疾風迅雷   作:袈裟固め

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10.『悪夢』

 

―――リュー・リオンは走っていた。

 

視線の先にいる派閥(ファミリア)団員(仲間)達に追いつくために。

仲良く、楽しげに話す彼女達の輪に、早く加わるために。

 

「―――!」

 

前の集団のうちの一人。赤い髪を後ろで一纏めにした、快活そうな少女がこちらに気付いた。

自分を【アストレア・ファミリア】に誘った張本人であり、自分が触れ合いを拒まなかった二人目(・・・)の人物。

笑顔とともに、こちらを急かすように手招きをする。

 

思わず、口から笑みが(こぼ)れる。

嬉しくなって、走る速度を僅かに上げる。何故だか、とても久しぶりに彼女たちに会う気がした。

話したいことが多くあった。聞きたいことがたくさんあった。

 

けれど、どうしてだろう。彼女たちの中に、"彼"がいない。

 

辺りを見回してみる。やはり、どこにも見当たらない。

いつものように屋根の上で居眠りでもしているのだろうか。まったく、皆が揃っている時くらいは起きていて欲しいモノだ。

そう思いながらも、もう彼女たちと自分との距離は声が届く程度に近い。思わず、名前を呼ぶ。

 

「アリー―――――…………ゼ?」

 

その、瞬間だった。

目の前の光景が、一変した。

 

こちらを向いていた赤い髪の少女―――アリーゼが、ドサリと音を立てて地面に崩れ落ちたのだ。

身体に大穴を空け、大量の真っ赤な鮮血を地面へと(こぼ)しながら。

ボトリ、ボトリと。団員(みんな)の身体もアリーゼ(団長)に倣うかのように崩れ落ちていく。

ある者は三つに寸断されて。またある者は、爆ぜたように原形をとどめなくなって。

 

元は清涼な草原のようだった周囲の景色。

それもいつの間にか赤黒い霧に包まれ、足元には真っ赤な小川が流れ出し死の臭いが充満していた。

 

いっぱいに見開かれる空色の瞳。

先程まで活発に動いていた脚はいつの間にか止まり、気付かぬ内に震え始めていた。

 

「―――――あ、……あ……あぁ……」

 

この光景は、見覚えがある。自分は、こうなった(・・・・・)彼女達を知っている。

思い出した。思い出してしまった。これは、他でも無い彼女達の最期の姿だ。

 

―――あまりにも、凄惨。

 

ありとあらゆる残虐さを詰め込んだような眼前の光景に、リューは唇を小刻みに震わせながら後ずさる。

それでも、視線を外せない。瞼を閉じることすらも叶わない。

まるで呪縛のように、リューは彼女たちの最期を再びその目に焼き付けることを強制されていた。

 

「はっ…………はぁ……っ!!」

 

呼吸が荒くなり、心臓が早鐘を打つ。

 

彼女達を、本当の家族のように慕っていた。

その気高い在り方を、心の底から尊敬していた。しかし今目の前にあるのは、その変わり果てた姿。

それはリューにとって、この世のどんな惨状よりも残酷な光景と言えた。

 

―――これは夢だ、夢であるはずだ。だから、お願いだから。早く、目覚めさせてくれ。

 

リューは、心の中で祈るように繰り返し懇願した。

それは果たして自分にか、目の前で崩れ落ちた彼女達にか。自分自身でも分からなかった。

それ程までに、リューは追い込まれていた。

 

「―――リュー」

 

そんな時不意に、背後から自分を呼ぶ男性の声が聞こえた。

安心する声。心から会いたい知己の声。自分が初めて、恋慕までした者の声。間違えることなど有り得ない。

 

「アルっ―――!」

 

縋るように振り向く。

 

「――――――ッ!!!」

 

しかしその背後の人物に、リューは息を呑み再び目を大きく見開いた。

彼女を包んだ感情は、"安堵"ではなく"絶望"だった。

 

「……リュー」

 

確かに、リューの名を呼ぶ人物は紛れもなく【アストレア・ファミリア】の一員、アル・チュールだった。

しかし、彼もまた他の団員(彼女)達同様、リューが最後に目にした姿だったのだ。

 

体中に傷を負い、特に腹部からは夥しい量の出血をしている。

虚ろな目をした彼が擦るように歩くたび、足元にはポツポツと赤黒い血だまりが出来上がっていた。

 

「リュー……何で……戻っテこナかったんダ?」

 

安心するはずの声が、ひどく歪で無機質なものに聞こえ、リューの心を深く抉る。

 

「ち……違う……わた、私は……なんども、何度も、あなたを探して…………」

 

絞り出したような震える掠れ声で、リューはアルの言葉を否定する。

弱々しく首を振りつつ後ずさりながら、自らに言い聞かせるように。

 

震えが止まらず、リューは自分の体を強く抱きしめ、恐怖におびえる子供のようにしゃがみ込んだ。

それでもアルは、言葉を止めない。その言葉は鋭い刃となって、一部の容赦なくリューの身体を―――心を、徹底的に刺し貫いた。

 

「ズっと……ずっと、待っテたノに……。なンデ……』

「違う……違うっ。私は……私は……っ!」

『リュー……ドこにいタんだ……』

「ぁ……あぁ……」

『リュー』

「ぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 

 

簡素。

 

