スマブラにドラクエ8勇者(cv.梶裕貴さん)参戦したので、一発ネタで書きました。中の人ネタもありますが、基本的には高木さんssです

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スマブラを題材にした高木さん短編です。別にスマブラとのクロスオーバーじゃないのであしからず。


「スマブラ」

「西片―、お前今日暇?」

 

 放課後を知らせるチャイムが鳴り、理科室に緩慢とした空気が流れる中、俺の男友達である木村が声をかけてきた。放課後の楽しみといえば、遊び。そして暇かどうか尋ねるときは、そのサインであるのは明白だ。

 

「暇だよ」

 

「じゃあ高尾の家でスマブラやろうぜ! 浜口も誘ってある」

 

 スマブラとは、今男子で流行りの対戦ゲームである。マリオやリンクなど、人気ゲームキャラを使って相手を吹っ飛ばすやつで、つい最近発売された。男でスマブラを知らない奴などほとんどいないといってもいいほどで、よくクラスでも話の種になるのだ。

 もちろんオーケーだ。いかない選択肢など、ありえない。

 

「いいねっ! 全キャラいるよな?」

 

「もちろん、昨日頑張って解放させたよ。西片直で来るのか?」

 

 ……それはできない。一度家に帰らなきゃいけない理由がある。いや、正確には――家に帰るまでの工程を踏む必要がある。

 

「あーえっと……」

 

「おいおいよせよ木村。西片は彼女と帰るんだからさ」

 

「かっ、彼女っ!? 誰だよ!?」

 

 薄々解ってる。突然乱入してきた高尾が言う、彼女が誰を指しているかなんて。高尾は出っ歯を出してにやにやしながら答えた。

 

「高木さん、だろ?」

 

「は、はぁっ!? 何度も言ってんだろ、違うって!! た、高木さんにからかわれて悔しいから、仕返しするために一緒に帰ってるだけだよ!」

 

 そうだ。俺は情けないことに、隣の席に座る高木さんっていう女子にしょっちゅうからかわれてしまっている。男子たるもの、女子にいじられては沽券がない。だからせめて仕返しはしたいと思い、常に機を窺っている。一緒に帰るのも、あくまでからかい返すことが目的だ。ただ、それだけだ。

 しかし、俺の必死の弁解も彼らには通用せず、そっかと適当にあしらわれた。

 

「まあ西片、とりあえず早く来いよ?」

 

 そう言って,高尾たちは理科室を後にした。

 俺は体内に溜まった熱を出そうと、息を思いきり吐いた。しかし、なぜ高木さんのことになると、こんなに体が熱くなるのだろうか。俺は彼女のことを、ライバルとしか考えていないはずなのに。

 とりあえず帰って、スマブラをやって忘れよう。そう思い、俺はカバンをもって席から立ち上がる。

 その時、静かにこちらに迫る足音に気づき、俺はそちらを向く。そこには、栗色のロングヘアをした小柄な少女、高木さんがいた。

 

「西片、帰るの?」

 

 笑顔を浮かべている彼女は俺に尋ねる。毎度のことながら、俺は彼女の顔を直視しづらかった。透き通った大きな瞳に、吸い込まれそうになるからだ。しかし、そこで逃げてしまっては、照れてるなどと言われてからかわれてしまう。俺はあくまで平静を装い、自然と返答する。

 

「うん、まあね」

 

「わかった、じゃあ帰ろう。ところで西片――顔、赤いよ?」

 

 くっ!?

 こちらが目をそらすまいと必死になっていたところを見破られたか!?

 

「――もしかして、照れてる?」

 

「て、照れてないよ! それより早く帰ろうよ……」

 

「うん、そうだね。西片これから予定あるようだし」

 

 なぜ知っている!?

 さっきの会話を聞かれたか……?

 

 

 ――いや!!

 

 

 

 

「ふっ、高木さん。確かにこれから俺は予定がある。ここで一つ勝負しないかい?」

 

「勝負? いいよ」

 

 ふっふっふ、これまで俺はいくつも勝負をしてきて、すべて負けに終わってしまっている。だが、今日こそ勝利をつかみ取る!

 ――何故なら、俺は勝利の方程式を思いついてしまったからだ!

 

「高木さんは予定があるって言ったけど、その予定を一発で言い当てられたら高木さんの勝ち。当てられなかったら負けってことでどう?」

 

「うん、いいよ。勝ったほうが何でもするってことでいい?」

 

「いいよ。まあ、当てられないだろうけどね」

 

 そうさ、当てられるはずがない。

 何故なら高木さんは、俺が木村達に誘いを受けていた時には理科室にいなかったから! そして、高木さんはさっき予定があるといった。ということは、裏を返せば何の予定かわかっていないということだ。だからあんな曖昧なことを言ったんだ。

 きっとおそらく高木さんはあてずっぽうでいうだろうが、さらに策はある。スマブラは女子にとっては無縁の世界だ。思いつきもしないだろう。

 どうだ、高木さん! この何重にも仕掛けられた罠を突破できるなら、突破してみるがいい!

