疾風迅雷   作:袈裟固め

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06.『食糧庫(パントリー) 中編』

 

混沌と混乱が支配を始めていた戦場。

 

ともすれば、優位に戦いを進めていたこちら(・・・)が押され始める可能性も見え始めたその時。

 

異常が発生している24階層の食糧庫(パントリー)へ攻め込んだ側―――【ヘルメス・ファミリア】の団長、アスフィ・アル・アンドロメダの瞳は、奇妙な光景を捉えていた。

 

それは、簡単に言えば仲間割れ。

山羊髑髏の仮面で顔の殆どを覆い隠す白髪長身の男と、幾何学的な文様の仮面と赤茶色の外套でその身を覆う男。

 

今までの戦闘に加わらず、ただ静観していた敵の二人が突如として始めた口論。

 

そして、それが終わったかと思えば。

山羊髑髏の男の指示により、戦闘員だった白ローブの男達と花の形に似たモンスターがぞろぞろと大人しく後退していく。

 

代わりに前に出てきたのは、先程口論をしていたもう片方―――赤茶色の外套に身を包んだ方。

 

アスフィは戦術的に何の意味も感じない交代に警戒心を抱きつつ、周囲の仲間に陣形を組み直すよう手早く指示を出した。

 

(あの馬鹿げた(・・・・)戦い方が止むのなら、こちらとしては有難い限りですが……)

 

アスフィの、よく手入れされていることが伺える水色の美しい髪。

しかし今その毛先には、先程までの敵の戦術によって数か所に焦げた跡が見られた。

 

馬鹿げた戦い方。それは、文字通りの自爆攻撃。

常識が通じない相手との戦いは混迷を極め、相手の食人花(モンスター)も加えた連携のようなモノによって、こちらの被害は増していく一方だった。

 

そろそろ、自分の奥の手(・・・)を開放し片を付ける必要があるかと考え始めた頃。

こちらが何をするでもなく、手を焼いていた自爆攻撃は止んだ。

そしておまけに、相手は一人だけになった。

 

これ以上無い程、こちらに有利な条件を相手が整えた(・・・・・・)現在。

アスフィは無意識に眼鏡の位置を中指で直しながら、未だ見えぬその真意を量っていた。

 

そんな時。

 

「準備は出来たか?」

 

不意に、対面に立つ仮面の男が言葉を発した。

それは、またしても理解が出来ない言葉。アスフィは、眼鏡の奥で眉をひそめた。

 

「……お気遣いどうも。一人で随分と余裕なんですね」

「何も分からないまま終わるのは、ちょっと可哀そうだからな」

「大した自信です。その言葉が虚勢で無いことを祈りますよ」

 

アスフィが短い返答を終えると同時に、【ヘルメス・ファミリア】のメンバーは戦闘態勢を取った。

眼前の敵の一挙手一投足全てを捉え、考え得るあらゆる攻撃に対処出来る態勢。

 

一人の敵に対しては、大袈裟過ぎるような対応とも言える。

しかし、良く訓練された団員達に隙は無く。一瞬の油断が命取りになることを理解した上で、全員が緊張感を保ったまま武器を構えていた。

 

けれど、この世界には"規格外"が存在した。

それこそ、【剣姫】―――アイズ・ヴァレンシュタインのように、一騎当千の力を持つ強者のように。

 

そしてそれが、今の敵に当て嵌まるということまで思考を巡らすには、あまりにも情報が少な過ぎたのだ。

 

「分かるさ。―――直ぐにな」

 

その言葉が響いた瞬間。視線の先に居たはずの敵は、姿を消した。

注視していた誰しもの反応を置き去りにして。

 

動き出す予備動作も、肝心の動きそのモノさえも。

ファミリアの誰一人としてその目で感知出来た者は居なかった。

 

「―――どこにっ!?」

「ここだよ」

 

次に聞こえた声。

陣形の最奥―――アスフィのすぐ後ろから聞こえた声。

 

一瞬で目の前から消え、その場所まで移動したのだとしたら。

それはまるで、瞬間移動。

 

「―――ッ!!」

 

さすがに、経験を積んだ熟練者の一団。

何故、だとか。どうやって、だとか。理由を考えるよりも早く反応する身体。

 

全員が後ろを振り向き始めるもより僅かに早く。レベルの高いアスフィは反射的に小剣を横に薙ぎながらその身体を翻す。

それは、この段階での最善手だったと言えるだろう。

 

しかし、一つ問題があるとすれば。

それは、あまりにも遅すぎたのだ。

 

