夏の日差しがアスファルトを焦がし、俺に跳ね返ってくる。地面と距離が近いから今までよりも暑く感じる。現在、近くの駐車場に停めたらしい平塚先生のスポーツカーに向かっている途中である。
「こうも暑いと無性にラーメンが食べたくなるな。そうは思わんかね、比企谷」
「それには同意しますが、猫にラーメンはどうかと思いますよ」
「……そうか。折角久し振りに比企谷とラーメン食いに行けると思ったんだけどな」
そう目に見えて落ち込まれると罪悪感が芽生えてくるから困る。……ラーメン食いたくなってきたなぁ。
なんて事を考えていると向かいから一段と冷えた空間を纏って雪ノ下がやってきた。手には何やら大きな荷物が握られている。何処かにお泊まり会でもするのかしらん?
「……あら、誰かと思ったら平塚先生とヒキ、ヒキ…ヒキガエルくんじゃない」
「おい、ナチュラルに生物間違えるな。俺は猫だぞ」
「そうだっかしら? 存在を認知されただけ良いのではなくて?」
「そうだな…、まだマシだったわ」
「相変わらず仲が良いのは良いことだな」
「「別に仲なんて良くないですよ」」
見事にハモった。それを聞いた平塚先生はうんうんと頷いていた。や、ほんと、仲良くないですからね?
「で、どうしたんだ?その荷物」
刹那、雪ノ下と平塚先生がアイコンタクトをした、ように見えた。なんだ? 何を企んでいる?
「少し由比ヶ浜さんとお泊まり会するのよ。あまり乙女の事情につっこまないでくれるかしら?」
こいつ自分で乙女とか言いやがった…。まぁ今に始まったことじゃないが、その溢れ出る自信はどこからきているんだ。少しくらい俺にも分けて欲しいものだ。
「へいへい、俺が悪ぅございました」
「ん? あれは川崎ではないか?」
平塚先生が数メートル先の青みがかったポニーテールを見て言う。向こうも気付いたのかこちらに向かってくる。……やべっ、このまま地面に立ってたらスカートの中を見る気ね? と変態扱いされるから退避しなければ。急いで平塚先生の肩に駆け上った。因みに平塚先生も雪ノ下も長ズボンだ。
「こんにちは」
雪ノ下が珍しく笑顔で川崎に挨拶をしている。ここだけ見ると可愛いんだがなぁ。……と、これ以上考えるのは危険だ。雪ノ下ルートが開拓されてしまう。
「久しぶりだね、……ん? そこの猫は何か見覚えがあるような…。へくちっ」
「これは誠に遺憾なのだけれども比企谷くんよ。……そういえば貴女猫アレルギーだったわね」
「おい、遺憾ってなんだ」
「あら?そんなことも知らないの? 思い通りでなく残念なことよ」
「そう言う意味じゃねぇ、何故俺に遺憾を使った……いやいい、何となく察したから言わないでくれ」
「貴方が猫であることが遺憾なのよ」
わざわざ言う事ないだろ……。八幡のガラスのメンタルにヒビが入ったので責任取ってくださいね? …はっ、もしかしてハートブレイクした後に優しくする事で俺を堕とす気ですねっ!? でもそんな事で堕ちるほど俺は落ちぶれていないんです。だからもっと技術を磨いてから出直してきてください、ごめんなさい。
「あんたなんかキモいね」
現実逃避に一色の思考回路をしてしまったのが表情に出てしまっていたのか追撃を喰らってしまった。やめて! 八幡のライフはもうゼロよ!
「まぁ、そういじめてやるな。彼もなかなか癒しに丁度いいのだよ」
「…そうね、同意するわ」
「……わ、私も」
何故か急にサキサキが顔を赤くしてモジモジし始めた。お花を摘みに行きたくなったのかな?