 俺は不敵な笑みを浮かべながら勝利の瞬間を想像する。きっと高木さんは相当に悔しがるに違いない。では、そろそろ答えを聞くとしようか。

 

「――そろそろ高木さん、答えは出たかな?」

 

「うん、出ているよ。答えは、スマブラやるからでしょ?」

 

「なあっ!?」

 

 ば、馬鹿な!?

 一発でスマブラを導いただと!? なぜ女子と無縁の世界の言葉を出せるんだ……!

 しかしまだ俺には、生命線が残されている!

 

「……スマブラは正解だよ。し、しかし誰とやるかどうか答えなくちゃこの勝負に勝ったとは言えないよ」

 

「西片、それは無理があるんじゃない?」

 

 くっ……おっしゃる通りだ。しかし、勝つためにはどんな手を使ってでも……!

 良心がズキズキと悲鳴を上げているが、錦の旗を上げればよいだけのこと。とにかくこれは答えられないだろう……!

 

「まあいいけどね、答えるけど。木村君、高尾君、浜口君でしょ?」

 

「なああああああっっ!!!!?」

 

 そんな馬鹿なっ……!! 完璧にメンツまであっているっ!

 最後の砦が、あっけなく散らされていく音を聞きながら俺は静かに問う。

 

「な、なんでわかったの……?」

 

 俺の問いに高木さんは顎に手を当てて、それはねーと切り出す。

 

「まず西片が予定あるなって分かったのは、私が戻ってきたときには席を立っていた時。いつもだったら座って私のことを待つのに今日は立ってたから、私を見つけたらすぐに帰るつもりだったんだろうね」

 

 そ、そんなところまで見ているとは……。改めて俺は高木さんの観察力に脱帽する。脱ぐ帽子はないけれど。

 

「まあそれでさ、部活もやっていない西片が予定があるって言ったら遊びだよね。今日は西片が大好きな"100%片思い"や"爆裂サッカー"の発売日でもないから、考えられるとしたら友達とゲームして遊ぶってことかな。そしてゲームと言ったら今話題のスマブラだよね。女子だってそれくらいは知ってるよ」

 

 やられたっ……!! 

 確かにスマブラをやるのは男子だけれども、あれは確かにCMでよくやっていたから、女子が知らないってのも不自然だ……!!

 

「そして西片と遊ぶ友達っていったら、木村君、高尾君、浜口君、それに中井君だけど、中井君は今日真野ちゃんとデートだって真野ちゃんから聞いてたから、この4人かな。まあ浜口君は北条さんと遊ぶかもしれなかったから、あてずっぽうみたいなところもあるけど、スマブラは多ければ多いほど楽しいっていうし、こっちのほうが確率高いかなって思ってさ。――こんなところかな?」

 

 俺の思考そのまんまを言い当てられてしまった。俺は地面に膝をつき、負けを認めた。

 

「……正解だよ。高木さん。良く分かったね」

 

「まあね。西片のことなら私、何でもわかるから」

 

 えっ……それはどういうことだ? それは俺がわかりやすいとかそういうことか?

 高木さんはくるっと俺に背を向けて両手を組み、俺に報酬を要求してきた。

 

「さーて、何でもしてくれるって言ったし、どうしよっかなー?」

 

「くっ……」

 

 一体、何を要求されるんだ?

 俺は、体を強張らせて身構えた。恐らくは俺をまた恥ずかしがらせる奴なのか?

 しかし、高木さんの要求は、意外なものだった。

 

「じゃーあ、西片がスマブラ終わったら、私に教えてよ」

 

「……え?」

 

 一瞬思考がフリーズする。しかし、瞬時にその言葉の意外性に気づく。てっきり家にでも来いとでもいうのかと思っていた俺にとっては、拍子抜けするものだった。

 

「そ、それだけでいいの?」

 

「うん。終わったら私にメッセージ頂戴?」

 

「わ、わかった」

 

 とりあえず軽く済んでよかった。俺はそっと胸を撫で下ろし、高木さんとともに理科室を出ていった。

 その後学校から帰る道でも散々からかわれたが、スマブラ大会のことを考えてどうにか耐えた。そして家に帰ってきた直後に、俺は高尾の家までダッシュした。

 

 

 

