『神』が死に、美浜奈保子が世界的アクション女優となってから、数年後――。
都内にある城聖大学の研究室にて、竹内多聞はパソコンに向かい、自分宛のメールをチェックしていた。届いているのはダイレクトメールばかりで、重要なものは無い。いつものことであるが、竹内は落胆した。昨日、京都で大きな学会があったのだが、竹内はそこで、『源頼朝の死の真相』という研究の結果を発表したのだ。鎌倉幕府を開いた源頼朝は地獄から蘇った平家侍の怨念によって呪い殺された、という内容だ。竹内がここ数年に渡り研究してきたことなのだが、残念ながら学会での反応はいまひとつだった。それでも興味を持った誰かから連絡が来るかもしれないとわずかな期待を胸にメールをチェックしたのだが、案の定というか、それらしいメールは届いていなかった。竹内は大きくため息をついた。
ガラガラと扉が開き、研究室に黒縁眼鏡をかけた女が入って来た。
「あ、先生。帰ってたんですね」竹内に気付いた眼鏡の女は、お団子ヘアーの頭をペコリと下げた。「お疲れ様です。昨日の学会は、どうでしたか?」
「別に、いつもの通りだな」
「つまり、全く相手にされなかったワケですね」
「ほっとけ。それより、そっちはどうなんだ? 次の論文は順調か?」
「もちろんですよ」女はパチッとウィンクした。「この安野依子ちゃん史上最高の論文になりそうです。これを発表すれば、世界がひっくり返るかもしれませんよ? まあ、見ててください」
「フン。毎回同じようなことを言っているな。まあ、楽しみにしておこう」
「はい。期待しててください」
眼鏡の女――安野依子は機嫌良さそうに笑うと、自分の机に座った。
かつて竹内の教え子だった安野依子は、現在この城聖大学に勤めていた。大学卒業後に大学院へと進んだ安野はそこで博士号を取得。そのまま就職すると、学会で発表する研究成果や執筆した論文が極めて高い評価を得て、とんとん拍子に昇格。現在は准教授となっていた。このまま順調に行けば、城聖大学史上最年少の教授就任となる。現在民俗学界で最も注目されている人物である。
一方の竹内多聞は、相変わらずこの世界では異端視されており、学会や大学内では浮いた存在だった。当然昇格などできるはずもなく、現在も肩書きは講師のままだ。これに関して竹内は、「肩書きが無ければ己が何なのかわからんような阿呆共の仲間になることはない」と、どこかで聞いたようなセリフを言って平然とした態度をとっているが、元教え子にあっさり抜かれ、内心悔しい思いをしていた。
「あ、そうだ。先生――」安野が振り返った。「先生が留守にしている間に届いた郵便物、そこに置いてます」
竹内は安野が指さした先を見る。机の上に山積みにされた本の上にプラスチックのトレーがあり、その中にたくさんの手紙やはがきが入っていた。手に取り、ひとつひとつ確認していく。パソコンのメールと同じく、ほとんどがダイレクトメールや知人からのあいさつ程度のもので、さして重要ではないものだったが、一通だけ、見慣れない差出人の手紙があった。差出人の住所はH県堀北市とあり、名は、渡瀬亜美となっていた。
その名を見て、竹内は息を飲んだ。
「――渡瀬亜美って誰でしたっけ? なんか聞いたことあるような気がするんですけど」いつの間にか、背後から安野が覗き込んでいた。
「だろうな」竹内は低い声で言う。「日本はもとより世界に名をとどろかせた世紀の天才であり、同時に、世界を震撼させた世紀の大量殺人犯だ」
竹内の言葉に、安野は「あ!」と声を上げた。「『堀北十三人殺し』の渡瀬教授ですか!?」
竹内は鋭い目で手紙を見つめた。
東京から遠く離れたH県にある小さな地方都市・堀北。その堀北にある大学――その名もズバリ堀北大学で、六年ほど前、校内のエレベーターの下から男女合わせて七人の遺体が発見されるという痛ましい事件があった。この事件の犯人として逮捕されたのが、当時堀北大学で教授をしていた渡瀬亜美という女である。
