疾風迅雷   作:袈裟固め

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今回は間に合いました。


05. 『運命の日 後編』

 真っ二つに分かれた骨の化物(ジャガーノート)。特に、後半身は完全に粉々。

 

 自身に蓄積したダメージで少々狙いがズレた(・・・・・・・・)が、もはやソレは動く事など無いように思えた。

 

 

 ―――やっと。とうとう、とうとう斃した。

 

 

 アルの身体を、今まで押さえつけていた疲労感や痛みが襲う。崩れ落ちそうになる自分を、精神力で以って踏みとどまらせる。

 

 みんなの仇を取った。それは、間違いない。

 なのに。それなのに。

 歓びの感情など、欠片たりとも浮かんではこなかった。心を覆うのは、ただただポッカリと穴の空いたような喪失感だけ。

 

 被害が大きすぎたのだ。生き残ったのが、自分とリューのたった二人だけしかいない。他の十人の仲間達は、みな平等に血の海へ沈み、物言わぬ骸と化していた。

 

 こんな光景を、こんな地獄を、断じて現実だと思いたくはなかった。顔を覆って崩れ落ちたかった。心の底から、泣き叫びたかった。

 しかし、それら全ての感情を、アルは完全に黙殺した。

 まだリューがいるのだ。自分と同様、心と身体に深い傷を負ってしまった仲間が。いや、仲間という言葉では表せないほど、大切な存在が。

 

 彼女の前で、それもこんな場所で。弱い自分を見せることなどできない。

 

 そう考えて、自分自身にムチを打つ。

 軋む身体を引き摺り、全身に圧し掛かる疲労感を振り払い、アルはリューの下まで歩みを進めた。

 

「―――リュー」

 

「……」

 

 彼女の名前を呼びかける。しかし、まだ意識が混濁しているのだろうか。細く開いた瞼が微かに上下するだけで、反応も返答もない。

 

 アルは、瞳をキュッと強く瞑った。

 本当であれば、このまま自分が運んでやりたい。自分と違い、仲間全員の死の瞬間を目の当たりにしてしまったリューを、少しでも長く休ませてやりたい。

 しかし、アルの身体の状態が、それを不可能であると示していた。余裕など皆無だったのだ。

 

「……許せよ」

 

 小さく呟き、アルは平手でリューの頬を張った。

 パンッ、という乾いた音が広間に木霊す。

 ほとんど同時に、リューの瞼がしっかり開き、しばらくしてその焦点が合った。

 

「―――ぁ、アル? 私は、一体、何を……」

「リュー、よく聞いてくれ」

 

 状況を把握できていないリュー。そんな彼女が辺りを見回すよりも早く。アルはその細い両肩に手を置き、自分に視線を集中させた。

 

「残ってるのは俺たちだけだ。今から18階層まで戻る」

「……え、あ、アリーゼは……輝夜は……」

「リュー」

 

 有無を言わさぬ強い意志を、瞳と言葉に込める。

 

俺たち二人だけ(・・・・・・・)だ。今は何も考えるな。全部18階層まで戻ってからだ」

 

 その言葉で全てを思い出し、理解したのだろう。リューの瞳は数秒間いっぱいに見開かれていたが、やがて瞼を閉じ、唇を震わせた。

 

「わかり、ました……。ただ、少し……少しだけ時間を下さい」

「ああ。でも、本当に少しだけだ。余裕がない」

 

 非情とも言える言葉を、アルはリューへと無遠慮にぶつけた。

 非難なら甘んじて受ける。(なじ)り、(そし)り、全て受け入れる。

 その覚悟をするほどに、今のアルたちにとって時間は重要だった。

 

 偶々今は周囲にモンスターがいないが、いつ現れるとも分からない。大群でくれば、対処も難しいかもしれない。故に、二人が生き延びるためには、一刻も早い移動が求められていた。

 

(今のとこの心配事は……)

 

 【闇派閥】が遠慮全く無しで使用した火薬石のせいで、通路が塞がっていないかどうか。本当に面倒なことをしてくれたモノだ。

 見た所リューは、片足の骨が折れている。自分もかなりの手傷を負っていることを加味して、できる限り最短ルートを通りたい。移動する距離が延びれば延びるほど、生き残る確率は飛躍的に減少していくのだ。

 

 そんな、次の順序についてアルは思案していく。リューが心を落ち着かせる僅かばかりの時間ではあるが、決して無駄にはできなかった。

 そして数十秒後、リューはひとまずの落ち着きを取り戻したようで、その顔を上げた。

 

「リュー。大丈夫なのか?」

 

 アルは問いかける。

 しかし、これはほとんど確認に近かった。リューの瞳には、確かな意思が宿っているのが見て取れたからだ。

 そして彼女が、静かに頷き返答しようとした。

 

「……もう、大丈夫です。アル、すぐに移動し―――」

 

 

 その時だった。

 

