一話 崩壊
西暦二〇一八年、七月某日。
青い空の下、声が響いている。
命を絞り尽くすような声だ。
己の全てをかけて、希望を掴み取ろうとしている。
敵は数万、こちらは一人。
諏訪という小さな土地を守ろうと足掻く、少女の声だった。
「まだよ、まだ終わらせない・・・・・・っ!」
数万の敵に向き合い傷ついても、少女は涙の一滴すら流さない。
「うたのん・・・・・・」
そんな少女の代わりに、その傷つく姿に涙を流す少女もまた一人。
最後まで一緒だと誓い合い、戦いに赴く少女の行く末を見守る唯一の親友。
覚悟を決めて尚も少女が傷つく姿に涙を止められない、少女がいた。
「がんばって・・・・・・うたのん・・・・・・」
何もできない無力を噛みしめながら、彼女は戦い続ける少女を見守っていた。
せめて戦いの中、心が弱った時に一人ではないと思ってくれるようにと。
親友の無事をただ、必死に祈り続けていた。
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「いやー、熱くなってるねー」
そして、そんな二人を眺めて楽しんでいるのがボクである。
いやホント、絶望的な状況に立ち向かう美少女って絵になるよね。
神の裁きを受け入れない愚か者が二人いるだけなのにさ。
公園に住み着いた野良犬が保健所に噛みつく光景に熱くなるなんて。
「ホント、バカみたいだよねー」
でも、やっぱり美少女って正義だよね。
何か勘違いした
そこに美少女がいると、ボクはついつい目を引かれちゃうんだ。
「がんばって、うたのん・・・・・・」
戦いを見守ってる子も、表面だけ眺めるとバカみたいだよね。
二人がどういう約束を交わして、そうしているのを知らなければ、ホントにね。
どうして非戦闘員がわざわざ危険な所で無防備に立っているんだ、って気分になるよね。
案の定、敵に目を付けられて襲われているし。
戦い続ける子の足手まといにしかなっていないようで、戦い続ける為の心の支えとしては欠かせない存在になってるあたり、この二人がよくぞ三年間も戦い続けたって気分になるよ。
あ、敵がすり抜けた。もうちょっと見ていたいから援護射撃しよ。
よしよし、持ち直した。
ちなみにボクは、美少女が曇ったり泣いたりするのが大好きな、ありふれた褐色美少女だよ。
今はちょっと正義面した神を嘲笑したり、美少女の悲痛な表情を眺めて遊んでる最中だ。
あ、戦ってる子の腕がもげた。しょうがないなぁまったく。
よしよし、ボクの腕をあげたせいで片腕だけ褐色になったけど、とりあえず生えた。
そういえば、戦ってる子が畑で育てている野菜が収穫時期なんだよね。
明日か明後日か、人を集めて収穫しないと熟れ過ぎちゃうよ。
トマトを保存するビンとか色々足りないのはどうする気だろう。
あ、なんか諏訪の結界が崩壊してる。しょうがないなぁもう。
よしよし、とりあえず正面の敵は一掃できた。
結界はもう直らないけど仕方ない、寿命だ寿命。
それで何の話だっけ。
そうだ、トマトの保存方法の話だった。
ドライトマトにすれば多少は保つかな。
だけど、水分の多いトマトを乾かすなら火が要るよね。
お、敵が撤退してる。ダメージ大で、作戦会議かな。
あの子達はひとまず生き残ったのかな。
うん、生えた腕とかイロイロ気にしてるけど、元気そうだね。
さて、野良犬を庇う愛護団体の結界も無くなって絶望的になったわけだけど、どうするのやら。
人間らしく泣き喚いて、大喧嘩とかするのかな。
それとも生存者を引き連れて、無謀な避難計画でも立てるのかな。
実に楽しみだ。
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白鳥歌野は褐色に染まった腕をじっと見つめた。
バーテックスに食い千切られたと思った途端に生えてきた腕だ。
まるで自分の物ではないようにひとりでに動き出した。
そして、空間が歪むような力を発揮し、数千のバーテックスを一振りで消し去ってしまった。
「うたのん・・・・・・。ごめん、諏訪の神様の神託は、やっぱり無いみたい・・・・・・」
歌野にバーテックスと戦う力を授けた、諏訪の神の仕業でもないらしい。
「そう・・・・・・。ありがとう、みーちゃん」
いや、最初から分かり切っていた話だ。
歌野の親友、巫女の藤森水都は、昨日のうちに最後の神託を受けていた。
そして最後の神託で、諏訪の神自身が告げたのだ。
諏訪はバーテックスと人類の戦いにおける戦略的な捨て石にされて、もはや生き残る道は無い、これまでご苦労だったと。
