ごーすとたうん   作:くにむらせいじ

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 まえがき

 これは後編(第3話)です。



ごーすとたうん 後編

 

 アパートの1階の、小さな裏庭。

 

 少し日が傾いて、空がオレンジ色に変わり始めた。

 

 裏庭の地面は人工芝で、隙間から草が生えていた。部屋の裏口には縁側があった。裏口はガラスの引き戸だった。

イエネコ  「かたづけるから、ちょっとまってね」

 イエネコが戸を開けて部屋に入り、すぐに戸を閉めた。戸のガラスは曇りガラスだったため、室内は見えなかった。*1

 

 しばらく経って、引き戸が開いた。

イエネコ  「どうぞー」

かばん   「おじゃまします……」

 かばんたち一行が部屋に入った。誰もいなかった。

 部屋はワンルームタイプで、そこには、ベッドと、パソコンのある机と、A3のプリンターと、本棚と、撮影機材*2 と、テーブルなどがあった。机の上や床には書類や本などが積み重なっており、雑然としていた。壁や棚などに爪とぎの跡があった。

サーバル  「へー、ここがヒトの巣なんだね」

 

アライグマ 「せまいのだ! むりに入るななのだ!」

 部屋は狭くて物が多く、7人も入るとぎゅうぎゅうだった。

フェネック 「アライさんとわたしは向こうにいるよー」

 アライグマとフェネックは、庭から見て一番奥の、玄関の近くに立った。

スズメ   「わちは外に……」

 スズメが庭へ出ようとした。

イエネコ  「だめ! あんたはプレゼントなの!」

 イエネコは、スズメの腕をおさえていた。

メジロ   「にげないでくださいね、かわいいプレゼントさん」

 メジロは庭側の入り口にいて、スズメを通せんぼした。

スズメ   「なんか怖いぞみんな!」

 

サーバル  「でも、あげる相手がいないよ?」

かばん   「ごしゅじんさんはどこに……」

イエネコ  「ちょっと、出かけてるの……」

 イエネコがうつむいて暗い顔になった。

サーバル  「ん?」

かばん   「もどりはいつごろですが?」

イエネコ  「…………」

 イエネコは無反応だった。

 

メジロ   「えと、写真を見ましょうか!」

 イエネコが顔を上げた。

イエネコ  「かべにあるのが、ごしゅじんが撮った写真よ」

サーバル  「すっごーい! たしかに、動物がそのままぺらぺらに写っているね!」

 部屋の壁に、いくつかの写真が貼られていた。サバンナやジャングルで撮られた、フレンズではない動物の写真が多く、町にいる猫の写真もあった。

かばん   「図書館で似たようなものを見たね」

イエネコ  「あと、これも」

 イエネコは、アルバムを数冊手に取って、ちょっと自慢気に見せた。アルバムに入っていない、束になった写真もあった。

 アルバムにも動物の写真があった。フレンズや、在りし日のパークの写真もあった。

かばん   「昔のパークって、こんなだったんですね」

サーバル  「もっと見せて!」

 5人は、しばらく写真に見入った。

スズメ   「このネコ、もしかして……」

サーバル  「イエネコの元の姿だね!」

 

アライグマ 「よく見えないのだ!」

 アライグマとフェネックは、写真を見ているフレンズの輪の外にいて、そこからでは写真がよく見えなかった。

フェネック 「アライさん、あとでゆっくり見せてもらおうよー」

 

かばん   「あれ? フレンズのイエネコさんの写真、少ないですね」

イエネコ  「それはその……」

 イエネコが本棚の前に立ち、アルバムを取らせまいとした。

メジロ   「わかりやすいですねぇ」

サーバル  「見せてよー!」

イエネコ  「しょうがないわね……」

 イエネコは、棚から一冊のアルバムを素早く抜き取った。

イエネコ  「サーバルねえちゃん! こっちへ!」

 イエネコは、ベッドとクローゼットの隙間*3 で、アルバムを体で隠すようにして開いた。サーバルが、ベッドの上からそれを覗き込んだ。

サーバル  「わー! かわいー!」

 サーバルが笑顔になった。イエネコは顔を赤くしていた。

スズメ   「なにを見てるんだ?」

 サーバルが、上から手を出して、ページをめくった。

イエネコ  「わ! だめ!」

サーバル  「いいじゃない! すっごくかわいいよ! 横顔もきれいだねー」

スズメ   「すごい気になる……」

サーバル  「毛皮がないのもあるんだね!」

かばん   「ぅええ!?」

イエネコ  「わー! 言わないでー!」

スズメ   「毛皮ってなくなるのか?」

メジロ   「どういうことでしょう?」

かばん   「たしかに、それは見せられないね……」

 

