「せんぱ〜い!」
昼間からあざとさMAXの声が街に響く。夏休みも中頃。変わらず太陽はサンサンと俺たちとアスファルトを焦がし続けており、上と下からの熱気のサンドイッチで焼き猫が出来上がりそうな勢いである。
そんな焼き猫寸前の俺を駆け寄って来た一色が腕に抱える。女子特有の柔らかさと良い匂いが俺のSAN値をゴリゴリ削っていく。そう、今日は一色の八幡レンタル日なのである。
「むぅ、あんまり塩対応されると流石に私でも傷つきますよ? あんまり無反応だとあんなことやこんなことしちゃいますけどいいんですか?」
是非ともそのあんなことやそんなことの内容を聞きたいところだがグッと堪える。小悪魔いろはすの策に引っかかったが最後、
「……で、今日は何処に連れていかれるんだ? 小町にいろはすレンタルだよ☆ とだけ言われてここに来ただけで何も知らないんだが」
「ふっふっふ〜、今日やることはデートです! 今日だけは私の彼氏です。なので相応しい行動をしてくださいね?」
言葉の節々からえも言えぬ圧を感じる。とんでもない無茶振りが襲い掛かって来そうで物凄くお家に帰りたい気分だが、ホールドが固いので抜け出せるわけもなく、流れに身を任せるしかない。
「まず私を呼ぶときはいろはって呼び捨てでお願いします♪ まずはそれからですね〜」
初っ端から中々なジャブが入る。女子の下の名前を呼び捨てするなぞ小町以外にした事がない。……数日前の事件はノーカンだ。あれは寝ぼけていただけで俺は悪くない。ただ、今後の俺の身を考えると今回は素直に従っておくのが吉であろう。
「……いろは」
「間が無ければ百点ですね〜。まぁ及第点ってところです。それじゃ水族館に行きますよ、せんぱい!」
俺だけ呼び捨てを強要される事に不満顔をしているとそれはそれこれはこれと一蹴されてしまった。実に理不尽だ。
「はっ、それとも既に夫婦気取りですか!? 嬉しくなくもない提案なんですが手順をすっ飛ばしすぎで私の心の整理が出来てないのでプロポーズはまた今度でお願いします。ごめんなさい」
ミッションコンプリート。最早いつもの早口が聞けただけで満足ですらある。因みに内容は聞き流している。…どうせ断られてるだけだしな。不服顔のいろはすは見てないったら見てない。
「ついた〜!」
電車を乗り継ぎ、歩く事10分。未だに元気ないろはすは今日も上機嫌だ。俺? 俺は離してもらえなかったから身体がバキバキだよ。
……
あ、せんぱい! クラゲですよ! 私もクラゲみたいにふよふよ浮かんでたいです…
社畜じゃあるまいしどうなんだその発言は…
あのチンアナゴ、せんぱいみたいで可愛いですよね
なんかバカにされてる気がする
魚の触れ合い出来なくて残念でしたね
まぁ、猫にやらせるのは流石にな…。俺でも本能に逆らえない可能性が大だ
お、サメだ
せんぱいも結局は男の子ですよねー。そういうところを見ると逆に安心します
あ、このぬいぐるみ可愛いですね。せんぱいもどうですか? チンアナゴ
お? 喧嘩なら買うぞ。猫パンチ地味に痛いんだからな
八幡流石にこれはどうかと思うの
水族館に鮮魚売り場併設はちょっとドン引きです…
……
今日のプレイバックだ。因みに水族館を出た頃には既に5時を回っていた。4時間近く水族館にいるなんて普段の俺からは考えられない快挙。是非とも褒めて欲しい。
「楽しかったですね! せんぱい!」
「まぁ悪くはなかった…かな」
「私は疲れたので帰ろうと思うんですがせんぱいはどうですか?」
お? もしかして帰れる? いろはすそんな気遣いが出来たなんて八幡感動。涙がちょちょぎれちゃうね。是非もないと返すと悪戯が成功した子どものような顔で爆弾を放ってきた。
「決まりですね! せんぱいも来てくださいね? 私の家に♪」
訂正。やはり一色が小悪魔なのはまちがっている。
着いてしまった一色家。これほどまでに人の家を魔王城だと感じた日はないだろう。既に小町には手回しされているらしく、今日は帰ってきたらめっ! なんだからねっ! と可愛くお叱りを受けてしまった。鷲さんに見張りを任せるという隙がなさすぎる布陣まで敷いているらしい。チェックメイトされちまったよ…。
「今日はお父さんもお母さんも結衣先輩と雪ノ下先輩の両親と一緒に旅行に行ってるらしいので二人きりですね!」
更に追い討ちを掛けるように今一番聞きたくなかった言葉が耳に届く。というかどういう状況だよ。あの雪ノ下両親が旅行とか全く想像できないのだが。何か心境の変化でもあったのだろうか。
と現実逃避もそこそこにいろはす部屋に連行される俺。側から見れば勝ち組なのだが、内心は恐怖でいっぱいいっぱいである。
「じゃあ私を満足させてください! おうちデートですから期待してますよ!」
「えぇ…、俺に何をしろと…?」
一色は 期待の眼差しで 八幡を見つめている…!