だから、歌野は自分に代わってバーテックスと戦う事になるだろう四国の友人へ向けた遺書まで書いて、畑に埋めておいたのだ。
「どうしよう、うたのん・・・・・・」
「諏訪の皆は、四国を目指すと言ってるわ」
「四国・・・・・・」
水都の言わんとするところは、歌野にもわかった。
諏訪と同じように神々からバーテックスと戦う力を与えられながら、諏訪に何ら支援せず、ただ我が身を守る為の準備を進めていた四国に対して、水都はあまり良い印象が無いのだろう。
とはいえ、他に行く宛が無いのも事実なのだ。
水都もそれをわかっているから言葉を飲み込んだのだろう。
「ごめん、みーちゃん。皆、すっかりその気になってるみたいで」
「そんな、うたのんが謝る事なんて無いよ・・・・・・!」
歌野も周囲に促されなければ、このまま諏訪に残っていたかもしれない。
「皆が、静岡の港に船を隠してあるから急いで逃げようって」
「そんな準備万端なの!? っていうか、静岡って山の向こうじゃ・・・・・・」
「えぇ・・・・・・最近、畑仕事に来ない人が増えたと思っていたけど・・・・・・」
だが、諏訪住民らは歌野達に秘密で結界の外へ出て、逃げる準備を進めていたらしい。
準備を進める中、バーテックスと遭遇して、危険を知らせる狼煙を上げたきり帰って来なかった住民も多いと言われると、歌野も皆の気持ちを無碍にはできなかった。
そして、褐色の腕を眺めていると、歌野は思ってしまうのだった。
どうしてもっと早く、この力が手に入らなかったのかと。
「行きましょう、みーちゃん。四国へ」
しかし、生きてさえいれば、きっと皆の無念を晴らす日も来るだろう。
そう信じて、歌野は守り続けてきた土地を捨てる覚悟を決めた。
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うわぁ、なんかとんでもない事やり始めたよ、あいつら。
乗れる船の大きさ毎に、グループ分けして避難とかよく言うよ。
船を操縦できる大人以外、子供だけのグループに歌野とみーちゃんを混ぜた時点で分かったけど。
諏訪の連中、自分達を囮にして子供達を逃がす気だこれ。
あわよくば、ぐらいしか生き残る気が無いわこれ。
えー、そういう自己犠牲、ボクあんまり好きじゃないんだけど。
人間ってもっと自分勝手で、基本ろくでなしじゃん。
それで美少女にしわ寄せが行って、泣かされるのが定番でしょ?
こういう自己犠牲に、後になって気づいた美少女が曇る展開も有りだよ?
だけどさぁ、何か一歩足りないっていうかさ。
あー、もう、萎える、すっごい萎える。
不自然に子供達を死なせて曇らせたくなる。
歌野の腕を操って、良い感じに数人殴り殺させようか。
あ、それいいかも。自分で言っておいてなんだけどナイスアイデア。
うんうん、そうしよう。
それでもって、死ぬつもりだった親が生き残って、四国で合流。
どうしてうちの子を殺したって親に責められた歌野が曇る感じで。
よーし、まずは大きく拳を振りかぶって・・・・・・。
はぁっ!? ちょ、なんでノータイムで手首パージしてんの!?
歌野さ、プラモじゃないんだよ、人間の腕って。
そんな手首、鉈であっさり落とせる物じゃないでしょ。
腕が勝手に動いたからって、普通はそうしないでしょ。
引くわ、ドン引きだわ。
勇者っていうかキチガイだわ。
あーあー、出血性ショックで死ぬわ。仕方ないなぁもう。
ふぅ・・・・・・。うん、みーちゃんの動転が面白かったから良いか。
歌野の血液で血塗れのみーちゃん可愛いし。
なんだかヤンデレが恋人を刺した後みたいで、マジ笑える。
だけど、これで元諏訪住民が二人の曇りネタになるのはわかった。
なるべく沢山生かして、沢山曇らせる材料にしよう。
うん、そうしよう。
せいぜい、四国までの道のりを楽しむ事だよ。
四国についたら、諏訪を見捨てた連中が待ちかまえているんだから。
人間は些細な理由で信じられないほど残虐になるからね。
きっと辛く苦しい目に遭わされるんだろうなぁ。
そうだよ、焦ることはないのさ、ボク。
どうせ焦らずとも人間同士でギスギスして、美少女は曇るんだ。
生きる事は辛い事、結果は分かり切っている。
坂道を転がる石のように、美少女は曇るんだ。
だから、ボクは別に悔しくなんかない。
今は歌野の血に塗れたみーちゃんの醜態を眺めて満足なのさ。
あ、こいつらはボクの玩具だから、追撃してきたバーテックスくん達ちょっとごめんねー。
(つづく)
改変箇所:諏訪崩壊が九月から七月になる。
原因:バーテックスが焦る何かがあった模様。