ひとつの死体がありました
割かし綺麗な状態で残ってました
死体は天使の器にされました
めでたしめでたし
01.
この地球上という星の上に生まれ、また実質的に支配する唯一の知性体。この青い惑星にて、歴史というものが、文字媒体によって記され始める以前から、支配者として君臨を続ける存在。
その何者の追随も許さない優れた頭脳を活かした応用力と、多種多様な発明品を用い、時に大きな成功を収め……同時に取り返しのつかない失敗を繰り返してきた、英雄と罪人の性質を兼ね備える不可思議な集団。
生存と発展という大義のため、自分達とそれ以外の一切を費やしに費やし、支配者として強固な地盤と防壁を築き上げ、今日に至る地球表面上の大部分を踏破、そうして途方も無い数の命を積み重ね、彼ら人間はいま、この惑星を跨いでいる。
───そして"時間"とは、その人間達に消費された膨大な資源の中の、最も基本的、かつ根源的な1つ。
それは彼ら人間を始め、少なくともこの地球上に何らかの生物として産み落とされた、その瞬間その刹那から、全ての生物に対して普遍的に与えられる恩恵かつ……同時に、平等に逃れる事の出来ない、あまりに巨大な制約だ。
人間にとって、様々な発明を繰り返し、新たな土地を開拓し続け、慈しみ合い、時には殺し合い……また生物として最も基本的な繁殖という行為を営む、それら全ての行いの最も基底に近い場所に根を張る概念。
また、それがあったからこそ、人間という種が惑星を丸ごと掌握するに限りなく近い所まで発展を遂げられたと言える、ある意味で人間にとっては、同族と犬猫辺りを除けば最大の友とでも呼べそうな側面を持つものでもあった。
───他でもない人間達によって名を付けられ、定義を持たされた、何者にも……それこそ、その括りに限れば“神”すらも逆らえない、この世の怪物である
当然、時間は何をせずとも勝手に資源として消費され、枯渇などしないくせに消費された分は二度と戻ってこない。
そこに迫り来る時間という壁があるからこそ、時間が過ぎる事で季節が巡るからこそ。
時間と共に沢山の命が生まれ、そして消えるからこそ、知性を宿した人間は思考の積み重ねをやめない。
時間は、人間と共に歩み、幾度も絶好の機会を与え、それらに無惨な死を与える……誰も改めては意識しないが、確かな天敵であり、同時に隣人なのである。
───時に、そんな隣人と、誤った付き合い方をしたため、自己を見失ってしまう人間が存在する。
デヴィッド・バークレイという少年もまた、そんな時間という悪魔に追われ、自分を見失っていた人間の1人。
ちっぽけな苦悩に囚われ、そうして無為に失った時間は、しかし若い彼にとっては大き過ぎる損失であった。
…………
鬱屈した時間を過ごす中で彼は、ある時───何の前触れも無く“
人が神の領域と呼ぶ場所から地上に現れた使徒が、まだ声変わりも済まない少年に刷り込んだ、天使の力、その扱い方。
……使徒が彼に与えた
正義の味方として覚醒した少年は、使徒の思惑通り、力を悪辣な私欲の捌け口にする事などせず、それまで無為にしてきた時間の分を、何とか取り戻そうとするかのように世界中を飛び回った。
今まで何にも充ててこなかった時間を、自らの有意義だと思える事に充てられる事が何より嬉しかった。
───ありがとう
その言葉を受けた瞬間、彼の鬱屈した心は唐突にパチリと弾け、彼は実に子どもらしく、大いに舞い上がり……
"自分は生きているんだ"と、確かな実感を得たのである。
彼は思った
やっと自分の居場所が出来た!
この力が自分の居場所なんだ!
これからは人のために力を使う! それが自分のためにもなる!
1人の少年が正義に目覚めた時、時間という悪魔は、楽しい一時をくれる親愛なる隣人に変貌した。
そうして生まれたのが、
万物のはじまりを象徴する名を冠した天使、プリキュアは、今日も青い星のどこかで奮闘する。
───だけども
その意気込みこそ十分ではあるが……彼は少しばかり無為な時を、また腐敗した思考を積み過ぎた。
それまで無為にしてきた時間は……確実に、彼の内にある“意思の力”を鈍らせていたのである。
君は1日を懸命に生きているか?
懸命に生きた時間は、君に何を与えてくれるのか?
無駄にした時間は、君の心に何を残していくのか?
