疾風迅雷   作:袈裟固め

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02.『地下勢力』

 

 ―――………ク………マショ……

 

 ―――ア……ノ…………ハ?

 

 ―――……ガ…………ノ

 

 ―――ワ………ヲ……エテ

 

 ―――……ノ…エ………ナ…ノ?

 

 

 

 

響く剣戟の音。

 

硬い金属同士が激しくぶつかり合う音が、大空洞の中に響く。

まるで(たけ)り狂う獣同士が、この場所の覇権を賭けて争っているかの様に。

息をも付かせぬ激しい応酬が、そこでは繰り広げられていた。

 

大空洞(そこ)の中央に居る二人。

独りは美しい肢体を持ち背の半ばまで伸びた赤髪を持つ女性。

もう一人は赤茶色の軽装に、その顔を仮面で覆い隠した正体不明の者。

 

二人は、流麗という言葉とは程遠い程に荒々しく、その手に持つ武器を無遠慮にぶつけ合う。

一歩間違えれば、お互いの身体に致命傷にもなり得る傷が刻まれてもおかしくは無い打合い。

 

しかし、そんな生死すら危うい状況にあっても。

女の顔には、その美しい相貌に似つかわしくない獰猛な笑みが(こぼ)れていた。

 

削られ、抉り取られる周囲の壁と床。弾け飛ぶその欠片と岩壁の断片。

まるで暴風雨のように、周囲を巻き込んでその形すら変えていく応酬。

そこはもはや、命懸けでしか近づくことの出来ない領域に変わっていた。

 

しかし程なくして響いた、ガギッという鈍い音と共に。

絶え間なく続いていた音が一旦途切れる。

 

見れば、赤髪の女の武器は根元から折れ、その破片を辺りに散らしていた。

間を置いて、弾き飛ばされていた先端側が地面に突き刺さる音が木霊(こだま)す。

 

女に相対していた仮面の人物は、無事だった自らの剣先を突き付けて問う。

 

「まだ続けるか?」

 

それは、一般的に言う青年期を想起させるような男性の声。

 

「……チッ」

 

対して響いたのは、女の舌打ちの音。

その音は相手に対してというよりは、自身の武器に対しての苛立ちと言えた。

 

―――せっかく、良い所だったのに。

 

そんな感情が、多分に含まれているであろうことが良く伺えた。

 

「おい、その辺りで終わりにしろ」

 

そして新たに響いたのは、その二人のどちらでもない壮年の男の声。

発したのは、山羊の髑髏に似た鎧兜を被り、白ずくめの衣装に身を包んだ白髪の男。

 

やっと終わったか、といったウンザリした心情をアリアリと含んだ声だった。

 

「30階層で"宝玉の胎児"が奪われたそうだ、レヴィス」

 

続けてその男が発した言葉。

それは、赤髪の女―――レヴィスに向けての情報伝達。

 

殺し合いのような剣戟の終わりを至近で待つほどに、重要な情報だったようだ。

 

「……使えん奴らだ」

 

レヴィスと呼ばれた女。

彼女は満足し切っていない心境を表すかのように、顔を向けず吐き捨てるように答えた。

 

"宝玉の胎児"。とある"計画"を遂行するために不可欠なソレは、幾分代えが利くとは言え、"計画"を阻害する側に渡るのは避けねばならない事態だったのだ。

 

レヴィスは根元から折れた武器を後ろへ乱暴に放り投げ、しばし思考する。

 

そして。

 

「私が行く。情報を寄越せ、オリヴァス」

 

他の武器を取ってくるから少し待て、と付け加えた後。

 

「野暮用が出来た。……今日は仕舞だ、エル(・・)

 

彼女は、先程まで刃を交えていたもう一人に対して言葉を投げた。

 

「そっか。じゃあ、仕方無いな」

 

エル(・・)。そう呼ばれた彼は、特に異論もなく女の言葉を承諾した。

 

薄暗い空間の中で、僅かに(とも)る魔石灯。

朧気に照らし出されるのは、顔面を覆い隠す幾何学的な文様の仮面。

そして、防御で無く機動性に特化しているであろう赤茶色の軽装。

 

彼は手持無沙汰であることを示すように。あるいは、何かを考えているように。

手にした大剣をトントンと肩に当てていた。

仮面からはみ出た茶色の髪が、武器が肩に当たるリズムに合わせ小刻みに揺れる。

 

