疾風迅雷   作:袈裟固め

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失踪一周年記念


12.『18階層』

 

ダンジョンの18階層―――別名『迷宮の楽園(アンダー・リゾート)』。

 

迷宮の中に在って、モンスターの産まれない稀少な『安全階層(セーフティ・ポイント)』。

階層の至る所に水晶が存在し、そのおかげでダンジョンであるのに朝と夜までもが訪れる場所。

 

広大な森に、澄み切った湖や川まで存在するこの階層には、今。

深層からの遠征を終え事情により休息を取っている【ロキ・ファミリア】と、満身創痍で辿り着いたベル・クラネルの一行(パーティ)

そして、ベル達の救援を目的としてダンジョンへ入った派閥同盟が顔を揃えていた。

 

しかし。彼らが知る由も無いが、そこにはもう一人。

ダンジョンの探索や遠征とは全く別の目的で、18階層に滞在している男が居た。

 

 

 

 

 

 

「……随分綺麗な場所だな」

 

18階層を訪れていた、地下勢力の一員―――エル。

以前までその顔を覆っていた仮面は無く。露わになった瞳を軽く見開きながら、ゆっくりと周囲を見回す。

 

彼はこの階層の街を見に来たついでに、街に入りづらい"昼"に当たる時間帯で周囲の探索を行っていた。

それは自らの記憶の欠片を探すためであり、またここにある【闇派閥】の拠点の周囲を把握するためでもあった。

 

その中で見つけた、とある場所。

細い木立と水晶で囲まれ、一筋の光が照らす―――言うなれば、墓場。

少し盛り上がった土の部分には、数多の武器と木の十字が地面に突き立てられていた。

 

明らかに自然の造形物では無いその場所を見付けて、最初にエルの口から(こぼ)れたのは美しさへの言葉。

 

どうにもその場所は定期的に手入れされているようで、まだ枯れない花が手向けられており、木で作られた十字の墓標らしき物も状態良く保たれていた。

 

「何だってこんな場所に、こんな物を?」

 

思考が一回りして、ようやく口をついた疑問。

 

ここは、何といってもダンジョンの18階層。

地上の者達からすれば、そう易々と往復できる場所でも無いだろう。

 

わざわざこの場所を選んで墓と(おぼ)しき物を作って、あまつさえそれを維持するだなんて。

余りに非合理的に過ぎる。

 

けれど。

 

「……本当に、綺麗な場所だな」

 

辺りを見回せば、何故だか。

今浮かんだ疑念さえもどうでも良くなるような、そんな気がした。

 

きっと、ここに(とむら)われている者達も少しは満足できそうな、そんな場所。

自分ももし命を落としたら、こんな美しい場所に埋葬されたらな、と。

ほとんど冗談のような考えだが、ほんの少しだけ、頭の片隅でそう思ってしまった。

 

ある意味で、エルが目の前の景色に心を奪われ物思いに(ふけ)っていた、その時。

がさ、がさと。聞こえたのは、誰かが草木を掻き分け近づいて来る音。

 

「―――っ!」

 

辺りの様子に気を取られ油断していたせいで、その接近に気付くのが遅れたエル。

ビクッと驚いたように肩を震わせた彼は慌てて周囲を見回した後、急いで近場の大木の上へと跳躍した。

 

十分に太い木の枝に手を掛け、そのまま身体を持ち上げて足場とする。

木の葉が丁度良い具合に生い茂り、手近とはいえ隠れるには存外に良い場所だった。

 

しかしよくよく考えてみれば、特段悪さをしていた訳でも無い。

ただ偶然に辿り着いて、その美しさと不思議さから目を奪われていただけ。

 

そう。この行動を取ったのは、慌てたことが主因で身を隠さないといけない考えが思考を埋めただけだった。

つまりは、然程(さほど)隠れる必要は無かったのだ。

 

「……」

 

ただ、今から改めて下に降りるのもおかしな話。

エルは驚き慌てたことに多少の恥ずかしさを感じながら、そのまま息を潜めることにした。

 

そして数秒遅れて木陰から姿を現したのは、二人の男女。

澄み切った白髪をした、まだ少年と呼ぶべき年齢層と考えられる男性と。

 

