そう考えたのは、
【ロキ・ファミリア】の精鋭である狼人―――ベート・ローガと、エルフの少女―――レフィーヤ・ウィリディス。
けれど、それを確定させるためには。
想像など出来ない程に、相手が悪かったとしか言いようが無かった。
地上の
目の前の敵がソレに当て嵌まるなどということは、知る由も無かったのだ。
〇
地中で多数の
「―――ァア゙ッ!?」
そしてその威力は、覆い隠されていた岩肌の地面にまで及ぶ。
ぼちゃ、ぼちゃと。
酷く生物的で不快な音を立てながら、爆ぜて空中高く撒き散らされた緑肉が地面へと落下していく。
その撒き散らされた元、言うなれば爆心地。
そこで地面にめり込んだ拳を引き上げながら、身体をゆっくりと起こすのは
彼の周囲には、巨大なクレーターが新たに出来上がっていた。それはもはや、たった一撃の結果とは思えない程に。
「―――っ」
誰かが息を呑む音が聞こえる。
吹き飛ばされた狼人は、何とか立ち上がろうとしていた。
食らったダメージの大きさを表すように、気力で身体を何とか支えつつふらつきながらも。
手を横に払い、多少痺れが残る感覚を正常に戻すエル。
異常なまでの膂力、そして敏捷。
冒険者集うオラリオで在って尚、持つ者が存在するか分からないその力。
圧倒的だった。圧倒的と言う他無かった。
「次は、そっちだな」
先程の
そして、力を溜めるように少し膝を折り。程なくしてその力を解放した。
「なっ!?」
再び、その場に居た者達の視界から消えた仮面の男。
一瞬の間を置いて、ズンッと。
戦闘が起きていた方向を見ていたエルフ二人の後方から聞こえた鈍い音。
その二人が反射的に目を向けると。
その場所―――壁には、脚をめり込ませて
膝を曲げながら、その仮面越しの視線だけは完全に彼女達二人を捉えて離さずに。
そして、彼女達が防御する姿勢を取ることは叶わず。
壁からの更なる跳躍で、エルは二人との間合いを詰め切った。
それはもはや、彼女達にとって必殺の間合い。
「クソがッ!!」
ダメージを負った身体で、何とか食らいつこうと跳躍する
「遅かったな」
しかしエルは、手近に居た
「―――ぐぅっ!!」
「ガッ!?」
空中で、受け身も取れぬまま交錯。殺された勢いで地面へ落下する狼とエルフ。
そしてエルは、残った一人。まだ、その顔に幼さ残るエルフの少女に顔を向けた。
「
「ちっ、近付かないで下さいっ!!」
近接戦闘に役に立つと思えない木杖を向け、精一杯の抵抗を試みる彼女。
「お前を残しておくと厄介そうなんだ。悪いな」
しかしエルは、これ以上無い程簡単に。
「ぁあッ!」
杖を掴む方とは別。右手に持つ大剣を、逆手に再度握り直すエル。
「―――殺せッ!!!」
オリヴァスの声が、耳に届く。
言われるまでも無く、そのつもりだった。
厄介な
そのために、エルは握り直した剣を振り上げる。
切っ先を、視線の下で倒れるエルフの少女へ向けて。
このまま、ただ振り下ろすだけで目的を果たせるようにして。
そしてエルは、恐怖に怯える表情の少女に向け、無慈悲に振り上げた武器をそのまま突き立てた。
―――その、はずだった。
「……?」
振り下ろされる直前、自身の最期を悟り瞼をぎゅっと閉じたレフィーヤ。
しかし、いつまでも訪れない衝撃―――痛みに、疑問を感じながら恐る恐る目を開ける。
その瞳に映る、自らの顔のすぐ傍に突き立てられた切っ先。
外すはずもない距離で、外すはずもない技量で。何故か、自身を捉えていない武器。
彼女は、困惑するように視線を上に戻し、武器を地面に突き刺した状態で固まっている仮面の男に向けた。
視線を向けられた男―――エルは、自分の行動が理解出来なかった。
狙った位置。
自身の下で、自分と同じく理解出来ない表情をしているエルフを狙ったはずの攻撃。
それが、どういう訳か少々逸れた位置に収まった。
何故外れたのか理解出来なかった。
けれど、外れるに至った一連の流れを、エルは間違いなくその目に映していた。
自分が、狙った位置から軌道を変えて、違う場所に武器を突き立てた経緯を。
まるで少女を助けるかの如く、最初からそうするつもりだったと言えるほどキレイに外した動作を。
(……どういうことだ?)
