空駆けるミシラ飛行隊 荒野のコトブキ飛行隊 作:紅の1233
「アレどこにやったかなぁ~?」
その男はあたふたとした感じで背広のポケット、ズボンのポケット、色んな所を探ってアオイ達の前に取り出したのは
「なんだ花札?」
オルカは間の抜けた声を出す。
猪、鹿、蝶が描かれた、萩、紅葉、牡丹、の三枚の札。
早い話『猪鹿蝶』だ。
「あれれ?僕ってばまた失敗しちゃったいけないいけない、テヘッ♪」
そう言って舌を出してウインクし、空いた片手で指を鳴らすと、
ポンッ!
花札が煙に包まれ出てきたのは、漢字で『自由博愛連合』とデカデカと書かれた名刺だった。
「おぉスゲー!」
「どうやったの?!どうやったの!?」
オルカとカグマ一行は手品に驚いている。
それを見た男は少し得意気な表情をしている。
アオイはイジツ語で書かれた名刺を呼んだ。
“イサオ”
トウワ・ブユウ商事の会長で次期イケスカ市長に一番近い男。そしてひそかに自由博愛連合を設立した人でもある。
アオイは正直第一印象が悪く感じた。
なんか胡散臭い、笑顔がお面を着けたような感じで不気味だ。
イサオがアオイに右手を差し出してきた、握手を求めてきた。
とりあえずアオイは握手しておく
「君が隊長さん?」
「いえ、私は違います。」
「そういえば降りてきてから姉貴の姿が見えないな?」
「おかしいですね。」
オルカとカグマは周囲を見渡すがアニラの姿はない。
「会長そろそろ出発のお時間です。」
イサオの執事がそう告げると
「もうそんな時間?嫌だなー」
そう言いながら二人は五式戦闘機の間に止まっていた。
イサオのタキシードと似たような色をした流星に乗り込み、飛び立っていった。
カグマ達は笑顔で手を降って見送っている。オルカは自分と同じ機に乗っているのが気に入らないのか、嫌そうな顔で見送った。
アオイはイサオの乗る流星から、五式戦闘機の止まっている駐機場へ目を移したら、アニラが歩いてくるのが見えた。
「アニラ、なんで居なくなったりした.,.」
アオイは駆け寄ったが、
「お腹空いたね!お昼ご飯にしよう!」
アニラはアオイの言葉を遮って、皆の元に歩いていく。
アオイがアニラが歩いてきた方向を見ると誰かいた。
飛行帽とサングラスをかけた男が手を振っている。
その男はニヤニヤした顔でアオイを見ていた。
とても不気味に感じた。
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バババババババババ...
五式戦闘機がハ112-II、金星62型エンジンを響かせ降りてくる。
耳を引きちぎりそうな轟音をたてるF-15JのF100エンジンに慣れたアオイであっても、また違ったうるささが胸に響いてくる。
今、アオイがいるのは滑走路の端の空き地だ。
そこで持参した弁当をアニラ達で囲んでお昼ご飯をしている。
わりとうるさい上に風も強いのに皆、ピクニックにでも来たかのように涼しい顔で食べ続けている。
「肝っ玉が座ってるわね」
「なんか言ったかアオイ?」
「何でもないわ」
オルカがパンケーキを頬張りながら問い掛けてきたが、アオイは適当に返して握り飯に手を伸ばし、口に入れようとした時、滑走路に入ってくる機が見えた。
五式戦闘機ともまた違うシルエットの戦闘機だ。
「アレは...」
「あっ、四式戦闘機の疾風ですよ!」
唐揚げにレモンをかけていたカグマは歓喜の声をあげる。
四式戦闘機疾風は一式戦闘機隼と二式戦闘機鍾馗を合体させたような機体で、旋回能力と速度を両立し、防御もしっかりしていた。
高高度性能にも優れアメリカ軍戦闘機や爆撃機を数多く撃墜し、対地攻撃でも優秀な戦績を残した。
海軍の戦闘機、紫電改と並ぶ優秀戦闘機として今でも語り継がれている。
だが当時の戦況悪化による、劣悪な整備や製造の結果、信頼度が低くなってしまった。
ある一部の部隊では高い稼働率を維持した部隊もあったが、当時のユーハングが持つ技術力で維持できる戦闘機ではなかった。
ユーハングは設計する技術はあったが、その性能を維持したまま量産する技術と整備する技術がなかったのだ。
