疾風迅雷   作:袈裟固め

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09.『それぞれの思惑』

 

『ギルド』。

 

都市(オラリオ)やダンジョンの運営管理に加え、魔石やモンスターのドロップアイテムの売買を司る、いわば行政機関のような存在。その場所は、今日も大勢の冒険者達で賑わっていた。

 

そんなギルド本部のロビーの隅、面談用の個室には今二人の男女が居た。

 

一人はギルドの職員であるエイナ・チュール。

 

セミロングのブラウンの髪に、緑玉色(エメラルド)の瞳。

ハーフエルフであること(種族)を表すほっそりと尖った耳と整った容姿を持つ、ギルドのアドバイザー。

 

もう一人は新進気鋭の冒険者、ベル・クラネル。

未だ幼さの抜けきれない、少年に分類される年齢の男性。

真っ白な髪。中性的な顔立ちに映える深紅(ルベライト)の瞳は今、エイナ(担当者)に真剣に向けられていた。

 

つい最近Lv.2へのランクアップ最短記録を大幅に更新した彼は、担当アドバイザーであるエイナにとある相談に来ていた。

 

それは、"中層"の探索を行っても良いか、という確認。

つい先日まで駆け出しの冒険者だったはずなのに、"上層"から"中層"へ文字通りジャンプアップする彼に対して、アドバイザーのエイナは酷く頭を悩ませていた。

 

能力(アビリティ)は……基準をクリアしてる。パーティも三人一組(スリーマンセル)

 

ベルのサポートが届くという前提ではあるが、"中層"域で全滅の可能性は無いと判断できる。

 

しかし問題は、彼が冒険者になってからの期間。

僅か1か月と半分でLv.2に至った、今までの常識を覆す成長速度。

何か裏があるとはいえ、一番の懸念事項はその早さによる圧倒的な経験不足だった。

 

最初の死線(ファーストライン)と呼ばれる中層まで足を運ぶのなら、可能な限り懸念事項は減らしておきたい。

 

「ちょっと待ってて」

 

そう言って、その場を急ぎ足で後にするエイナ。

彼女は事務所に戻り、そこで紙切れと思しき物を三枚引っ掴み、個室へと足早に戻る。

 

「はい、『サラマンダー・ウール』のクーポン券」

 

これで少しは割引されるから、と付け加え彼女はベルにその紙三枚を手渡す。

イマイチ状況を理解出来ていない彼に対し、エイナは言葉を続けた。

 

「中層へ進むのは許可するよ。ただし、条件付き。パーティ分の『サラマンダー・ウール』を用意すること」

 

「さ、サラマンダー・ウール?」

 

「精霊の護符のこと。いい、これを装備しなかったら、ぜっっったいに行っちゃダメだからね!」

 

「は、はいっ!?」

 

二人の間を分ける机から身を乗り出し、迫力満点で念押しをするエイナ。

ベルは慌てて返事をすることしか出来なかった。

 

彼女は、腰を椅子に戻しふぅと脱力する。

ひとまずこれで、残っていた彼らが命を落とす確率もかなり抑えることが出来るだろう。

 

エイナは、まだ他に生存率を上げるために講じられる手段は無いか思考を巡らす。

 

(中層……。中層、か)

 

そして、何か別の思考が彼女の頭を(よぎ)ったように、その相貌に陰りを見せた。

 

「ねぇ、ベル君。……最近都市で流れてる"亡霊"の噂って、知ってる?」

 

「え、えっと。"亡霊"、ですか」

 

「うん、そう」

 

さっきまでの勢いとは打って変わって、ポツポツと話し出すエイナ。

 

「今ね、昔……その、死んじゃったはず(・・・・・・・・)の人が、ダンジョンの中層で目撃されてるらしいの」

 

そして、少し考えるように視線を落とした後。

 

「もし、ベル君がその"亡霊"を見たら、私に教えて欲しいの」

 

変なお願いでごめんね? と、エイナは無理に作ったような笑顔を見せる。

 

「……分かりました」

 

ベルは、そのいつもとは違う様子の彼女を見て、眉唾な話だと決めつけず真剣にその依頼を受けることを決めた。ありがとう、と感謝を伝えるエイナに対し、ベルは言葉を続ける。

 

「その"亡霊"さんは、どんな特徴があるんですか?」

 

「……驚かないで聞いて欲しいんだけど」

 

目を閉じ、一拍開ける。

 