渡瀬は子供の頃から成績優秀で、大学在籍時から数々の論文を発表。世界的に評価され、なんと大学在籍中に博士号を取得。卒業後は大学院を飛び越していきなり教授に就任し、ノーベル賞に最も近い日本人とウワサされ、注目を浴びていた。だがその裏で、学説証明のために様々な人体実験を行い、多くの人を死に至らしめていたのである。警察の捜査の結果、渡瀬は堀北大学近郊で発生していた四件の殺人事件に関与しており、その手にかかった被害者は十三人にも及んだ。これらの事件は『堀北十三人殺し』と呼ばれ、マスコミ等で大々的に報道。ネットなどでも大きな話題となり、渡瀬の名は世界中に知れ渡ったのである。
「スゴイですね先生。なぽりんさん以外にも、そんな世界的有名人とお知り合いだなんて」なぜか感心したような口調の安野。
「バカな。知り合いではない。世紀の天才であり殺人犯だから名前くらいは知っているが、それだけだ。会ったことはない」
「でも、お手紙が届いたってことは、向こうは先生のことを知ってるってことですよね」
「そうなるな」竹内ははっとした表情になった。「まさか、昨日の私の研究発表を耳にして、それで連絡して来たのか!?」
「その手紙は昨日の朝届いたヤツですから、それは無いでしょう」
「ならば、それ以前の私の論文を読んで、それで……」
「先生の学説なんか誰も興味ないと思いますけどね。でも、大丈夫でしょうね? そんな殺人犯のお手紙を受け取ったりして。開けたらいきなり毒ガスが噴き出すんじゃないですか?」
「渡瀬教授は死刑が確定して現在は堀北の拘置所にいるはずだからそれは無いと思うが……いや、なにせ世紀の天才だからな。鉛筆やペンなど、拘置所内で手に入るものを合成し、毒ガスを作るくらいのことはやりかねんな」
竹内がそう言うと、安野はものすごい勢いで部屋を飛び出し、扉の陰から頭だけ出した。「さあ、どうぞ。手紙を開けてください」
「冗談だ。さすがに鉛筆から毒物を作るなど不可能だ。仮に可能だったとしても、私を狙う理由が判らん」
「先生のことだから、知らない間に怒りを買っている可能性も否定できません。『論文があまりにもふざけてる!』とか」
「何を言う。私の論文にふざけた所などひとつも無い。むしろ、渡瀬教授のような世紀の天才なら、大いに理解してくれるだろうよ」
「……はいはい。では、開けてください。あたしは、ここから先生が毒ガスに悶え苦しむのを見守ってますから」
竹内はやれやれとため息をつくと、手紙の封を開けた。中には便箋が七枚入っていた。
《拝啓 竹内多聞様
突然のお手紙、失礼いたします。
このたび、竹内先生の論文『羽生蛇村における一三〇〇年の呪い』を拝見させていただきました》
大きく息を吐く竹内。どうやら毒ガスではなかったようだ。
「『羽生蛇村における一三〇〇年の呪い』って、先生が書いた論文の中で、一番イカれたやつですよね?」いつの間にか部屋内に戻っていた安野が、竹内の背中越しに手紙を覗き込んでいた。
『羽生蛇村における千三百年の呪い』の論文は、竹内が数年前に書いたものある。東京から車で一日ほど走った山間にある小さな集落・羽生蛇村において、二〇〇三年八月三日に発生した土砂災害や、その二十七年前に発生した同様の事件について、竹内が独自の視点で調査し、執筆したのだ。竹内は羽生蛇村で起こった一連の出来事を、一三〇〇年前の天武の時代、村に降臨した神を村人が食べてしまったために受けた呪いである、と、考えたのだが、この論文も他のものと同様、誰からも相手にされなかった。それどころか。
「――あの時は、学会だけでなく、日本中からバッシングされましたよね」安野が冷めた目で言った。「『災害を神の呪いだ怒りだなどと、被災者に失礼だ!』とかなんとか言われ、大学にも連日抗議の電話がかかって来て、大変でしたよ。よくもあんなトンデモ説を堂々と発表したモノですね」
「フン。なんとでも言え。あの日東京でマンガを読んでいた貴様には判らんだろうが、私は実際にこの目で神や異界や不死の人間を見たのだ。誰になんと言われようと、真実は曲げられん」
「あーそうですか。ま、今さらその件で先生と議論する気は無いですが……それで、渡瀬教授は、なんと言ってるんです? やっぱ、抗議の手紙ですか?」
安野に促され、竹内は続きを読んだ。
《竹内先生の提唱する説は大変興味深いですが、私は羽生蛇村で起こった一連の事件を、私の専門分野から考え、全く異なる仮説を立ててみました。ぜひ竹内先生にお知らせしたく、筆を取らせていただいた次第です》