 高尾の家につき、インターホンを押すと、見慣れた出っ歯男が出てきた。そして家に入るよう促され、高尾の自室に入ると既に、浜口と木村がお菓子を食いながら対戦を始めていた。

 

「おせーぞ西片」

 

「仕方がないだろ、西片は高木さんと帰るのが日課なんだから」

 

「に、日課ってなんだよ!? べ、別にそういうんじゃねえよ!」

 

 俺は少し顔を赤くしながらも、カーペットに座って二人の対戦を見守った。木村はキングクルール、浜口はスネークを使っている。木村がキングクルールを使っているのは、どうせガタイがでかい食いしん坊ってところに共感したからだろうか。浜口はやけに大人っぽくなることに憧れているから、渋い大人の代名詞を使っているようだ。試合は、3回場外に落ちたら負けの3ストック制で行われており、現在ともに残り1ストックの状態だ。木村のほうがダメージを多く食らっていて、浜口の勝利が近づいてきている。

 だが、程なくして木村のクルールが放ったドロップキックがスネークに刺さり、復帰できないところまで吹っ飛ばされてしまい、敗北した。

 

「あぁ……北条さんに大人っぽいところを見せたかったのに……」

 

 いえーいと大きな体を揺らしながら喜ぶ木村を浜口は、睨むように見つめた。スネークを使って勝てば、少しは北条さんの好きな、大人っぽい男になれるのではないかと、浜口は考えたんだろう。

 

「おし、じゃあ西片来たところだし4人で対戦しようぜ!」

 

 まあ何はともあれ俺も戦う番が来たようだ。高尾の提案に応と答えると、さっそくコントローラーを握り、キャラクターを選択した。

 

「へぇ、西片。お前勇者使えるんだな」

 

「最近出たばっかなのにすげえな」

 

「まあね。練習はしてあるさ」

 

 そう、俺が最近スマブラにおいて使っているのは、つい最近参戦した、ドラゴンクエストに登場する勇者だ。理由は単純、俺が大好きなアニメ"100%片思い"に登場するイケ男の声優・梶裕貴さんが、勇者の声を担当しているからだ!まあ担当している声優はほかにも3人いるが、俺が使うのはもちろん、梶さんがやっているドラゴンクエスト8の勇者だ。

 まあただ俺が100%片思いのファンだということは高木さん以外は知らないので、この理由はほかの人には説明できないが、特に聞かれることもない。

 高尾たちもどうやらキャラクターを決め終わったようなので、スタートボタンを押して対戦を開始する。ちなみにキャラクターだが、高尾はむらびと、浜口は今度はイケメン王子のマルス、そして木村はクッパを選んでいた。

 ロードが挟まり、いよいよ選んだキャラクターたちが"終点"に降り立つ。終点というステージは平たい台地のみの簡素なステージだが、一切の仕掛けもないので真剣勝負をするにはもってこいの場所だ。

 カウントダウンが鳴り、そしてGOと表示された瞬間各々が動き出し、暴れ始めた。

 

 その勝負は、操作する各々の個性が如実に表れていた。

 俺の勇者は、積極的に敵を倒しに行った。戦渦に巻き込まれようと正攻法で立ち向かった。一方、高尾のむらびとは離れたところからひたすらパチンコ玉やハニワを打ち続け、安全に攻めていった。それに業を煮やした木村が判定の強いクッパの攻撃でねじ伏せ、浜口はマルスの華麗な攻撃で弱った敵にとどめを刺していく。そして最後の切り札を発動させるためのアイテム、スマッシュボールが登場すると一斉にそこに群がり、欲をむき出しにして攻撃を加えていった。

 

 

 結果は俺が勝利した。正攻法で行く乱闘は弱いとされているが、チマチマ攻めていく高尾をみんな狙っていたこともあって、俺はあまり攻撃をされなかった。3人は悔しそうに表情をゆがめると、勝負を再び俺に挑んできた。俺はそれを見て、快感を覚えた。いつも辛酸を嘗めさせられている俺が、他人に嘗めさせているのだ。本来の相手こそは違うけれど、この光景は久しく見ることができなかった。

 俺はもちろん勝負を快諾し、その後も7割くらい俺が勝利を飾ってきた。ふっふっふ、どうやら俺はパワーアップしているようだ。

 かれこれ10試合以上連続でぶっ通し、さすがに4人ともつかれたということで解散になった。しかし試合は俺が結構勝ち越しており、メンタルは回復した。明日も繰り広げられるであろう高木さんとの勝負も、勝てそうな気がしてきた。

 と、その時に俺は思い出した。終わったら高木さんに連絡する約束をしていたのだ。男共がいるところで連絡するのも恥ずかしいので、高尾の家から離れたところで高木さんにメッセージを送った。

 

 

『高木さん、終わったよ』

 

 俺がそのメッセージを送るとすぐに既読を知らせる文字が現れ、返事がきた。

 

『そっか、お疲れ様』

 

『約束通りメッセージ送ったけど、何が目的なの?』

 

『西片と話したかっただけだよ』

 

『なっ!?』

 

 高木さんから笑いスタンプが送られ、俺はぎりっと歯を軋る。またからかわれてしまった! スマブラで勝ったというのに、なんというありさまだ、俺!