緑玉色(私と同じ色)の瞳と、ブラウン(私と同じ色)の髪をした、ハーフエルフの男の人なの」

 

「え、それって―――」

 

エイナの言葉に、ある事実を察したベルは、思わず息を呑んだ

 

「―――うん。噂されてる"亡霊"は、私の兄さん(・・・・・)のことなんだ」

 

五年前に、死んじゃったはずのね。

そう付け加えたエイナの表情は、どこまでも悲し気だった。

 

 

 

 

 

 

 

轟く怪物の咆哮。

 

それは、普段の敵や獲物を威嚇する類のモノではなく。

単純に、自らの死期を悟って放たれる断末魔だった。

 

いくつもの号哭(ごうこく)が響いては途絶え、響いては途絶え。

縄張り意識の高いモンスターでさえも、この場所には寄り付かない程に不穏な空気が漂っていた。

 

『何ヲシテイル』

 

そんな中で新たに響いたのは、不気味に加工された声。

いくつもの声が折り重なったようなその声は、この場の中心に居る赤髪の美女へと向けられていた。

 

彼女―――レヴィスは、岩壁に背中を預けて座った状態でその声の発生源に緑色の瞳を向け。

そして直ぐに視線を元に戻し、地面に散乱する紫紺の魔石の一つを手に取りながら返答する。

 

「見れば分かるだろう。食事だ」

 

ガリ、パキッ、と。

およそ通常の食事とは似つかわしく無い音を立てながら、魔石を咀嚼し飲み下す。

その相貌は、まるで食欲というモノが存在しないかのように不気味な無表情。

 

ただ目的に必要な作業(・・)なだけ、とでも言うように。

何の感情も表さず。魔石を口に運んでは砕き、飲み込むという動作は続く。

 

魔石の供給源は、標本の如く地面に縫い付けられた数匹の竜。

生きたまま大剣で拘束されたそのモンスター達は苦痛に耐えきれず凄まじい悲鳴を上げ続けるが、戒めは逃亡を許さない。

餌になる順番待ちをするしかないそれらは、普段危険と言えど今となってはもはや哀れな存在と言えた。

 

『【剣姫】達ハ既ニ『深層(・・)』ヘ向カッタ。何故動カナイ』

 

―――『深層』、とりわけ59階層。

そこでは今、(ひそか)に"餌付け"が行われていた。

 

"宝玉の胎児"がモンスターに寄生することで、女体型のモンスターに変容する。

そして、女体型に十分な『魔石』を喰らわせることで、『精霊の分身(デミ・スピリット)』へと昇華する。

 

59階層は今、そのための"餌付け場"なのだ。

今後"都市の破壊者(エニュオ)"の"計画"を円滑に進めるためにも、敵となる冒険者に妨害されることは避けたい意図があった。

 

「お前も知っているだろう? この身体は酷く燃費が悪い」

 

しかし、その返答は相も変わらず気怠げな声。

 

「『アリア』達からもらった傷も深い。私は休む」

 

『勝手ナ真似ヲ。モシ間違イガ起キタラ』

 

「奴等は強い。問題なくアレが待つ59階層に辿り着くだろう」

 

ちっ、と。苛立ちを示す舌打ちが響く。

 

―――話にならない。

そう言いたげな感情が、その音にはハッキリと籠められていた。

 

『……()ハドコダ。奴ナラ【剣姫】達ニモ(オク)レハ取ラナイハズダ』

 

「奴? あぁ、エルか。知らん、監視はどうした」

 

『白々シイ。()ウニ振リ切ラレテイル、分カッテイルダロウ』

 

「そうか。何にせよ、私は知らん」

 

興味も無い、とでも言いたげに。

レヴィスは、再び魔石を口に含み会話を中断する。

 

『―――魔石ノセイカ、暗示(・・)モ想定以上ニ持続ガ短イヨウダ』

 

コミュニケーションを拒否するレヴィスに対し、エインは淡々と告げる。

 

『結局、記憶ガ無クトモ本質ハ変ワラナイ。使エル内ニ使イ潰サネバ意味ガ無イ』

 

「―――フン」

 

対して、咀嚼していた魔石を呑み込んだレヴィスは嘲笑うように鼻を鳴らす。

 

「貴様等が私達を利用するのは構わん。勝手にしろ。その代わり、私達も勝手に動く」

 

『ッ……!』

 

「それから、アイツが"アレ"の言葉に背く動きをしない限りは、勝手に潰すことは許さん」

 

