勇者達が邪神の玩具にされる話   作:黒歴史ノート

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十話 不敵な笑み二つ

「おぉー・・・・・・」

 

 自然と見上げる形になる偉容に、秋原雪花は思わず感嘆の声が漏れた。

 遠目にも巨大だったが、近づく程に引力が強まると言うべきか。

 雪花の心は、すっかり眼前の構造物に囚われてしまっていた。

 

「お城じゃないけど、なんだか感性が変わりそうだにゃあ・・・・・・」

 

 旭川のカムイコタンから西へ数十キロの日本海。

 遠浅の沖に浮かぶソレは雪花の目に、まるでおとぎの国から出てきた物のように燦然と輝いて映っていた。

 バーテックスに破壊された旭川の風景、月日が過ぎる中で自然に飲まれていく人類文明の残滓を見届けてきた雪花にとって、バーテックスの脅威が蔓延る危険な海を渡ってきた、護衛艦の偉容はあまりに眩しすぎた。

 

「すげぇ・・・・・・」

「俺、知ってるぞ! 海上自衛隊の・・・・・・あぁ、くそっ名前が出てこねぇ・・・・・・!」

 

 雪花だけでない、旭川住民も同じ気持ちだろう。

 数日前、旭川の空にヘリがやって来た時も、旭川中でどよめき混じりの歓声が上がった。

 旭川郊外の空き地へ降り立ったヘリから現れた、自衛隊制服を着た男性数名と、白い勇者装束の少女が告げた、明後日には日本海の沿岸に船がやって来るから、できれば全住民がそれで四国まで来てほしいという要請にも、戸惑いの後に大きな歓声が上がった。ちなみに旭川住民の反応が一様だったのには、まとめ役の及川さんが口癖のように「旭川はもうダメだ」とあちこちで口走っていたおかげで、旭川住民の大半がとうに荷物を纏めて自分だけでも助かってやると逃げ出す準備を済ませていたなんて笑えない背景もあったのだが、まさか及川さんが旭川の役に立つ日が来るとは、流石の雪花でも予想だにしなかった。

 

《雪花、カムイも四国の土地神達に合流するから、忘れ物をしたからって戻って来たらダメだよ》

「忘れ物かぁ。家族の遺影ぐらいだよ、持って行く物なんてさ」

 

 そして、カムイの精霊の言葉に、雪花は苦笑した。

 カムイコタンでは物資の消費が激しく、包帯や衛生用品の代用として使われてしまった衣類や、燃料不足の時に燃やしてしまったファッション雑誌など、雪花が平和を享受していた頃の宝物の多くは、三年間のうちに失われていた。

 

「ゆーしゃさま!」

「お・・・・・・?」

 

 とはいえ、雪花はそれを気にはしていない。

 最先端の服とて、三年も経てば陳腐な服に早変わりだ。

 

「えっとね、えっとね・・・・・・!」

「どうしたのさ、お婆ちゃんとはぐれたの?」

 

 そんな事より、雪花は声をかけてきた女の子に視線を合わせる。

 三年間、なんだかんだと雪花に懐いてくれた子だった。

 そして、もう過ぎた話だが、雪花は戦況が危うくなったらカムイコタンを切り捨てて自分の命を優先しようと考えていたのに、こうやって子犬のように懐いてくる子がいるから、結局クールになりきれなかったのだ。

 

「えっとね・・・・・・さんねんかんみんなをたすけてくれて、ありがとう!」

「・・・・・・どういたしまして」

 

 しかし、おかげで雪花の心には新しい宝物ができた。

 雪花はくじけそうになっても、この子を見捨てずにバーテックスと戦い抜いた。

 そして、ありがとうと言われた。

 それだけで、雪花は三年間の苦労が報われた心地になった。

 

「そうだ、忘れ物とか無い? 大事な物を忘れたら大変だよ?」

「ゆーしゃさまにありがとうっていえたから、だいじょーぶ!」

「あーもう、可愛いなぁ、こいつめぇ・・・・・・!」

 

