やはり俺の猫生活はまちがっている。   作:マクロ経済大回転

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振り返る、猫

 ゆっくりと、のんびりと、まったりと、ゆったりと、のほほんと、ゆるりと、のそりと、ゆらりと、のそのそと。

 社会に出た人々が忘れているものだ。偶にはこういった休息も必要なのである。故に、彼を見習ってほしい。

 

「…一歩ずつ、確実に、えっちらおっちら、いきましょうや」

 

 そんな台詞を放ちながら、数秒かけて一歩進む亀。二歩進んでは一分休み、また歩み始める。かれこれ十分程キャットフードを食べながら見守っているがまだ一メートルと進んでいない。ウソップ童話のウサギとカメに出演させても惨敗を喫するレベルで遅い。

 

「私ももう少し大人しくなった方がいいのかしら」

 

「暴走しなけりゃただの面倒見のいい鷲なんですがね」

 

「そんなに褒められると照れるわよ」

 

 遠回しに貴女が暴走したが為に命の危機に晒されて迷惑を(こうむ)ったと言っているのだが通じていないらしい。

 

「仲が良いのは、良きことじゃのう」

 

 今の会話の何処を聞いて仲が良いと判断したんですかねぇ…。いや、まぁ割と仲は良い方だとは思うが。

 

「そういう亀さんは何しているんです?」

 

「…え? なんじゃって?」

 

 この亀は難聴系爺さんでも目指しているのか…? 単純に老化で耳が遠くなっただけなのかもしれないな。

 

「ほっほっほ、冗談じゃ。一週間かけて海辺を散歩している途中じゃ」

 

 …この爺さん、意外と現代に染まってやがる。だがやっている事は老後の楽しみ方そのものだ。引き篭もりの俺も老後になれば外に出るようになるのだろうか。…ならないな。老後も引き篭もって寝たきりになってそのまま孤独死しそうである。自分で言ってて悲しくなってきたぞ。

 

「私が胸を貸してやるから泣きな!」

 

「だからあんたはしれっと人の心を読むんじゃねぇ!」

 

「其方たちを見ていると楽しいのう」

 

亀は仲間になりたそうにこちらを見ている…! 仲間にしますか?

 

「おっけおっけ、おいで!」

 

「家主の許可なく決めるんじゃない」

 

 俺も小町の許可無く鷲を連れてきたから人の事言えないがな。だがこれで家の動物園化に一歩近付いたな。うん、きっと親父も喜ぶ事だろう。

 

×  ×  ×

 

「…なぁ葉山。俺の目には猫と鷲と亀が仲良く机の上に座っているよに見えるんだがお前はどう見える?」

 

「残念ながらその通りですよ、先生。認めたくない現実から目を逸らさないでください」

 

 昼休みが終わり、五時間目の数学が始まる。葉山にしては珍しい鋭い一言が先生の心に突き刺さった。まぁ、それを引き起こした元凶は眠そうに机に溶けている訳なんだが。やりたい放題って楽しいね!

 

「久々に学校の授業を受けるな…、儂でもまだいけるかもしれんのう」

 

 そう言いながら教科書の微積分を解いていく亀。すげぇ、何がどうなってそうなるのかさっぱりわからんがすげぇ。語彙力? そんな物は猫生(びょうせい)の道中に置いてきたから何の問題もないな。…受験生でこんな状況はまずいのでみんなはしっかり予習復習しましょうね。

 

「なんかヒッキー楽しそうだな…」

 

×  ×  ×

 

 六時間目も亀さんは大活躍だった。俺のノートに大きく答えを書き、教師を驚かせていた。あの葉山隼人でさえ唇を噛んでいた程だ。この亀何者なんだ…。

 

「大体一万年程生きてあるからのぉ…。人間の言葉も完璧じゃわい」

 

 亀さん最強説浮上。

 

×  ×  ×

 

 帰りの会、元いSHR(ショートホームルーム)が終わり部活へ行こうとした所、平塚先生に呼び止められた。俺の脳内危険信号が厳戒体制を敷けと警告を鳴らしている。今すぐ逃げなければと思い鷲に掴まろうとしたが先に平塚先生に捕まった。貴女はワープでも出来る人間なんですかねぇ…。

 

「今、千葉のローカルテレビが君を取材しに来ているんだ。奉仕部で撮影だから一緒に来るといい」

 

「…鷲と亀を連れて行っても?」

 

「…まぁ、構わんだろう。ほれ、さっさと行くぞ」

 

 そう言いながら顔は緩んでいる。あれは…、テレビに出ていい男に迎えに来てもらおう作戦でも企てている顔だ。何かムカついたので亀さんを適当に投げておいた。前方でギャー! という声が聞こえたが俺はそんな小さい事は気にしない主義なのでそのまま素通りした。

 

×  ×  ×

 

「はい、こちら総武高校の奉仕部という部室に来ております! こちらで噂の猫を取材していきたいと思います!」

 

 女性のリポーターが明るい声でカメラに向かって喋っている。この場には平塚先生と雪ノ下、由比ヶ浜に俺と鷲と亀がいる状態だ。平塚先生は俺に忌々しい視線を送り、雪ノ下は凛と澄ましており、由比ヶ浜はおろおろしている。鷲と亀は戯れている。俺? 女性リポーターのお尻なんて見てないよ?

