「はぁっ、はぁっ…」
久々に全力で走ったから体力の限界だ。猫になっても身体能力がぐんと上がるわけでもないらしい。かなり遠くまで来てしまったようで、迷子の子猫ちゃん状態だ。いや、名前も家の場所もわかるからそこまで重症ではないのだが。
「可愛い」先程の言葉を思い出す。まさか撫で回されるとは思わなかった。俺ってば可愛いんだ! と自惚れながらふと気付く。
「…そういえば自分の姿見たことないな」
とぼとぼと歩きながら自身を映し出す物を探す。朝は寝惚け過ぎて気付かなかったがこの低い視点から物を見るのもまた新鮮だ。ちょっとした段差でも高く感じるし排水溝なんて超危険地帯である。少し見上げればスカートの中が…なんでもないですすいません。
そんなこんなで丁度良い物を見つけた。公園のステンレス製の滑り台だ。そこに映っていたのは灰色にやや濃い灰色のストライプが入った色合いのふわふわな毛並み、小さめの垂れ耳に紺色の眼、極め付けのアホ毛。スコティッシュフォールドだった。但し眼はやや濁っている。そこは再現しなくてよかったよ…。
なんとはなしに滑り台を滑ってみる。…楽しい。低姿勢で繰り広げられるスピード感。童心にかえるのもまた一興だ。気が付けば本能に逆らうことが出来ず、滑り台を何度も周回した後だった。
「やべぇ、ちょっと目が回った…」
運動の後は水分補給と塩分補給だ。熱中症で倒れかねないからな。さて、俺が愛してると言っても過言ではないマッカンを買いに行くとするか。
「なん…だと」
自販機前に着いたはいいものの、マッカンのボタンが一番上だった。まだ猫になって一日も経っていないのでジャンプの仕方など知るはずもない。だがしかし。諦めてなるものか。
まず普通にジャンプしてみる。が、小銭投入口にすら届かない。次に助走を付けてジャンプ。小銭投入口にはなんとか届いたがまだ半分以上の高さがある。今度は自販機横のゴミ箱を足場にジャンプ。そしてめでたく自販機の側面とごっつんこ☆
「いてぇ…」
涙目になりながらも再度挑戦する。ゴミ箱からおつりのレバーに飛び移り、最大ジャンプ。すると、ギリギリ届きそうだ。
「…よし、これならいける」
自販機の下に丁度落ちていた百円玉を口に咥え、助走を付けてジャンプ。小銭の投入に成功だ。これまた自販機の下に落ちていた十円玉も同じようにして投入。最後に転がってきた十円玉を投入。
さぁ、ここからが勝負だ。ゴミ箱によじ登り自販機目掛けてジャンプ、空中で身体を捻りながらおつりのレバーに着地、そして最大ジャンプで両手を伸ばして__
ガコン
無事、マッカンゲットである。器用にプルタブを開けて飲む。甘さが身体全体に染み渡り、肉体的疲労を和らげていく。やはり普段飲むマッカンよりもこうして苦労して手に入れたマッカンの方が美味しく感じるものなんだな。その場で勢いよくマッカンを飲み干すとゴミ箱へ捨て、その場を去った。
「…すごいものを見ちゃったわ」
小銭をぶちまけてしまった買い物帰りのお母さんだ。そのお母さんの左手には「いろはの欲しいものリスト〜☆」と書かれたメモが握られていた。
勢いで家を飛び出したもののもう他にする事が無くなってしまった。…やっぱ戻らなきゃいけないよな。と、突然尻尾を掴まれ身体が後ろへ引っ張られる。
「さーちゃん! ねこ!」
「こら、京華、いきなり尻尾掴んじゃ猫がびっくりするでしょ!」
「はぁい、ごめんなさい」
「わかったらいいのさ。…へくちっ」
…未だに尻尾掴まれてるんですがお宅妹に甘くないですかね。え? 俺もだって? やだなぁ、そんなわけないじゃないですか。
「えーっと、川…川…川村? さんよ、尻尾離すように言ってくれませんかね…。地味に痛いんだよ…」
「川崎だけど、あんたぶつよ!?」
っ!? 話が通じた、だと? 何故わかった!? テレパシーでも使える
「…あれ? あたしなんでこんな事言ったんだろ。比企谷でもないのに」
なんだ、エスパーか。なら安心だ。いや、よくねぇだろ。女子は察することができるというがここまでとは。恐るべき生き物だ…。
…あと尻尾痛いからぶんぶん振り回さないでぇ!
暫く尻尾ぶんぶんは続いたのだった。
「ほら、京華帰るよ」
「えー、まだ猫さんと遊びたい!」
「だーめ、もう晩御飯食べる時間なんだから」
「うー、わかった。またね、猫さん!」
守りたい、その笑顔。心が温かくなるのを感じた。尻尾は犠牲となったのだ。存外、一人旅もいいものだなと笑みを漏らす。陽は高度を下げ、空を赤く染めていた。…そろそろ、帰るか。
遠くで俺を呼ぶ声が聞こえた。
調子に乗って3連投。もうこんな日はないと思います。更新頻度は夏休み中は2日に1回できたらいいなぁ、と画策中です。
無計画すぎて話が広がり過ぎた感。