 翼には悪いけど、皆やプロデューサーに直接会うことはまだできそうになかった。だけどーー……、それもライブを見て、“アイドルのジュリア”を無事に成仏させられたらできるかもしれない。

 久しぶりに皆を見て、私は何を感じるのだろう。

 過去の自分と決別し、過去の私を完全に捨て去ることができるだろうか。

 こればかりはライブを見てみないと分からなかった。だから私は、「終わったらまた翼に連絡するよ」とだけ伝えて、久しぶりの友人との電話を切った。

 

 

5

 

 

 翼には「行けたら行くよ」と曖昧な返事をしていた私だったが、実際に翼やプロデューサー、かつての仲間たちに会うことはなかった。

 2日間に分けてヤフオクドームで開催された39プロジェクトの全国ツアーライブ。残念ながら私やこのみ姉さんのようにシアターを抜けたメンバーも数人いたようだが、それでも残されたかつての仲間たちは当時とは比べ物にならないほどに輝いていて、圧倒的なまでのステージに私はただただ観客席から呆然と言葉を失ったまま立ち尽くすことしかできずにいた。知っているはずのメンバーたちなのに、全員がまるで別人のような、そんな錯覚を覚えたほどだった。あれほどまでに他人と壁を作っていたシホが見間違えるように笑えるよになっていて、可奈の口からは聴く人の耳にいつまでも残り続けるような素敵な歌声が聞こえてきて、メンバー最年少でまだ小さかった中谷育が目を疑うほど魅力的な女性になっていてーー。

 4年ぶりに見たシアターの皆は、当時の記憶の中の姿とは信じられないほどに変わっていた。きっと皆も私のように困難にぶつかって迷ったり悩んだりすることもあって、それでも前に進み続けて、かつて思い描いていた自分を追い求め続け、そして夢を叶えたのだろう。昔と変わらない強さを持つ皆が、大人になった今でも自分を信じ続けれる皆が羨ましくて、当初の目的だった“アイドルのジュリアを成仏させる”ことなんてすぐ忘れて、私は皆のライブに食い入るようにしてのめり込んだ。

 翼がくれた招待券は土曜日だけだったが、その土曜日があまりに衝撃的すぎたため、翌日も私は朝からヤフオクドームに向かい、自腹で当日券を買ってライブに参戦した。だが初日のオープニングから2日目のカーテンコールまで参加しても、このステージに立っているのがかつて私と共に夢を追い求めていた仲間たちだとは到底思えず、最後の最後まで夢心地のままだった。

 シアターの皆の成長した姿を二日間に渡って見た私は、とてもじゃないが皆に顔向けできる自信がなかった。今の私を見て、夢を叶えた皆はどう思うのだろう。私は、あれほどまでにキラキラした皆に胸を張って「皆に負けないくらい頑張っているよ」と言うことができるのだろうか。

 自問自答を繰り返す。

 だが、最後の最後まで迷ったが皆に会う勇気は出てこなかった。あんなに変わり果てた皆に会えるほど、私は今を一生懸命に生きている自信がなかったのだ。

 

「せっかく誘ってくれた翼には申し訳ないけど、今はまだ皆と会うことはできないそうないな」

 

 ヤフオクドームを出て帰路を向かう帰路の中、私は小さな声でそう呟く。そんな弱気な声も、人混みの喧騒に紛れて消えていった。

 私にもいつか、皆のようにキラキラした大人になって胸を張って会える日がくるのだろうか。そう思い、ふと見上げた博多湾上空の夜空には、幾千の星たちが瞬いていた。その星たちの煌めきが、私をひどく懐かしい気持ちにさせるのだった。

 

 

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