ついでに、いくらか疲労しているのか、呼吸を大きく取っているようで胸と肩が大きく上下していた。

 

「次はマシな武器を選べよ」

「言われるまでも無い」

 

そしてレヴィスは、二人の男に対し背を向けて大空洞の隅―――雑多な武器が無造作に置かれている場所へ向かった。

 

そんな彼女の背に視線を向けながら深い息を吐いた後。

エルは未だ背を向けているレヴィスを確認し、彼女にバレないようにこっそりとオリヴァスに近付いた。

 

唐突に近寄って来た彼に、どういう訳かギョッとした様子で後ずさるオリヴァス。

エルはそんな白髪の男に対しギリギリお互いが聞こえる程度の声で話しかけた。

 

『なぁ、オリヴァス。ちょっと』

『何だっ、こっちに寄ってくるな!』

『いや、そろそろ代わってくれ。この役割』

『ええい、何の話だっ』

『レヴィスの"日課"の付き合いだよ! 毎日毎日、コッチの身が保たないんだって!』

(うるさ)いっ! 貴様が気に入られたんだろうが、付き合ってやれ!』

『頼むって!』

 

ヒソヒソ声で続く会話。

内容からするに、何とかエルは連日の狂おしい程の負担を減らそうとしているように思えた。

 

しかし。

 

「何をコソコソ話している」

 

その願望を打ち砕くように、早くも新たな武器を手にし戻ったレヴィス。

 

冷やかな視線を向けられ、あらぬ方向を向くのはエル。

もう少し選べばいいのに、と彼は心の中で舌打ちした。

 

「―――何でもない」

「まぁいい。()は戻ってからだ」

「……ハイ」

 

さっきまで行っていた、エルの言う"レヴィスとの日課"。

多分に気力と体力が奪われるソレの、他でもない自分に対しての"次"という言葉。

今後も定期的に休息する時間が削られることが決まった瞬間だった。

 

「気が済んだならあっちに行ってろ、若造。我等の邪魔をするな」

「……ヘイ」

 

オリヴァスは、忌々し気にしっしっと手を振りながら、自身もエルと距離を取る。

エルは言われた通りに、トボトボと元の場所へと戻った。

 

そして続くのは、二人の情報のやり取り。今度は、エルが聞こえない声での会話。

 

先程の"宝玉の胎児"とやらのことを良く知らないが、きっと大事な話なんだろうな、と思いながら。

何か、自分にも手伝えることが有ればとエルは言葉を投げる。

 

「なぁ、俺の手は要らないか?」

 

しかしその言葉に返って来たのは、オリヴァスの苛立ちを含んだ声。

 

「貴様如きが必要なワケ無かろう、若造。仮に手がいるとしても私で十分だ」

「……」

 

さっきの会話での素振(そぶり)と言い、何故オリヴァスは自分に対してこんなに厳しいのだろうか。

エルは、仮面の下でその口を悲しげに曲げていた。

 

けれど彼は、あくまでも目標の完遂を第一に考えるべきとして、事実で返す。

 

「でもオリヴァスよりは、俺の方が色んな相手に対応出来るはずだよ。前()った時に分かってるだろ?」

「なっ、貴様―――!」

「今の話、結構大事なことなんだろ。感情とかは抜きにして考えた方がいいんじゃないか?」

 

どうしても俺に教えられないなら、話は別だけど。

エルはそう付け加えて、反応を待つ。

 

彼としては、別にオリヴァスを貶めようなどという心は無かった。

ただ単純に、重要な内容であれば失敗しないように万全を期すべきではないかと考えた結果の言葉だった。

 

エルの言葉に怒りを覚え、仮面越しにも分かる程に殺気を放つオリヴァスと、相変わらず無表情で何か考えていそうなレヴィス。

 

沈黙が続く中で、数秒の時間が経過する。

 

そして。

 

「今回は私一人で行く。その方が動きやすい」

 

結局、レヴィスは自身のみで片を付けると結論付けた。

 

「そっか、分かった。気をつけろよ、レヴィス」

 

エルは可能な限り役には立ちたかったが、無理に間に入る必要も無いと考えていた。

特に反論するでもなく、レヴィスの身を案じる言葉を返す。

 

「要らん心配だ。戻ってからも足下を掬われないよう鍛えておくんだな、エル」

 