スズメ   「ちょっとは見せろよ……」

 スズメが、部屋を見渡した。

スズメ   「ん?」

 床に紙切れが落ちていた。その近くの棚に、大きめの引き出しがあった。引き出しは爪とぎの跡でボロボロだった。引き出しには紙切れが挟まっていた。

 スズメが、引き出しの端を爪でカリカリと引っかいた。

スズメ   「あくのか? これ」

かばん   「それは引っ張ればあくんですけど……」

 

サーバル  「イエネコって、かわいさときれいさとかっこよさ、ぜんぶ持ってるんだね!」

イエネコ  「もうやめて……やめてよぅ……」

 イエネコは顔と耳を赤くして、顔を手で覆った。

 

 スズメが、引き出しの取っ手に手をかけた。

スズメ   「かたいな、これ……」

 スズメは引き出しを無理やり開けようと、取っ手を強く引っ張った。

かばん   「勝手にあけちゃだめですよ!」

 

イエネコ  「え?」

 イエネコがハッとして、スズメが開けようとしていた引き出しを見た。

 

 引き出しが少し開いた。引き出しの中には、紙がぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。

 

 

イエネコ  「だめーーー!!」

 イエネコが悲鳴をあげた。

 

スズメ   「おわっ!」

 スズメが驚いて、取っ手を強く引っ張った。引き出しが外れ、たくさんの紙が飛び出した。

 

 

アライグマ 「どうしたのだ!」

 アライグマとフェネックが、写真を見る輪に無理やり入ってきた。

フェネック 「なにがあったのさ……」

 

 

 重苦しい沈黙があった。

 オレンジ色の光が、斜めに部屋へ差し込んでいた。

 

 

 床に散らばったたくさんの紙は、写真だった。紙の大きさは様々で、細かく破かれた、たくさんの紙切れもあった。

 

 イエネコは、床に落ちた大きめの写真を拾い上げ、オレンジ色の光に照らされたそれを、じっと見つめた。

 

 写真には、イエネコと、誰か分からない人物が一緒に写っていた。

 写真のイエネコの顔が、数本の線で切り裂かれていた。

 人物はイエネコの肩を抱き寄せており、笑顔だった。

 背景はこの部屋で、腰より下が写っていなかったが、ふたりはベッドに座っているようだった。

 

イエネコ  「プレゼント、もってきたわよ……ごしゅじん……」

 イエネコの声は小さく、祈るようだった。

 

 他の写真も、撮影場所は様々だったが、同じ人物が写っており、一緒に写っているイエネコの顔が切り裂かれていた。

 

 

 また沈黙があった。

 

 

 スズメが沈黙を破った。

スズメ   「ごめん、ほんとにごめん……」

イエネコ  「いいのよ。悪いのはあたしなの」

 

かばん   「あの、えっと……」

メジロ   「悪いのはこのひとですよ! 勝手にいなくなって!」

 メジロが、写真に写っている人物を指差した。

サーバル  「だれも悪くないよ!」

 

イエネコ  「……いなくなって、ないもん……ちょっと出かけてるだけだもん……」

 イエネコの声は悔しげで、涙声になっていた。

 

 

 また沈黙があった。

 

 

フェネック 「みんなー、ちょっとこのお部屋から出ようか」

 

 

 

 

 アパートの小さな裏庭。

 

 空は、オレンジから赤へのグラデーションになった。雲が立体感を増した。

 