 

『それより西片、今私はどこにいると思う?』

 

『えっ?』

 

 ここで不可解な文章が送られ、俺は首をかしげる。いや、高木さんは家に帰っているに決まっている。だって俺と一緒に帰ったんだから。

 

『私が今いる場所を当てられたら西片の勝ちで』

 

『……わかった』

 

  しかし、勝負を仕掛けるってことは、高木さんは今別の場所にいるってことだ。考えてみれば、高木さんは、今日出かけないなんて一言も言ってない。では、どこにいるかを当ててみよう。

 高木さんは俺がメッセージを送った直後に返信をした。ということは、友達と一緒にいるということは考えづらいな。また、歩きスマホをするような人じゃないから、外を歩いているわけでもないだろう。

 ――てことは、考えられるとしたら図書館か。最近テストも近くなってきてはいるし、そもそも成績優秀者の高木さんなら、勉強をしょっちゅうしていてもおかしくない。

 Victory。スマブラで勝った今の俺は無敵だ、高木さんを吹っ飛ばしてやる!!

 

『答え、わかった?』

 

『ああ、わかったよ。答えは――図書館だ!!』

 

 

 

 

 

『は・ず・れ』

 

 

 

 

 

 な、なにぃ!?!?

 そんな馬鹿な、でも外に一人で出ていて、携帯をすぐに取り出せそうな場所と言ったら図書館くらいしかないはずだ!

 

『西片の予想はいいところ突いてたと思うよ。今の私の状況を考えたら確かに図書館でも正解だよね。でも、正解は――』

 

 勝負相手に褒められてもうれしくない。

 俺はため息をつき、次のメッセージで表示されるであろう正解を待つ。

 

 

 

 

 

 

 だが、俺が見た答えの文字列は、スマッシュ攻撃以上のインパクトがあった。

 

 

 

 

 

 

 

『――西片の家の中だよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 え。

 俺の、家の中?

 その言葉を理解するのに数秒かかった。いや、理解を拒もうとした。しかし、体は正直なようで、体温が一気に上がり汗が噴水のごとく湧き出てきた。

 

 

『え? ええ?? 俺の、家に?』

 

『そうだよ。今西片の家の中にいて、西片のお母さんとお話ししていたんだ』

 

 な、なんてことだ……高木さんが、お、俺の家に? しかも、母さんと話をしているだって!?

 高木さんって、恐ろしい……普通男の家に上がって、しかも親と話すなんてできるのか!? 俺をからかうためにやりすぎだろ!?

 とにかく早く帰らなくてはならない。俺は蒸し暑い空気を割くように猛スピードで走り、家にたどり着いて、風のごとく中へと入った。

 

「た、ただいま!!」

 

 俺の声にすぐに母さんが反応した。母さんはエプロンを羽織っているので、何かを作っていたようだ。

 

「あらおかえり。そういえば高木さんって子があなたを待ってたわよ。駄目じゃない女の子を待たせちゃ」

 

 やっぱりか。いやでもその言い方だと、まるで高木さんと遊ぶ約束をしていたように聞こえる。今日は高尾たちと遊ぶ約束をしていたんだけど……。

 

「高木さんはどこにいるの?」

 

「あんたの部屋にいるわよ。あんたまったく、こんなかわいい彼女捕まえて~、やるじゃないの!」

 

「か、彼女じゃないよ!! てか部屋に入れたの!?」

 

 母さん……あなたも高木さん以上にぶっ飛んでるよ。

 

「そりゃあリビングで待たせるわけにいかないわよ。とりあえず後で飲み物持ってきてあげるから、あんたは早く行きなさい」

 

「……わかったよ」

 

 とりあえず部屋に行って、高木さんと話そう。なぜこんなことをしたのか、聞かなきゃいけない。というか高木さん行動力ありすぎるだろう。いったい何が彼女をそこまで動かしているのだろうか。

