僕は鍋の下の火の世話をしながらため息をついた。その理由はただ一つ。僕の左足に幾重も巻かれた包帯のせいだ。
あの後、無事に翔君を連れ帰った僕は教師陣からの感謝と謝罪の嵐を受けることになった。あの時の状況を、恐らくは戻った少年が多少脚色を加えて話してしまったからだろう。
そしてそれと同時に静姉からの治療を受けた。あの人は何も言わず寂しそうに笑って僕の足にこの包帯を巻くと『あまり無理をしすぎるなよ』と言い残してカレー作りの指示を出していた。
班を全体的に男子と女子で別々の役割を振っているのは効率を考えている結果なのかそれとも──いや、やめておこう。厳しくも優しい姉ポジションのあの人がそんな事をしてるなんて思いたくない。
さて、そろそろ隣で死んだ魚のような目をした彼に話を振ってみよう。
「……八幡君はいつの間に僕の隣で暖を取っているのかな?仕事は?」
「俺が行っても怖がられるだけっすからね。俺の目つきは悪いので」
「そんな事は無いんじゃない?葉山君以外の男子スタッフなんて誰であろうと同じ扱いを受けるだろうさ」
女子の多いグループにひっぱりだこの葉山君を見ていると思わず苦笑してしまう。あそこまで他のスタッフとの扱いに差があるといっそ清々しい。
「………………爆発しろ」
「おいおい、女子小学生と男子高校生を見て吐くセリフじゃ無いだろ、それ。何処かのスポコンに見せかけたロリコンラノベじゃないんだから」
「別に俺は小学生が最高だとは思いませんけどね、ただ男女が共にいればそれだけでリア充に見えるじゃないですか……つーか、読むんすね、ライトノベル」
「まあ偏ってはいるけど一応純文学から大衆娯楽まで読もうと思えばなんでも読めるよ。最近はどうしても娯楽に偏りがちだけど」
意外な共通項を見つけたので少しの間その話で花を咲かせているとふと八幡君の顔が一方向に固定された。その視線を辿ってみると、また葉山君が別の女子グループに声をかけている(先程の話の後だと犯罪臭がするかもしれないけれども決してそういう訳では無い)。
そのグループの一人に葉山君はよく話しかけているようだけれども、どうやらその子はグループ内でいい扱いを受けていないらしい。
「悪手だな……あれは」
ボソリ、とつぶやく彼の言葉が上手く理解できなかったので二度見すると苦笑しながらどこか自嘲気味に彼は続けた。
「あの小学生は、見る限り何らかの理由で集団から孤立している。まあそういう対象をここではボッチと呼称しますが……ボッチにとって目立つ事はメリットに決してなり得ない」
「というと?」
「目立つ=調子に乗っていると思われがちだからです。本人にその気持ちが無くとも普段目立たない人間が多少なりとも目立つと気になるのがスクールカースト上位の人間の性です。それが自分達と馬の会う存在であれば受け入れ、合わなければ強く排斥する」
「そもそもスクールカースト、という言葉自体があまり耳馴染みが無いのだけれども、彼女はそのカーストの──」
「下層に属するんでしょうね。今回葉山が話しかけた事で彼女は『イケメンに話しかけられている、地味子の癖に』という目で上位カーストから見られるでしょう。先程のフィールドワークの時にも雪ノ下と俺が孤立しているあの生徒を目撃している。そして今、それをどうにかしようとした葉山の行動で彼女は余計に苦しんでいる」
そう言われて改めて葉山君に話しかけられている彼女に目を向ければ確かに困ったような顔をしている。八幡君の推測を基にして考えるのであれば葉山君が打った手段は最悪のような気もするが……。
「勿論間違いなく悪いと一蹴は出来ないですよ。長いスパンで見るなら、同じクラスメイトとして見るなら葉山の手段は決して悪くない。長い時間をかけてそいつから葉山は信頼を勝ち取ればいいのだし、葉山と過ごし続ければ自然とカーストは上がっていく。
ですが二泊三日という極めて短い期間で取れる方策としては最悪だ」
吐き捨てるように、どこがやけくそ気味に八幡君は話をそう締め括った。そして不快そうな顔をしながら「……雪ノ下と話してきます」と言い残し去ってしまった。
と、今度は入れ替わりに件の女子生徒がやってくる。つまらなそうな、諦めたような、でも何処か寂しそうな顔をしている彼女の面差しは昔どこかで会った人と似ていた。
「君は、ええっと……」
「特に用があるわけじゃない。あの場所にいたくなかっただけ」
つっけんどんに言い返してじっとこちらの行動を見ている。火はついたので今は八幡君が持ってきてくれた野菜を煮込んでいる所だ。本当なら代わる代わる高校生組とローテーションしながら自分たちの鍋の様子を見る予定だったのだが、足のせいで動くなと言われてしまっていた。
「班の方はいいの?」
「別に、居てもいなくても同じだし。それに見てたならわかるでしょ?私は──」
「イジメられてる?」
「っ!!」
これは僕から見た所感だったがどうやら当たりらしい。だが他人に言われると不快なのだろう。こちらを睨みつけてくる。
「アンタには関係ないでしょ」
「まあその通りだ」
肩を竦めて再び視線を鍋に戻す。短い沈黙が辺りを支配した後ポツリと少女が呟いた。
「話、聞いて欲しいんだけど」
「その前に名乗らないか?僕は君の名前も知らないんだ」
「留美、鶴見留美」
「そっか、鶴見さん。なんで僕に話そうと思った?」
「翔を助けたって聞いたから。それもそんな怪我をしてまで」
足首を軽くつつかれ苦笑する。
「本当ならもっと上手くやるつもりだったんだけどね……翔君の友達なんだ?」
そう尋ねると、少し顔を赤くしてそっぽを向いた。だがその直ぐ後に顔を強ばらせて俯いてしまう。
「……別に。あんなの、ただの腐れ縁だし」
「そっか……それで、話って?」
僕はあまり口が上手い方じゃない。だから、どうしてもストレートに聞いてしまう。
「…………」
彼女の表情が今度は苦しげに歪む。話したくないのだろう。これは多分彼女にとって辛いことのはずだ。
「……よくあることよ」
長い沈黙の末に、そんな言葉と共に彼女は語り始めた。
どの作品も大体5000字で区切ってる私にとっては一話2000文字前後でまとめるのはとても難しいので時間がかかってしまうとは思いますが、長い目でこの作品と付き合ってくださると幸いです