───少なくとも、デヴィッド少年の心には、大幅な対人能力の減衰という結果の1つが残された。
彼は、ある時……気付いてしまったのだ
自分はヒーローになった、筈なのに───
*
02.
アニー(何なの……?)
何故か、あれからずっと着いてきたデヴィッド少年を伴い、故郷マンハッタン到着───
わたしはハドソン川を遡上する途中、
で、とりあえず他に用事も無いので、素直に自宅の高層マンションが建つヘルズキッチンへと向かう。
……その間ずっと、わたしの頭にクルクルリンと巡るのは、ただただ上記の一言だった。
というのも……ちょっと、どころか凄く、わたしが置かれている現在の状況の意味が解らないからだ。
アニー「ふーん、世界中でねー」
デヴィッド「そう! 何度か他のプリキュアに会ったりもしたよ。君もその中の1人って訳さ!」
およそ抑揚と呼べそうなものを意図的かつ徹底的に削いだわたしの相槌に、これでもかとばかりの起伏に富んだ返答。ああもう、今のだけで気力がゴッソリ持っていかれた。
デヴィッド「一応何度かニュースに映ったりもしてるぜ! オレそれなりに有名人だったりして!」
アニー「……わたし、あんまりTVとか見ないから。そういうの、よく知らないんだよね」
言うと、彼はわざとらしく両手で自分の頬を押さえた。
幼かりし頃のマコーレー・カルキンみたいに。
デヴィッド「ワーオ! マジで? 今どき珍し……くもないのかな。情報はネットで好きな分だけ集める時代だもんなぁ!」
アニー「あはは、そーだねー。最近はドラマくらいしか、それも眺める程度にしか見てないなー」
デヴィッド「あじゃあさじゃあさ! ロシアに居る5人に分裂出来るプリキュアは知ってる? スゲェよな! どれが本体で偽物とかじゃなくって分かれる5人全員が本物らしくってさ! こないだネットニュースでも───」
アニー「へー、そおなんだねー」
その露骨に適当さの滲む相槌───も気にした様子無く、そのまま絶えず口を動かし続ける彼。しかも超早口で。
いや気にしてないというか、これは相手の様子に気付いてない……というか。
……海から川に入って、陸に上がって、ここに至るまで、彼はずっと。もう、ず───っと、この調子を維持している。気まずい事この上無い。
かと言って、再び左手に見えますハドソン川にダイブして帰路を急ぐのは……うん、土産でもあるホットドッグが駄目になるから却下なんだよなあ。
好物のジュースが安かったからって、つい屋台に寄ったけど、失敗だったかもしれないね。はぁ……。
デヴィッド少年……フルネームをデヴィッド・バークレイという。
マンハッタンから遠く離れたテキサス州に住んでいるらしい黒人の少年で、年齢は多分わたしと同じくらい。
で、プリキュアから変身を解いた彼の本来の姿は……
刈り上げた頭を後ろ被りしたレンジャーズの赤いキャップで覆い。
オリーブドラブのカーゴパンツ、彼の細い上半身の線が浮き出る小さいサイズの白い半袖Tシャツ。
しかも……うわ、何かの任務帰りかと勘違いされそうなゴツいコンバットブーツなんぞ履いて。
……何か、彼の未だ幼さが残る外見には若干……いや、かなりの不釣り合い感が窺える着こなしだった。
例えるなら、道端を歩いていた強面の兄貴の服装を、そのまま写し取って彼に着せたかのような……
───まあそれは一先ずいい。問題は……
デヴィッド「それでさ! 試しにモスクワ近くまで跳んで1人に会いに行ってみたんだけど!」
アニー「うんうん」
デヴィッド「何と俺ジャンプ先が雪国だってこと忘れてて半袖のまま跳んじゃって……」
アニー「はえーバッカでー」
道すがらの雑談で、わたしは嫌に高いテンションで話すデヴィッド少年から───
彼の普段の活動と言えば良いのか、それについて、大仰なジェスチャー混じりに聴かされていた。
彼のプリキュアとしての固有能力、
これは、キュアエナジー消費量と変身持続時間との折り合いを考慮に入れなければ、ここから地球の裏側まで一瞬で行けるという、まさに惑星を股に掛けた壮大な力だ。
そして彼ことデヴィッドは、例の