―――黄緑色の髪をした、御伽(おとぎ)話の中から出てきたような、美しいエルフの女性だった。

 

 

 

 

 

そこはダンジョンの18階層。狭い木々のトンネルを(くぐ)った先。

街やベースキャンプを張りやすい場所からは幾分離れた森の中。

 

リュー・リオンは、五年前に喪った【アストレア・ファミリア】の仲間達の墓を訪れていた。

 

今回ダンジョンに入った理由は、消息不明となった冒険者ベル・クラネルの救援。

既に達成したその目的とは異なるが、18階層まで潜った以上彼女がここ(・・)へ来ない理由は無かったのだ。

 

「リューさん、これって―――」

「私が所属していた、【ファミリア】の仲間たちの墓です」

 

偶然(・・)ではあるが、同行することになったベルからの確認の言葉。

この場所について特に話さずに連れてきてしまったこともあり、リューは彼に諸々の事情を説明する所から始めた。

 

ここが、(かつ)ての仲間達の墓場であること。

自らの所属していた、【アストレア・ファミリア】のこと。

そして、自分が成した復讐から現在に至るまでのこと。

 

一通りの説明が終わったところで、リューは手に持っていた白い花を一輪ずつ墓標へ添えていく。

併せて、その墓の内いくつかには酒も順に飲ませて行った。

 

この五年間で幾度も行ってきた、手慣れた手順。

迷いなく進む、ある意味で美麗さすら感じるその作業をベルは後方で黙って見つめていた。

 

しかし、その工程が墓標の数の半分ほどに達した時。

 

(足跡……?)

 

リューは、地面に真新しい足跡が残されていることに気が付いた。

ゆっくりと屈んで、その跡の表面をなぞるように指を沿わせる。

 

(……ここに、誰かが?)

 

18階層は、比較的に冒険者が多く出入りする階層。

けれど基本的に、その者達は休息を取るか補給を行うために訪れるのだ。

わざわざ危険を(おか)してまでこんな外れた場所まで来る者など、そうそう居ない。

 

そして、この場所に残された足跡から察するに。

さして必要の無い偽装でもしていない限りは、ここを訪れたのは一人であるはず。

 

「……まさか」

 

リューは素早く顔を左右に動かし、周囲をくまなく探すように見回す。

 

思い起こされるのは、ベル・クラネル一行を救援するためにダンジョンへ突入する直前。

そのメンバーの中に居た友人、アスフィ・アル・アンドロメダから耳打ちされた言葉。

 

『慌ただしくなる前に―――最新の情報です。夜に当たる時間帯の『リヴィラの街』で、"彼"らしき男性を見たと』

 

例の"噂"の先入観が強すぎて、真偽は不明ですが。

 

情報に付け加え自身の考えを伝えた彼女の声は、しかしリューの耳に強く残っていた。

18階層に"彼"が―――アル・チュールが居るかもしれない。

 

それがたとえ、万に一つ程の僅かな可能性であっても。

彼を探し求めるリューにとっては、現段階で何よりも価値のある情報だった。

 

だから、もしかしたら。

【アストレア・ファミリア】の知己達が好んでいたこの場所(・・・・)に。

思い出深いこの場所に、アルも先程まで居たのではないか。

そんな考えが、彼女の頭を(よぎ)った。

 

しかし。

 

(……いや、余りにも短絡的すぎる)

 

一度(かぶり)を振って、リューは立ち上がる。

 

今の自分の考えには、多分に願望が混じっている。混じり過ぎている。

"そうであって欲しい"という気持ちが先走り過ぎて、正常に思考出来ていない。

 

そもそも、噂自体がまやかしである可能性も否定出来ないのだ。

真であれば自分にとってそれ以上の喜びは無いが、前提を間違えてはいけない。

 

眼を瞑り、心を落ち着かせるリュー。

 

「あの、どうかしましたか? リューさん」

 

そんな自分を心配して声を掛けてきたのは、同行者のベル。

 

「いえ、何でもありません。恐らくただの勘違いです」

 

ある意味、自分に言い聞かせるように。

リューは、自身の思考を否定する言葉で彼に回答した。

 