 ドッ、と。

 アルが感じたのは、腹部への強い衝撃。僅かによろめく。

 

「ぁ……え……?」

 

 ほぼ同時に、目の前のリューの顔に、何やら赤色の飛沫が付着した。

 

 ―――あぁ、綺麗な顔なのに、また汚れちゃったな。

 

 そんな他人事のような考えが一瞬頭に浮かんだアルだったが、どうにもおかしいと思い直す。そして、その液体が自らの血液(・・・・・)であると気づくのに、時間は掛からなかった。

 

 驚愕したように見開かれる、目の前のリューの瞳。

 下に目を向けると、そこにあったのは自身の体を貫く骨張った爪のようなモノ。その表面には、べったりと満遍なく赤黒い液体が付着していた。

 腹部の異物感と圧迫感。そして、熱く鉄臭い塊が腹から込み上げてくる感覚が、アルを襲った。

 

「ぅ―――ごふっ……ゴホッゴホッ!!」

「あ、ぁ、アルッ!」

 

 ようやく理解が追いついた。自分は攻撃された(・・・・・)のだ。けれど、何から? 新しいモンスターの気配はなく、生きている【闇派閥】ももはやここにはいない。

 

「はぁッ……ごほッ、ゴホ!! はぁ、はぁッ……なに……が……?」

 

 口から血の塊を吐き出しながら、答えを得るためにアルは背後へと顔を動かした。

 

 ―――そこにあったのは、信じ難い光景。

 

 斃したはずの化物。その半分砕けた頭部―――眼孔には再び妖しい光が灯っており、かろうじて繋がっている右腕部を、目一杯伸ばしてこちらの体を刺し貫いていた。

 お前を決して逃がさないとでも言うように。狙った獲物は、必ず排除するとでも告げるように。

 

 ここに来て、初めてアルは恐怖を感じた。化物の不死身とも思える生命力と執念が、理解の範疇を越えていた。

 

「ぐ……っあ、あぁあああぁぁぁああッ!!!!」

 

 半ば錯乱したように力を込め、痛みも関係なしに無理矢理大剣を背後に薙ぐ。

 

 普通であれば、こんな雑な攻撃を化物は軽々と避けることができただろう。しかし、行動らしい行動は緩慢とも言える速度での身動ぎのみ。もはや、お互いに限界だった。

 

 軽い弾けるような音と手応え。腹から爪が抜ける。

 身体にパラパラとぶつかる細かい破片。それで、化物の右腕を破壊できたと理解する。が、同時に夥しい量の血液が、ぽっかり空いた穴から勢いよく流れ出た。

 フッと暗くなる視界。全身から力が抜け落ち、前のめりに倒れそうになる。しかし、アルは反射的に剣を地面に突き刺し、体重を預けることで何とか持ち堪えた。

 

 

 ―――意識が飛びそうだ。

 

 

 血を、失いすぎた。

 眼の焦点は揺らぎ、もはや痛みよりも寒気の方が強く感じる。

 アルには、意思とは無関係に震え続ける自分の身体が、もう無理だと叫ぶ声が聞こえていた。

 

 しかし、まだ。まだ化物(アイツ)は生きている。ヤツの眼孔には、()が灯っている。トドメを刺さすまで斃れることはできない。

 歯を食いしばり、アルは最後の力を振り絞る。

 

「こ、ンの―――ッ!」

 

 振り返り、その身に残るありったけの力を込め、担ぎ直した大剣を化物の頭部へ投げつけた。

 四肢を失い、もはやそれを躱す術はなく。化物は、動けないまま頭にその攻撃を受け、今度こそ粉々に砕け散った。

 

「ぐっ、……はっ、……はぁ……っ」

 

 それを見届けたアルは、天を仰ぐようにドサリと崩れ落ちた。そのアルを起点に、血溜まりが地面へと広がっていく。

 

「アル、アルッ!! しっかりして下さいッ!」

 

 すぐ近くで、リューがこの世の終わりのような顔をしながら叫んでいる。激しく、こちらの身体を揺さぶりながら。

 

 そう、リューが近くで叫んでいるはずなのに。

 アルにはその声が、やけに遠く聞こえてしまっていた。揺さぶられる振動さえも、揺り籠のように心地よく感じる。

 

 もう、このまま眠ってしまえば。

 きっと、アリーゼ達と同じ場所へ行ける。

 しがらみや罪悪感なんかからも解放されて、もう一度、彼女達と共に歩める。

 それもいいかもしれないな、と。アルは、全身を支配しつつある眠気に身を任せようとしていた。

 

 しかし。

 僅かに働いた理性の部分が、そんな自分を強く咎めた。

 

 ―――そのしがらみや罪悪感を、全てリューだけに押し付けるのか、と。なんという無責任なクソ野郎だ、と。

 

 アルは、手放しかけた意識を寸前で繋ぎ止めた。

 