それは自分がやったはずなのに、自分がやろうと考えていない行動。
仮面で隠れているとはいえ、動揺を隠すことが出来ない程にエルは困惑していた。
「何をしているッ!? 『彼女』に仇なす者だ、さっさと殺せ!!!」
苛立ちを隠さず、再度オリヴァスが声を上げる。
エルは整理し切れていない思考の中で、その声にただ従うことしかできなかった。
地面に突き立てた剣を再度振り上げる。
「殺せッ!!!!」
「―――ぁああぁあああぁああぁッ!!」
そして、もう一度。エルは思い切り武器を振り下ろした。
その、つもりだった。
しかし、結果は同じだった。
眼下の少女は健在。剣の先は、変わらず彼女の横の地面を捉えている。
思い切り力を籠めたはずなのに、振り下ろす瞬間になると忘れたように力が抜けて、その威力すらも中途半端なモノになっていた。
「……なんで、だよ」
思わず、仮面の下から声が
けれど、その言葉は誰にも掬い上げられることは無かった。
自分自身でさえも理解出来ないのだから、他の誰かが理解できるワケが無かった。
「―――やはり、貴様の本質は
オリヴァスが、嘲笑を多分に含ませ吐き捨てた。
間を置かず、声を続ける。
「
短い言葉。
しかしその言葉を皮切りに、
行動を再開した食人花が、待機していた白ローブを喰らいそのまま敵に突っ込む。
そして、続くのは爆音と振動。
それはまさしく、先程エルが止めさせた行動そのモノだった。
「何を―――ッ!」
「貴様が
エルの抗議する言葉に被せるように、オリヴァスは言葉を放る。
「あれだけ大言をほざいておいてその体たらくだ。貴様に価値は無い」
「っ!」
言い返せないエルを尻目に、オリヴァスは言葉を続ける。
「貴様なんぞ選んでしまったのは『彼女』の数少ない失敗だろう。どこへなり消えるがいい、役立たずが」
続く、爆発と爆音。これ以上会話が出来ない程に、轟音が場を支配する。
エルの視線の先では、ダメージを追っていた敵が先程までと同じ自爆攻撃に四苦八苦しながら対応している様子が映っていた。
「くそっ……」
再び込み上げる不快感。そして、頭の中を内側から激しく叩き続けるような、不愉快な頭痛。
けれど、今のエルにそれを止められる言葉も術もなかった。
「……畜生が」
ゴチャゴチャな気持ちが入り混じった胸中。
それを吐き出すことは出来ず、エルは歯を食い縛りながら
●
ダンジョン内の、とある場所。
冒険者の正規ルートからは大きく外れた、妙に静かな空洞。
一人の男が、自然に形成された水場で顔を洗っていた。
バシャバシャと、水が跳ねる音が響く。
「……はぁ」
そこに居たのは、仮面の男―――エル。
しかし、今。
その顔を覆う物は無く、エルフの特徴を良く受け継ぐ相貌と
茶色の髪から滴る雫が、ポタポタと水面を打っては
「……っ!」
歯を食い縛りながら、握った拳を軽く床面に打ち付ける。
余りにも、エルの中には消化し切れない感情が多く渦巻いていた。
思い通りに動かない身体。
気味が悪い程、味方だったはずの者達の行動を否定する心。
目の前の出来事を拒絶するように強くなる頭痛。
やり切れない心情は、エルの胸の中で吐き出そうとしても吐き出せない黒い靄を大きくしていた。
「……」
視界の隅に映る、先程乱暴に脱ぎ捨てた仮面。
心情のせいか、いつも以上に感じた息苦しさと不快感から、この場所に付いた瞬間無意識に打ち捨てていた。
それを認識した瞬間、エルの脳裏にある疑問が浮かんだ、
(
自分でも理由は分からないが、誰かに問いかけてみる。
よく覚えていないが、いつもはその答えが返ってきていたはずだった。
けれど。
「……
チクリとした刺激を感じ、咄嗟に片目を瞑り頭を抑えるエル。
再び仮面を細目で見返してみても、考えは変わらず。
(……何で、俺はあんな邪魔なモノを付けてたんだ)
今回、いつものようにその回答は見つからず。頭の中に若干の痛みが走っただけだった。
エルは仮面から視線を外し、水面に映る自身の顔を再度見つめる。
久方ぶりに見た自分の顔は、以前よりも酷くやつれているように見えた。
「酷い顔だな……はは」
自虐としか言いようのない、無理矢理な引き攣った笑顔が自分を見つめていた。
けれど、その笑顔はすぐに真顔に変わり、やがて元の
まるで、嫌いなヤツに対面してしまった時のような表情だった。
その相手が他ならぬ自分自身ということは、到底笑えない話だが。
「……はぁ」
再度、胸の中の重苦しさを少しでも軽くしようと、エルは長く深い溜息で肺の中の空気を多く外へ出した。
その時。
コツ、コツと。響いたのは、岩肌を規則的に歩く音。
その音の響く方角―――エルから見て背後へ、彼は視線を向ける。
「こんなところに居たのか」
姿を現したのはレヴィス。
激しい戦闘を終えた後のようで、その