アライグマ 「なんでこんなぎゅうぎゅうに座るのだ!」

7人は、アパートの小さな庭の縁側に、隙間なく座っていた。*4 座り順は、前から見て左から、アライグマ、フェネック、かばん、メジロ、スズメ、イエネコ、サーバルだった。

アライグマ 「アライさん、はみ出してるのだ!」

 アライグマは縁側の一番端に座っていて、おしりが半分しか乗っていなかった。

メジロ   「なかよしでいいじゃないですか! あったかいし、かわいいスズメちゃんとくっつけるし!」

 メジロは笑顔で返して、スズメにもたれかかって、その肩に腕をまわした。

スズメ   「やめろ! というか挟まれて逃げられないぞ……」

 

イエネコ  「ごめん。スズメをつかまえたのは、プレゼントじゃないの。いたずらすれば、ごしゅじんに怒られるかなって、思っただけなの……」

 イエネコは、うつむいて、ぽつりぽつりと話し始めた。

イエネコ  「写真をやぶっちゃったのもそう。前に、写真をやぶって、すっごく怒られたの。また怒ってくれるかなーって……そんなことしても、ごしゅじんは帰ってこないのに……」

かばん   「だいすきなひとが帰ってこないなんて、どれだけ痛いか……想像がつかないです」

 イエネコがかばんを見た。

イエネコ  「ごめんなさいかばんさん。サーバルねえちゃん取っちゃって」

かばん   「うええ!? ぼくはそんなつもりじゃ!」

サーバル  「あー……わたしからもごめんね、かばんちゃん」

 サーバルがかばんを見て、苦笑いした。

かばん   「うう……」

 フェネックがアライグマを見た。

フェネック 「わたしは、アライさんが盗られたらー……」

フェネック 「燃えるね」

 フェネックは、ぼそっと言った。

アライグマ 「アライさんも、フェネックがいなくなったら……いな……くな…………あれれ? なみだが……」

 アライグマが目をこすった。

フェネック 「だいすきって、そういうものだねぇ」

 

サーバル  「だいじょうぶだよイエネコ! ごしゅじんのことがだいすきなら、会いたいって思ってれば、いつかまた会えるよ!」

 

イエネコ  「へ?」

 イエネコが少し驚いて、不思議そうにサーバルを見た。

イエネコ  「どうしてそんなこと言えるの?」

サーバル  「会えないなら、待てないから!」

イエネコ  「よくわからないよ……」

サーバル  「会えるのは、すっごく先かもしれないけど……」

イエネコ  「さきって、どのくらいの?」

サーバル  「わからないよ。……地面や空が、もう一回できるくらいかもね……」

イエネコ  「そんなに待てないわ! ……あたし死んじゃうよ! ぜんぶ忘れちゃうよ!」

サーバル  「それでも、ほんとうに好きなら、また会えるよ。がんばってね」

 サーバルは、イエネコの頭をぽんぽんと叩いた。

イエネコ  「にゃ……」

 イエネコは、サーバルに寄りかかり、目を閉じて、サーバルにほおずりした。

イエネコ  「……ごろごろ……」

 

サーバル  「ごろごろはもうだめっ」

 サーバルはイエネコの肩を押して、頬を離した。

 

イエネコ  「え?」

 イエネコは、信じられない、という顔でサーバルを見た。

サーバル  「それをするのは、わたしじゃないでしょ?」

 サーバルは子供に言い聞かせるように言った。イエネコがうつむいた。

 

 イエネコの肩越しに、サーバルとスズメの目が合った。

スズメ   「ん?」

 サーバルが満足げな顔をした。          *5

スズメ   「えー……」

 

かばん   「きびしいね、サーバルちゃん」

フェネック 「まー、サーバルもいろいろあったからねー」*6

かばん   「ぅえ?」

アライグマ 「師匠なのだ!」

 

イエネコ  「…………」

 イエネコは、泣くのをこらえていた。

 

サーバル  「なーんてね!」

 サーバルは、イエネコに笑顔を向けた。

 

イエネコ  「ふぇ?」

 イエネコが顔を上げた。

サーバル  「ごめんね! ずっとつらかったんだよね。いーっぱい甘えていいよ!」

 サーバルはイエネコを抱きしめようとした。

 