立ち上がった彼女が視線を上げた先では、特徴的な三日月の形の武器―――アルの愛用していた大剣『エクスキューション』が鈍く輝いていた。

 

 

 

 

 

 

初めての経験だった。

 

胸に空いていた空虚な穴に、その存在がすんなりと流れ込んで来るような感覚。

それでいて、欠けていた部分が暖かく満たされていくような心地良さ。

 

(何だ……? この感じ(・・・・)は)

 

エルは、自らの胸の上に手を置く。

探し求めていたモノを、とうとう見つけることが出来たような。

今まで感じたことの無い程に充実感に満ちている胸中。

 

間違いなく、あの二人(・・・・)―――特にエルフの女性を視界に収めてから始まった異常(・・)

 

エルはその女性の一挙手一投足から目が離せなくなっていた。目を、奪われていた。

亡くした者達を弔うその所作に。憂いを帯びたその表情に。

 

目を大きく見開いていた。口が呆けたように開いたままであることすら忘れていた。

それ程までに、エルは目の前の光景に釘付けだった。

 

ダンジョン内のどの階層で、何を見ても。何と戦っても。

今までこんな感情が生じることは無かった。

食糧庫での一件を除けば、激しく感情が揺らいだことすら無かった。

 

けれど、今。

 

自分は、視線の先のたった一人のエルフの存在に、心が揺さぶられている。

それも決して悪い意味で無く、良い意味で。

 

理由は分からなかった。少なくとも理解は出来なかった。

しかし、この揺らぎ(・・・)は、間違いなく自身の求める記憶のカケラに該当するモノだろう。

 

(俺は―――あの女性を知っている?)

 

自分の身体の反応を鑑みれば。

あのエルフの女性か、もしくはそれに良く似た誰かと只ならぬ(えん)があったと考えるのが自然だ。

 

しかし今、自分の近しい人物に彼女に似た者は居ない。見たことすらも無い。

であれば、あのヒトこそが自分にとって重要な人物なのではないか。

あの女性こそが、自分が探し求めていた"過去の自分を知る者"なのではないか。

 

エルは、その胸に置いた掌をぎゅっと握りしめた。

熱くなる胸中を、何とか抑え込もうとしていた。

 

(話しかける? いや、そんな馬鹿な。不審者でしかない)

 

感情に任せて行動に移そうとした自身を、軽く咎めつつ呆れたように頭を振る。

 

こんな場所で、唐突に木の上から現れて。

満足に出来ない自己紹介をして、話をさせてくれ?

 

馬鹿馬鹿しいにも程がある。

こちらが探していたとはいっても、向こうが同じくらいに覚えているとは限らないのだ。

相手の気性にも依るが、腰に差している武器を抜かれ、距離を取られるのがオチだろう。

そうなれば、二度と同じチャンスは訪れないと思った方がいい。

 

ここまで来てようやく記憶のキッカケらしきモノ(・・・・・)を掴むことが出来たのだ。

この身を揺さぶる衝動に身を任せたいところだが、今は落ち着くべきだ。

 

間違っても音が下まで漏れ聞こえないように、目を閉じて慎重に息を吐く。

数度繰り返すうちに、胸の中で湧き上がっていた感情も静まっていく。

 

だんだんと冷静さを取り戻す思考。

せめて相手の顔だけでも目に焼き付けておこうと、彼は再度エルフの女性へ視線を向けた。

 

種族の特徴とも言える整った相貌に、綺麗な緑色の髪。

墓標へ花を手向けていくその所作は洗練されていて、その顔立ち以上に美しいと思えた。

 

「本当に……綺麗なヒトだな」

 

思わず口をついて出た言葉。

心の中で感じていたことが、そのまま形を成したような言葉。

 

彼はどうしても、もっと彼女のことを知りたいと思った。

どうしても、この感情の正体を知りたいと思った。

 

木の幹を掴む手に、僅かに力が籠もる。

 

視線の先で続く動作に釘付けになる中で。

―――エルは、その頬を伝った一滴の(なみだ)に気付くことは出来なかった。

 




今回は、第一章終幕まであと6話程お付き合いをお願いします。
月1くらいのペースでゆっくり更新になります。
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