そう、反応して行動を開始した時には既に。仮面の男の脚は、彼女の腰辺りに添えられて(・・・・・)いた。

 

続いてアスフィの身を襲ったのは。蹴るのではなく、押し出す(・・・・)ような力。

攻撃するというよりも、何かをどかす(・・・)ような。そんな力。

 

けれど、それによって起こった結果は。

到底、考え得る想像の範疇には無かった。

 

「―――がッ!!」

 

喰いしばった歯の奥から漏れ出す声。

強烈な勢いで吹き飛ばされる団長(アスフィ)

進路に居た団員を巻き込みながらも勢いは止まらず、遠くエリアの壁に音を立てて激突した。

 

「ぐッ―――がはッ!!」

 

全身を激しい衝撃が襲う。

 

身体の内部に狂おしい程の痛みを感じ、血反吐を地面に吐き出しながら。

アスフィはその美しい相貌に苦悶の表情を宿し、こちらの様子を眺めている敵を睨み付ける。

 

団員がクッションの役割を果たしたとはいえ、打ち付けられた壁に大きく窪みを作る程の威力。

アスフィも巻き込まれた(みな)も、戦闘不能に近い甚大なダメージを受けていた。

 

(……レベルが違い過ぎる)

 

最初の一撃。たったの一撃。

それだけで、アスフィは理解してしまった。

 

この敵は、能力(アビリティ)が違い過ぎると。戦い方でどうにかなる力量差では無いと。

 

悠々とこちらの回復を待っているような、視線の先に佇む仮面の男。

きっと、さっきも全力では無いのだろう。

 

(まずい、ですね)

 

化物にも思える敵を相手取って、現実的に取り得る選択肢は撤退か降伏の二つに一つ。

どちらにせよ、この異常が発生している食糧庫(パントリー)を正すという目的は達成出来そうにない。

 

そう、戦ったところで勝てる確率など万に一つも無いのだ。常識的に、諦めるべきなのだ。

犠牲が出る可能性が大きいが、戦略的な撤退という選択を団長として決断するべきなのだ。

 

けれど。

 

アスフィは周囲の仲間を見やる。

先程の攻撃に巻き込まれなかった者は、ダメージを負った者をカバーする陣形を作り。

巻き込まれた者は、武器を杖代わりにして何とか立ち上がり、自分の周囲で防御する構えを取る。

 

―――この仲間達に対し、胸を張れないような決断は出来ない。

 

彼女は身体を支配する痛みを思考から追い出し、精一杯声を張り上げる。

 

「負傷者に回復する時間をッ! 前衛は攻撃を防ぐことだけを考えなさい!!」

 

今、攻めは捨てて良い。次の一手に望みを繋げることを、アスフィは指示した。

それは蜘蛛の糸のような、か細い望み。

しかし、それを手繰り寄せることは可能だと、彼女は信じた。

 

 

 

 

エルは、最初の一撃で力の差を知らしめたはずだった。

どう足掻いても敵わない差を知らしめて、相手の意思を挫いたはずだった。

 

しかし、眼前の敵に諦めの色は無く。

未だ、強い意志をその瞳に宿したまま、こちらに対し陣形を組み直していた。

 

「……お前らが敵じゃなかったら、良かったんだけどな」

 

その気高い在り方を見て、エルは頭に浮かんだ言葉がそのまま口から出た。

勢いに任せて、彼は言葉を続ける。

 

「どうだ、今からでも。こっちに来ないか」

「何を馬鹿なことを。あなた達と同じ側だなんて、何があろうとも御免です」

 

見た目にも、精一杯の虚勢を張りながら。

相手の頭目と思しき水色髪の女性はこちらの呟きを真っ向から拒絶した。

それが何を意味するかは、言うまでも無く理解はしているようだった。

 

「そうか、残念だ」

 

エルは、腰を落とし再度戦闘態勢を取る。

 

「―――っ」

 

敵との間に、緊張が走る。

きっと、向こうも理解しているのだ。

 

後もう一撃でも同じ攻撃を食らえば、もはや()たないということは。

それを理解した上で、エルはその手に力を籠める。

 

しかし。

 

そんな中、彼の脳裏に一抹の疑念が(よぎ)った。

 

(何で、俺はさっき手加減した(・・・・・)んだ?)