使徒が、わたしや彼を含む100人のプリキュア達の脳に刷り込んだ“プリキュアの役割”を、その能力を活かして、これまで忠実に遂行してきたのだという。
能力を活かしてとは、つまり世界中の各地に転々と
“司令”が来て初めて出動するタイプのわたしとは天地の差ですね。行き過ぎた意欲は身を滅ぼすというのに。
文字通りの"
アニー(……ああ。そういえば、マリーがそんなこと言ってた気もするなあ)
ロジャース家で、わたしの帰りを待っているだろう彼女は、わたしと逆に大のTVっ子である。
連邦捜査局勤務だった事も手伝い、大のマスコミ嫌いだった祖父の影響か、映画と動物番組(ドラマ眺めるってのは適当に言った嘘)を除いて殆どTVと向かい合わないわたしに対して、彼女は時たまTVで吸収したと思しき情報を話題として持ってくる。
そのCBS辺りで見たんだろう彼女の出した話題に、橋から転落し掛けた大型バスを、すんでの所で救出したプリキュアが居たのどうの……というものがあったような気がする。
デヴィッド「あそれオレだよ! こないだロンドンでやったやつだね!」
どうやらビンゴだったらしい。
デヴィッド「正確には橋から落ち掛けたバスを助けようとしたクレーンがバスと一緒に落ちそうになった、ね」
デヴィッド「何とか増援が来るまで保たせたけどあれはマジ危なかった。あんなの二度と御免だよ! 俺ほんのちょっとだけ
アニー「そっかーへーそうなのふーん」
……しかし、早口だなぁ。聞き取りづらいんだけど。
さっきから喋ること喋ること。
わたしは別に、人と会話する事が嫌いな訳じゃないけど、こういう……何だろう? 常に口を動かし続ける手合いとは、正直これまでジックリと付き合った経験が無い。
マリー始め、わたしと仲良い他の連中の大半が、場の空気を主導するようなタイプとは程遠いからなぁ……。
きっと彼、デヴィッドは、さぞかし故郷テキサスでは賑やかな(落ち着きの無いとも言う)日々を過ごしているに違いない。
わたしには、そんなの考えただけで胸焼けしちゃうよ。
まあわたしの場合、仮に胸焼けしても、逆流した胃液を水に浄化して暫く座っていれば大丈夫になっちゃうんだけどね。そんな事に天使の力を使うなって? はっは、特権だよ特権。
…………
でも、例え不本意でも会話に付き合っている以上、適当な相槌だけでは失礼かもしれないので、とりあえずこちらからも話題を振ってみる。
……甘いのかもね、わたしって。
アニー「でもテレポートするって、わたしからしたらイメージ湧かないなあ……どんな感じなのそれ」
デヴィッド「どんな感じ……うーん説明が難しいんだけど……あーでもそうだなあ」
デヴィッド「言葉にするなら“気付いたらソコに居る”って感じ? なのかなあ」
アニー「気付いたら居る?」
デヴィッド「うん。アニメとかで見るみたいに変なトンネル通ってる感じは全然しないよ」
変なトンネルって何だ、
しかし……気付いたら居る、か。なかなかイメージし辛いかも。
デヴィッド「目視出来ない距離でしかも初めて行く場所には跳躍の前に写真とか
アニー「ヤバいって?」
デヴィッド「地面深くに出ちゃったり建物にめり込んじゃったり。最初の頃は苦労したぜー」
アニー「ああ、なるほどね……」
デヴィッド「詳しくはアレだけど俺生きててガソリンの味を知る機会があるなんて夢にも思わなかったぜマジで! いやアレはキツかった……」
アニー「ほうほう」
早口
最後まで聴き取ったわたしを誰か褒めてくれ。
……とまあ、ここまで雑談を重ねてきたが。
わたしとしては、どうにも拭い切れない疑問があった。
この気持ち、皆も共有してくれていると思う。
それは
アニー(どこまで付いてくるんだろう……)
そう、そもそも何でデヴィッド……彼が、このわたしの家路に付いてくるのか、という疑問だ。
確かに、わたしと彼は同じプリキュアの力を持った人間で、わたしは先程、彼に危ない所を救われてもいる。
わたし自身、先ほど言った通り、人と雑談する事は嫌いではない。寧ろ好きな方でさえある。
しかし彼……デヴィッドは───
何というのか、その絶えず話し続ける大仰な言動の節々から、わたしに対して何か……執着? とでも言えば良いのか、どこか粘性が高いと例えられそうな要素を感じられる。