 俺は階段をのぼり、自分の部屋のドアをノックする。人が入っているとはいえ、自分の部屋をノックする日が来るとは思ってもみなかった。

 数秒もせず、はーいと返事が来る。俺はドアを開くとそこには、ちょこんと座布団の上に座る、私服姿の高木さんがいた。白のワンピースを着ておりきめ細かな肌とよく合っている。近くに麦わら帽子も置いてあり、きっとあれを被って俺の家まで来たんだろう。何故だろうか、胸の奥がじんと熱くなっていく。

 ――いけない、こんなことをしていれば高木さんにからかわれてしまう。平静を取り戻して訊ねる。

 

「高木さん、なんで俺の家に来ているの……?」

 

「来ちゃいけないの?」

 

「い、いや来ちゃいけないとは言ってないけどさ、一言も言わなかったじゃないか」

 

「だって、西片に言うとだめって言いそうだったから。私、一度西片のお母さんとお話してみたかったし、勝負に勝ったついでにと思ってさ」

 

「つ、ついでって……」

 

「まあ西片が嫌だったら、私はここから帰るけど、どうする?」

 

 ……嫌、っていうわけではない。母さんがいないときにも、高木さんが俺の家に入ったことがあるが、特別嫌な思いはしなかった。今も別に苛立ちとか嫌悪といった感情は不思議と浮かんでこない。それに、外はかなり暑いし、追い出すのはかわいそうにも思えてくる。

 

「い、いや別にいいよ。嫌、とかじゃないし」

 

「そっか。じゃあお言葉に甘えて居させてもらうね」

 

 なぜか、彼女の笑顔がひときわ輝いて見えた。胸にじんわりと広がる熱を感じたが、俺はそれを無視して彼女に話しかける。

 

「と、とりあえず何して遊ぶ?」

 

「んー、そうだなあ。西片をからかうとか?」

 

「それはダメ!」

 

 いたずらに微笑む彼女に俺は叫ぶ。彼女はカラカラ笑って、冗談だよと言ってみせる。

 

「そういえば西片は、家にスマブラあるの?」

 

「え? スマブラ? うん、あるけどさ……どうして?」

 

「それ、一緒にやらない?」

 

 な、なんだと?

 女子がスマブラやりたいだって? 俺はてっきり男しかやりたくないと思っていた。それに高木さんはあまりゲームやらないし、意外だ。

 ――だが、これは高木さんに勝つことができる千載一遇の好機! 逃す手は、ない!!

 

「――ああ、いいよ」

 

「ん。じゃあはじめようか」

 

 俺はさっそくニンテンドースイッチの準備を始める。スマブラでは男子にだって負けることはない。女子でゲームをあまりしない高木さんには絶対に勝てる。

 俺はほくそ笑みながら、床に落ちているコードへと手を伸ばす。しかし、俺が触れたのはコードではなく、真っ白な手であった。

 

「え?」

 

 コードではない。あまりに柔らかく、それでいて心地よい熱を持っている。見上げるとそこには手を伸ばしている高木さんがいた。そして――今お互いの手が重なっている。

 大方、高木さんも準備を手伝いたくて、コードへと手を伸ばしたのだろう。俺はす、ぐに手を引っ込めようと脳から指令を出す。きっと高木さんは嫌がっている。だからすぐにでも重なっている手をどけるべきだ。

 けれど、手がなかなかいうことを聞いてくれない。それどころか、指がぴくぴくと動き出している有様だ。このまま何もしなければ、その華奢な手を包み込むことになる予感がする。

 手を握るって、それは恋人同士がやること。でも、俺たちは恋人同士じゃない。それなのに、なぜ――

 

「手、繋ぎたいの?」

 

 そこへ、彼女の甘い言葉が俺の耳を刺激する。からかわれてしまうので、何としてでも手を放したい。けれど――どうやっても離れない。まるで万力に固定されてしまっているかのようだ。

 

「い、いやそういうわけじゃ……」

 

「ふーん、じゃあ勝負しよっか。西片が手を離せれば、西片の勝ちで」

 

 そういうと、高木さんは俺の手をぎゅっと包んだ。

 握られた。女子に。

 その事実が、俺の体内温度を急激に上昇させていく。

 

「た、高木さん!? な、何を……!!」

 

「勝負だからねー。西片の手、あったかいや」

 

「……は、離してよ。俺たちその……」

 

「いやだよ、離したら私負けちゃうから。それにそんなに力入れてないと思うよ」 

 

 確かに力は入ってない。無理やり振りほどくことは簡単だろう。

 だが、不思議なことに振りほどこうとすることができない。高木さんの手が与える感触にすべてが支配されている。力ずくで離れるという選択肢が、甘い刺激で消されてしまっている。というか確かに、高木さんは力をそんなに入れていないし、彼女の全力なんてたかが知れている。ということは、俺が離れたくないのか?