 

そう、自分なら、過大評価でなくさっきの一撃で決めることは出来たはず。

わざわざ、優しく押し出す(・・・・・・・)ような真似をしなくとも。

ただ力を籠めて蹴り飛ばせば、それだけで相手の息の根を止めることまで出来たはずなのだ。

 

それなのに、何故。

 

何故、自分は最初の一撃で終わらせなかったのか。

何故、最適解とも言える行動を取らなかったのか。

 

分からない。理由がどう考えても思いつかない。

自分の身体が、自分の意思とは別に勝手に動いたとしか思えない。

 

エルは、いつでも攻撃できる体勢になったまま、動き方を忘れたように固まってしまっていた。

 

「……?」

 

圧倒的な力を持つにも関わらず、いつまでも攻めて来ないエル。

その状況に、相手が疑念を抱き始めた時。

 

エリアの一角―――高台に当たる場所から、雷鳴が轟き渡った。

 

「何だっ!?」

 

後方に下がっていた白ローブ達の慌てた声が響く。

合わせてエルも音の響いた元へと視線を投げる。

 

そこに居たのは、一人の狼人(ウェアウルフ)と二人のエルフ。

総勢三人の一行(パーティー)は、エルにとって仲間では無さそうだった。

 

「増援か」

 

一度構えを解き、敵を吟味する。

今相手している集団よりも圧倒的に少数。そして、ほとんどダメージも負っていない。

 

先攻して侵入した者達がある程度道中を片付けていたとは言え、余裕をもって到達出来るのは相応の力があるからこそだろう。

明らかに、あの三人の方が手強いと思えた。

 

が、今は相手をするには状況が悪い。

 

「何を遊んでいる。さっさとそいつ等を始末しろ」

「分かってるよ」

「貴様が言い出したことだ。もしも"胎児"に被害が出てみろ、その時は―――」

「少し黙っててくれ、文句は後でまとめて聞いてやる。どっちも片付ければ文句は無いだろ」

 

オリヴァスの横槍。

多分に嫌味を含んだソレは、しかし正しい言葉ではあった。

 

視線を戻し、防御陣形を組んでこちらの警戒を続ける敵を見据える。

深手を負わせたとはいえ、放置すれば味方に損害が出るだろう。

 

それは、ここを引き受けた手前許容できない結果だ。

さっさと片付けて、新手の対応をするべきだ。

 

自身の身体のことは気になるが、敵が増えた以上気にしている暇は無い。

 

割り切って再度その手に力を籠めた。

 

―――その時。

 

至近に感じた気配と鋭い殺気。

咄嗟にその方向に振り向くと、瞳に大きく映るのは狼人。

そしてソレが、こちらに向けて刃を振り下ろす直前の体勢。

 

ついさっきは、遠く侵入したばかりの場所に居たはずのその男。

突風にも似た速さで、エルの喉元を掻っ切るべく疾走してきたのだ。

 

すぐさま後ろに飛び、回避を選択するエル。

 

振り下ろされた刃は、獲物を捕らえず地面に深く突き刺さった。

 

「呑気にゴチャゴチャ喋りやがって。誰を片付けるだ?」

 

エルを獰猛な瞳で睨み付けながら、狼人(ウェアウルフ)が吠える。

遅れて、エルが感知したのは強大な魔力の奔流。

 

「―――【アルクス・レイ】!!!」

 

続いて響いた、力の籠った言霊(ことだま)。それは、紛れもなく攻撃の合図だった。

 

放たれたのは、強大な光閃。

エルへ向かって真っすぐに伸びる一筋の光は、先程感じた通りそれなりに威力がありそうだった。

 

このまま自身に寸分違わず着弾することを予測し、ステップを踏んで距離を取るエル。

 

しかし大光閃は移動したエルを認識し、その後を追うように正確に軌道を変えた。

 

「っ!?」

 

自動追尾(ホーミング)

 

流石に想定外のその動作に、エルは一瞬動揺した。

そしてその隙を逃す程、この敵は甘くは無かった。

 

「死ね」

 

大光閃とは別方向から接近し、繰り出される蹴り。

それは、詰みとも言える状態。どちらを受けても、大ダメージは免れないからだ。

 

エルは迫り来る二つの攻撃を視界に収めながら、自身の未熟さを心の中で戒めた。

 

そして、次の瞬間。

 

地面に向けて、思い切りその拳を叩き付けた。

 

―――周囲を襲う爆風(・・)

強烈な衝撃に耐えきれず。エルに撃たれた地面は激しく、そして出鱈目な範囲で凄烈に爆ぜた。

 

至近でその威力を受けた狼人(ウェアウルフ)は、例え第一級冒険者と言えど甚大なダメージを避けることは出来なかった。

 

 

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