疾風迅雷   作:袈裟固め

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05.『食糧庫(パントリー) 前編』

轟音が空間を揺らす。

何かが激しい力で炸裂する音と、けたたましい叫び声が絶えず木霊(こだま)す。

 

「愚かなるこの身に祝福をぉ!!」

「どうかこの清算をもって―――!!」

「我が身の(とが)を許したまえぇ!!!」

 

聞くに堪えない断末魔。

そして、その直後に再び轟く爆音。地面が丸ごと揺れているかのような振動。

それは、極めて異様といえる空間。

 

「―――やめさせろッ!!!」

 

その中で、男性の一際強い言葉が響いた。

 

ともすれば、怒りに近い感情が多分に籠められたその声。

発した元は、幾何学的な文様の仮面を身に着けた男―――エル。

そして、その相手は山羊髑髏の仮面を付けた白髪の男―――オリヴァス。

 

二人は、切り立った小高い崖の上と、その(ふもと)にそれぞれ身を置き、双方の仮面越しに睨み合っていた。

 

あんなこと(・・・・・)、やって良い理由が有るワケ無いだろうがッ!!」

 

言葉を続けるのは、麓にいるエル。

珍しく大声を発していたせいか、興奮状態にあることを表しているのか。

仮面があるせいでどちらかは判別できないが、肩で大きく息を切らしていた。

 

しかし、それに相対し崖の上から見下ろす形を取るオリヴァス。

彼は直立した姿勢で腕を前に組んだまま、山羊髑髏から僅かに見える口元を三日月の形に愉快そうに曲げていた。

 

そして鼻を鳴らし、嘲笑うかのように言葉を返す。

 

「フン―――そうまで言うなら、貴様だけでやるがいい。出来ないというのなら、それまでだ。大人しく眺めていろ」

「……やってやるよ、やってやるさ。だから、アレ(・・)は止めさせろ、不愉快だ」

 

未だ止まぬ断末魔、それに続く轟音と衝撃。

 

その発生源は、【闇派閥(イヴィルス)】の残党が相手に対し仕掛けている、文字通りの自爆攻撃。

身体に巻き付けた火炎石と発火装置。

それを用いた―――自らを死兵としか考えていない戦法。

 

何故か、エルにはそれが自分でも理解出来ない程に不愉快だった。

腹の底から湧き上がる嫌悪感が、その戦い方を否定し続けていた。

 

そして、今。

 

それを止めるために、エルは手元の剣を強く握り直した。

こちらの計画を阻止しようとする輩を、粉砕するために。()の狙いを、打ち砕くために。

 

 

 

 

 

時間は少し遡り、24階層。

 

今や変わり果ててしまった北の食糧庫(パントリー)

仮面の男―――エルは外行き用(・・・・)の外套に身を包み、数日振りにこの場所に再度向かっていた。

 

目的は、その防衛。

少なくとも、例の"宝玉"が十分に成育するまでの間、指一本触れさせないこと。

 

食糧庫(パントリー)への侵入を試みる一団を認識したが故に、エルが呼び出された。

しかしそこには既に、オリヴァスとレヴィスが向かった後。エルは十分ではないかとも思っていたが、

 

『保険ダ。オ前モ向カエ』

 

とエインからの指示を受け、今に至る。

エルは、道すがら最後に見た食糧庫の光景を思い出す。

 

中央にそびえる大主柱に埋め込まれた"宝玉"。

加えて、養分を隅まで吸収するために巻き付く三対の巨大花(ヴィスクム)

そして、その養分によって壁から垂れ下がった(つぼみ)が極彩色の花を咲かせ、食人花(ヴィオラス)として孵化していく姿。

 

「はぁ……」

 

口から(こぼ)れるのは溜息。

エルは、未だにあの場所を緑肉に覆われた繁殖場としてしまったことに悩んでいた。

 

本当に、アレはやって良かったことなのかと。

本当に、アレはすべきことだったのかと。

 

けれどそれは、誰にも話すことが出来ない。

 

記憶を失う前の自分なら、もしかしたら嬉々としてやっていたのかもしれない。

何の疑問も持たず、最終的な目的に対して必要なことだと理解した上で何も感じずやり切っていたのかもしれない。

 

そう思うと、今の自分がこの仲間たちと違う考えを持ってしまっているであろうことに、どうしても恐れの感情を抱いてしまっていた。

記憶を無くしてしまったことで、もはや自分は元に戻れない程変わってしまったのではないかと怖くなってしまった。

 

こんなことは、誰にも相談することは出来ない。

すなわち、自問自答するしか無かったのだ。

何故悩んでいるのかなんて、自分自身が一番答えが見つからないのに。

 

割り切れない自分が、煮え切らない感情を腹に抱える自分が。

エルはこの数日で殊更に嫌になっていた。

 

そんな、整理し切れない思考のまま。

エルは、遂に食糧庫(パントリー)にたどり着いてしまった。

 

目の前に広がるのは大空洞。

腐臭漂うその空間では、既に侵入者が到達しており戦闘が始まる直前のように思えた。

 

緩んでいた気を引き締め、諸々を把握しているであろうオリヴァスの下へ軽く跳躍する。

 

「―――状況は?」

「……貴様か。【闇派閥】の残党共が仕事を始める所だ」

「協力は?」

「黙って見ていろ」

「へいへい」

 

短いやり取りを終え、エルは一先ず武器を下ろし待ちの態勢を取った。

必要とされるまでは相手の情報を取ろうという考えだ。

 

