疾風迅雷   作:袈裟固め

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※原作13巻/14巻のネタバレが含まれます。ご注意下さい。



遅筆故に少し悩みましたが、0章を長々引っ張るのもどうかと思いましたので今日からストック分を4日連続で投稿し章の終幕としたいと思います。

お目汚しかとは思いますが、お付き合い頂ければ幸いです。




03. 『運命の日 前編』

 ダンジョン27階層。

 

 下層に分類されるその場所は、25階層から『巨蒼の滝(グレートフォール)』が貫通し、特徴的な水晶壁も合わせて幻想的とも言える光景を醸し出す。

 

 が、それは通常(・・)の話。

 

 今日、この日に限っては。この場所は誰をも寄せ付けない、残虐な悲劇の舞台へ成り果てていた。

 

 

 

 

 〇

 

 

 

 

「ぅぐ……いって……」

 

 アル・チュールが目を覚ましたのは、所々から僅かな明りの差し込む、薄暗く窮屈な場所だった。

 

 全身、特に頭から妙に痛みを感じるが、全く現状が思い出せない。

 

「どこだ……ここ」

 

 冒険者として培った長年の癖で、ひとまず自分の状態を手探りで確認しながら、思考する。

 

 何が起きたのか。ここはどこか。装備類は無事か。

 

 機動性に特化した革製(レザー)の鎧は、所々で焼け焦げている。ベストの中にあったポーション類は全部ダメだ。残らず割れてしまって、中身がぶちまけられている。ただ、幸いなことに武器はすぐ手元にあった。

 

 なら、まだ戦える。

 しかし、まだ状況が整理できない。

 

 回らない頭に手を添えると、べったりと液体が付着した。固まりかけているが、明らかに血液だった。

 確か、落石を捌き切れずマトモに食らってしまったのだ。徐々に、思い出してきた。

 

 

 【闇派閥】との抗争。

 

 【ルドラ・ファミリア(その一派)】が下層で何か企んでいるという情報が【アストレア・ファミリア】にもたらされ、それを阻止すべく団員総出でダンジョンへ突入した。

 

 抵抗(悪あがき)を続ける彼等を追い詰めたまではいい。が、使用してきた尋常でない量の火炎石(爆弾)のおかげで、自分はダンジョンの崩落に巻き込まれたのだ。

 油断ではない。ただ、"功を急いた"というのは正しい。罠の可能性はもちろん頭にあった。ひとつ想定外だったのは、その規模。

 

 爆発程度なら、避け切る自信があった。落石程度なら、粉々に砕く実力があった。しかし、今回はあまりにもその規模が大きかった。仕掛けた側をも巻き込んだ自爆覚悟のその罠は、避けるには範囲が広すぎ、砕くには量が多すぎた。

 

 結果として、今に至る。

 周囲を固めているのは落石だろう。潰されずに済んだのは奇跡と言う他ない。

 

 ―――情けない。

 

 自らの"著しい耐久の低さ"を恨みつつ、先刻までの行動を悔やみたい衝動に駆られたが、今がその時でないことくらい理解できる。

 

 他の仲間は大丈夫だろうか。

 突出しすぎたせいで自分だけが巻き込まれたならまだいい。しかし、何人もダメージを受けていたら、逆にこちらが追い込まれる可能性もある。

 

 早く、復帰しないと。

 

 そう考えて、近くにある落石を思い切り蹴飛ばす。と同時に、見えた外の光景へ飛び出した。

 

 バランスの崩れた岩が雪崩れる音を背後に、片手を添えて着地する。

 ズキリと、鈍く痛むのは右脚。折れかけ(・・・・)だ。

 一瞬だけ、アルの相貌が苦痛に歪む。

 

 しかし、隙は見せない。即座に表情を戻し素早く周囲を確認。

 一帯に充満するのは土煙と火薬の硝煙。視界は良好とは言えず、状況を満足に確認できなかった。

 が、それらの異常を上から塗り潰す程の濃厚な鮮血の臭い―――死の臭い(・・・・)が、アルの鼻孔を満たした。

 

 嫌な予感が、思考を埋め尽くす。

 

「…………―――――ッ!!!!」

 

 目を凝らしたアルは、認識できた眼前の光景に思わず息を呑んだ。

 それは、まさしく『地獄絵図』

 

 辺り一面、文字通り血の海だったのだ。壁には不気味な赤い文様が満遍なくぶちまけられ、真っ赤に染まった水流はまるで絵の具のようだ。

 アルはそこら中に、その赤色の水源(・・・・・)が散らばっていることを理解はしていたが、あまりにもそれらの姿が無残で直視出来なかった。

 

 しかし、それでも。鍛えられた視力は、その中のいくつかに見覚えがある(・・・・・・)ことを一瞬で認識してしまった。

 ―――それらは、まるでつい先程まで背中を預け合っていた仲間達(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)の様だと。