「親しみのこもった文体ですが、要するに、先生の説を否定するために手紙を書いた、ってことですね」安野が言った。
「ふん。私の説は完璧だ。いかに渡瀬教授と言えど、付け入る隙は無い」
「付け入る隙だらけだと思いますけどね……ところで、渡瀬教授の専門分野って、何ですか?」
「世紀の天才だから様々な分野に手を出していたようだが、主に研究していたのは寄生虫だな」
「ほほう。寄生虫ですか」
「そうだ。特に、カマキリに寄生するハリガネムシのような、宿主を操る寄生虫に強い興味を持ち、研究をしていたと聞いている」
「宿主を操る寄生虫……エメラルドゴキブリバチみたいなやつでしょうか? ゴキブリをゾンビ化させ、思い通り操るっていう」
「そうだ。よく知ってるな?」
「ゴキブリが主人公のマンガで読みました」
「まあそんなことだろうと思った」
「で、羽生蛇村の事件と寄生虫が、どう関係してるんです?」
「それをいま読んでいる所だ」
竹内は改めて手紙を読んだ。
《竹内先生ならば、ロイコクロリディウムのことをご存知だと思います。羽生蛇村での一連の出来事は、このロイコクロリディウムのようなものだと考えることができるのではないでしょうか?》
「なんですか? レイコクロエオブライエンって?」安野がまた口を挟む。
「ロイコクロリディウムだ。カタツムリと鳥に寄生する寄生虫だな」
竹内はパソコンのキーボードを叩き、インターネットの検索サイトからロイコクロリディウムの動画を検索した。モニターには、植物の葉の上を這う一匹のカタツムリが映し出された。その姿はかなり異様だった。特に目を引くのが大きく膨らんだ触手だ。通常のカタツムリと比べ数倍も太く、黄色や緑や赤や白黒など、様々な色の
「……なんですか、この、超ギョロ目なカタツムリは」安野は冷めた口調で言った。健全な女子なら鳥肌物のグロテスク映像だが、安野は特に気持ち悪がる様子もない。
「これが、ロイコクロリディウムに寄生されたカタツムリだ。カタツムリの体内に入ったロイコクロリディウムは触手に移動し、イモ虫に擬態する。これを見た鳥は、カタツムリをイモ虫だと勘違いし、捕食するのだ。これで、ロイコクロリディウムは鳥へと寄生する。そして、鳥の体内で成虫となり、卵を産む。卵は鳥の糞とともに排出され、その糞をカタツムリが食べることにより、またカタツムリへ寄生する、というワケだ。面白いのは、通常カタツムリは外敵に見つからないよう、葉の陰などに隠れているものだが、ロイコクロリディウムに寄生されたカタツムリは、鳥に見つかりやすいよう、葉の上に移動するのだ」
「葉の上に移動……それはつまり、寄生虫に操られてるってことですか?」
「詳しい理屈は判っていないが、そういう考え方もできるな」
「それで、そのロイホグラッチェカーテンが、羽生蛇村の事件とどう関係してるんです?」
安野に促され、竹内は手紙の続きを読んだ。
《羽生蛇村の事件が発生した二〇〇三年八月三日は、地球に三三三彗星が接近した日です。三三三彗星は、その名の通り約三三三年周期で地球に接近する彗星ですが、調べてみたところ、事件の発端である天武十二年にも、三三三彗星と思われる彗星が観測されたという記録が、日本の各地に残っています。
私は、羽生蛇村で信仰されている神は、この三三三彗星に乗って地球へやって来た宇宙生物ではないかと推察します。
そして、この宇宙生物はとある寄生体に寄生されており、その寄生体は、宇宙生物と人間との間を交互に寄生し、繁殖しているものと考えています。
詳しく説明します。
寄生体に寄生された宇宙生物は、三三三彗星に乗って地球へ接近し、人間に食べられるため、地球へ落下します。
落下した宇宙生物を食べた人間は、寄生体に寄生されます。その際、寄生体に寄生されていた宇宙生物は一時的に死亡し、寄生体に寄生された人間は一時的に老化が止まります。
寄生体に寄生された人間は寄生体の卵を宿した娘を二人産みます。寄生体の卵を宿した寄生体に寄生された人間の娘は寄生体に寄生されていた宇宙生物へ寄生体の卵を寄生させるため寄生体に寄生された人間の手によって寄生体に寄生されていた宇宙生物へ捧げられ――》
「……先生」
「……なんだ」
「ちょっとなに言ってるかわからないです」