イエネコ  「にゃっ!」

 イエネコが飛びあがって、サーバルの腕をすり抜けた。

 イエネコは、縁側を蹴って高くジャンプした。かすかにサンドスターが飛び散った。*7 イエネコは、空中で体を丸めて前方に一回転した。そして足をのばして、木製のフェンスの上にふわりと着地した。着地の瞬間、かすかにフェンスがきしむ音がした。 *8

 フェンスはアパートの庭と隣家の敷地を仕切るもので、人の背丈より少し低い高さだった。

 

イエネコ  「あたしはっ……」

 イエネコは、声をつまらせ、縁側に背を向けたまま目をこすった。そして、片足を軸にして、くるりと向きを変え、サーバルを見た。

 

イエネコ  「あたしは子猫じゃないわ! サーバルねえちゃん!」

 

 夕日が隣家の隙間を抜けて、スポットライトのようにイエネコの横顔に当たった。彼女の顔は少し大人びて見え、濡れた頬が光って見えた。*9

 

サーバル  「やるじゃない!」

かばん   「サーバルちゃんすごい……」

フェネック 「みごとだねぇ」

サーバル  「え? すごいのはイエネコだよ?」

 サーバルは本当に分かっていない様子だった。

アライグマ 「あめとむちなのだ……」*10

 

スズメ   「ふふっ……くちゅん!」

 スズメ立ち上がった。

メジロ   「スズメちゃん?」

 スズメは、イエネコが抜けたことで、目白押しから解放されていた。

 

スズメ   「イエネコッ!」

イエネコ  「ん?」

スズメ   「わちはねぐらに帰るぞー!」*11

 スズメが飛び立った。

イエネコ  「あ!」

 

スズメ   「ちちちちちちー!」

 スズメが、イエネコのすぐ上をかすめるように飛び、隣家の上へ飛び去って行った。

 

イエネコ  「まちにゃさい!」

 イエネコがジャンプして、隣家の屋根へ着地し、スズメを追って走った。

 ふたりの姿は、すぐに縁側から見えなくなった。

 

 

イエネコ  「にゃーーっ!!」

 

 薄暗くなった町に、イエネコの声が響いた。

 

 

 

 おわり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
 目隠しフィルムが貼ってあります。詳細は、あとがき・設定(第4話)に書いてあります。

*2
 三脚・ストロボ・レフ板などの、簡易のスタジオのような機材です。この部屋は狭くて物が多く、撮影には向きませんが、比較的物が少ないベッドのあたりで撮影をすることもありました。

*3
 ベッドとクローゼットの間には、戸を開けて出し入れするため、人が入れるくらいの隙間があります。設定の間取り参照。

*4
 目白押しです。アパートに縁側があるのは珍しいと思います。一軒家に近いつくりです。本物の目白押しを見てみたいです。

*5
 ( この子をよろしくね )

*6
 まだ見ぬ過去も、過ぎた未来も、いろいろありました。サーバルは、自覚は無いですが経験豊富だと思います。

*7
 縁側は木製で、結構しなります。ジャンプの高さは2階より高く、山なりのジャンプです。縁側の上には上の階のベランダがありますが、イエネコは、少し前方に飛ぶことでベランダを避けました。

*8
 普通のヒトが飛び乗ったら、フェンスが壊れます。イエネコは、サーバルの真似をして、着地の衝撃を抑えています。体重が軽いというのもあります。体操選手っぽい動きですが、助走無しで、高さ3~4m、前方に3mほどジャンプして、前転し、平均台より細くてもろいフェンスに横から飛び乗っています。人間技じゃないです。

*9
 西日なので、イエネコから見て左から光が当たりました。(あとがきの間取り参照)

*10
 この場合「飴と鞭」はちょっと違う気がします。あとアライさんは、フレンズにしてはちょっと難しめの言葉を知っているようです。「聡明」とか「無敵の布陣」とか。

*11
 スズメは昼行性です。イエネコは薄明薄暮性です。




 後編あとがき

 読んでいただきありがとうございます。

 例によって、あとがきと設定が長くなったため、別の話(第4話)として投稿します。


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