きっと、自分が退却した後にオリヴァスと合流して戦闘を継続していたんだろうな、とエルはその姿を見て考えた。
彼女は
「仮面は外したか」
「あぁ、邪魔だったからな。悪いか?」
「どうでもいいさ、
レヴィスに向けていた視線を、エルは
「"胎児"はどうした」
「無事に育った。今はアイツ―――エインが運んでいるはずだ」
「なら……良かった」
一先ずの目的である、"宝玉の胎児"の成長。
それが成されたのであれば、第一の目的は達成されたと言えた。
相手を多少痛めつけただけで特段役に立つことの出来なかったエルにとって、少し心が軽くなる結果だった。
あと気になるのは、
自分を嫌ってかここに姿を現さない
「オリヴァスは? 後でここに来るのか?」
「いや、死んだ。―――私が、喰った」
「……っ。……そうか」
僅かな逡巡の後、エルの口から出たのはたったの一言。
一人の同胞が居なくなったという事実に対して、余りに軽薄な言葉にも思えた。
けれど、エルはそうとしか言えなかったのだ。
むしろ、考えることが多すぎてそれ以上に言葉を出すことが出来なかったと言える。
交わした言葉、オリヴァスに対しての感情。そして、
短い期間しか交流は無く、尚且つ明らかに嫌われていたとはいえ、思うところはそれなりにあるのだ。
「そう、か」
再度、エルは同じ言葉を口から発した。
それは、オリヴァスの死という事実を何とか自分の中に落とし込むためにも思えた。
レヴィスはその様子に特に何も反応を見せず、言葉を続ける。
「……『アリア』が、器を昇華させていた。今のままでは
「レヴィスでもか」
「あぁ、もっと
そう言って、近くの岩壁に体重を預け腰を下ろすレヴィス。
エルからしても、珍しく余裕が無いことが見て取れた。
「お前はどうする、エル」
「……俺は」
唐突な問いかけに、答えに詰まるエル。
何がしたいのか。
先日来自分自身に問いかけてみているが、答えは一向に返ってこない。
何をするべきなのかなど、さっぱり分からない。
そこら中に分からないことが散らばっているのだから、当然と言えば当然だった。
―――だからこそ。
「俺は、俺のことをもっと知っておきたい。知らないことが多すぎて嫌になって来たんだ」
まずは、何も分からない自分の最初の取っ掛かりを掴みたかった。
具体的なことは何も決まっていない。
けれど、まずはこのモヤモヤする気持ちを晴らしつつ、その答えを見つけたいとエルは思った。
「とりあえずは、自分の脚で満足に情報を集めたいな」
正直な言葉。それは言い換えれば、"自由"が欲しいとも取れる言葉。
ある意味当然の権利とも言える内容だが、エルは自分が置かれた状況を鑑みて、同意が得られるとはあまり思っていなかった。
しかし。
「好きにしろ」
返って来たのは、意外とも言える言葉。
てっきり否定されるかも、と考えていたエルは驚いた表情を見せる。
「いいのか?」
「満足に動けない今の私に、お前は止められん」
感情を殆ど感じさせない口調で、レヴィスは続ける。
「気晴らしなり何なり、好きにすればいい。私は言った通り回復が先だ」
そう言って、彼女は道すがら取って来たであろう魔石を口に運ぶ。
今のエルには、レヴィスの無関心さえも有難い気遣いに思えた。
「恩に着る。ちょっと好きにさせて貰うよ」
レヴィスが居るからか、もしくは
丁度良いことに、鬱陶しい監視は今は感じない。
何かをするのであれば、絶好のタイミングと言えた。
「―――『アリア』達は、近く59階層へ向かう」
「……へぇ?」
今直ぐにでも動こうとしていたエルに、レヴィスの要領を得ない言葉が投げられる。
何で相手の行動を知っているんだろう、とか。それが何か関係あるのか、とか。
聞きたいことは直ぐに出てきたが、とりあえずは彼女の続く言葉を待つ。
「奴等は、あの場所へ行かせた方が何かと私達に都合が良い」
「えっと、つまり?」
言わんとすることは何となく分かったが、それが正しいか全く自信が無かったエル。
思い切って、聞き返してみる。
「しばらくは帰ってくるなということだ。奴等の邪魔は要らん」
「……なるほど」
59階層の意図は分からないが、自分が居たら妨害に駆り出されるから居ない方が都合が良いらしい。
現状、独りの時間が欲しいエルと姿を消して欲しいレヴィスの利害は一致していた。
拒否する理由など無かった。
「俺としては願ってもないことだよ」
「そうか、なら。今の内にさっさと行け」
「あぁ。じゃあ、またな」
その言葉を残し。
エルは彼女の言葉に甘えて、ふっと消えるようにその場から去った。
遅れて、一人居なくなった場所を埋めるように吹いた風が、赤髪を揺らす。
「……どうせ、"アレ"からは逃れられんさ」
レヴィスが呟いた言葉は、既にこの場を後にしたエルに届くことは無かった。