10話も投稿しているのにまだあらすじにも到達していないことに気が付いてしまいました。
数えてみれば何と後5話もかかるので、とりあえずそこまでは毎日投稿することにします。
「何だ、髪切ったのか。レヴィス」
深層から帰還した直後。数日ぶりにエルはレヴィスと顔を合わせた。
以前"野暮用"とやらで分かれる前、確か彼女は背中まで届くほどの長い髪をしていたのだ。
それが今や、首が隠れるかどうかのショートカットになっている。
レヴィスはそもそもがスタイルを含め美しいと言える女性だが、無造作に切断し大した手入れもしていないであろうその髪型でさえも、彼女を良く引き立たせているように見えた。
女性が何か変化を見せる。
何故だか、頭の中で誰かが『そういう時はまず褒めるものよ!』と言っている声が響いた。
「
その声に従い、頭で考えて形作るよりも早くエルの口から言葉が発せられていた。
それは定型文のようで、ある意味よく訓練された条件反射にも似ていた。
「歯の浮きそうなセリフを吐くな。気味が悪い」
こちらを非難するように、切れ長の目を半分だけ開いた状態で言葉を返すレヴィス。
不幸にも、その言葉は相手のお気には召さなかったようだ。
「はは……」
ほとんど勝手に出たようなモノとは言え、自分の言葉であることは確か。
エルは乾いた笑いを絞り出すしかなかった。
露出した大岩に寄りかかり、片膝を立てて座る赤髪の美女。
彼女は、一つ深い息をついて、次の言葉を放る。
「『アリア』を見つけた」
それはまるで、探し求めていたものをようやく見つけたような。
それでいて、どうしてか少しうんざりしていたような。
「うざったらしい声に従っていれば、奴に逢った」
聞く側のエルにとって、不思議な感情を含んだ言葉だった。
「見つけた以上"アレ"の下まで連れて行く必要がある。面倒だがな」
しかし、さも共通の知識の如く話をするレヴィスに対し、彼は申し訳なさそうにポリポリと後ろ頭を掻きながら口を開いた。
「えーっと、その。『アリア』って、誰だっけ」
「…………」
「いや、本当に知らないんだけど……」
目の次は、半分空いて止まったレヴィスの口。
今日は彼女の珍しい顔がよく見れるな、と会話の内容とは全く別のことがつい頭を
「……まぁ良い。金髪金眼の女だ、見つけたら私に知らせろ」
目頭を二本の指で押さえながら。
"見れば分かる"とでも言うように、彼女は端的な情報をエルに伝えた。
「なるべく気を付けとくよ」
エルは、仮面の下で苦い笑みを浮かべつつ答えた。
もう少し丁寧に教えてくれても良い気はしていた。
そして、一拍置いて。
「戦るぞ」
いつの間にか立ち上がっていたレヴィスが、いつの間にかその手に持っていた二振りの武器。
その片方をエルに放り投げ、残った一振りを横に軽く
くるくると空中で回転しながら
場合によっては危なすぎるソレの
片手を器用に使い、得物を持ち直しながらエルは問いかける。
「いつもよりやる気だな。そんなに強いのか? その『アリア』ってヤツは」
「『アリア』じゃない、その周りだ。面倒なことにな」
「へぇ」
エルは、レヴィスの言葉に仮面の下で意外そうに眼を見開いた。
彼女が他人を評価する言葉を初めて聞いたからだ。
「それは、俺よりもか?」
相当な力量を持つレヴィスをして"手強い"と言わしめる者。
自分は誓って戦闘が好きだとかいう狂人では無いが、純粋にその相手には興味が有った。
「……何だ、張り合いたいのか?」
珍しいな、と付け加え意外そうに口の端を上げる彼女。
「そういうことじゃ無い。レヴィスが手こずる程の相手なら、俺も手合わせ願いたいだけだよ」
「嫌でも
「それは、楽しみだな」
新しい刺激が有れば、少しは記憶を取り戻すのに役立つかもしれない。
実力が拮抗した者同士であれば、もっと自分も気づきを得られるかもしれない。
そんな戦う以外の期待を胸に抱き、エルは返答していた。
ただ、今そんな余計なことを考えていると死んでしまいそうなので、一旦それを頭の隅へと追いやる。
彼は受け取った武器―――どこかの誰かから剥ぎ取ってきたような大剣―――を身体の前で構えた。
そして相対する赤髪の剣士を見据え。
「いつでも」
「行くぞ」
短い言葉。
それを合図に、レヴィスが脚に力を籠め地面を蹴り、"日課"を開始する。
―――その直前。
『待テ』
響いたのは、様々な肉声を重ねて作ったような不気味な声。
向かい合うレヴィスとエルは武器を構えた姿勢を変えず、視線のみを声の出所と思われる方向へ投げた。
そこに居たのは、エインと呼ばれる人物。
紫紺の
エルとは違い、声すらも加工されているため性別も分からない謎の人物である。
『仕事ダ』
エインは、端的な言葉を重ねる。
「後にしろ。邪魔をするな」
もはや視線すら向けず、鬱陶しそうに拒否するレヴィス。
『
「【
『"宝玉"ノ話ダ。前回
「……チッ」
"無駄"という部分を、話の内容を理解していないエルにも分かる程度に強調したエイン。
盛大に舌打ちをして、レヴィスは武器を下しその整った顔を仮面の人物へ向ける。
「次はどこで
『24階層、北の
「……いいだろう」
