疾風迅雷   作:袈裟固め

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文字数的に分かれてしまったので、次話は明日か明後日に投稿予定。


13.『遭遇 上』

18階層、『夜』。

『昼』に当たる時間帯とは全く別の顔を見せる、階層内の大森林。

 

差し込んでいた明かりが幻想的な光景を作り出していた『昼』とは異なり、不気味とさえ感じる程の漆黒に包まれた森。それは、少なからず存在する階層を移動するモンスターにとって、冒険者相手に有利を取れる貴重な環境。

 

たとえ上級冒険者であっても、夜の森林から帰還しなかった者は少なくないとまで言われる。

そんな、昼とは打って変わって大いに危険を孕んだ場所。

 

そういう理由もあり、基本的にこの階層を訪れる冒険者達は強い理由でもない限り夜の森へ進出することは無い。

 

しかし。

 

『も、もとはと言えばっ、貴方が逃げ出したのが悪いんじゃないですか! よりにもよってこんな森の深くまで!』

『ええええっ!? で、でも逃げなきゃ、こ、殺されると思って……!!』

『そんなわけ無いじゃないですかっ、私を何だと思ってるんですか!? ちょっと酷いことをするつもりだっただけです!』

『やっぱり酷いことするつもりだったんじゃないですかぁ!?』

 

今、森の奥深くでは、その場所に似つかわしくない言い争う声が響いていた。

それは若い―――いや、まだ幼ささえ感じる男女の声。

 

(…………何だ??)

 

安全な寝床として確保していた大樹の上で、地下勢力の一員―――エルは、その声を耳にしていた。茶色の髪をガリガリと乱暴に掻きながら、灰色の外套に包まれたその身体をゆっくりと起こす。

 

貴重な睡眠の邪魔をされたせいで、その顔には不機嫌さをアリアリと表現しているが、それよりも。何故こんな時間にこんな場所で、口論―――ともすれば、痴話喧嘩などしているのか、と。

 

寝起きの頭には、その場違いな状況に対する疑問が大きく湧いていた。

 

半分開いた瞼に隠れたエメラルド色の眼で、エルは騒音の発生源を凝視する。

明かりが少ない上に生茂った木々に隠されハッキリとは見えないが、薄っすらと浮かぶのは二人の人影。

 

種族はエルフと、ヒューマン。

 

響く声やぼんやりと視認出来るその体型からして、どちらもまだ幼い年齢と推測できる。

と、言うよりも。

 

(あの二人、どっちも見たことあるな……)

 

ヒューマンの方―――特徴のある綺麗な白髪の少年は、今日の昼間の墓地らしき場所で見かけたことを覚えていた。

あの時は、また別のエルフの女性と行動していたはず。

 

とっかえひっかえ、女性をたぶらかす才能でもあるのだろうか、と。

エルの脳裏にはあらぬ想像が浮かんでしまっていた。

 

そしてもう一人は、山吹色の髪を持つエルフの少女。

 

(……)

 

思わず、エルは目を細める。

 

あちらにとっては知る由も無いだろうが、彼女のことは記憶に新しい白髪の少年よりも良く覚えていた。24階層の食糧庫(パントリー)で、他ならぬ殺し損ねた(・・・・・)少女なのだから。

 

それはつまり、彼女が自分にとって明確に敵であるということを意味していた。

 

「……マズいかな」

 

この辺りには、【闇派閥(イヴィルス)】の拠点が有り、夜の時間帯に周辺の見回りを行っていることを、この階層に来てからエルは確認していた。

 

―――かち合う(・・・・)かもしれない。

 

遠く聞こえた先程の会話からするに、二人はここまで偶然迷い込んだことは想像できる。

しかし、【闇派閥(イヴィルス)】と彼女らは敵対する者同士。

故意であれ偶然であれ、相対すれば確実に戦闘になる。

 

【闇派閥】(こちら側)に相手を生かして帰す気は無いだろうが、静かに処理出来てもあの二人の仲間がこの階層中を入念に探すことは容易に想像がつく。

もし仮に生かして帰すようなことになっても、事態が軟着陸することは無い。

 

つまり遭遇させないことが重要になる、はず。

 

エルはこめかみに人差し指を当て、眉間に皺を寄せながら。

普段あまり使わない頭をフルに回転させてその結論に辿り着いた。

 

「行った方がいいかぁ……、さすがに」

 

気付いてしまった以上、知らん振りをするのは具合が悪い。

視線の先の二人は見覚えがあるとはいえ、こちらが一方的に知っているだけなはず。

 

接触したとしても、直ぐに問題が起きることは無いだろう。

それよりも、鉢合わせによって起きる最悪の事態を避けることが先決だ。

 

意を決したエルは一応フードを被り直し、寝床にしていた大樹の大枝から地面へ向かってトンと軽く跳躍した。

 

 

 

 

 

 

こんなハズではなかった。

 

大木の根元に座り込んだエルフの少女―――【ロキ・ファミリア】次代の幹部候補、レフィーヤ・ウィリディスは頭を抱えていた。

 

少し、ほんの少しだけ。白い兎(・・・)を懲らしめられれば良かったのだ。

 

それが何故か。

こんな暗い森の中で、少し間隔を置いて隣に座る懲らしめる対象(ベル・クラネル)と二人で、正確な所在地すらも分からない状況になっている。

 

正直な所、激情に任せてこの男を追い回したことが原因であることは分かっていた。

けれど、そんなことは余りにも情けなくて認めたくないというのが、今の彼女の心境だった。

 

「はぁ……」

 

抱えた膝の中に、自らの顔を(うず)めて重い息を吐く。

ベル・クラネルを追いかけ回した疲れもあって、自己嫌悪と言うべき気持ちが胸の内を支配していた。

 