 胸を打つビートが加速していく。二人を包む空気も緊迫していく。喉もからからしてきた。どうするべきか思考しようにも、頭は全くと言っていいほど回らない。もしずっとこのままだったら、俺たちはどうなるんだ?

 

「ね、西片。キス、してもいい?」

 

 え。

 世界は止まる。朱に染まった彼女が俺を、新たな領域へといざなう。つい俺は彼女の、水分豊かな唇を凝視してしまう。あ、あれに触れるのか? 出来るわけがない。俺なんかが、女子の唇になんて。

 でも、拒む言葉を発することも叶わない。体全体が、拒否させまいと強く主張するように喉に蓋をする。

 沈黙は肯定の証。そうとったようで、高木さんの体が徐々にこっちに迫っていく。縮まる速度こそ遅いが、しかと俺は感じていた。彼女は俺にキスをするつもりなんだ。目的なんてわからない。一体どうすればいいかわからずに俺はただそこにとどまる。

 彼女の整った顔が視界を覆いつくしていく。そして、俺の頬に両手が伸びていく。いよいよ捕まえられるんだ。俺はただ体を強張らせ、瞳を閉じて待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 コンコン。

 

 

 

 

 

 しかし、突如襲い掛かってきたノック音で俺は瞳を開けた。その時には高木さんは元の位置に戻っていて、いつものポーカーフェイスを浮かべていた。

 そしてドアが開き、俺の母さんがお菓子とジュースを持って入ってきた。

 

「おじゃまするわね。お菓子とジュース持ってきたから」

 

「ありがとうございます」

 

「ありがと、母さん」

 

「いいのよ、じゃあね」

 

 母さんはそそくさに部屋を出て、下に降りて行った。

 沈黙。俺は冷え切った空気の中でひしひしとそれを感じていた。

 それはそうだ。キスをする雰囲気だったのに、それを母さんが邪魔したからだ。けれど、これでよかったかもしれない。俺たちは別に付き合ってるわけでもないし、キスするほうがおかしかったんだ。だから、母さんはむしろいい仕事をした。

 でも、なんだろうか。どうしてこうもぽっかりと穴が開いたような感じになるんだろうか。すごく、もったいなく思えてくるのだ。

 

 

 

「手」

 

 ふと、高木さんの声がした。俺は彼女のほうを見ると、ある一点を見つめていた。その一点を見ると――俺と高木さんは、未だに手を重ねていた。

 

「私の、勝ちでいい?」

 

 そういえば俺は勝負をしていたことを忘れていた。手を離せれば俺の勝ちというルールだけど、俺は手を離さなかったから負けだ。潔く認めるべく、うんと頷いた。

 

「そっか。じゃあ、スマブラしよっか」

 

「え?」

 

 正直この雰囲気の中でスマブラする気が起きなかった。まだ胸はドキドキと鳴り続けているし、あの時のことが鮮明に脳裏にこびりついている。

 

「だって、西片このままずっとゆでだこになっちゃいそうだしさ。それに何もしないわけにはいかないでしょ? とりあえずやろっ」

 

 彼女はそういうと、いつものように笑顔を浮かべた。

 そうだ。彼女がいつも通りなら、俺だっていつも通りにならないとな。俺は息を吸って落ち着かせ、分かったと答えると準備を再開させた。

 

 

 

 

 

 

 程なくして、スマブラの準備が整い、今はキャラクター選択の画面に来ている。

 

「そういえば高木さんはスマブラをしたことがあるの?」

 

「うん、従兄としたことがあるよ。教えてもらってるから、操作説明は大丈夫だよ」

 

 従兄か。俺はなぜかこの事実にほっとしてしまっている。けれどそれに関しての解明はスルーすることにして、そうなんだと返した。

 

「ルールはとりあえずストック制でアイテムあり、戦場でいい?」

 

「いいよー。なににしよっかなー」

 

 高木さんはぐりぐりとスティックを動かしてキャラクターを選んでいる。俺はつい彼女の手元に、目線が吸い寄せられてしまう。しかしどうにか俺は画面を向き、勇者を選択した。

 

「へー、西片勇者使うんだ。かっこいいね」

 

「まあね、この勇者好きだからさ」

 

「ふーん、てっきり私は、100%片思いのイケ男の声の人が声優やってるから、だと思ったんだけど」

 

「なっ!? そ、そんなことはないよ……うひゃぁっ!?」

 

 突如俺の弱点である脇腹を攻撃され、情けない叫び声を上げてしまう。

 

「や、やめてよ高木さん!」

 

「嘘つくと脇腹ズドンだよ?」

 