 

 吐き気が、胃の底から急激に込み上げる。

 胸が締め付けられたように苦しくなり、動揺を表すように呼吸と鼓動が激しくなった。

 

(―――う、そ……嘘、だ。こんな……こんなの……悪夢に、決まってる……ッ)

 

 頭ではとうに理解してしまっている。しかし、どうしても心がそれを肯定することを拒んでいた。 

 

 あまりにも現実味がなかったのだ。

 昨日まで笑い合って心を通わせていた仲間達が、こんな結末を迎えてしまったことが。死ぬ覚悟も、失う覚悟もできていなかった。そもそも、そんなモノする気さえなかった。それが今、仇となって自身に降りかかった。

 

 一体、何がどうしてこんな惨状になっているのか。

 心が肯定を拒んでいても、頭は無意識にその答えを求めた。

 

 アルの視線が再び、宙を漂う。

 

 団員(仲間)達は数多の場数を踏み、修羅場を潜り抜けて来た。その経験と才能に裏打ちされた実力は、他のどの派閥と比べても引けを取ることはない。

 

 そんな精鋭達を、どうすればこんな無残な姿へと変えることができるのだろうか。少なくとも、【闇派閥】でないことは確かだった。彼らも、其処彼処に肉片となって浮かんでいるからだ。

 

 

 そして数秒後、アルの瞳がその解答(・・)を視界に収めた。収めてしまった(・・・・・・・)

 

 

 遠く土煙の向こう側に揺らめく、歪な影。

 それは、紫紺色の化物だった。巨大な獣の骸骨としか形容できない、身肉が一切付いていない様にすら見える奇怪な化物。

 

 けれど、そんな不気味な容姿などどうでもよかった。全く気にもならなかった。アルの視線が集中したのは、その化物の醜悪な形状をした鋭爪の先。

 

 ―――そこには、アリーゼ・ローウェル(団長)がいた。化物と相対する形で、その爪に貫かれて(・・・・・・)。力無く、手足を垂らしていた。

 

 人は、あまりにも理解を超えることがあると、脳が思考を停止してしまうと聞いたことがある。

 

 今、目の前の光景が現実とは到底思えなかった。

 身体に力が入らなかった。剣が異様に重かった。足を踏み出すことができなかった。

 目を最大まで見開いたまま、アルはその場で膝をついて固まってしまっていた。

 化物は、そんなアルのことを気にも留めず、爪を無造作に獲物(・・)から引き抜く。

 

 アリーゼは人形のように崩れ落ち、ピクリとも動かなくなった。まるで、魂がどこかに抜け落ちてしまったかのようだった。

 そして、化物が再度大きく手を振り上げる。全てがコマ送りのように見えていたアルは、その手を振り下ろすであろう先に視線を向けた。

 

 そこに居たのは、倒れ伏した【疾風(リュー)】。ボロボロになった顔を僅かに上げ、もはや抵抗することすら諦めていたようだった。

 何が起きているのか、欠片も分からなかった。少なくとも、理解はしていなかった。頭が何かを考えることを止めていたのだから、当然と言えば当然だった。

 

 しかし、頭でこの光景を咀嚼し終えるよりも早く。その身体は反応していた。まるで、【雷】に打たれたように。

 

 「―――――ぁああぁあああぁああぁッ!!!!」

 

 雄叫びを上げながら、骨の化物に切りつける。間にあった距離を即座に詰めるほどの速度で。しかし、普段とは比較にならない程不格好な斬撃で。

 

 手応えはなかった。

 

 刃を振り切った先にあったのは、破砕された地面。攻撃によって砕けたワケではない。

 アルが刃を振り下ろす、その直前。化物が関節を(きし)ませ、恐ろしい速さで飛び退いた際に残したのだ。

 

 そして今、その怪物は遠く―――20〜30M(メドル)は離れた()に張り付いていた。大した予備動作もなかったにも関わらず、一瞬で。

 

 それは、巨体にあるまじき凄まじい速度。あり得てはならない機動力。

 しかし、そんな規格外の動きを目にしても。

 

 

(―――――迅い(・・)。そんなとこまで行ったか)

 

 

 アルには驚愕も畏怖もない。地面にめり込んだ武器を引き抜きながら、ただ相手の動きを無感情に分析するだけ。

 

 そう。このほんの僅かな時間で、アルは平静を取り戻していた。先程までの錯乱した心も、波が引いたように落ち着いていた。

 

 それは間違いなく、今自らの後ろにいるリューの姿を目にしたことが理由だ。

 彼女が危険な状態にある。アルにとってその事態は、どんな感情にも優先して対応しなければならないモノなのだ。

 

