こあパチュクエスト3(東方×ドラゴンクエスト3) 作:勇樹のぞみ
「鞘(さや)の造りは…… まぁ、合格といったところかしら」
パチュリーは剣を納める鞘を手に取って確かめる。
「鞘がそんなに重要なんですか?」
小悪魔が疑問を挟むが、
「足元が不安定な野外の旅、転んだり足を滑らせたりしたときに、刃先が鞘を突き破ったらどうなるかしら?」
「うっ……」
小悪魔にも分かったようだ。
「そんなことが起これば大怪我をするわ。だから剣やナイフなどの刃物類は安全に携行できる鞘、シース無しには使えないの」
幻想郷の外の世界でも落馬の危険があるカウボーイは安全な折り畳みナイフに切り替えてしまっているという話だ。
ハンターの使う解体用ナイフも。
鞘の他には、タッチアップ、応急的に切れ味を回復させるのに使う小型の携帯砥石が一つ付く。
そして、
「それじゃあ、砥石を借りるわね」
パチュリーは武器店の店主にそう断ると、店先に置いてある砥石を確かめる。
「オイルストーン? じゃなくて水砥石ね」
目の粗さが違うものを三本、水を張ったタライに漬ける。
「オイルストーン?」
首をかしげる小悪魔に、パチュリーは説明する。
「砥石には水砥石のほかに、欧米で使われるオイルストーンがあるわ」
「どう違うんですか?」
「一般的には水砥石は柔らかめで、水をかけて使うわ。炭素鋼は食いつきが良く研ぎやすいから水砥石がいいとされる……」
日本人になじみ深いのはこちら。
「対して、オイルストーンは水が貴重な荒野でも使えるよう、オイルをかけて使う物なの。硬めですり減りにくく平面を長く保てるわ。ステンレス鋼は炭素鋼に比べて研ぎにくいから、オイルストーンを使うのがいいとされているわね。水砥石だと柔らかいからステンレス鋼の刃物を研ぐのに使うと減りが早いのよ」
「なるほど」
「まぁ、水砥石に慣れているならそれでステンレス鋼の刃物を研いでも特に問題は無いわ」
「へっ?」
「減らないように使えばいいんだから」
「……それって技術を持っている人にしかできないんじゃ」
「だから言ったでしょ、慣れているならって」
水砥石を水に漬けること10分。
天然砥石は水を吸わない、とも言われるが実は石材によっては違ったりする。
だから念のための処置だ。
「じゃあ小悪魔、三つの砥石を交互にすり合わせて平面を出して」
「はい?」
「刃物を研ぐコツは、常に一定の角度を保つことだけど」
パチュリーは説明する。
「砥石は使っているうちにすり減って真ん中がくぼんで行くの。それじゃあ、角度を保てないでしょ」
だから砥石同士をすり合わせて平面を出してから研ぐのだ。
「……結構重労働ですね、これ」
「普段から平面出しをしていればさほど。さぼっていると確かに大変かもね」
それでも何とか、
「くぅ~疲れました。これにて完了です!」
平面出しが終わる。
「それじゃあ、研ぎましょうか」
パチュリーは砥石に水をかけて銅の剣を研ぎ始める。
最初は荒研を使って。
角度を一定に保ち、台上に固定した砥石の上を、刃を一定の角度に保ったまま往復させる。
「慣れてますね、パチュリー様」
「まぁ、私は生粋の魔法使いであると同時に魔女でもあるから」
魔法使い、とされるパチュリーだが『花曇の魔女』との二つ名でも呼ばれるとおり、同時に魔女であるとも言われる。
「魔女の扱う力は魔術や呪術だけでなく、まじない、占い、薬草(ハーブ)を使った生薬の技術など、魔女と関連付けられる知識、技術、また信仰も含まれる」
この辺は諸説あって論じる者によって主張はまちまちではあるのだが。
「そして魔女と言うだけに主体は女性。術や儀式に使われる魔具も、女性、主婦が手に入れられるものが用いられたわ」
包丁(キッチンナイフ)や盃(ゴブレット)、ナベ(アーサー王伝説で有名な『聖杯』の原型はケルト神話の『再生の大釜』にあるとも言われる)、燭台などなど。
無論、術で使う物はアセイミーナイフ(athame アサメイとも)のように聖別され、普段遣いはしないのだが。
「だから道具の手入れ、キッチンナイフを研ぐなんていうのも当たり前にできるわけ」
切れない包丁ほどイライラさせられるものは無いのだから。
「これは青銅剣だから欠けないよう、ハマグリ刃に仕上げましょうか」
「ハマグリ刃?」
「刃の断面をハマグリのように曲面を描くようにするものね。出刃包丁とかナタなどに使われる、刃を欠けにくくする研ぎ方よ」