 

「まずはこの部活について教えてください!」

 

「ここ奉仕部はボランティア活動と同じような事をしています。ただ魚を与えるのではなく魚の取り方を教えるという理念も掲げています」

 

 雪ノ下が滔々と述べた。ついこないだまでは生徒会の手伝いをバンバンやっていた記憶があるが、それは脳内の片隅に押しやった。

 

「なるほど、ボランティア活動ですか! 何かかっこいいですね!」

 

「えへへぇ〜」

 

 おい由比ヶ浜。そこはお前が照れるポイントじゃないぞ。

 

「ではその奉仕部の顧問、平塚先生に少しお話を伺いましょう」

 

「うむ、彼等は実際にいくつもの依頼をこなしています。部長の彼女…雪ノ下は情報収集に長けているし、お団子頭の彼女…由比ヶ浜はこの部のコミュニケーション担当、そしてもう一人…今は猫だが比企谷は問題解決のプロと、バランスが取れていると私は勝手にそう思っています。一時は空中分解寸前だったが今はこうして三人集まれていて顧問としても嬉しい限りです」

 

「そんな時期があったんですね…」

 

 事実を繰り返すだけで意見は述べないリポーター。俺たちにとっては有難い。あのリポーターも俺たちと同じ類の人だったのだろうか。少し親近感が湧いた気がした。

 

「それではお待ちかねの噂の猫に迫っていきたいと思います!」

 

 多分ここでCMとかが入るんだろうなぁと意識が散漫していたからか、直前まで気付かなかった。

 

「ああ、やっぱり可愛いですね!」

 

 リポーターさんに抱きかかえられていた。む、胸がぁ…、当たってますよぉ! 敢えてジタバタし、柔らかさを堪能する俺。只の変態小僧である。男子高校生の性欲をなめたらいけませんよ!

 

「比企谷くん、今すぐそこから離れなさい」

 

「ヒッキー、あたしの所来る…?」

 

 冷酷な声が俺を突き刺すが、由比ヶ浜の甘い囁きが俺に届く。どうしよう、リポーターさんを離れた後に由比ヶ浜の所に行こうとしている俺がいる…。

 

「若いっていいもんじゃのう…」

 

 …ありがとう亀さん。お陰で正気に戻って来ることが出来た。感謝感激雨霰である。なんか俺、亀さんに頭が上がらなくなってきた気がするぞ。

 

「で、では気を取り直して。比企谷さんはどうして猫になったんですか?」

 

 あっ、戦犯がはぐらかしに掛かった。雪ノ下の絶対零度の視線を受けても怯まないリポーターさん凄い。尊敬の眼差しを向けておく。

 

「…わかりませんね。夜更かしした次の朝にはもう猫になってました」

 

「そうなんですか…、猫になってみていい事とかありましたか?」

 

 いい事か…。スカートの中…は流石に言えないし、抱きかかえられる事で柔らかさを感じるとかも言う事は憚られる。あれ?他に何かあったっけ。

 

「…あっ、そうですね、他の動物と会話できるようになった事ですかね」

 

「それ初耳だよっ?! ヒッキー!」

 

「そう言えば言ってなかったか」

 

「もしかしてそこの鷲と亀とも会話ができるという事ですか?」

 

「ええ、そうなりますね。鷲とは昨日、亀さんとは今日の昼に出会いました」

 

「お昼ですか…、学校に亀さんが居たんですかねぇ」

 

「海辺に行った時に仲良くなったので連れてきました」

 

「…あ、アグレッシブだね…、君」

 

 引かれた。解せぬ。平塚先生も此方を睨んでいる。昼休みに学校から出てはいけない規則でもありましたっけ。え? 第三条の二項? 生徒手帳持ってないんで分かりませんね。

 

「じゃ、じゃあ逆に不便になった事とかありましたか?」

 

「マッカンが飲めなくなった事」

 

 即答してやった。本当にマッカンが飲めないって辛い事なんだぞ。小町に言われた通りあれから一切飲んでいない。…本当だよ?

 

「マッカンてあの甘ったるい缶コーヒーですよね…。なんで飲めなくなったんですか?」

 

「マッカンには牛乳が含まれてて猫にはその成分を分解するのが苦手だから飲んじゃダメ、と小町…俺の妹に禁止令を出されまして…。千葉のソウルドリンクが飲めないとか俺の猫生(びょうせい)で一番の苦行なんダァ!」

 

「あ、はは…、かなりの情熱を注いでいたんですね」

 

 また引かれた。解せぬ。




3000文字を超えた今話でございます。
昨日は私用が入った為投稿できませんでしたm(_ _)m
今日投稿したから許してください(震え

UA10000突破、有難き幸せ
これからも本作をよろしくお願いします

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