戯れつきますか?
▶︎はい YES
選択肢があるように見せかけて一つしかないやないかい。動揺するとカマクラが憑依する謎現象再び。そう、これは決して女子に戯れつくのではなく戸塚に戯れつくだけだ。それなら何の抵抗もあるまい。…ええい、ままよ! なるようになれ!
「あっ、ちょっ! せんぱい! ちょっと激しすぎま……」
……。
…………。
……………………。
やりすぎた。そう思った時点で時すでに
「はぁ…、はぁ…。せんぱいもやり手ですね。私じゃなきゃ墜ちてましたよ? というか私がせんぱいを虐めてあげようと思ってたのにせんぱいが優位に立たないでくださいよー! まぁ悪くなかったですけど…」
「す、すまん」
「私をこんなにした責任、取ってくださいね?」
「アッ、ハイ」
ワァ、イイエガオダナー。脊髄反射で肯定してしまったので成すがままに風呂場に連れて行かれた。すごくデジャヴを感じる。具体的にはYノ下さんとかYヶ浜さんとか。うん、伏せ字が機能してないね!
「折角なので私が洗ってあげますね♪」
隈なく全身洗われた。八幡もうお嫁に行けない…。
その後は一緒に入浴する程度でお風呂イベントは幕を閉じた。こっちおいでイベントもあるにはあったが流石に三度目となれば対策は出来ている。一色は不満気だったが。…自分の中のハードルがどんどん下がっていっているのは気にしてはいけない。
そして時は夜。しれっと一緒の布団で寝ようとしているのに気付いて脱走を試みたが結局逃げられなかったので諦めた。いろはす地味に力強いんだもん。猫じゃ勝てなかったよ…。
「今日はどうでしたか? せんぱい。私は満足できました」
「俺としては疲れたの方が大きいが、まぁ楽しかったんじゃないの? 知らんけど」
「素直じゃないところは変わってないですね〜」
ほっとけ、デフォルト装備だ。そんなにっこにっこにーされても素直にはならんぞ。
「ふわぁ…、流石の私でも疲れましたね…。そろそろ寝ますね。おやすみなさい、せんぱい♪」
「おう、……おやすみ、いろは」
最後にやり返したくなって名前呼びしたら「ずるいです、せんぱい…」と返されたので成功したらしい。斯くいう俺も恥ずかしさで悶えているので結果は引き分けである。
…ということがあった」
「ふおぉぉぉ!! 思った以上の進展で小町感動!」
小町ちゃん、ちょっと声大きいよ? あ、帰ってきて早々小町に洗いざらい吐かされてまた悶えているどうも俺です。こういうのは他人に話すものじゃないの思うの。
「亀さんや、あれをどう見るかい?」
「徐々に捻くれが治ってきているようじゃな。あの娘もなかなかやりおるわい」
「けっ、爆発しろでごんす」
「鼠に
暫く鼠のマイブームが捻くれだったのはまた別の話。
超久々に投稿しました。遅くなってすみませんm(_ _)m
制作意欲が少し戻ってきたような感覚がある気がします(曖昧)
まだ続く予定なので気長に待ってくださると嬉しいです
ではまた次回に。