疾風迅雷   作:袈裟固め

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11.『【万能者(ペルセウス)】』

オラリオに少しずつ広まる噂。

死んだはずの冒険者が、ダンジョンで姿を見せるという噂。

 

それは普段であれば、その他の物と同じ一蹴して終わりであるはずの内容だった。

死人が生き返るなど有り得ないとして、それで済むはずだった。いや、済むべき(・・・・)だった。

 

しかし、【ヘルメス・ファミリア】の団長であるアスフィ・アル・アンドロメダには、一つ思い当たる節があった。

 

例の(・・)噂。貴方なら、もう知っているでしょう、アンドロメダ」

 

けれどそれを、今目の前にいる友人―――【アストレア・ファミリア】(正義の派閥)の生き残り、リュー・リオンに伝えるべきかどうか大いに迷っていた。

 

「先に伝えた通り、貴方にも協力して欲しい。どんな些細な情報でも、私は知りたい」

 

目の前のエルフ、その整った顔は今真剣な色を帯び、ある種の覚悟が感じられた。

 

早朝にファミリアに届けられた一通の手紙。

それはアスフィに対して、とある噂(・・・・)で協力をして欲しいという依頼だった。

 

その内容に従い、依頼元(・・・)が住処としている酒場―――早い時間はカフェとして営業している場所―――へと足を運んだ、というのが今の状況。

 

アスフィは、流麗な動作で卓上に置かれたコーヒーを口に運ぶ。

豆の気品ある香りが鼻腔をくすぐり、深みのある苦みが口内を満たした。

 

ゆっくりと口元からカップを戻しつつ、【万能者(ペルセウス)】は思考する。

 

確かに、彼女が欲しているであろう情報を、既に少なからず自分は知っている。

というよりこれは、少し前に自分自身の身を以って(・・・・・)得た経験の話だ。

 

ある程度の主観が入るとはいえ。

いつものように都市に張り巡らせた網を使って収集する情報より、何倍も精度が高いだろう。

 

しかし。

それを、そのまま伝えて良いかどうかはまた別の話なのだ。

 

アスフィは、穏やかに湯気を立たせる眼下のコーヒーに視線を沈めたまま、口を開く。

 

「もしかしたら、何も知らずに終わる方が幸せかもしれません」

 

それは、ある種不安を掻き立てる言葉、

けれど、アスフィの正直な気持ちをそのまま表したモノであることは確かだった。

 

「―――どういう、ことですか」

 

いつも凛としていて、ともすれば無表情にも近いリオンの表情。

それが今や、何も知らない初心(うぶ)な少女のように。隠すことの出来ない不安と心の揺らぎを、ありありと顔に出していた。

 

これがどれほど、彼女にとって重要な話か。言葉で説明するまでもなく、その顔は如実に物語っていた。

 

「……」

 

アスフィは、再び慎重に頭を働かせる。

 

今、自分が持っている情報。

それは、先日の24階層―――食糧庫(パントリー)での一件のことだ。

 

あの場に居た、赤茶色の外套と仮面でその素性を隠した男。

 

あの場では特に気付かなかったが、遅れてオラリオに広まる噂を認識して、アスフィにはある一つの疑念が浮かんでした。

 

あの男は、対面する彼女―――【疾風(リオン)】が探し求める者ではないか、と。

あれはもしかしたら、【迅雷】―――アル・チュールだったのではないか、と。

 

五年前に、リューを除いた【アストレア・ファミリア】の他の団員と共に死んだはずの男。アスフィは彼と少なからず交流があったおかげで、長い年月が経過してもそれなりに記憶は残っていた。

 

確かに、彼はあのくらいの背丈だったと。

仮面でこもって(・・・・)確信は持てないが、そういえば彼はあんな声をしていたと。

そしてあの膂力と敏捷を存分に活かした戦法は、頼もしかった彼の戦い方に良く似ていたと。

 

散らばった点と点が線で強固に結ばれていくように。

あるいは、作りかけのパズルのピースが心地良く嵌っていくように。

アスフィの中で、疑念が(ほど)かれていく。

 

けれど、それなら。

 

何故、五年間も行方を(くら)ましていたのか。

何故、彼は憎むべき敵である【闇派閥(イヴィルス)】の側で戦っていたのか。

 

―――何故、記憶にある彼よりも遥か高みにある力を持っていたのか。

 

更なる疑問が、アスフィの思考へ割り込む。

主神(ヘルメス)の度重なる無茶ぶりに鍛え上げられた彼女の思考力といえど、その答えを出すにはより多くの情報が必要だった。

 

いや、しかし。

 

あの尋常ならぬ膂力と素早さ。

記憶の中の彼を遥かに凌駕するあの能力を獲得する術には、心当たりがある。

 

ヒントは、食糧庫(あの場)に居た、"27階層の悪夢"で死んだはずの【白髪鬼】―――オリヴァス・アクト。

剣姫(アイズ・ヴァレンシュタイン)】と戦っていた赤髪の女(レヴィス)に吸収されたあの男も、生前より遥か高みにある能力を得ていた。

 

―――あの、極彩色の魔石(・・・・・・)によって。

 

そしてオリヴァスは、その(魔石)を奪われる前にこうも言っていた。

自分は『彼女』によって二つ目の命を授かったのだ、と。

 

もし、もしも。

 

アル・チュールが五年前に命を落としたのが事実だとして。

オリヴァス・アクトと同じ末路(・・)を辿っていたのだとしたら。

『彼女』と呼ばれる何者かに、あの極彩色の魔石を埋め込まれて二度目の生(・・・・・)を得ていたとしたら。

 

彼は、もしかしたらもう―――。

 

(―――違う、違うっ!)