口調が不自然に演技掛かっていたり、やたら自分の事を伝えようと
同じプリキュアである事を除いて、ハッキリ言って先ほどまで赤の他人だったデヴィッドから、ここまで執着されるような事をした憶えが無いのだ。まさかマンハッタンから遠く離れたテキサス住みの彼と過去に因縁があるとか、生き別れた親戚だったとかある筈も無いし。
そもそもわたしの親戚に、黒人は父方の伯母の娘の婚約者を除いて見た事が無い。
故に、わたしは彼と何くわぬ顔で雑談を交わしつつ、ある種の得体の知れなさ───恐怖心? を覚えてもいた。
……それに、コレあんま言いたかないけど、彼みたいな黒人って、白人のわたしにとっちゃ表情が読み取り辛いから、彼が内に秘めている意図もイマイチ判別がムズいんだよね。アジア系とかよりはマシだけど。
アニー(いいや、もうやっちまうか)
ええい、このアニー、まどろっこしいのは嫌いだ。
ここはいっそ……そう、突撃しよう。
アニー「ヘイ、デヴィッド君よ」
デヴィッド「どしたの?」
アニー「所で……君はどこまで付いてくるのかね?」
デヴィッド「…………」
ピタリ……と
歩みは止まらない。わたしも少年も変わらず歩き続けている。
止まったのは空気の流れの方であった。
わたしが少し前を歩き、彼が後ろに付いてくる。
目も合わさず、歯車が噛み合わず
痺れを切らしてわたしが少しだけ踏み込んでみた所、物の見事に、いっそ面白いまでに……両者間の空気に、素人目でも分かりまくるほどの亀裂が走ったのであった。
何が素人目かって? コミュニケーション技術の素人なんだよ、わたしは。
アニー「…………」
デヴィッド「…………」
歩く……沈黙……歩く……沈黙……
数えた時間は8秒ほど。
ストレスフルな時間は、強く意識するから実際よりも長く感じる。体感では20秒くらいに思えた。
誰かプリキュアの中に時間の流れを早く出来る方はいらっしゃいませんか。
……
……
で、その沈黙の後、ようやく彼の発した返答は───
デヴィッド「
───ん? だった
いや
いやいや
いやいやいやいや……こっちが取りたいリアクションだよ、そりゃ。
まどろっこしいこと、及びトマトが嫌いな偏屈女、ことアニー・ロジャースは、過程をスッ飛ばしつつもタイミングは見計らい、思いっきり疑問をぶつけてみたのだが、何と首を傾げられてしまった。なんてこった。
アニー「いや、だからね?」
デヴィッド「ああ」
アニー「君は、わたしがプリキュアの仕事を終えて、その後マンハッタンに着いてからも、ずっと付いてきて───」
アニー「いま、わたしの実家のマンションのエレベーターの前な訳ね? で、いまエレベーター乗ったの。2人とも」
アニー「ここまでOK?」
デヴィッド「お、おう……?」
扉が閉じる。
エレベーターは、わたしとデヴィッドと他の乗客1名を乗せて、実に滑らかな動きで上へと昇り始めた。
わたしの実家マンション、ミラータワーズ自慢の静音エレベーターだ。
ヘルズキッチン、かつてクソッたれギャング共の巣窟として悪名を馳せ、かの“デアデビル”の舞台としても採用された修羅の地。近年の劇的な治安改善の象徴の1つとして、我がマンションは地元では割と有名だったりする。
デヴィッド「すっげーマンションだよな! もしかしてアニーって金持ちなの?」
アニー「金持ち……んー、まあソコソコ?」
主に無駄に額のデカい祖父の遺産と、陸軍所属の父親の愛国心と家族愛、あと祖母の趣味の賜物でね。
さておき
エレベーターの中で、わたしは彼と向き合う。
デヴィッド「な、なに?」
アニー「で、我が家の経済事情は置いといてェ……もうメンドっちいからハッキリ言うけどさ」
デヴィッド「ん? うん」
アニー「君とわたしってね? こんな短期間で、こんな雑談交わして歩くほど仲良くなったかって話」
デヴィッド「──────」
アニー「なんだけども」
アニー「貴様ぶっちゃけ何が目的なん?」
デヴィッド「───」
言い切った。
正面から疑問をぶちまけてみた。
…………
すると、どうだろうか。
デヴィッド「な、ん……あ」
別人か?