「珍しいな、モグモグ、疾風、モグモグゴックン、なんて」
オルカは喋りながら次のパンケーキに手を伸ばす。
「でも、なんか変ですね。」
カグマの言う通り変だ。
疾風はグレーのカバーで全体を覆っている。本来所属のマークがあるはずの所もカバーで覆われている。
「覆面戦闘機...」
まるで誰かに見られたくない、みたいな感じだった。
だがアオイは静かにではあったが少し興奮していた。
アオイが元いた世界では、疾風は一機しか保存されていない上、その一機は昔飛行可能な状態だったのだ。
今では飛ぶ姿を見せられなかったあの疾風が、今目の前で動いている。それも十機近くもだ。
アオイは感動した。
余韻に浸っていると疾風は五式戦闘機のいる方に並んで止まっていく。
「あっ五式戦闘機の方に止まっていきました。疾風も自警団の持ち物なんですね。」
「でも疾風なんていたっけかな?そういえば姉貴は元々イケスカにいたんだよな、その時はどうだったんだ?」
「私がいた時には、いなかったような?」
サンドイッチを手に持ちながら首をかしげ、答えるアニラ。
「えっ!アニラさんって以前イケスカにいたんですか?どういう経緯でシズマツに?」
「まぁね...」
アニラはそう言って俯いてしまった。
普段どんな時でも笑顔でいるアニラがこんなに落ち込むのは珍しかった。
「そういえば五式戦闘機の所に男の人が立ってましたけど、それと何か関係があるのですか?」
カグマは人差し指を口に添えてしばし考え、口を開いた。
「あっ!もしかして“コレ”ですか!?」
「ブッ!」
カグマは右手の小指を立てる。
その横でヒルファがお茶を吹き出した。
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岩肌むき出しの壁、天井からぶら下がるはだか電球が照らす室内に数名の人影。
「今回の獲物は一式陸攻と烈風と流星、零戦五二型か。」
「烈風以外はわりと簡単そうだな。」
「そういえば隊長。」
部下と思われる人影から手が挙がる。
「なんだ?質問か?」
「いえ、零戦の塗装が今まで見たことがない奴だって」
「見たことがない?」
「青の二色塗りだったような」
「青の二色?」
「えぇ、なんかウーミに出てくる波みたいな色だって」
「波みたいな色?」
それを聞いてその影はニヤリと笑った。
「作戦を変更!出撃機数を増やす、それと一機以上の撃墜の予定だったが一機も撃墜するな!」
「了解しましたが、なぜ?」
「知りたいだよ、奴を。だが“アレ”で出れるなら私も出たいが...」
「まだ整備もまだですからね、私の“機”で出ますか?」
「いや今回はやめておく、では頼んだぞ。」
「御意」
人影達は部屋を出ていった。
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日が陰り始めた世界。
摩天楼から伸びるを影を機体に映しながら一式陸攻、烈風、流星、零戦五二型が離陸していく。
アオイは少しアニラの事が気掛かりした。
普段から笑顔を絶やさないアニラから笑顔が消えたのだ。
あの話の後、カグマ達にさんざん囃し立てられたのにアニラは口を閉ざしたままで、その隣でオルカはおろおろしていた。
「やはり、あの男が関係しているのかしら...」
なんて思っていると、無線からアニラの声が聞こえてきた。
周波数を見ると秘匿回線で話している。
「ねぇアオイ、少し話を聞いてくれる?」
「昼の時に話していた男の話でしょ。」
「察しがいいね。」
「でもオルカじゃなくて私なの?」
「オルカはあぁ見えて心配性な所があってね、それにカグマ達にも聞かれたくないし。」
「オルカが妬くわよ」
「かもね、へへへ♪」
「で、結局あの男はなんだったの?」
「あの人は私が配属していた隊の隊長だった人。」
「隊長...」
「私は昔イケスカの飛行隊に配属していて、それはもう名の知れた飛行隊でね評判も高かったんだよ。そして隊長も優しくて私も慕っていた、でも...」
ガンッ!