「くっ……早く選んでよ高木さん……」

 

「そうだなぁ、じゃあ私はこれにしようかな」

 

 高木さんが選んだキャラクターは、ピーチだった。彼女はお姫様であり、確かに高木さんにはぴったりかもしれない。ゴツイキャラクターよりはずっと似合ってる。俺はとりあえずスタートボタンを押して、対戦を開始させる。

 

「西片、この大戦に勝ったほうは何でも命令できるってのはどうかな?」

 

 ――彼女から仕掛けてきたな。俺はふっと笑いながら、承諾した。

 

「ああ、いいよ」

 

 だが、計算が甘いよ。高木さん。

 確かに従兄とやれば初心者ではないし、勝てなくはないかもしれない。しかし、従兄とやったとはいえ、俺よりはプレイ時間は短いはずだ。そんな中、ピーチを使うのはあまりに無謀と言わざるを得ない!

 ピーチは浮遊しながら空中攻撃を使って攻めていくトリッキーなファイターだ。操作も複雑で、立ち回りもほかのキャラと結構違う。そんなキャラを使いこなせるわけがないんだ……!

 悪いよ、高木さん。俺はゲームでは、女の子だからと言って手加減はしないんだ。せいぜい無様に負けるがいい!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ、三タテされた……」

 

 三タテ、すなわち一ストックも奪われずに相手に勝利するということをやってのけた高木さんは、キャッキャと喜んでいた。それから6戦くらいしたけど、最初と最後は三タテされて終わってしまった。

 なぜだ、何が起こったかわからない。ピーチの動きがまず、見たことがないものだった。こちらが攻撃を仕掛けても躱されて、逆に的確に隙を突いて手痛い一撃を浴びせてくる。地面から野菜をポンポン投げてくるので近寄れないし、攻撃が通って吹っ飛ばせたとしても簡単に戻ってきてしまう。まるで、俺の手の内をすべて読んでいるかのような動きだった。

 

「た、高木さん……もしかしてソフト持ってるの?」

 

「んーん、持ってないよ。でも従兄にピーチの動きは大体教わったし、西片の動きは大体わかるから」

 

 人読みか!? 高木さんと初めてゲームしたのに……。

 女子に負ける日が来るとは思ってもみなかったので、俺は手のひらを床についてため息をついた。

 

「さて、負けた罰ゲームだけど、なにしてもらおっかなぁー」

 

「ぐっ……」

 

 高木さんは俺に悪戯めいた笑みを見せると、背を向けた。こうしてみると、高木さんの体って本当に細い。でもそれがなんかかわいく思えてきた。

 湧き上がってくる劣情を振り払うように、首を振って彼女の宣告を待った。

 

「そうだ、西片。今度私の家で遊ぼうよ。それが罰ゲーム」

 

 え、今なんて言った?

 高木さんの家に、俺が??

 言葉のインパクトが強すぎて、俺はしばし硬直してしまう。

 

「えっと、高木さん……なんで?」

 

「だって、西片の家ばっかりに行ってて不公平じゃない? たまには私の家でもいいと思うんだけど。――それとも西片、私の家でやらしーことでもするの?」

 

「す、するわけないだろ!」

 

「じゃあいいじゃん。今度の日曜は空いてる?」

 

「う、うん……空いてるけど」

 

「じゃあ朝10時に私の家ね」

 

 言葉を挟む間もなく、次の予定が決まってしまった。ただ、なぜか嫌な気はしなかった。どうせそこでもからかわれるなんてことは解っているのに……。

 

「じゃあ、私そろそろ帰るね」

 

「う、うん。じゃあ玄関まで送っていくよ」

 

「ありがと」

 

 そういうと高木さんは立ち上がり、俺も彼女を送るべく、立ち上がる。

 だが――突如、俺の足がしびれた。長時間床に座ってしまったが故に起こる現象だが、膝が悲鳴を上げてバランスを崩し、俺は前のめりになってしまう。その先には立ち上がったばかりの高木さんがいた。

 まずい、彼女の前には壁がある。俺がぶつかってしまえば、彼女は勢いよく叩きつけられてしまう。だが、彼女を避けられる余裕はない。

 

「くっ……!!」

 

「あっ」

 

 

 俺はとっさに彼女の体へと腕を伸ばして抱きかかえると、勢いよく体を捻って壁への衝突を避けた。そして、俺の体が下になり、どすっと鈍い音と共に床へと叩きつけられた。

 

 

 痛い。

 背中から落ちて叩きつけられたのだから、それは当然だ。

 でも、俺は――それ以上の感覚に支配されていた。

 背中にじんわり広がる、痛みの熱よりも、彼女を抱えている手の熱よりも――

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の唇に伝わる全ての感触が、俺の思考能力を奪っていた。

 目に映るのは、珍しく驚愕の表情を見せる高木さんの顔。

 彼女の整った顔が俺の視界を覆いつくす。女の子独特の甘い匂いが、俺の鼻腔を強く、心地よく刺激し、そのまま溺れてしまいそうになる。そして彼女から伝わる肉感が、俺の何かを狂わせ始めた。

 なんだ、これ。

 俺は、高木さんと、何をしているんだ?