反射的にそう思わされる程の変わり様を見た。
さっきまでペラペラペラペラペラペラペラペラペラと、滝の流れのように、途切れる事なく、早口で次から次へと喋り続けていた彼は……もうどこにもいないではないか。
視線は定まらず、眼球は頻りに左上と正面(つまりわたしの顔)を行き来して、眉尻は下がり、口元は波打って……
アニー「お、おい……? ちょっと?」
え、ちょ、本当にどうした?
デヴィッドの額に玉のような汗が噴き出ている。
エレベーターの照明が反射して、その黒い肌が光っていらっしゃる。
何だ? わたし……もしかしてヤバいとこ踏んだ?
まあ踏んだんだろうな。いわゆる地雷という物を。
多分、正面突破はマズかったんだろうな。
が、今更そんなこと言っても後戻りは出来ないぞオイ。
正々堂々と玄関扉を叩いた結果が目の前にある。
わたしまで冷や汗が出てきそうだぜオイ。
アニー「ね、ねえ……どしたの、大丈夫?」
デヴィッド「か……あ……」
恐る恐る、わたしは声を掛けるが、返答は要領のヨの字も得ず。
何だ? 何かしら言おうとして、しかし上手く言葉を紡げない。そんな感じの、声とも呼べない音を発して、そしてまた停止してをデヴィッドは繰り返す。
デヴィッド「えあ……その」
停止したと思えば、浅く呼吸して再び動き出す。
アニー( な ん な ん だ よ ! )
ヤバい、訳が分からんがヤバい。震えてらっしゃるよ彼。
何だろう、例えるなら……
今ココでフォークとか渡したら、すぐにでも自分の喉とかに突き立てそうな危うい雰囲気といえば良いのだろうか。すぐに彼の何かを何とかしないと、丸ごと全てが弾け飛んでしまうような……何か?
───有り体に言って“ヤバさ”(圧倒的ボキャ貧)。
デヴィッド「はっ……はっ……」
浅い呼吸、激しい眼球の揺れ、ともすれば手を叩いただけで卒倒してしまいそうな脆さを呈した様子。
何とか話を付けたいが、今の彼と目を合わせるのも怖い気がする。
……ん?
アニー(あれ、そういえば)
と、不意に思い出す。
わたしとデヴィッドの目線って……出会ってから今の今まで、1度でも合った事あったか?
海で会ってから……今まで?
アニー(????)
等と、考えていたら。
デヴィッド「ごめん」
アニー「は?」
スンッ……と
急に……見ると、そこには先程までの彼が幻覚の類だったのではと思うほど、その身体の震えは収まり、額の脂汗……はそのままだったけど、何か世界の理を悟ったかのように落ち着き払ったデヴィッドの姿が。
ともすればそれは、何かを諦めた者の姿にも見え……
え、なに? 今の一瞬で何が起こって彼はどうなった?
誰か説明してくれ。
……おい、どっかで見てるんだろ使徒とやら。
神みたいなものなんだろ貴様。教えろ。
デヴィッド「なんつーか……」
デヴィッド「お、オレこーゆーの慣れてなくてさ。今すぐ帰るわ」
アニー「ちょ、え?」
……状況が動き出したらしい。
肝心のわたしの心を置き去りにしたまま。
ちょっと待てや、帰るって何だよ。
アニー「待って! 待ってちょっと! いいから説明!」
こういうの業を煮やす、と言うんだね。
その一貫性の無い彼の言動に、わたしの額から苛立ちとも、自分の与り知らない所で勝手に歯車が動かされているのを知った焦りとも呼べそうな感情が噴出し……
グイッ
わたしは無意識に、デヴィッドの両肩を思いっ切り掴んでいた。筋肉も碌に付いていない、マリーに毛が生えた程度の華奢な肩だった。
デヴィッド「うわっ、ちょ!?」
アニー「とにかく経緯を話して! このまま帰られたら、何がどうなってんのか気になって眠れなくなるでしょーが!」
この瞬間、わたし達は初めて、明確に視線を交錯させた。
デヴィッドの目は……ハッキリ言って、とても弱々しかった。
自信と呼べそうなものから最も遠く……先程まで途切れなく口を動かし続けていた明るい口調の男の子がする目には、とても見えないほどの……。
先程の彼と、いまの彼
そのあやふやさは得体の知れなさでもあり、余計にわたしの中の苛立ちを、焦りを加速させ、昂ぶらせた。
そして、とうとう彼の次の言葉が、わたしの中で決定打となる。
デヴィッド「ちょ、ごめ……勘弁して」
ブチッ
あっやば───
アニー「 勘 弁 し て は コ ッ チ の 台 詞 だ わ ! ! 」
03.