(……確かに、な)

 

 リューは、決して強くない。いや、冒険者として見れば、実力も精神力も相当なモノを持っている。それこそ、【アストレア・ファミリア】でも随一と言えるほどの。しかしそれでも、彼女は一人の等身大の少女であることに変わりはないのだ。

 

 一人で背負えるモノは、あまり多くはない。派閥全員分の意思でも背負わせようものなら、壊れてしまうかもしれない。

 

 そんな結末は、欠片たりとも望んでいない。

 それに。それよりも、何よりも。

 きっと、自分まで死んでしまったら、リューは酷く悲しんでしまうだろう。これ以上、彼女の悲しむ顔は見たくないのだ。

 

 ……いや正直、今の泣いている顔はどこか儚く綺麗であるから、見たくないというのは少しだけ嘘が入っている。霞む視界ではあるが、困ったことにもう少しだけ見ていたい。

 ただ、この顔をずっとさせてしまうのは、最低な男に他ならないだろう。まだ、最低にはなりたくない。

 

 

 だから。

 俺はまだ、ここでは死ねない。

 

 

 手足に力を込め、何とか身体を動かそうと試みる。

 実際には指先が痙攣している程度しか動かすことが出来ていなかったが、あがいて、もがいて、地面を掻き続ける。

 しかし、立ち上がるには足りない。何かの助けがないと、厳しい。

 奮起も虚しく、最後の力も徐々に薄れ始めていった、そんな時。

 

「―――【ノア・ヒール】ッ!!」

 

 遠く聞こえた言葉と共に、腹部にジワリと。暖かく優しい火が灯るような感覚。その温もりはやがて手足の先まで辿り着き、動くための原動力へと変換された。

 

 これは、リューの治癒魔法だ。

 眼に映る物が徐々に輪郭を取り戻し、呼吸からも若干ではあるが息苦しさが取り除かれていく。

 目の前にあったのは、血と涙と疲労でぐちゃぐちゃなリューの表情。

 

 もう何年も共に戦ってきた。顔を見ればわかる。リューだって『精神疲弊(マインドダウン)』寸前だろうに、貴重な残りをこちらに回したのだ。

 

「り、リュー……せっかく……ちょっと、休もう……と、して……たのに……なに……するんだよ……」

 

 アルは、リューを安心させるために精一杯口角を上げながら軽口を叩こうとするが、うまく舌が回らなかった。

 失敗したな、と息を整えながら思う。

 

「黙って下さい! 少し……少しでもっ、アルは体力を温存するべきだっ!」

 

 眼に涙を溜めて、リューは言葉を荒げた。

 

「は……はは、悪い」

 

 さすがにアルは、その姿を見ると大人しくせざるを得ないなと感じた。

 ただ、ここに留まることはできない。ここは決して、安全地帯では無いのだ。

 移動するのは、正直かなりキツイし、保つかもわからない。それでも、動いた方がいくらか生き残る目はある。

 

 だから、アルは覚悟を決めた。

 

「リュー……手を……貸してくれ」

「なっ、動くつもりですか!? そんな状態で移動したら、それこそ―――」

「あぁ、死ぬ……かも……しれない。でも……」

 

 動かないと生き延びる可能性はゼロだ、と。アルは、変えようのない事実を静かに告げる。そして、手短に指示を出した。

 

 出来る限り共に上の階層へ進み、可能であれば二人で18階層までたどり着く。不可能であれば、途中で自分を置いて、助けを呼びに行ってくれ、と。

 

 後者の指示に、リューは首を縦に振ろうとしなかった。それは、想定内。十分に起こり得ることだと、自分も含めて覚悟をすることが目的であるため、納得するか否かは大した問題ではない。それに立場が逆なら、きっと自分も了承しない。

 

 しかし、いくら辛かろうが移動する必要があることは、理解したようだった。

 

「……アル。苦しいと思いますが、立たせます」

 

 その言葉に、アルは何も言わずに軽く頷く。

 リューはアルの腕を自らの肩に回し、ゆっくりと立ち上がった。

 

「っ……ぅぐッ……」

 

 腹部どころか身体中に激痛が走るが、全て噛み殺す。叫ぶ体力すらも今は貴重だった。

 

「行きます」

「……あぁ」

 

 その言葉と共に、二人は歩き出した。

 擦るように歩くアルの歩幅は小さく、リューも片足を骨折しているため、その速度は極めて遅い。

 

 二人とも普段は高い敏捷、素早い動きで鳴らす冒険者。それが、今は見る影もなく。いっそ哀れにすら感じる程だ。

 

 そんな、絶望的な状況に変わりはないのに。

 それなのに、触れ合っている部分から伝わるリューの温もりに、アルは殊更生きているということを実感していた。

 そして、この実感がいつまでも続いて欲しいと願った。

 

 ―――すぐ傍に迫る"死"という現実から、目を背けて。

 

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