無線から何かを叩く音が聞こえた。
「隊長は変わった!リノウチ大戦の後に!」
「リノウチって数年前にあった大空戦よね?」
「そうだよ!私はあの時に私は右足をダメにしたの、機内を貫通した機銃が私の右足を粉砕してね。すごい撃墜だったよ。」
普通右足にそんな怪我をしていたら、普通の人間は気絶すり。しないということはとんでもない精神力の強さだ。
「病院を退院して隊に戻ったけど、隊長は私の事を以前のように優しくしてくれなかった!戦闘機に乗れなくなった私は不必要だ、って言ってたみたいに!」
声を荒げたアニラ
「落ち着いてアニラ!深呼吸、深呼吸」
アオイはアニラを落ち着かせようと促す。
「すぅ...ハァ、それでね私は自棄になってイケスカの端っこでしょんぼりしていたの。もう死のうかなって思った時に所をミュラさんに拾って貰ったんだ!」
「ミュラさんに...」
「そうだよ!最初は疑ったよ、でもシズマツのボスは私を受け入れてくれてジロウさんには義足をつくって貰ったんだ!イケスカにいた頃よりも良かったよ!」
「それであの昼はなんだったの?」
「あっそうそう、私がまた飛行機に乗っていることを知ってて『隊に戻ってくる気はないか?』、な~んて言ってくるんだ!私のことをただの手駒としか見ていない人の元に誰が戻るもんか!お断りしてきたよ!」
「よかった。いつものアニラに戻ってくれた。」
「なにか言ったアオイ?」
「なんでもないわ、あれ?」
「どうしたの?」
「ミュラさんはどうやってイケスカからシズマツに、アニラを連れてったの?」
「確か飛行機だったよ。」
「どんな飛行機だった?」
「うーん、いまいち覚えてないんだ。確か双発だったような...でも乗った場所なんか狭っ苦しかった。」
「双発で狭っ苦しい?」
「でも月光とか屠龍じゃなかったような...」
「それって...」
ザァ...ガッ...
さらに聞こうとしたらノイズが音声に混じった。
「あっ、もう秘匿回線でしなくてもいいね。」
そう言って秘匿回線を解除すると、一式陸攻の無線手であるムサイとオルカの声が飛び込んできた。
「姉貴!アオイ!なんで答えてくれないんだ!」
「アニラさん!アオイさん!聞こえているでしょうか!!我々に近付いてくる編隊が見えます!!」
アオイは急いで全体を見渡した。
零戦の風防は支柱が多いが、全周がよく見渡せる。
夕日の方向からこちらに向かってくる機が見えた。
「ムサイ、数は?」
「数は十機です!さっきから呼び掛けを続けていますが、全く返答がありません!!」
「十機ね」
アニラの烈風が編隊から離れ近付いてくる編隊へ向かう。
「姉貴!本当に空賊なのか?イケスカにもかなり近いぞ!」
慌ててオルカの流星も烈風へ続く、そこへアオイの零戦も加わる。
「空賊かどうかは近付けばわかる!」
「だと思ったよ!」
未確認編隊はこちらが接近してくるのに気付くと、緩降下気味にヘッドオンしてくる。
翼内から曳光弾混じりの弾道が飛んでくる。
「撃ってきたわ!」
「散開散開!」
「危ねぇ!」
避けながら三人は撃ってきた機を確認した。
「なんだこの機体は?!」
「見たことない機だよ!!」
アニラとオルカは口々に言うが、アオイは知っていた機体だった。
翼から覗く三つの12.7ミリ機関銃の銃口、機首に付いた大きな空気取り入れ口、そしてその機首に大きく描かれたシャークマウス。
間違いない、アメリカ軍の戦闘機P-40だ。
それがウォーホークなのか、キティホークなのか、トマホークなのか、アオイにはわからない。
ただそれはユーハング機ではない、アメリカ軍機だということは確かだった。
「アオイ!姉貴の事を頼んだ!俺は一式陸攻を守りに...」
「待ってオルカ、様子が変よ...!」
一式陸攻へ護ろうと方向を変えかけたオルカを止めるアオイ。
敵、P-40を確認すると全機こちらを狙っていくるのが見えた。
「目標はヒルファ達じゃなくて」
「俺達ってことか!」
斜め上後ろからP-40が機銃を撃ちながら通過していく、アオイは零戦の機首を下げてP-40を追う。
四式射爆照準器に映し出された照準と目の前のP-40が重なる。
左手のスロットルレバーを握り、機銃を発射しようとした時。
目の前を曳光弾が横切り、遅れて違うP-40が通過する。
アオイは驚いて零戦の射撃体制が崩れる。
体制を整えた時には狙ってたP-40はもう逃げている。
アオイは追うのをやめて横切ったP-40を追う。
P-40はアオイの零戦に気付くと機首を持ち上げて上昇していく、アオイも上昇する。
降下させて増速された零戦はP-40へ近付く。
「今度こそ!」
と思ったがまた邪魔が入った。
後ろから近づいたまた別のP-40が撃ってきた。