 ようやく、頭と心が一致してこの惨状―――"現実"を受け入れ始めたことを、アルは認識した。

 思うことは多くあった。それこそ、語り尽くすことの出来ない程に。吐き出さずに消化し切るのが、困難な程に。

 

 しかし、それは。そんな自分の感情は、もはや些末な問題だ。

 そんな程度のモノ(・・・・・・・・)を頭の片隅に追いやるほど重大なことが、今まさに起こっているのだ。

 

 ほんの一瞬だけ、後ろで倒れ伏すリューを見やる。

 意識を失っているのか、もしくは朦朧としているのか。どちらかは判別できないが、リューに反応はなく動く気配は感じられない。

 

 アルは武器を握り直し、覚悟を改めるように一度横に薙いだ。

 鋭く風を切る音が、動く者のいない広間に大きく響く。

 

 

 アルの愛用する武器、大剣(グレートソード)

 

 《エクスキューション》―――『執行』の名を与えられた第一級装備(その剣)は、三日月に似た巨大な灰色の刀身を持ち、切っ先から根本まで一筋の黒い稲妻のような文様が刻まれていた。

 

 その特性は、『超重量』『超耐久』『超火力』。使用者(アル)の無茶な扱い方(要求)にも応えてのける、最高の相棒(バディ)

 

 稽古用の大振りな木刀と異なり、相手を"叩き斬る"ことに特化した武器。剣自体の尋常でない重さと、アルの"力"でもって、立ち塞がるモノを文字通り両断する。【闇派閥(イヴィルス)】であろうが、迷宮の孤王(モンスターレックス)であろうが、そこに例外はない。

 

 

 武器を構え直したアルは、未だ壁面に張り付いたままの不気味な化物を睨み付ける。

 

 先程の異常な動きを見て、アルは理解していた。化物のあの尋常でない機動力が、ここを地獄へ塗り替えた大きな要因であると。

 

 そんな、油断なく敵を注視するアルの視界で。

 

 化物―――後に、(ひそか)に『破壊者(ジャガーノート)』と名付けられる怪物は、予想通りの動き(・・・・・・・)をして見せた。分かった所でお前に対応できるはずがない、とでも言うように。

 

 ――――予想通りの動き。

 

 それはつまり、先刻死体の山を築いた凄まじい高速移動。壁から壁、壁から地面、地面から壁。走るのは、息をもつかせぬ斜線の連続。

 

 並大抵の者では、その動きを追うことすら困難だ。

 

 

 そう、並大抵の者(・・・・・)では。

 

 

 アルは、膝を僅かに折り一瞬力を溜め、思い切り地面を蹴った。

 着地したのは、化物と同時。そして、化物と同じ場所(・・・・)

 迅さには、慣れていた。

 

 

 挑むのは、近接戦。決して苦手ではないが、アルが最も得意とする一撃離脱とは対極にあるようなモノ。

 そのため、出来ればこの選択は避けたかった。ただ、今回は事情が事情だ。

 

 景気よく飛び跳ねられて、リューにその攻撃が及ぶのを防げなければ元も子もない。加えて、自らの身体の状態もある。

 故に、釘付けにするためにも肉薄しての斬り合い。

 

 

 アルの緑玉色(エメラルド)の瞳と、化物の真紅の眼窩。

 互いの眼が、互いのみを映す。

 その中でアルは、着地の勢いをそのまま剣速に乗せ化物に対し鋭く振りぬいた。

 マトモに当たれば、手足の一本は容易に砕ける威力。間違いなく、アルは最初の一合で決めるつもり(・・・・・・)で攻撃を放った。

 

 が、そう簡単にはいかない。

 

 化物も俊敏に動く。間一髪で躱され、腰から伸びる4Mはある尾による反撃がアルへ襲い掛かった。

 これは、低耐久のアルにとって必殺の威力。

 正確に言えば、殆どの者を即殺する威力である。が、それをアルが知る由はなく。また、知っているか否かは彼にとって大した問題ではない。

 

 瞬時に地面スレスレまで屈んだアル。その頭上を、化物の尾が空気を裂きながら通過する。

 

 そう、アルはどちらにせよ回避する(・・・・)からだ。

 

 その点を以って言えば。アルは、この化物(ジャガーノート)との初見での相性は得てして良いと言えた。

 

 化物の持つ『破爪』。その特性は、『絶対防御不可能』。例え、加工超硬金属(ディル・アダマンタイト)だろうと一振りで破砕してのける。

 

 つまり、防御を試みた時点で。その冒険者の命運は尽きるに等しい。

 

 アルと化物は、互いに譲らず攻撃を繰り出し続ける。

 もはやこれは、先刻までの一方的な殺戮ではない。

 

 一対一の壮絶な殺し合い(・・・・)。その幕が今、切って落とされた。




話を流しやすいように、少しだけ原作とは異なった道筋となります。

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