細めた瞳で射貫くように。

レヴィスの視線が、エインへ楔の如く突き刺さる。

 

「エニュオに伝えておけ。たまには自ら動けと」

 

そして彼女は視線を戻し、再び魔石を手に取り。

 

「話は終わりだ。出ていけ」

 

静かに、そして一方的に会話の終わりを告げた。

 

 

 

 

「すごい量だな……」

 

時間は進み、レヴィスとエインが会合していた場所。

未だその場で身体を休めているレヴィスの下に新たな来訪者があった。

 

「何の用だ、エル」

 

それは、エインが行方を捜していた男―――エル。

 

茶色(ブラウン)の髪に、緑玉色(エメラルド)の瞳。

身に纏うのはいつもの赤茶色の軽装とローブで無く、どこかで拾ったようなくすんだ灰色の外套だった。

 

彼は辺りを埋め尽くす灰塊の量に顔を引き攣らせた後、座って岩壁に体重を預けているレヴィスに声を掛ける。

 

「結構探したよ。身体は大丈夫か?」

 

「……そんなことを心配して来たのか?」

 

「まぁ、半分くらいはそうかな。もう半分はコレ(・・)

 

そう言って彼は懐から包みを取り出し、レヴィスに投げ渡す。

片手でそれを掴んだ彼女は、そのまま訝し気に中身を確認する。

 

「―――魔石? どういう理由だ?」

 

中に入っていたのは、多量の魔石。

少なくともレヴィスはそれらを渡される理由に全く心当たりが無かった。

 

「礼みたいな物だよ。色々見逃してくれてることへのな」

 

深層のモンスターのも結構入ってるから効果も大きいはず、と。

彼は中身に関しての情報を付け加える。

 

「お前を超えてしまうかもしれんぞ、いいのか?」

 

口角を上げながら、レヴィスは問う。

今まで摂取した分に加えて、エルから渡された分の魔石も有れば、彼女の力の底上げに多少なりともに寄与することは間違いなかった。

 

「大した問題じゃない。有効活用出来るならしてくれ」

 

彼は、特にその点について何か思う所は無かった。

むしろ折角集めた物が無駄にならずに済む方が、有難かった。

 

(余ったけど邪魔だから使ってくれ、とは言えないしな……)

 

エルは心の中で、少しだけレヴィスに申し訳なく思った。

 

そう。

実の所、魔石を集めたのはエル自身が接種することを目的としていたのだ。

 

しかし、魔石を実際に口に運ぶ段になって。

どうしても、自分はソレ(・・)に対して食欲が湧かなかった。

結局何回か試してみても、毎回同じ結果だったため諦めて今に至る。

 

"自分"を知るため、と称し。

色々と試して、自らの目で見て。その結果自分がどう感じるかを知るための行動。

 

その一環として、レヴィスと同じように魔石を食べてみようと考えたが、どうにも上手く行かなかった。食べないと死ぬワケでは無いから、特に問題があることでも無いが。

 

「もうお前の"自分探し"とやらは良いのか?」

 

「粗方は満足したかな。特に収穫も無かったけど」

 

肩を(すく)めて、余り実りのある時間では無かったことを示すエル。

今回足を運んだ場所では、記憶の手掛かり足り得るモノを見つけることは出来なかったのだ。

 

「そっちは? 『アリア』達はもう目的の場所まで着いたのか?」

 

「今丁度向かっている所だ。私の回復にもまだ時間が要る」

 

身体を動かす分には問題無いがな。

袋の中から魔石を取り出しながら、レヴィスはそう付け加えた。

 

「そうか……」

 

「もう暫く姿を隠しておけ。今はまだ都合が悪い」

 

そう言って、取り出した魔石を口に運ぶレヴィス。

エルは考えるように、その顎に指を当てていた。

 

「なら、18階層に行ってみるよ。ダンジョンであの場所だけ異質みたいだしな」

 

冒険者から『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』と呼ばれるほど美しい階層。

そして何といっても『リヴィラの街』と名付けられた、冒険者達が独自に(つく)り運営している街がある。

 

他の階層とは異なる光景を見て、体感すれば。もしかしたら。

そんな、微かな期待を抱いてエルは行き先を決めた。

 

「どこに行こうが構わん。私とお前で利害が一致している間は、前言った通り好きにしろ」

 

「……助かるよ」

 

エルは素直に感謝を示し、いくつか言葉を交わした(のち)その場を後にした。

 

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