ひと段落したであろう会話に合わせて。
存在を忘れられてるかの如く蚊帳の外だったエルも構えを解き、手に持つ剣を肩に置いた。
(今日は、とりあえずお開きか)
程度はさておき、身体を動かすことを煩わしいと感じているワケではない。
しかし、今は同行者の御守をしつつ深層から帰って来たばかり。
休息を取りたいという欲求があることもまた事実。
エインが話を持って来たタイミングとしては良かったのかもしれない。
そう考えながら、緊張した筋肉を
その仮面の下では、少し大きめの欠伸。こういう時にも仮面は便利だった。
『ソウイウ訳ダ、エル。
「―――えっ。あ、俺? てっきりレヴィスかと」
気を緩めた瞬間に掛けられた言葉。
ずっとレヴィスとエインの間で話を進めていたため、まさか自分に振られるとは思っていなかった。
エルは少々間の抜けた声で返してしまった。
『オマエダ』
カツ、カツと。
空間によく反響する足音を刻みながら、エインはエルへと近づく。
そして、おもむろに。外套で隠匿された懐から、ヒトの頭と同じサイズくらいの緑色の球体を取り出した。
『入口ト通路ハ
そう言って、手に持った球体をエルへと渡す仮面の人物。
その中では何か胎児のようなモノが浮かんでおり、ソレが生命体であることを証明するように掌から微かに鼓動が伝わる。
受け取ったエルは、本能的に得体の知れない不気味さを感じた。
「コレは?」
『"宝玉"ダ。ソレ以上ハ知シラナクテ良イ』
「あっそう……」
依頼する割には不親切だな、と。
もはや慣れていたが、エルはその仮面の下でケッと小さく呟いた。
「ちなみにコレ、もし割ったらどうなる?」
『死ヌヨリ苦シム程度ダ』
「あっそう……」
責任重大なのに不親切だな、と。
エルは再び仮面の下で微妙な気分を表すように口元を歪めた。
「まぁ、頑張るよ。もう少し
彼はレヴィスに「じゃあ、また」とだけ伝え、
見送る二人の間に新たな会話無く。
レヴィスは手に持っていた武器を地面へ乱暴に突き刺した後、再び先程と同じ岩肌に腰掛けコミュニケーションを拒絶する姿勢を取った。
エインは特にその姿に興味を示すでもなく動くでもなく。
仮面に覆われた顔を、エルの背中が闇に溶け込むまでその方向へじっと向け続けていた。
〇
それはダンジョン各階層の最奥部に存在する、そこに生息するモンスターにとって生きる源となる栄養が染み出す柱のあるエリア。
故に、基本的に多くのモンスターが時間を問わずその場所には居た。
しかし今。
そこでは"嵐"が吹き荒れ、食事を目的として訪れていたモンスターのほとんどが、逆にその餌食となっていた。
「―――ふッ!!」
微かに発せられた、短い一息。
それと同時に、多くのモンスターの身体がその体液を撒き散らしながら真っ二つに分断された。
どさ、どさと。
重量のある物体が崩れ落ちる音と共に、不協和音のような断末魔の残響が遠く
エリアには、同じような末路を迎えたであろう
その内の一つから、仮面の男―――エルが魔石を引き千切りながら息を吐く。
「……こんなもんかな」
先程までは元気にこちらに牙を向けていたモンスター達。しかし、もはや動けそうな生き残りはいなかった。
エルは背負っていた
その中に浮いている胎児のような生物は、瞳に当たる部分を堅く閉じたまま目覚めの時を待っているようだった。
手元の球体の不気味さを再度認識し、仮面の下で眉を
手早く終わらせてしまおうと、下に落としていた視線を再び上げる。
「柱は―――アレだな」
50M程度先に存在する、エリアの地面から天井まで繋がる大きな柱。
目的の場所をしっかり確認して、エルは軽く跳躍し―――瞬きの間にその根元へと辿り着いた。
瞬間移動にも思える彼の
レヴィスでさえも遠く及ばないその能力は、このエリアの
彼の"力"であれば、速度に任せて軽く武器を振るだけで十分だったのだ。
「じゃあ、これで……完了っと」
"宝玉"を、指示通り栄養源の柱へと埋め込む。
そして、その瞬間。
地面から緑色の肉が勢い良く溢れ出し、エリアを埋め尽くし始めた。
「―――ッ、なんだ!?」
想定外の事態にエルは臨戦態勢へと移行する。
しかし。
その緑肉が彼に危害を加えることは無く。
ただ地面を塗り替えるだけで他へと広がっていった。
見れば、元々地表を埋めていた死骸はその緑の波に取り込まれ、残っていた養分を吸収されているようだ。
「何だよ……何なんだよ、これ」
瞬く間に変化していく景色。
元が特別美しかった訳では無いが、浸食を続ける不気味な肉塊に周囲が塗り替えられていく光景に、エルはどうしても不快感を隠しきれなかった。
(俺たちは……
未だ遠くで音を反響させながら増殖しているであろう緑色の肉壁。
本能的に拒絶してしまうのは、自身の記憶が無くなってしまったためなのだろうか。
以前の自分は、
正しさなどという曖昧な価値観に興味は無い。
けれど、これがどうしても
しかしその思考も、今となってはもはや後の祭り。
変わってしまった目の前の光景を、他ならぬ自分自身が行ったことだと理解して飲み込む以外に出来ることは無いのだ。
「……」
エルは、煮え切らない感情を胸に抱いたまま、その場所を後にした。