「クソッ、爆発すれば良いのに」
…平塚先生? そんな物騒な事言わないでください。通行人が不審者を見る目で俺たちを見てるから。
「そうね…、いい方法があるわ」
「ホ、ホントか? 助かる」
「えぇ、とても簡単よ。方法はただ一つ、比企谷菌に罹ることよ」
「な、なるほど……?」
何故か俺の預かり知らぬところで勝手に話が進められて勝手に俺が罵倒されたんだが…。解せぬ。
「比企谷くんに触って腐った目をじっと見つめることで簡単に感染できるわよ」
「…う、うん。やってみる…」
そう言ってサキサキがこちらに向かってくる。軽く黒歴史を思い出しかけたが鋼のメンタルで過去を跳ね返す。さっきと言ってることが逆だって? 今に弱いんだよ、俺は。
さわさわ…さわさわ…
じーーーー
真面目に撫でられて見つめられると心地良いよりも緊張感が勝ってしまう。…というか猫アレルギーどうした、仕事してないぞ。いや、しないほうが良いんだけど。
「……びっくりした、ホントに比企谷菌ってあるんだね。猫アレルギーも反応しなくなったよ」
「えぇ、すごいでしょう?」
「ありがとう」
「どういたしまして」
…何とも複雑な気分である。俺のメンタルを代償に猫アレルギーが治ったと考えれば問題ない…のか?
「ふむ、そんな効力があったとはな。どれ、私もやってみるか」
「やめてください、先生まで俺を菌扱いするんですか」
「……ふっ、比企谷。菌にも良い効果を齎す菌があるのを知らないのか?」
「せ、先生…」
不覚にもうるっときてしまった。かっけぇ、かっけぇよ、先生! 俺が先生を貰っちゃう未来が見えた気がする。
「では私はこれで。川崎さんも一緒にどう?」
「……折角だしいくよ」
どこか嬉しそうなサキサキを連れた雪ノ下と別れる。いつサキサキを仲間に加えたのん?めっちゃ従順なんだけど。
「……さて、邪魔者も居なくなった訳だし私の家でたっぷりと癒してもらおうかな」
やだ、なんか怖い。
雪ノ下達と別れてから実に十五時間半。その間愚痴やら結婚相談やら車の自慢やら、それはもうすごい情報量だった。その甲斐あって、ツヤツヤという擬態語が適切な程の平塚先生に対し、俺はげっそりである。
「今日は助かったよ、比企谷。お礼と言ってはなんだがキャットフードをやろう」
「ホント疲れましたよ……。俺が寝てる時もずっと喋ってたみたいですし…。あ、ありがとうございます」
正直言うと半分以上寝てたのだが特に問題はなかったらしい。寝ている間撫でられていたような気もするが気持ち良かったので問題ない。存在するだけで癒しになるとか俺は神だったのかッ…!? はい、すいません、深夜テンションなだけです。なんてったって今は二十三時三十分だからな!
「さて、では君の家まで送っていくとしよう」
「どうも」
片道十分かそこらで着くものを何故か三十分近くかけて送られた。先生曰く人生寄り道だって必要なんだぞ、らしい。八幡ちょっと意味わかんない。お陰で家に着いたのが日付が変わる直前だった。
「……なんで先生まで車降りてんすか」
「なに、生徒を見届けるまでが教師の役目だからな。ほら、さっさと入りたまえ」
教師も大変だな、と小学生並みの感想を抱きつつ我が家のドアを開ける。
「たでーま」
当然、返事もなく真っ暗なままだ。……ん? 誰かいるのか?
カチッ
「おかえり、お兄ちゃん! 誕生日おめでとう!」
「ヒッキー、おめでとう!」
「比企谷くん、おめでとう」
「せんぱ〜い! おめでとうございます!」
「ハーッハッハッ八幡、……爆発すれば良いのに」
「…もう、材木座くん素直じゃないなぁ。八幡、おめでとう!」
「はーちゃんおめでと! さーちゃんも喜んでるよ!」
「ちょっ! ひ、比企谷おめでとう」
「おめでとう、比企谷。またうちの猫を連れてくるよ」
「八幡、おめでとうやで!」
「おめでとー、八幡! また空中散歩連れてくわねっ」
「八幡や、おめでとう。また儂にも構っておくれ」
「師匠! おめでとうでごんす」
「初対面だが、八幡殿おめでとう」
「一日中付き合ってくれて有難う、そしておめでとう、比企谷」
短針と長針が重なった瞬間、眩い光と言葉が、クラッカーの如く降り注いだ。一瞬、状況を把握するのが遅れたものの、嬉しさが込み上げてきた。
「みんな……、ありがとな」
__そこには確かな、温もりがあった。
お久しぶりです。執筆意欲が戻ってきたので続きを書くことができました。失踪だけは避けたいものです…。
そういえば俺ガイル14巻出ましたね!(遅い
この時期にまだ読んでない方は居ないでしょうが、ネタバレは避けますが…。
読んだ方なら分かる通り、14巻からこの二次小説には人間関係的に繋がらないので、これはパラレルワールドとして認識しておいてください。
ではまた次回に。