「まあ、世紀の天才が書いた論文だからな。貴様のような凡人には、到底理解できないことだろう」
「では、先生は理解していると?」
「いや、さっぱりわからん」
「だと思いました」
「これは、ひとつひとつの言葉をゆっくり丁寧に解読していく必要があるな」
「ですね」
「最初から始めよう。まず、渡瀬教授は、一三〇〇年前に羽生蛇村に降臨した神を、三三三彗星に乗って地球へやって来た宇宙生物と考えたようだ」
「三百三十三年に一度接近するという彗星ですね」安野はスマホを取り出すと、パパッと入力した。「――確かに、羽生蛇村の事件が起こった二〇〇三年の八月と、全ての発端とされる六百八十三年の八月に、地球に接近してますね」
「そして、その宇宙生物は体内に寄生虫を宿しており、地球へ落下して人間に食べられることで人間へ寄生し、その後、再び宇宙生物へ寄生して宇宙へ帰る。このように、宇宙生物と人間を交互に寄生し、繁殖しているのではないか、ということだ」
「……なかなかブッ飛んだ説ですね」
「そうだな。詳しく説明すると――」
竹内はマジックの蓋を取り、ホワイトボードに書きながら、渡瀬教授の手紙を解読していった。
三三三彗星に乗って地球近くまで来る宇宙生物は、寄生虫に寄生されている。この時の宇宙生物を『宿主・宇宙生物(神)』、そして、寄生虫を『寄生体・女王』と呼ぶことにする。
『寄生体・女王』に寄生された『宿主・宇宙生物(神)』は、あたかもロイコクロリディウムに寄生されたカタツムリのように、人間に食べられやすい行動をとる。つまり、地球に落下するのだ。地球に落下した『宿主・宇宙生物(神)』は、人間に食べられ、活動を停止する。一見すると死んだように見えるが、これは『宿主・宇宙生物(神)』を操っていた『寄生体・女王』が離れたため動けなくなっただけである。動けなくなった『宿主・宇宙生物(神)』は、我々のいる次元とは異なる次元へ移動する。この異なる次元が『異界』及び『常世』である。
一方、『宿主・宇宙生物(神)』を食べた人間は、『寄生体・女王』に寄生される。この『寄生体・女王』に寄生された人間を『宿主・親(八尾比沙子)』と呼ぶことにする。『宿主・親(八尾比沙子)』は、『寄生体・女王』に寄生されたことにより、一時的に老化が止まる。
『宿主・親(八尾比沙子)』に寄生した『寄生体・女王』は、『宿主・親(八尾比沙子)』の中で卵を産む。卵は、やがて『宿主・親(八尾比沙子)』が妊娠すると、その子供の体内に宿る。卵を宿した子供は必ず二人生まれる。この、寄生体の卵を宿した二人を、『宿主・姉(神代の長女)』と『宿主・妹(神代の次女)』と呼ぶことにする。
『宿主・妹(神代の次女)』に宿った『寄生体・女王』の卵は、『宿主・宇宙生物(神)』の死体に寄生することを目的としている。『宿主・親(八尾比沙子)』は、卵を『宿主・宇宙生物(神)』に寄生させるための行動をする。これが、神に花嫁を奉げる儀式だ。神の花嫁となった『宿主・妹(神代の次女)』はこの世から消えるとされているが、これは、『宿主・妹(神代の次女)』の体内の卵が、『宿主・宇宙生物(神)』の死体に寄生したということだ。
『宿主・宇宙生物(神)』の死体に寄生した卵がかえる。これを『寄生体・兵』と呼ぶ。『寄生体・兵』は『宿主・宇宙生物(神)』の血と共に体外に排出される。この血が人間の体内に入ることにより、人間は『寄生体・兵』に寄生される。『寄生体・兵』に寄生された人間を『宿主・兵(屍人)』と呼ぶ。
『宿主・兵(屍人)』は、『宿主・宇宙生物(神)』の死体を守るための行動をする。また、人間を殺し、仲間を増やしたりもする。
一方、『宿主・姉(神代の長女)』は、さらなる『寄生体・兵』を産むため、子供を二人産む。すなわち、次の『宿主・姉(神代の長女)』と『宿主・妹(神代の次女)』だ。『宿主・姉(神代の長女)』は次の子供を産み、『宿主・妹(神代の次女)』は『宿主・親(八尾比沙子)』の手によって『宿主・宇宙生物(神)』に奉げられる。
これらの行為は、約一三〇〇年の間続く。
そして一三〇〇年後『宿主・親(八尾比沙子)』に寄生している『寄生体・女王』は、次代の女王の卵を産む。この次代の女王を『寄生体・次期女王』と呼ぶ。『寄生体・次期女王』は『宿主・宇宙生物(神)』へ寄生するため、『宿主・親(八尾比沙子)』は自らを花嫁として奉げる。『寄生体・次期女王』に寄生された『宿主・宇宙生物(神)』はよみがえり、三三三彗星に乗って宇宙へ還る。