こちら側の戦力―――白ローブに身を包んだ【闇派閥】の残党と呼ばれる者達。

彼等の実力は分からないが、その相手は見たところ相当に手練れだと思えた。

 

都合十五人の侵入者。

水色髪の女性が指揮している様に見えるその勢力は、食糧庫に至るまで複数配置されていた食人花(ヴィオラス)を、全て倒すか躱すかしてここに至ったのだ。

 

食人花(ヴィオラス)は決して容易い相手では無い。

相当疲労していてもおかしくない連戦だったはず。

それなのに、各々が疲弊した様子を感じさせない立ち姿。

 

経験を多く積んだ熟練者という点は疑う余地が無かった。

それでも、その表情からして。

この場の惨状(変わりよう)に対しては、少々動揺を隠しきれていないようだが。

 

「侵入者どもを生きて帰すなァ!!」

 

闇派閥(残党)】を指揮する男―――周囲と異なる色で装飾の付いたローブを纏った者の怒号が飛んだ。

その声に従い白ローブの集団は各々の武器を掲げ、自らを鼓舞するように雄叫びを上げ。

敵の元へと勢い良く突っ込み始めた。

 

ローブの隙間から露出する目は血走り、極度の興奮状態であることが見て取れた。

 

生きるか死ぬかの戦闘で、血気に(はや)るのは理解できる。

しかし、エルはその様子に違和感を抱いていた。

どうにも闘い以外に対する感情が多くを占めているような、必死になる理由が異なっているような。

そんな印象を受けたからだ。

 

「殺せ!!」

「かかりなさい!」

 

両陣営から発せられた、再度の号令。

十分に接近していた二つの集団は、その声を合図とばかりに激しくぶつかり合った。

 

響く金属音と、猛り声。

人数だけで言えば、白ローブ(こちら側)の集団の方が、遥かに優勢だった。

 

けれどやはり、数だけで押し切れる程簡単な事態ではなかったようだ。

 

最初の勢いで多少押し込んだところまでは良かった。しかし、そこまで。

技量と経験で明らかに勝る相手は、直ぐにこちらの攻め方に適応を図った。

 

少数で陣形を組み、分断と各個撃破。

一人で数人を相手にしながら、それでも押し返す。

 

生け捕りにする動きを見せる程に余裕がある相手の様子を見て、エルは武器を持ち上げいつでも動ける体勢へ移行する。

元々決まった動きで勝てるならそれでいい。

が、その見込みが無いくらいに歴然とした差が見られる今。

 

介入するタイミングは近いと考えた。

 

しかし、その時。

戦闘が始まって初めて、相手の陣営の内数人が唐突に慌てた様子を示した。

それは、先程から白ローブの生け捕りを試みている者達。

 

そして、次の瞬間。

 

生け捕りにされそうだった(・・・・・・・・・・・・)白ローブの男が、その身を起点として激しく爆砕した。

空間に爆音が木霊(こだま)し、空気の揺れと爆風がエリアの隅まで伝わる。

 

「……は?」

 

それをキッカケとしたかのように、戦闘が続くそこかしこで爆音が轟く。

 

揺れる赤茶色の外套(フーデッドローブ)

爆発に交じって吹き飛ぶ、ヒトだったモノの残骸。

辺りに撒き散らされる、臓物と血液。

仮面の下でエルは、そのショッキングな光景に目を見開いていた。

 

「ぐぁっ……!」

 

唐突に自身を襲う突き刺すような頭痛。

それと共に、くすんだ朧気な光景が記憶のフラッシュバックのようにチラつく。

反射的に、頭部を掌で押さえた。

 

ピリピリと、内側からの不愉快な刺激が続く。

 

(緑肉と言いこいつらと言い……一体何だってんだ……)

 

歯を喰いしばりながら、自分の不快な感情の原因を考える。

胸のあたりに消化し切れない苛立ちを覚えながら、何とか頭痛を抑えて頭を働かせようと試みる。

 

しかし。

 

響く再度の爆発音。悲鳴。絶叫。

 

エルの中で、張り詰めていた何か(・・)が音を立てて切れた。

 

「―――やめさせろッ!!!」

 

気付けばその口からは、意識するまでも無く怒気を含んだ声が発せられていた。

 

 

 

 

時間は進み、オリヴァスとエルの短い口論が終了した後。

 

オリヴァスから出された指示に合わせ、【闇派閥(イヴィルス)】の残党は後退し爆音が止んでいた。

猛威を振るっていた食人花(ヴィオラス)も同様に後方に下がり、不気味な程に大人しく待機の姿勢を取る。

 

硝煙が舞い、小休止のような静寂が満たす食糧庫の中、相手の前に新たに立ち塞がるのは仮面の男(エル)

 

彼は視線の先で自分に対し陣形を組み直す敵を見据えながら、感情の(たかぶ)りを鎮める。

 

(考えるのは、後で良い。今は、すべきことに集中すれば良い)

 

自分自身が理解出来ない、他ならぬ自分自身の感情の揺らぎ(・・・)

"宝玉"を植え付けた時から今に至るまで続き、尚もその強度(・・)を増す不快感。

 

確定しているのは、ここで考えても意味が無いということだけ。

 

だから、今は。

 

自分の目的を果たす(この不快感から解放される)ために、この刃を振るう。

その先が結果として、仲間の役に立つはずだと自らに強く言い聞かせて。

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