デヴィッド「ひいっ!?」
デヴィッドの口から出たその言葉に……わたしの中の堤防は限界を迎えた。
はい、ここからわたしの“悪い所の顕れ”の声
《もう薄々と気付いていた。このデヴィッドが自分の都合一本でわたしに関わっている事くらい。》
《だってそうだろう? さっきからどういうつもりだ、何の説明も無く、しつこく一方的に付いてきて。こっちの都合も考えず勝手にペラペラと喋って。》
アニー「助けてくれたのは感謝してるよ! でも1回そっちから近付いてきたなら、何か説明してくれたって良いでしょうよ! さっきから君、ずっと1人でペラペラペラペラ───」
デヴィッド「わ、わ……」
《どうしてこんな状況になっている。何も分からないし誰も分かろうとさせてくれないのが腹立たしい。こうなった原因は何だ? まず間違い無く目の前にいる少年だ。だから目の前の少年の取る言動が腹立たしくなる。》
《わたしはプリキュアとして身を粉にして働いているのに、どうして余計な心労を強要されなきゃいけないの。理不尽だ。それもこれも悪いのは目の前の少年だ。こいつが余計な事をするから、わたしはこうしてキレる羽目になった》
《デヴィッドは、わたしを謂われ無き面倒事に叩き落とす異分子に違いない。だからわたしは怒るんだ。ああ嫌だ面倒だ逃げ出したい関わるないい加減にしろいい加減にしろいい加減にしろいい加減にしろいい加減にしろいい加減にしろいい加減にしろ───》
《───わたし、最低》
はい、ここまでわたしの“悪い所の顕れ”の声
───わたしは目の前の少年を置き去りにして捲し立てつつ、それに並行する形で熱された額が急速に冷えていくのを感じていた。
ああ……またやってしまった。わたしの昔からの悪癖。
たまにわたしは、人から“少し怖い”、“すぐに怒る”、“常に何かに苛立っている”という旨の指摘を受ける。
そんなつもりは無い……とは言えない。
だって、わたしは実際に苛立ちやすい質だから。
自分を抑えられないんだ。
端くれの端くれでも、キリスト君の前で祈った経験を有する身の癖して。
そう、わたしは……偏屈で……怒りっぽい。心に余裕が無い、……もしくは癇癪持ちともいう。
矮小な奴だと思われたくない、そんな安っぽい見栄で間延びした感じに振舞ってるだけだ。
……父親にも言われた。
お前は情に厚いのが良い所だが、少し短絡的過ぎる面がある。特に対人関係で不都合が重なると、すぐ周りが見えなくなりがちだ。
破滅を呼び寄せるとしたら、間違い無くそこからだろう。懐の深い友達(要するにマリーの事)に恵まれた幸運に感謝しろ……って。
…………
……でも、今回は流石にわたしだけが悪いという事も無いと思うんだ。
アニー「はあ……はあ……」
アニー「……ごめん、大声出して。でも君も自分の都合ばかりじゃなくて、少しは説明を───」
デヴィッド「───ご」
アニー「は?」
デヴィッド「 ご め ん な さ い ! 」
アニー「……は?」
シーン……
エレベーターの到着まで、あと少し
その自慢の静音設計が遺憾なく発揮された静けさが、わたし達を包み込んだ……
デヴィッド「ほ、ほんと、ごめん。へ、配慮、そう、配慮だよ。そいつが足りなかった。でも、違うんだよマジ。悪意とか、とにかく違う。そんな、な気は、な、なかったんだ」
お、おんろ、ごえん。へ、へえりょ、そう、へいりょだよ。そいるがたひなかっは。えも、ひがんらよまじ。あふいほか、といかくひあう。おんあ、あきあ、な、らかっはんだ。
……え?
なに?
何を言ってるか全く分からんぞ?
アニー「……ちょっと、口に出して話す前にさ、少し頭の中で整理してみない?」
デヴィッド「あ、えあ……」
デヴィッド「……
アニー(えええ……?)
一体全体、どんな回線が混ざり合って今の展開が形成されたんだ? 彼は結局どういう意図でわたしに付いてきたんだ?