レーベの村で売っているブロンズナイフに施された『刃を欠けにくく加工してある』というのはこのハマグリ刃を意味するのだろう。
「ちなみに剣は肉を斬るものだから、使うのは荒研と中研。仕上げ砥まで使うと肉の脂であっという間に切れなくなるから」
これに異を唱える者も居るが、そもそも刃物を研ぐ技術というのは本当に人によって言うことが違う。
正解など無いと言ってもいいので、パチュリーの主張もまた色々な説のうちの一つと捉えるのが良い。
しかし、小悪魔には別のことが気にかかったようで、
「……あれっ!? だったらなんで砥石を三つも使って平面出しをしたんですか! 二つしか使わないならそれだけをすり合わせれば良かったじゃないですか!」
そう抗議するが、これにはれっきとした理由がある。
「二つだと曲面同士が組み合わさって平面が出ない可能性があるからよ」
極端な話、片方が凸で片方が凹な曲線を描いているモノ同士をすり合わせても平面にはならないのだ。
「三つを交互にすり合わせれば、それが防げるわけ」
そういうことだった。
「あなたの剣も研ぐ?」
「は、はいできれば」
「そうね、素人がやると研ぎの角度が一定に保てず丸刃にしてしまうから」
そしてパチュリーは手を止め、小悪魔を見る。
「もっとも磨り上げるなら、その辺は自分でやってちょうだい」
「すりあげ?」
「自分の体格や用途に合わせて剣を縮めることよ」
実用品の日本刀などに見られる加工だ。
時代の流れや流派、個人の体格に合わせ刀剣の長さを変えることは、別に珍しいことではない。
ドラクエのようなファンタジー世界の剣であっても有効だろう。
ダンジョンや屋内など狭いところでは剣が長すぎると振るえないこともあるし。
「普通は茎(なかご)側…… 根元の方を削って短くしていくのだけど、この銅の剣は柄まで一体形成の鋳造品だから先端を削ることになるわね」
「大変ですね」
「だからやりたいなら自分でやりなさい」
さすがにそこまではやってやる気はしないパチュリーなのだった。
次はアリアハンで手に入るアイテムの回収だったが……
「それじゃあ小悪魔、よろしくね」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
慌てる小悪魔。
「そういう隠されたアイテム探しも冒険の醍醐味なんじゃありませんか! 本の中の物語を体験できる、今だからこそやれることですよ!」
小悪魔の熱心な勧めにより、
「……それもそうね」
と納得するパチュリー。
『本の中の物語を体験できる、今だからこそやれること』が決め手となったらしい。
本の虫の彼女らしい考え方である。
一方、小悪魔はというと、
(仮想体験なゲームであれはきついですよ。何の罰ゲームですか……)
と、汚れ仕事を押し付けられなかったことにほっとしていた。
何しろドラクエの勇者というやつは、
民間人らしき女性の悲痛な叫び。
彼女を押しのけて民家に押し入り、無理矢理クローゼットを開けるのは勇者と呼ばれる者だった。
女性「おやめください!」
勇者「あるじゃねえかよ! コインと剣がよ!」
女性「おやめください! 勇者さまっ!」
ナレーション「もう勇者しない」
というもの。
見下ろし式のデフォルメされたゲーム画面なら、まぁゲームだと思って納得できるかも知れないが、登場人物目線でプレイする仮想体験なゲームでこれは無い。
しかし……
パチュリーはアリアハンの城と街をめぐると、
アリアハン城1階のタルから、毒消し草、小さなメダル、
アリアハン城2階のタンスからラックの種を、
ルイーダの酒場の外に置いてあったタルから25Gを、
勇者の実家のタンスから力の種とツボから薬草、それから祖父の部屋のタンスから5Gを手に入れた。
「はい?」
「どうしたの、小悪魔」
「な、なんで人目を気にせず武装した人間が民家や城に押し入り堂々と窃盗行為を働いているのに、周囲の人間は何も気にしていないんですかー!!」
と、小悪魔が叫ぶとおり、パチュリーの行為はスルーされていた。
「それは住居精霊(ヒース・スピリット)や都市精霊(シティ・スピリット)の疎外(エイリアネーション)や隠蔽(コンシールメント)、混乱(コンフュージョン)の力(パワー)が働いているからでしょう?」
「はい?」
「それに私が拾ったものはすべて住人の財産ではなくて、精霊の隠し財宝よ。それをゆずってもらっただけ」