 目から感情が溢れ出てしまったが、今だけなら許されるだろう。

 やがて女の子の家族が迎えに来て、手を繋いで去っていくのが名残惜しかったが、これからは安全な四国の何処かで元気に暮らして行くだろう。

 

「ゆーしゃさま!」

「お、まだ何かある?」

「しこくにいったら、わたしもゆーしゃになるね!」

 

 だが、そう思っていた所にとんでもない爆弾を投下された。

 

「イヤイヤ、危ない事はやめときなって! マジで本気で!」

 

 雪花は思わずキャラを壊しながら、必死に説得してしまった。

 

「やだ! ぜったいなるもん!」

「天使が反抗期!?」

 

 おまけに雪花を尊敬してくれていた女の子のガッツである。

 どうしてそんなに勇者になりたいのか。こんな辛い役目は無いのに。

 

「ゆーしゃになったら、ゆーしゃさまをたすけられるもん! だから、またねー!」

「あ、あはは・・・・・・」

 

 だが、そう言われてしまうと、雪花は笑う事しかできなかった。

 そういえば、護衛艦に乗り込んでいた巫女が言っていた気がした。

 別の土地にいた頃は何もできなかったが、四国に来てから才能に目覚めて活躍している巫女がいると。

 だからこそ、こんな大きな船を動かしてまで四国外の生存者を集める意味があるのだろう。そして、北海道の誰かが四国へ行ってから勇者の才能に目覚める可能性も、十分あるに違いない。

 

「つまり、あの子が勇者になるより前にバーテックスの数を減らして、戦況を良くしておく必要があると・・・・・・。人使いの荒い子だにゃあ・・・・・・」

《嬉しそうだね、雪花》

「うん、まぁね」

 

 だが、四国がそれほど勇者を欲している現実も無視できない。

 おそらくだが、全体的に戦況は良くないのだろう。

 カムイコタンの数千人を守る事すら雪花一人ではキツかったのだ。

 その千倍以上の人口を抱える四国へ押し寄せるバーテックスの数を想像すれば、雪花がどれだけ頑張っても頑張りすぎという事は無いだろう。

 

「まぁ、出来る範囲でやらせてもらいますよっと」

《過労死しないでね?》

「いやいや、私はそんな真面目な勇者じゃないからね?」

 

 北海道を旅立つ雪花の想像する、四国は楽園ではない。

 しかし、どこへ行こうと雪花の心には三年分の自信があった。

 一人ではない、雪花は自然と不敵な笑みを浮かべていたのだった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 護衛艦の甲板に、とりあえず腕を組んで立ってみる。

 土居球子はやる事が無かった。

 

「おーい、歌野ー。何か見えたりするかー?」

「ぐるっと見渡しても、完璧にピースフル。敵影はゼロよ」

「そっかー、うん、平和なのは良い事だよなー」

 

 艦橋から周囲を警戒している歌野と比べて、球子は立っているだけ。

 北海道住民の乗り込みが終わるまで動かせない護衛艦にバーテックスの攻撃があるだろうと待機していたのに、完全な肩すかしを受けていた。

 

「伊豆を通過するときは、あんなに激しかったのになー」

「そうね、大型も出てきて、コンビネーションプレーが決まったのは本当にラッキーだったわ」

「伊豆の奴は、獅子座と比べて攻撃が遅かったからなー」

 

 伊豆諸島の大型バーテックスは"乙女座"と呼称された。

 爆弾を大量に発射してきたが、杏のボウガンで迎撃できる連射速度だった為、杏に護衛艦を任せて、球子が歌野を乗せたタンデム飛行で交戦したのだが、乙女座との戦闘はわかりやすく球子達の課題を浮き彫りにした。

 歌野の鞭が、乙女座にまるで通じなかったのだ。

 結局、歌野の腕で空間ごと削り取り、かろうじての勝利となった。

 