そして、また何年か後に、新たな『宿主・宇宙生物(神)』が地球へ落ちてくる――。
竹内の説明を聞いた安野は、ホワイトボードを眺めながら、うーん、と唸った。「……判ったような判らんようなって感じですが……先生は、この説をどう思いますか?」
「興味深いのは確かだな。私の研究分野と異なるから、私には決して出てこない発想だ。神が宇宙生物で、しかも寄生虫に寄生されているなど考えたことも無かったが、いま思えば、視野に入れておくべきことだった」
「羽生蛇村では、UFOやUMAの目撃情報も多いみたいですからね」
「そうだな」
「それで、先生」
「なんだ」
「この渡瀬教授の説が正しいとして、寄生体さんは、何が目的でこんな面倒なことをしてるんでしょう?」
「さあな。所詮は虫だ。本能に従って、ただ繁殖行動をしているだけにすぎないだろう」
「そうかもしれません。しかし、何か別の目的があったとしたら……例えば、あたしが読んだ某マンガでは、寄生体さんは人類を食い殺すことが目的でした。また、別の作品――これはゲームですが――では、寄生体さんは爆発的な繁殖力であっという間に宇宙中に広がるため、全滅させるには、寄生体さんが発生した銀河系の全ての生命体を根絶するしかない、と言われていました」
「マンガやゲームを元に考えるな」
「何を言うんですか。人生の大切なことは、全てマンガ・アニメ・ゲームが教えてくれるんです」
「それは違うな。人生の大切なことは、全てアイドルたちが教えてくれるのだ。例えば、一時期某アイドルグループの間で、意図的に寄生虫を体内に寄生させることでいくら食べても太らないというダイエット法が流行った、というウワサがあるが、あれは、現実的に考えて――」
「まあ、人類捕食や銀河系全滅なんて壮大な目的があったら、一三〇〇年の間にもっと大きな騒ぎになってるでしょうから、先生の言う通り、ただの繁殖行動なんでしょうね」
「自分から話を脱線させておいて、私が乗っかったら無視するのはやめろ」
「でも、先生の話にあたしがさらに乗っかったら、『話が進まん!』とキレるのは先生の方じゃないですか」
「それがお約束というものだ」
「マンネリともいいます」
「いいから話を進めるぞ」
「はい」
安野は一度咳払いすると、改めて訊いた。「それで、結局先生は、渡瀬教授のこの説を、どう思うんですか?」
「そうだな――」竹内はホワイトボードを眺めた後、フン、と、鼻で笑った。「まあ、ハッキリ言えば、荒唐無稽で話にならんな」
「学会の異端児である先生が、世紀の天才が唱えている説を『荒唐無稽』って言いますか。渡瀬教授が聞いたら、ブチ切れるんじゃないですか?」
「かもしれん。しかし、そう言わざるを得ないな。渡瀬教授は何年も拘置所にいて、現地へ足を運んだことなど一度も無いはずだ。せいぜい、私の論文をはじめとする羽生蛇村に関する資料に目を通した程度だろう。そんなのは、仮説の域にも達していない。ただの推測――妄想と言ってもいいだろうな」
「あたしに言わせれば、先生の説もだいぶ妄想が激しいですけどね」
「バカな。私の説は、ちゃんと現地で調査し、実際に異界や不死の者、神の姿をこの目で見て、導き出した結論だ」
「それが妄想だって言ってるんですよ。そんな夢みたいな話、誰が信じるんですか。あたし的には、この渡瀬教授の説の方が、まだ現実味があると思いますけど」
「フン。なんとでも言え。だが渡瀬教授の説は、百歩譲っても仮説の段階でしかないし、現時点では証明のしようも無いな」
「まあ、そうかもしれません」
「ただ……」
「ただ?」
「もし証明する手段があるとすれば、次に三三三彗星が地球に接近したときだろう。その頃は宇宙へ進出する技術も発展しているだろうから、彗星を調査することもできるかもしれん。そうなれば、何か判るかもしれないな」
「次に三三三彗星が地球に接近するのは西暦二三三六年ですから……昭和四百十一年ですか。長生きしないといけませんね」
「そうだな――」
竹内は手紙を封筒に戻すと、引出しの中にしまった。そして、二度と読み返すことはなかった。