「えっ? えっ? えっ?」
混乱する小悪魔を生徒に、パチュリーによる魔法講座が開かれる。
「私が使う魔法がどんなものかは知っているでしょう」
それは質問ではなく断定。
もちろん小悪魔も理解している。
「それはもう、七曜の属性魔法ですよね」
『火+水+木+金+土+日+月を操る程度の能力』
すなわち、木、火、土、金、水の五行に日と月の2属性を加えた属性魔法を使いこなすのが魔法使いパチュリー・ノーレッジである。
「属性魔法は精霊魔法とも言い、文字通り世界に遍在する精霊の力を借りて行使する力。じゃあ、この精霊(スピリット)というのは?」
「西洋魔術で言う地水火風の元素精霊(エレメンタル・スピリット)が有名ですけど」
小悪魔が言っているのは、地のノーム、水のウンディーネ、火のサラマンダー、風のシルフ。
地水風火の四大元素に基づく四大精霊というものだ。
「でも、パチュリー様の使われる魔法はまた概念が違うんですよね。五行は東洋魔術の……」
「そうね、だから一口に精霊(スピリット)と言っても魔法様式によってさまざまな捉え方があるわけ」
そして、
「この世界で勇者を導いているのが精霊ルビス」
「そうでしたね」
「人格を有し人に似た姿を取ることもできる、この物語世界でも最上位の精霊。一番近いのはシャーマニズム様式の魔法概念における自然精霊(ネイチャー・スピリット)の上位精霊、グレート・スピリットのそのまた上、のようなものね」
「自然精霊(ネイチャー・スピリット)、ですか?」
「自然のあらゆる場所に精霊は息づいているという考え方よ。風が吹く場所には旋風精霊(ストーム・スピリット)が川には河川精霊(リバー・スピリット)が、山には山岳精霊(マウンテン・スピリット)が居て平原には平原精霊(プレイリー・スピリット)が居る」
神道における、あらゆるものに神が宿るとされる八百万の神の概念と同様、もしくはそれに近いものだ。
「それじゃあ、人工の街には居ないわけですね」
「それは違うわ。人の住む住居には住居精霊(ヒース・スピリット)が、それ以外の場所は都市精霊(シティ・スピリット)の領分ね」
「住居精霊(ヒース・スピリット)ですか? 先ほども仰っていましたね。どういう存在なんですか?」
「家の精(ブラウニー)とか白い婦人(シルキー)なんて呼ばれるものね」
ドラクエだとブラウニーは後にモンスターになっているが。
「紅魔館(うち)にもたくさん居るでしょう?」
「はい?」
「妖精メイドやホフゴブリンたち」
「え、ホフさんが?」
「魔法様式によってさまざまな捉え方がある、そう言ったでしょう? その辺、定義は色々だし境目は曖昧なのよ」
ホフゴブリン…… 一般的にはホブゴブリンと呼ばれる存在は、ゲーム等ではモンスターであるゴブリンの大型種という扱いだが、伝承上では密かに家事を手伝う善良な妖精のことを言う。
紅魔館で働いているのはそちらである。
小悪魔は苦笑して、
「外見だけ見ると邪妖精のようなんですけどね。紅魔館では土曜の夜に魔女がサバトを行い、ホフゴブリンや妖精たちと交わり、淫らな行いをやっていると評判ですし」
などと言う。
「は?」
目を点にするパチュリー。
紅魔館の魔女といったら自分のことなので当たり前だ。
小悪魔はそんなパチュリーの表情の動きをおかしそうに見ながら説明を付け足す。
「女性しか居なかった紅魔館でホフさんたちを引き取ったのはその用途のためだって……」
「何よ、その熱い風評被害は」
パチュリーはとても嫌そうに顔をしかめる。
しかし小悪魔はきゅっと頬を吊り上げて、
「でも、これも仕方がないことなんですよ。ただでさえパチュリー様は幻想郷に住まう者たちの憧れの的なんですから。神様みたいに崇拝してる者も居ますし。その上パチュリー様は女淫魔(サキュバス)でも嫉妬するぐらい魅力的なお姿……」
などと詭弁じみたことを言い出す。
「でも、そのお力故、触れることもできませんからみな、その気がなくても少しおかしくなっているんです。きっと今夜もパートナーを抱きながら、または一人でしながら頭の中でパチュリー様を冒涜する男たちが、いいえ、女たちもいっぱい居ます」
そうささやく小悪魔。
「そんなパチュリー様が…… みんなが欲しがってるパチュリー様が、ホフさんたちのような、パチュリー様にとっては取るに足りない、言葉は悪いですけどザコに過ぎない存在に組み敷かれ、いいように汚される。そんな倒錯した淫らなシチュエーション……」