そう言い残し、レヴィスは大空洞の出口へ足を踏み出す。

オリヴァスもエルと二人で残るのを嫌ったのか、苛立った視線を残し彼女に付いて出口へと向かった。

 

 

 

 

 

「ええい、忌々しい奴め……!」

 

大空洞から続く道。目的地へ向かう中で、オリヴァスは未だ煮え切らない自分の感情を隠すことなく言葉にしていた。

 

オリヴァス・アクト。

白髪鬼(ヴェンデッタ)】の異名を持つ―――いや、持っていた(・・・・・)元冒険者。

かつて【闇派閥(イヴィルス)】に所属し、『27階層の悪夢』と呼ばれる多数の犠牲者を出した惨劇の首謀者。

そして、自身もその惨劇で命を落としたはず(・・・・・・・・)の男。

 

彼は感情の昂りそのままに言葉を続ける。

 

「何故『彼女』はあの様な奴を選んでしまったのだ! 奴に『彼女』の加護さえ無ければ、今頃八つに裂いて食人花(ヴィオラス)共の餌にしてやっていると言うのに......!」

 

憎悪。

それだけでは言い表せない程の憎しみの感情が、男の言葉にはあった。

 

「興味が無いな。アイツがどうだったか(・・・・・・)など」

 

しかし、隣に居る赤髪の女性―――生い立ちから何まで謎多き女レヴィスは、男とは対照的な思考。

ある意味で極限まで削ぎ落した考え方は、彼女の最大の目的に即したモノなのかもしれない。

 

「重要なのは現状アイツが使えるか使えんか、だ」

 

感情の起伏を感じ取れない声で、彼女は続ける。

 

「今のところ、アイツは使えそうだ。だから、オリヴァス。私にとってお前の私情なぞどうでも良い」

「ぐッ……」

 

オリヴァスは、レヴィスの言葉に苦虫を噛み潰したような表情を取った。

彼とて文字通り身を()って知っているのだ。あの憎しみの対象が、使えるか使えないかの答えなど。

 

しかし。

 

オリヴァスが懸念しているのは、そんな事では無いのだ。

そもそもの主義が異なる者、異物と言っても差し支えのないあの男。

それが、今は偶然が重なってしまったせいで同じ場所に居る。

 

要するに、危険因子なのだ。

ここにあの男が居るのが偶然が重なった結果であるならば、更なる偶然で事態が悪い方向に急転する事は容易に想像がついてしまう。

 

「だが、だがッ。奴がもし取り戻したら(・・・・・・)どうする!? 必ず奴は我等の障害になるぞッ!」

 

「いきり立つな。だから今は様子を見ている(・・・・・・・)

 

オリヴァスに対し、どこまでも無感情に思えるレヴィス。

先程と同じように、彼女は最低限の言葉のみを続けていく。

 

「それに、もし邪魔になった時は―――」

 

そして、今まで進行方向しか向いていなかった顔をオリヴァスへと向け直し。

 

「私が、アイツを始末するだけだ」

 

そう、静かに告げた。

 

 

 

 

大空洞に一人残された仮面の男、エル。

彼は、その手に握る生物的な形状をした大剣を地面に突き立て、体重を預け天を仰ぐ。

 

「はぁ……」

 

思わず、自然と零れた溜息。彼は悩んでいた。

 

仲間との関係。オリヴァスは言わずもがな、レヴィスも相当に。

会話できる機会が、殆どいつもの"殺し合い"の時しかない。それすらも、呑気に会話を楽しむ余裕など無いのだが。

 

(動きが鈍かったら今頃四、五回は死んでるぞ……)

 

先程まで行っていた"日課"。使用するのは簡単にお互いを切断し得る鋭利な武器。

それを一切の妥協無くお互い生身の身体目掛けて打ち込み合う。

 

何故かすこぶる動きの良い絶好調な身体のおかげで、未だ一度もその打ち込みを食らわずに済んでいる。

しかし、それでも紙一重。常に命拾いし続けているようなものだ。

 

アレが毎日続くとこちらの身が持たない。

腕を斬り落とそうが脚を砕こうが、直ぐに元に戻る(さま)は本能的に恐怖を感じるし、是非勘弁して欲しい。

 

もし以前もあのレベルの日課を(こな)していたのであれば、自分は中々の狂人だったのだろう。

そのまま(・・・・)で居られたなら、今もレヴィスのように死を間近に感じるスリルも楽しめたのかもしれないのに。

 