「……」

 

エルフの少女とヒューマンの少年の間に会話は無く、唯々辺りに充満するのは沈黙。

大樹の木の葉が覆い重なることで、上を見上げても階層の天井すらも見えない暗闇の中。

 

状況と環境が、より一層彼女の心を鬱屈としたモノにしていた。

しかし、そんな時。

 

『―――オォォォォォォォォ』

 

遠く木霊(こだま)したのは、モンスターの雄叫び。

 

「「ひっ」」

 

静寂の闇に割り込むように響いたその遠吠えは、まだ成熟していない二人を恐怖させるには十分だった。

慌ててお互いに顔を見合わせるレフィーヤとベル。

 

―――こんな森の奥深く(危険な場所)に、たった二人で居るのはマズい。

 

言葉には出さずとも、レフィーヤとベルの頭には共通の考えが浮かんでいた。

エルフの少女はその場から意を決したように立ち上がる。

 

「な、何とか、キャンプに帰らないといけません。ここに留まるのは、マズいです」

「は、はいっ」

 

彼女に続いて、慌てて立ち上がったベル。彼は同意するようにコクコクと頷いた。

そして、二人が周囲を見回そうとした、その時。

 

「―――困ってそうなら手を貸すよ、帰りたいのはあのデカい野営地でいいか?」

 

不意に、暗闇から聞こえた声。

 

「きゃあぁあああああぁぁぁあ!!?」

「わあああぁぁぁああああ!?」

「うわっ!?」

 

余りにも想定外の声に思わず悲鳴を上げたレフィーヤとベル。

まさか自分達の他に人が居るとは考えていなかった。

 

声を掛けた相手の方も、その叫び声に少なからず驚いてしまったようだが。

 

「だっ、だだ誰ですかっ!?」

「お、落ち着いてくれっ! 取って食おうってワケじゃないから!」

 

声の主―――灰色の外套で身体を覆い、フードを目深に被った男。

彼はその二つの掌を前に出しつつ、自分が危害を加える気が無いことを示しながら。

慌てふためく少年と少女を、何とか(なだ)めようと試みていた。

 

しかし、顔も満足に見せない男に警戒を緩めることは出来なかったようで。

 

「こんな場所で、何をしてるんですかっ!?」

「ただ散歩(・・)してて喧嘩の声が聞こえたから来ただけだよ。たぶん、迷ってるんだろ?」

 

何とか落ち着かせようと声を掛ける男に対し、背後の大木まで後退(あとずさ)り距離を取ったままの二人。

その表情は、慌て怯える感情を前面に追しだしたモノ。

 

埒が明かないと思ったか、男は被っていたフードを脱いでその素顔を見せた。

露わになるのはハーフエルフの相貌。くせっけ気味の茶髪。

 

「ほら、大丈夫だって。な?」

 

二人と交互に目を合わせながら一言一言、ゆっくりと伝えるハーフエルフの男。

 

時間が経ったこともあって、多少気持ちが落ち着いたのかもしれない。

レフィーヤは警戒しながらではあるが、恐る恐る灰色外套の男に近づいていく。

 

「あ、あの……野営地(キャンプ)の方向が分かるんですか?」

 

背に腹は代えられないと考えたのか。それとも蜘蛛の糸のような可能性でも縋りたくなったのか。

レフィーヤは、その男に問いかけた。

 

「あぁ、この辺は一通り頭に入ってる。迷ってて困ってるなら案内させてくれ」

「……」

 

杖を身体に近い位置でぎゅっと握りしめたまま。

男の言葉に、レフィーヤは考える。

 

(怪しいけど……悪い人では、なさそう?)

 

遭遇した場所と時間が変なだけに、完全に警戒を解くことは出来ない。

しかし、正直この申し出は渡りに船と言っても過言では無かった。

 

不安はある。けれど、自分も第二級冒険者の端くれなのだ。害意を感じないという自らの直感を信じて見ても良いだろう。それに、もしも何らかの危険を察知した時は、対応すれば良い。油断さえしないように気を付ければ良い。

 

『……案内をお願いしようと思います。貴方もそれで良いですか?』

 

一応の確認。

後方に居るベル・クラネルに、レフィーヤは小さく問いかける。

 

『あ……は、はいっ。僕も大丈夫……です』

 

返って来たのは肯定の言葉。

ただ、何やら歯切れの悪さを感じたエルフの少女は、ヒューマンに顔を向ける。

 

『どうしました? 何か、引っ掛かることがありますか?』

『あ、あぁいや、その。……ダンジョンに入る前にされた頼まれ事(・・・・)があって。それを、思い出してました』

『頼まれ事?』

『すみません、何でもないんです。案内をお願いすることは僕も賛成です』

『……分かりました』

 

歯切れの悪さの答えを明確に知ることが出来なかったレフィーヤは少しだけ首を(かし)げたが、今は追及する時ではないと思い直し一先ず会話を終わらせた。

 

正面のハーフエルフの男へ、顔を向け直す。

 

「―――助かります。案内、お願いしたいです」

「信じてくれて助かるよ。じゃあこっちだ、付いてきてくれ」

 

男はくるりと身体を目的の方角へと向け、二人の返事を待たずにガサガサと草木を掻き分け歩き始めた。

 

「ち、ちょっと! あぁもうっ、待ってくださいっ! ほら、あなたも行きますよっ!」

「えっ。あ、はぃいっ!!」

 

思ったよりも急な出発に、レフィーヤとベルも慌てて彼の後を追う。

せっかく掴んだ帰り道のチケットを、無駄にするワケにはいかなかった。

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