今のわたしは最高に混乱している。
全てが分からないままだ。主にデヴィッド・バークレイが分からないままだ。
……そうして、もうこれでもかってほどゴチャゴチャに混乱していると、またデヴィッドが変な言葉の羅列を吐き出し始める。
以下のように。
デヴィッド「
以上のように。
アニー「は、勉強? と、友達……?」
アニー「一体なに言ってんの急に?」
デヴィッド「
アニー「はあ!?」
徹頭徹尾! 訳が分からんぞ!
ビシッ、と……何かのアニメキャラがやってるのを見た気がする、頭の斜め上辺りで手刀を切るような別れのポーズを取ったデヴィッド。
次の瞬間、デヴィッドは一瞬で再びプリキュアの姿に変わった。……はいぃ?
何してんの? ……え、何してんの!?
アニー「デヴィッド!? ちょ、なに考え」
デヴィッド「
アニー「てん、の」
ジャンプ
───バシュン!!
と、技名を言い切るより前に……デヴィッド、プリキュア化した彼の姿は……エレベーター内から忽然と消えた。
今のが、彼のプリキュアとしての固有能力、
強大な力の割には実に呆気無い……と言っては何だが、本当に気付いたら消えてる。出来の悪い特撮と大差ない。
古来より人が追い求め、幾度となく夢想したであろう超常の力にしては、実にあっさり風味のヘルシーなものであった。
そうして、わたしはエレベーターの中に取り残され、やがて静音設計も手伝い、わたしの周囲に快適な静けさが満ち始めた。
「お友達かいアニー?」
アニー「う、うーん……よく分かんない。でも、きっと隣人を愛する部類だとは思うよ。いや分かんないんだけど」
「そうかい。それは良いことだねぇ……仲直りは、早めにするんだよ」
アニー「う、うーん……努力はする」
「主は、全てを見ているからね」
わたし達と一緒にエレベーターに乗っていた近所のおばあちゃんは、首に下げた十字架を撫でつつ、穏やかに微笑んだ。
ゴメン、おばあちゃん。
この空の上からわたし達を見守ってるのは、残念ながら聖書に書かれてる高尚なオジさんじゃないんだ。信心深いあなたも知っての通りね。
…………
何だったんだろう、一体。
友達になりたい? と言ったのか? 彼は?
…………
いや、何でだよ。
友達になりたい。それは分かる。言葉の持つ意味としては。
つまり、交友関係を結び、わたしと友達になりたい。つまりそういう事だ。それは分かる。
…………
いや、何でだよ。
そう思われるだけの理由が無い。見受けられない。
彼から友達になりたいと思われるだけの理由が、わたしには分からない。
わたしは彼にとって、出会ってから僅かな時間だけで友達になりたいと、そう思われるほど魅力的という事か?
アニー「…………」
……まさか、
アニー「──────」
…………いやあ(半笑)
いやいや……ねえ?
だって、わたしだよ?
流石にそんなアホは、そう何人もいない……うん、いない。
ははは……
アニー「…………」
そういえば、と思い出す。
わたしからも、1個だけ彼に尋ねておきたいことがあったんだ。
アニー(水の上の歩き方、とりあえず今度会う事があったら教わろう……)
水属性のプリキュアとして、わたしが出来なくて彼が出来るのは、あまりにもアレだから。
そしてわたしは、指定の階層に到着した事で、静かに開いたエレベーターの扉と入れ違いに、あまりにも巨大が過ぎる疑問の蓋をパタリと閉じた。
とりあえず、今日は枕を高くして眠れないのは確定した。
FUCK!(伏字なし)
・人の苦境は見過ごさず、理不尽な悪意に涙を流す者には何となく手を差し伸べ×
・人(自他問わず)を理不尽に巻込む輩が世の中に存在するという事実に心底から苛立ち○
・自分に苦境が降り掛かるなら、普通に乗り越えようと足掻き×
・自分の安息を阻む物は、出来る限り排除しないと落ち着かない○
・自分への理不尽な悪意はあまり気にしない×
・悪意に殺意すら抱く事もあるけど、虚栄心と世間体から(余裕のある内は)気にしないふり○
片や強い正義感で保ってるだけで実際は人間の弱さ汚さモリモリ。片や心はそれなりに強いけど自分を助けてくれた存在への色眼鏡マシマシ。如何せん両者とも善性が強い分、仮に拗れたら状況は複雑骨折の様相を呈すると思われる。そんな事になったら熾烈なる領域への到達が危うくなるんで、使徒側で上手く調整するけど。