そう考えて、エルは自分自身を恨んだ。

 

 

そう、エルには記憶が無い。

 

唯一分かっているのが『敵との戦いで大きな怪我をして、しばらく眠っていた』らしいということ。

きっと色々思い出せないのはその影響だろうが、その眠っている期間に色々変わってしまったため、自分には新しい役割を与えることになったのだとか。

 

それは単純に采配ミスではないかと、エルは強く感じていた。

 

レヴィスもオリヴァスも、目覚めて最初に顔を合わせたエインという名らしい仮面の人物にも。

以前の自分のことを聞いたところで、面倒なのか単純に多くを知らないのか、ほとんど答えは返ってこないのだから。

 

記憶が無いのは余りに不便だ。

自分の立ち位置も、今の自身を取り巻く状況も、肝心な情報さえも分からない。

率直に、分からないことが多すぎて困り果てている状況なのだ。

 

しかし言葉や身体に染みついた経験まで失った訳では無いようで。

そのおかげで、今の所はしばしば与えられる仕事も含めて何とかはなっている。

 

衣食に関しても一応与えられる物と、その辺に群生している物を利用して然程不自由は感じていない。

 

ただ。

 

住―――この環境だけはどうしてもいただけない。

湿気が多く、妙な臭いが立ち込めていて、快適とは程遠い。

 

 

仮面(コレ)付けとかないと(・・・・・・・)いけないしなぁ」

 

コツコツ、と。

 

エルはその仮面の表面を指で軽く小突きながら考える。

 

目を覚ましてから与えられたこの仮面。

意外と視界は確保されているし、不思議と呼吸も苦しくはならない。

どんな素材を使ってその機能を実現しているかも分からない、中々に高性能な代物。

 

けれど、例え性能が高くとも。

そもそもの話、余計なモノであることに変わりはないのだ。

呼吸という必要不可欠な生理現象に対して、決してプラスに働くことは無い。

 

こんな物、外して良いのであれば真っ先にその辺に放り投げたいくらい。

 

(……あれ? そういえば何で付けてないといけないんだっけ)

 

悩むエルの脳裏を、確かな疑問が(よぎ)ったその時。

別の声が、彼の内側から強く響いた。

 

 

 

『―――素顔は隠さねばならない』

『―――これ以上素性は知られてはならない』

『―――お前()は、その素性を明かすことを酷く嫌う男だ』

 

 

 

(あぁ、そうだ。そうだった。俺は外したくない(・・・・・・)んだった)

 

聞こえた声に従うように、エルは不自然な程あっさり結論を導き出した。

 

誰が来るとも分からないこんな場所で、自分の素顔を晒すだなんて(もっ)ての(ほか)

むしろ何で外したいなんて考えたんだ、と。彼は、先程までの自らの思考を軽く咎める。

 

別に、付けているせいで死ぬなんてことは無い。

むしろ仮面(コレ)を付けるだけで自分の素性を隠せるのなら、安いものだ。

 

それに、一人になったとは言っても。

 

どこかから"()られて"いる。

人の気配は近くに無いが、ほとんど常時と言えるほどに視線は感じているのだ。

こうして一人で残った時には特に。

 

記憶の無い自分を親心のように心配しているのか、はたまた何かを警戒しているのか。

目的も手段も分からない視線にエルはある種うんざりしていた。

 

ただ鬱陶しくはあるが、あまり油断が出来ないだけで殺気も感じないしこれと言った被害も無い。

 

相手をわざわざ探し出してとっちめる程のことでもないだろう。

この程度、巻こうと思えば何時でも巻けることもあるし。

 

「―――ふぅ」

 

エルは、再度一つ息を深めに吐いた。

その後も意識して規則的に呼吸を続けることで、少しずつ身体を回復させていく。

 

色々考えを巡らせてしまったこともあるが、レヴィスとの日課も合わせて少々頭と身体に疲労が溜まっていた。

 

(今は、色々あまり難しく考えないでおこう)

 

直ぐにやらないといけないこともないし、焦る必要はないだろう。

やたら調子の良い身体の感覚をもっと正確に掴みながら、眠っていたらしい期間の情報と無くした記憶の欠片を集めていけばいい。

 

まだ、これからの時間いくらでもあるのだから。

 

「……よし」

 

気持ちと思考の整理がついたエルは、一人でもそれなりに鍛錬出来る場所を目指して足を踏み出した。

 

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