その言葉がピタリと当てはまる木造の一室。部屋にある物は必要最低限であり、嗜好品の類は全く目に付かない。

まだ朝日は顔を出さず、周囲が薄暗い時間にも関わらず。

誰かがベッドから勢い良く起き上がる音が、その部屋に打ち付けられた木々を僅かに揺らした。

 

「―――――ッ! ……はぁっ、はぁ…………はぁっ……」

 

彼女は【疾風】―――リュー・リオン。

 

寝巻に包まれた華奢な身体に、()色の髪。

普段無表情を貼り付けているその美しい相貌には、じっとりと幾筋もの汗が伝っていた。

 

肩で息をしながら、片方の手で額に張り付く髪をかきあげる。

汗ばんだ前髪が掌にも張り付いて、幾らかの水分を手首の辺りまで伝えた。

 

(また、あの夢ですか……)

 

先程まで自分が見ていた悪夢。

それは五年前―――彼と彼女達を失ったばかりの頃に、毎日のように(うな)されていた夢。

豊穣の女主人(新たな居場所)』を得てから見なくなったそれを、久方ぶりに経験した。

 

その理由には、大方(おおかた)見当が付いていた。

 

「……んく――――ぷはっ。……ふ……ぅ」

 

傍の台に置いていた小型の水筒を(あお)り、失った水分を取り戻す。体内を循環する冷たい感覚に合わせて、感情も徐々に落ち着いていった。

 

リューはその整った唇の端から漏れた水滴を、細やかな指先で拭いながら頭を働かせる。

 

(きっと、"彼"の話を聞いたから……ですか) 

 

そう、また五年前と同じ夢を見てしまった理由。

それは、先日の『豊穣の女主人(勤め先)』での一件があったからに他ならないだろう。

 

突然に自分に付き付けられた事態。

亡くしたはずの仲間が―――アルが、まだ生きているかもしれないという可能性。

あの忌まわしき日に諦めてしまった想いが、(とき)を経て去来していた。

 

そのせいで、心の奥底にしまい込んでいた記憶と感情が溢れ出して止まらなくなった。

止まらなくなって、自分自身の感情もまとまらなくなってしまった。

 

整理しようにも、もはや収集のつかなくなった自分の心。

 

思考はあの頃の思い出に支配され、期待と不安が入り混じりすぎて自分の気持ちを正確に把握することさえもままならない状況。

 

もはやこの心を抑えるためには、唯々事実を突き止めてこの状況を決着させる以外にないように思えた。

不確定の噂にある意味踊らされてしまっている自分を納得させるためには、その真実を知る必要があると考えられた。

 

―――たとえそれによって、自分がどのような結末(・・)を迎えることになったとしても。

 

ベッドの上で身体を起こしたまま、リューは掌をぎゅっと握りしめる。

身体を温めていた毛布が、彼女の握られた掌に巻き込まれ、その形を柔らかく変えた。

 

当然に考えられる未来。

噂の事実を突き止めた結果、自分は裁かれることになるかもしれないということ。

アルが生きていたとして。また、逢うことが叶ったとして。

五年前に自分の成した復讐によって、結局は彼に軽蔑され(たもと)を分かつことになるかもしれないということ。

 

(……アレ(・・)は、もはや"正義"からは程遠い。私怨に駆られた仇討ちだった)

 

【アストレア・ファミリア】は正義の派閥。

オラリオの秩序安寧に尽力し、【闇派閥(イヴィルス)】と対峙し続けた集団。

 

"真実の正義"を見つけることは困難だが、"偽物の正義"を(あば)くことは出来る。

そして、あのドス黒い感情に突き動かされて完遂した復讐は、もはや"正義"という言葉とは真逆の悪行だった。

つまりは、あの頃の自分達からすれば。あの復讐(あれ)は、断罪して然るべき行為なのだ。

 

正直に言えば、怖い。

何よりも、【アストレア・ファミリア】の仲間に―――想い慕っていた彼に、裁かれるかもしれないことが怖くてたまらない。

信頼し合っていた知己(ちき)からの軽蔑の視線など、それだけでも耐えられるか分からない。

 

けれど。

 

それでも、それは他ならぬ自分の行動の結果なのだ。

たとえ断罪されることになったとしても、自分はこの噂の真実を突き止めたいのだ。

 

そう、自分が結果的にどうなろうとも。

叶うならばもう一度、彼に逢いたい。逢って、言葉を交わしたい。自分の想いの丈を、全て彼に伝えたい。

もう二度と、突然に(うしな)ったせいで後悔などしないように。

 

何よりも最優先に願うのは、彼との再会。

リューは、偽りのない自身の気持ちを再認識した。

 

そして、朝日が少しずつ顔を出し始めた外の景色に視線を向ける。

僅かに空いた窓の隙間からは、早朝特有の清涼な空気が室内へ流れ込んでおり、未だに人の往来を示す話し声や気配は一切感じ取れなかった。

 

(……今ならまだ人通りは少ない、ですね)

 

ゆっくりとリューはベッドから降り、洋服棚の着替えを取りに向う。

 

幸運なことに、情報通の友人には一人心当たりがあった。

都市(オラリオ)の暗黒期には共闘したこともある実力者。

自分の正体を知り、自分の居場所を知り、そして決して口外しない信頼出来る人物。

 

手早く服を替えたリューは、その人物の所属するファミリア―――【ヘルメス・ファミリア】が根城としている場所へ向かった。

 

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