 

 

 

 

 

 

『あれ、なんていうんだっけ――』

 

 

『カップルが愛情表現のために、唇と唇をくっつけるやつ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キス。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今俺は、高木さんと、キスをしているんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 いや、それは違う。これは事故。俺たちはカップルじゃない。愛し合ってもない。ただの、友達――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも、なぜだろう。抵抗したくない自分がいる。

 キスが与えてくれる感触を、もっと味わいたい自分がいる。キスの味を、知り尽くしたいと思う自分がいる。このまま貪って、彼女の唇が与えてくれる全てを、味わい尽くしたいとすら思ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 でも、だめだ。きっとそれは高木さんが嫌がる。

 俺は、わずかに残された理性を振り絞って、彼女から離れようと力を込める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だけれども、とっさに俺の体に、彼女の腕がするりと巻き付いてきた。力こそは弱いが、不思議と絶対に振りほどけないと感じさせる。

 俺は逃れようと必死に体を揺らすが、逃がすまいと彼女の腕に力がさらに込められる。このままでは狂ってしまう。俺が俺でなくなってしまう。違う世界へと、トリップしてしまう。そんな、恐怖と甘美に満ちた感情が俺を飲み込む前に、何とかしたかった。

 

 

 

 

 

 

 でも――もし仮にこの時間がずっと続くのだったら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の腕は正直だった。

 彼女の細い体を優しく抱き留め、俺の方へと寄せた。熱がより一層俺の全身に伝わり、細胞一つ一つがオーバーヒートを起こしかけているが、もうどうでもいい。もう、この時のためならば、死んだっていい。

 俺と彼女は瞳を閉じて、互いを感じあっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 永遠とも思える時間が過ぎ、ようやく彼女の唇が、俺の唇から離れた。長いこと互いに息をしていなかったので、呼吸がつい荒くなる。長いことキスをしてたせいか、高木さんの唇が艶を放っている。危うくまたも劣情が沸き起こるところだった。

 

 

 

 息が整い、呼吸音が弱くなったところで、俺たちは互いに見つめあった。未だに心臓が鳴りやまない。高木さんに声をかけられない。甘く、熱い沈黙が二人を包む中、高木さんはそっと笑顔を浮かべながら口を開いた。

 

 

「――キス、しちゃったね」

 

 いつもに比べて小さめの声量で、独り言のように呟いた。

 

「……」

 

 俺は黙っていた。否定しようと思った。でも、出来なかった。だって――あんな全身を支配するような衝撃をもたらすものは、俺の今まで歩んできた人生の中では、存在しなかったから。形容ができないのだ。

 

「――西片。私、帰るね。また、連絡するよ」

 

 そういうと、高木さんは立ち上がって部屋のドアノブをひねり、出て行ってしまった。見送りに行こうと俺も立ち上がろうとするが、腕に力が入らない。何もできずに俺はただ、足早に出ていく彼女の後ろ姿を見つめただけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高木さんが帰った後、母さんから何故見送らなかったのかと責められたが、そんなことは頭に入らなかった。気を紛らわすためにスマブラでコンピューターと対戦したけど、駄目だった。唇に残り続けている、あの感触が消えることはない。俺はつい唇を触って、あの感触を思い起こそうとしていた。

 

「……そういえば、次の日曜高木さんと会うんだった」

 

 そう一人で呟いてみる。すると、ドキッと心臓が跳ねる音がした。100%片思いのヒロイン・キュン子がイケ男にメロメロになっているときに使われる効果音だけれども、まったく同じような感じがした。俺は、高木さんにドキッとしてしまっているのだろうか?

 いや――これはキスのせいだ。きっと、キスがそうさせているんだ。俺は高木さんのことを好きになる、なんてことあるわけがない。高木さんはあくまでライバルなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも、もう一度だけ叶うなら――キスの味をもう一度だけ、味わいたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな思いが、ポツリと俺の胸の中に生まれていたのであった。

 

 

 

 

 




原作の雰囲気を出そうとしましたけど、やっぱり難しいですね。キスまでいっちゃうのはまずかったかな?
ここまで読んでくださった方ありがとうございます。


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