アオイは操縦桿を目一杯引いて零戦の機首を地面に向ける。
アオイは後ろを確認するとP-40が余裕そうにゆっくりと機首をこっちに向けているのが見えた。
「手強いわね...!」
目の前に移すと真っ直ぐ飛ぶP-40を追うオルカの流星が見えた。
「クソッ!追い付けねぇ!」
無線からオルカの悔しそうな声が聞こえた。
確かにオルカの流星ではきつい。
P-40の最高速度は派生型によって異なるが大体560から580ぐらいだ。当時の基準で見れば速い方だ。
対して私の零戦五ニ型は560、オルカの流星は540。
現代の第五、第四世代戦闘機であればそんな速度差は大したことないが、レシプロ戦闘機であれば大きな差となる。
おまけにP-40は大きな空気取り入れ口があるとはいえ液冷エンジン搭載機、加速力がいい。
アオイはオルカの後ろから近付いてくるP-40に気付いた。
「オルカ後ろ!」
「なっ、いつの間に!」
アオイは機銃のスイッチを切り替えて7.7ミリ弾だけ撃つ。
20ミリを無駄にしたくなかったため7.7ミリだけを撃つことにした。
流星を追っていたP-40の主翼に数発命中したが、ただ破片が舞っただけで被弾したP-40は平然と飛んでいる。
「さすがね...」
敵ながら羨ましく思うほどの防弾性能だ。
被弾したP-40は離れていく。
「なんなんだあの機体は!?当たったのに平気な顔で飛んでやがる!!」
「やっぱり7.7ミリじゃあ無理ね。20ミリじゃなきゃあ...」
「おい前から来たぞ!」
真っ正面からP-40が撃ちながら迫ってくる。
オルカは大きく避ける。
アオイはラダーペダルを少し踏み射戦をずらす、そして背面飛行状態にし一気に降下する。
高度を犠牲にして速度を稼ぐ、スライスバックと呼ばれる戦術だ。
逆さまの地面が目の前に拡がり、次の瞬間には暗くなり始めた空が見え始める。
その先には先程のP-40がゆうゆうと飛んでいる。
すかさず左スロットルレバーのスイッチを、7.7ミリと20ミリ同時に撃てるよう切り替える。
増速したおかげでアオイの零戦P-40に一気に近付く。
「当たれ!」
機首の九七式7.7ミリ機銃、翼内の九九式20ミリ二号機銃四型が同時に火を吹く。
銃身が延長された九九式20ミリ二号機銃四型から発射された弾丸は真っ直ぐP-40に進む。
20ミリが数発、胴体に直撃した。
直後にP-40から白煙が吹き、次第に黒煙えと変化していく。
「よし一機やった!そういえばアニラは?!」
アオイはアニラを探す。
上空からP-40を追って降下してくる烈風が見えた。
その烈風の後ろにはP-40が三機追ってくるのが更に見えた。
急降下限界速度なら烈風も負けない。
更に烈風の乗るエンジン出力も相まって、P-40との差はどんどん縮まっていく。
「今度こそ!」
アニラが前方に意識を集中しすぎて、別方向から来るP-40に気付かなかった。
「アニラ斜め上からもう一機来てる!!」
アオイの言葉に気付いて上を見たときにはP-40が射撃体制に入っていた。
風防に近付くP-40のシルエット。
「あっ...」
当たる
そう一瞬悟った時、風防全体に入り混んできたのは別の大きな機体。
オルカの流星だ。
「やらせない!!」
P-40から発射された12.7ミリ機銃は流星の後部座席付近に着弾した。
オルカの流星は大きく揺さぶられる。
「グワッ!」
「オルカ!」
「このぉ!!」
アオイは機銃を乱射してP-40を追っ払う。
「オルカ!大丈夫!?」
「平気だ姉貴、それよりコイツに大穴が空いちまった...」
流星の元に並ぶ烈風。
するとP-40達は一斉にアオイ達から離れていった。
「なっ、あいつら逃げる気か!追撃し...」
「いやもう無理ね...燃料が」
アオイはスロットルレバーの下に付いてる燃料計を見る。
翼内燃料タンクは0を指し、胴体燃料タンクも残量残り僅かだ。
空の駅からイケスカまで往復できる分しか燃料を搭載していなかったため、もう道の駅まで行けるかどうか怪しくなってきた。
そこへ
「こちらイケスカ自警団、空賊に襲われているとの通報が入って駆け付けた。」
無線から男の声が聞こえてきた。
イケスカ方面を見ると五式戦闘機が数機、編隊を組んで飛んでくるのが視認できた。
「来るのが遅すぎだ、クソッたれ!」
オルカは暴言を吐く。
「空賊の数は10機、そのうちの1機は大破させた。それと見たこともない戦闘機だった。」
アニラは淡々と報告する。
「了解、後の捜査は我々が引き継ぐ。」
「了解。オルカ、アオイ、ヒルファ、一回イケスカに戻るよ。」
「わかったわ」
「...りょーかい...」
「了解」
烈風、流星、零戦五二型、そして一式陸攻は編隊を組み。
すっかり日が沈み昭明が輝くイケスカの摩天楼へ、一行は引き返した。