それはつまり、
「彼ら、そして彼女たちは妄想の中でパチュリー様をいやしくおとしめることで興奮しているんです」
パチュリーが背筋をぞくりと震わせたのは、嫌悪のため……
そのはずだったが、小悪魔の深い光をたたえた瞳を見ていると、それだけの単純な感情ではないような気もしてくる。
魅了眼でも使っているのかともいぶかしむが、そういった働きかけは主従契約の抑止力に止められるはずだし、そもそも小悪魔とパチュリーの間に横たわる圧倒的な力量差から効くはずが無いのだ。
しかし、小悪魔はそんなパチュリーの内心を見透かしたように、
「そしてパチュリー様は、そうやっておとしめられることにぞくぞくしてる」
「なっ!?」
「違い…… ませんよね」
先ほどまでの妄言は、小悪魔の妄想でもある。
つまりこの娘は主人であるパチュリーを想像の中でのこととはいえ、いやしくおとしめることに興奮しているのだ。
そしてパチュリーはおとしめられることに……
「――いい加減、正気に戻りなさい」
「ふがっ」
小悪魔の鼻をつまんで、彼女を妄想の世界から引きはがすパチュリー。
「話を戻すわよ」
「ふぁい」
と涙目になって返事をする小悪魔に説明を再開する。
「面倒になったから結論だけ言うけど、大精霊であるルビスが導く勇者の冒険を、ルビスの下に位置する自然精霊(ネイチャー・スピリット)たちが助けてくれているわけ。彼らの疎外(エイリアネーション)や隠蔽(コンシールメント)、混乱(コンフュージョン)といった力(パワー)が働いているから鍵さえ開ければどこにでも入れるし、不審に思う者は居ない」
これら『自然精霊(ネイチャー・スピリット)』が持つ力(パワー)は具体的には、
『隠蔽(コンシールメント)』
対象を周囲に紛れさせ、発見を困難にする。(それゆえ城や家に勇者が進入しても発見されにくい)
『混乱(コンフュージョン)』
対象を混乱させ、術者の領域でさまよわせる。
家の中だと延々と壁に向かってぶつかり続ける(ドラクエで街の住人が部屋の中でウロウロし、時には壁に向かって足踏みしているアレ)、戸棚の扉を部屋のドアと間違えるなど。
また、何かしようとしたり決断しようとすることが非常に困難になる。(それゆえ城や家に勇者が踏み込んできても、通報しようとか咎めようという気持ちを持つことがかなり難しくなる)
『疎外(エイリアネーション)』
対象を他者から認識できないようにする。
ただしこれは妖精のいたずらのように対象をからかうためのものなので、他者に気付かれないことでドアや門を閉められて挟まれる、突き飛ばされる、踏まれる、閉じ込められるなどの危険が降りかかってくる。
それらを回避するには能力、もしくは運が必要。
などというもの。
こんな作用が働くために、家屋に浸入されても、それを察知されなかったり、不審に思われたりしないわけである。
「そして精霊のかくれんぼに付き合って見つけてあげれば、贈り物(ギフト)として彼らの隠し財宝、アイテムがもらえる」
「精霊の隠し財宝って…… その家の人の物を盗ってるわけじゃないんですね」
「そうね。そして多分、ダンジョンの宝箱なんかは財宝を守る精霊スプリガンのものなんじゃない?」
そう考えれば説明が付くのか。
「モンスターがまれに持っている宝箱も本来はその土地の精霊のもので、モンスターを退治してくれたお礼としてくれる…… そういうことなんでしょうね」
とパチュリーは締めくくるのだった。
『どうして勇者はツボやタンスを漁っても捕まらないのか』でした。
いろいろな説がありますけど、精霊魔法の使い手であるパチュリー様視点な解釈ですね。
参考にしたのはテーブルトークRPG『シャドウラン第2版(2nd)』のシャーマンが召喚する自然精霊の概念ですが。
(最新の版でもメジャーな魔法様式としてシャーマンのシャーマニズム様式は変わらずありますけど)
そして相変わらずパチュリー様にせっせとセクハラを働く小悪魔なのでした……
>「もっとも磨り上げるなら、その辺は自分でやってちょうだい」
ファンタジー作品だとゴブリンスレイヤーさんがやってましたね。
みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
今後の展開の参考にさせていただきますので。