 

アスフィは、繋がりかけた線を無理矢理断ち切るように、続いていた思考を止めた。

その先に待っている恐ろしい結論が見えてしまったからだ。

 

動揺を【疾風】に悟られぬように、再度珈琲(飲み物)を口に運ぶ。

少し冷めていたが、それでも香りは損なわれておらず、気持ちを落ち着かせるのに一役買ってくれた。

 

ゆっくりと口に含み、時間をかけて飲み込む。

改めて、最初から自分の考えを構築し直す。

 

先程までの思考は、あくまでも状況証拠に基づくモノに他ならない。

全て、食糧庫(パントリー)での経験から導き出した推論に過ぎない。

 

だからそもそも、根本の部分で間違っているかもしれないのだ。

あの仮面の男が、アル・チュールであることを示す客観的な証拠など、今の所一つとして存在しないのだ。

 

決めつけで物事を進めてしまうと痛い目を見ることを、アスフィはよく分かっていた。

しかし、自身の考えが当たってしまう可能性も少なからず存在するということもまた、理解していた。

 

だから。

 

「噂の真実を知ったとして、それは貴方の心の傷をより深いモノにするかもしれません」

 

保険を掛けるように、脅すような言葉を敢えて選択する。

この噂を解き明かすには。自分と同様、目の前のエルフにも相応の覚悟が求められるのだ。

 

「その可能性を踏まえて尚、貴方の選択は変わりませんか?」

「―――それでもっ!」

 

ガタンっと。

リューは、卓上に手を付きながら勢い良く立ち上がり、アスフィへ迫る。

 

「それでも、私は知りたい。彼に―――アルに関わる情報なら、何でもいい。協力して欲しい」

 

いつも冷静な彼女に似つかわしくない感情。

机を挟んで前のめりの姿勢となった彼女は、その相貌に悲壮な色を滲ませていた。

 

「アンドロメダ、貴方がそこまで言うのは余程の理由があると理解している。その上で、お願いします」

 

椅子に深く腰掛けたまま、顔の前で絡ませた掌越しに視線を交わらせるアスフィ。

少し間を置いて、一つ息をつき返答した。

 

「……分かりました」

「―――ありがとう、アンドロメダ」

 

ほっとしたような表情に変わると同時に、自分の姿勢にハッと気づき、ぎこちない動作で椅子へと戻るリュー。

 

「先程の言葉。もしかして、貴方は既に何か掴んでいるんですか?」

 

椅子に腰かけ直したリューは、気を取り直して問いかける。

 

「いえ……まだ確定した情報は何も。私も妙な噂(・・・)程度で、今から調べる所です。なにせ不可解な点は両手に余りますから」

「……そう、ですか」

 

万能者(ペルセウス)】の言葉に、少し残念そうに視線を落とすリュー。

彼女の美しい顔の陰りを見て、アスフィは情報を隠したことに少なからず罪悪感を覚えた。

 

(今は、何も確実ではない。伝えるべきではないはずです)

 

そう、心の中で自分を納得させる。

普段なら、相手の様子からその思考を鋭く見抜く【疾風(リオン)】。

しかし今はそれどころでは無いようで、アスフィは自身の迷いを悟られずに済んだ。

 

「それでは、私は仕事に戻ります」

「ええ、私もこのコーヒーを頂いたらホームに戻ります」

 

カップを優しく持ち上げ、リューの会釈に返答するアスフィ。

厨房へ戻るエルフを見送った後、残り少なくなったカップに再び口を付ける。

 

かつての盟友(とも)について思考したせいか、アスフィの脳裏には彼との記憶が呼び起こされていた。

 

 

『―――また無茶なことを言いますね、貴方は。いつもいつも私が引き受けると思いますか?』

『まぁまぁ、同じ名前のよしみだろ。今回も頼むよ』

ミドル(・・・)ネームとファースト(・・・・・)ネームがですっ! 何も関係ありません!!』

『ははは。で、やってくれるでいいよな。ありがとう恩に着る』

『今の流れでどうしてそうなるんですかっ―――』

 

 

今思い出しても、酷い男だったなとアスフィは思う。

【アストレア・ファミリア】の曲者達に鍛えられていたせいで、やたらと口が回る男だった。

 

こちらの都合を考えず、自分たちの都合で無茶ばかり言ってきて。

そのために、夜を徹してアイテム製作をしないといけなくなったことは数知れず。

今目の前に現れたら、気の済むまで頬に張り手を喰らわせたいくらいだ。

 

けれど、都市(オラリオ)と仲間達の為に力を尽くしていたことは、疑いようのない事実だった。

 

「……どうか、人違い(・・・)であって下さい」

 

彼が、決して望まぬ側に立つことなど。ましてや、亡骸(なきがら)(はずかし)められることなど、有ってはならない。

アスフィは珍しく、自分の推測が間違っていることを心から望んでいた。

 

そして最後の一口となったコーヒーを飲み干すため、再びカップを(あお)る。

どうしてかさっきまでよりも数段強い苦みを、彼女は感じた。

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