「ヤバい奴か、何も無いかの二択って神経が疲れるよなー」

「帰りも伊豆までは安全でしょうから、球子もよく休んでおくと良いわ。スクランブルで奥の手を使って、ベリータイアードでしょ?」

「た、タイヤ・・・・・・? まぁ、ちょっと帰りはのんびりするかな」

 

 まともな戦闘は鳴門海峡と伊豆諸島の二回だけだった。

 それでも球子には疲労があり、やはり奥の手は危険なのだろう。

 出発する前に若葉から奥の手のリスクを聞かされていなければ無理をしていたかもしれないが、無理は禁物だと球子は自分を戒める。

 そして、安全に北海道に辿り着いた幸運を再確認するのだった。

 

「杏はいろいろ難しい事を言ってたけど、本当にチャンスだったんだな」

 

 球子はよく知らないが、杏は今回の航海を次のように分析していた。

 曰く、今回の航海で出くわした大型がどちらも遠距離攻撃を好んだあたり、中距離の範囲攻撃で星屑の群れを消し去ってしまう歌野の腕という脅威、静岡から四国への撤退時に見せつけたそれがバーテックスに影響を与えたのは間違いない。そして、星屑による制海権の確保からの代替手段がまだバーテックス達の間で見つかっていないのかもしれない、と。

 通常の融合体にも遠距離攻撃を得意とするタイプはいるが、中途半端な連射能力では歌野の腕による範囲迎撃を突破できないどころか削り取った空間の距離がゼロになる性質から、即座に肉薄、撃破されてしまう。

 乙女座はその点、肉薄された際に近距離戦闘もこなせる性能をしており、しかし、それほど高性能なバーテックスの量産は難しいのだろう、今回の航海のように警戒の隙間が出来てしまい、自分達はそこをくぐり抜ける事ができたのだと、杏は分析を締めくくっていた。

 

「歌野の腕って、ホントに反則だよなー・・・・・・」

 

 杏も言っていた、歌野の腕が戦略レベルで成功の鍵だったと。

 

「今のところメリットしか表に出ていないから、そう言えるのよ」

「あー、ひなたがいっつも殴りかかられているもんなー」

「その程度で収まってくれたら、上里さんには悪いけどラッキーよ」

 

 ちなみに、歌野の腕は航海に出てから、ひなた不在のせいか大人しい。

 だが、それも歌野に言わせればいつ動き出すかわからず怖いという。

 言われてみればその通りだと、球子もうんうんと頷いた。

 

「そいつは何がしたいんだろうなー?」

「そうね、私達への嫌がらせをしたいと言いつつ、大した事はこれまでしていない・・・・・・。何か反動が無いと良いのだけど・・・・・・」

 

 歌野が微かに表情を曇らせて、腕をそっと手で押さえる。

 球子はとりあえずいつでも飛び立てるよう、武器の旋刃盤を撫でるのだった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 む、歌野がなんだか曇った気配がする。

 珍しい、歌野の曇り顔なんて激レアじゃん。

 だけどどうしよう、沖縄のみーちゃん二号ちゃんも見ていたい。

 ハーゲンダッツとスーパーカップ、どちらも甲乙付け難い。

 

「あの、乃亜さん・・・・・・?」

「んー、何かな?」

「なっち・・・・・・棗様はこれからどうなるんでしょう?」

「おー、いきなりそれ聞いちゃう? 確信に突っ込んじゃう?」

 

 うん、やっぱりこっちが良い。古波蔵棗の元同級生にしよう。

 哀と勇気だけが友達さ、と言わんばかりの表情が本当に素晴らしい。

 

「棗は最後まで沖縄に残るつもりだよ」

「うまく説得して、一人だけ脱出とかは・・・・・・」

「棗が? 無い無い、アイツってば沖縄で死ぬ気満々だもん」

 

 この子だって、それなりに棗の事を知っていればわかるだろうに。

 いやまぁ、ボクも沖縄に来てから理解したんだけど。

 いや、それはさておき、友達としては棗に生きてほしいんだよね。

 こんなに危機感が満々なのに脱出しなかった事からもわかるよ。

 棗を一人きりにしたくないから、一緒にいたパターンだよね。

 素晴らしい、パーフェクトみーちゃんパターンだよ。

 

「沖縄の海を守るとか、あれはいっそ呪いだね」

「呪い・・・・・・?」

「生まれた土地を離れたくない、安心できる場所にずっと居たい、クールに見えて、棗はそういう甘えが強いんじゃないかな。母なる海、妣が国、ニライカナイ、海は生前の魂が安らぐお母さんの国だから、甘えん坊な子供を手放さない性質を持っていて、棗は海に好かれちゃったんだろうね。人間の母胎から生まれてからすら、七つまでは神のうちと言うくらい、執念深く子供を取り返しに来るお母さんに」

 

 良い曇り顔に免じて、棗が沖縄から逃げられない原因を一つ教えてあげよう。

 

「棗は小学三年生の頃から海の声がずっと聞こえているって話だよね。それって、お母さんの声がいつも聞こえる子供みたいな物で、いつもあっちに引き寄せられてしまう状態なんだ。海の声に本能的に安らいでしまうのは避けられなくて、甘えん坊の棗はついつい海に引き寄せられてしまう。棗をこちらへ繋ぎ止めているのはキミみたいな生きている人間の呼び声だろうから、誰もいなくなれば棗は海に抱かれたまま、どこにも行かなくなるだろうね。棗は一人で沖縄を長く離れられるほど自立していないのさ」

 

 おまけに人間の声というのは、海の呼び声に比べるとバラバラで弱い。

 現状では棗はいくら四国に呼ばれようと、海に抱かれる安らぎを求めて沖縄に戻ってきてしまう。

 

「棗が思っていたよりつまらない死に方をしそうで残念だなー」

「なっちが死ぬなんて、そんな縁起でも無い・・・・・・」

「うんうん、そうだね。まだわからないよねー」

 

 せいぜい足掻いて絶望するがいいさ、みーちゃん二号ちゃん。

 本家みーちゃんは、なんだかんだで生き抜いているけどさ。

 諏訪みたくならないと、どうもならない事もあるのさ。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

「赤嶺さぁ、あの祭壇ヤバくない?」

 

 安芸真鈴は、周囲に誰もいない事を確認してから話を切り出した。

 赤嶺との会話は、どうも人目を憚る内容になる事が多い。

 赤嶺の妹による真鈴の弟へのハニートラップもその一つだが、それは良い。

 

「真鈴先輩は、私の水都お姉様への気持ちをわかって下さる物だとばかり――」

「藤森さんを拝む感じに偽装してるけど、アレでしょ?」

 

 もっと洒落にならない事を、赤嶺はしていた。

 妹をけしかけるような赤嶺の強引さは、後ろ暗さゆえだった。

 わざわざ真鈴に警戒させるような妙な真似をしたのも頷ける。

 真鈴に首輪をつけておきたいだけの理由があったのだ。

 

「・・・・・・アレとは?」

「いや、別にいいけどさ。大社の神官にバレるよ、この香炉」

「・・・・・・そうですね、新しい香炉を買う事にしましょう」

「そうそう、二重底なんてちゃちなのじゃなくてさ」

 

 上里ひなたへの"貸し"を対価に借り受けた寮のマスターキーで侵入した、赤嶺の部屋で見つけた物を出しても、赤嶺は無関心な様子を貫いた。

 だが、自室に勝手に入られたのに無関心なのはかえって不自然だ。

 赤嶺は冷静を装いつつ、内心では相当慌てているらしい。

 冷静な女スパイと思いきや、年相応な部分もあるのだなと、真鈴は微笑んだ。

 

「真鈴先輩」

「何?」

「この事は、まだ誰にもお話していませんか?」

 

 まるで取って付けたような脅し文句も可愛いものだ。

 これが赤嶺の素なら、真鈴みたいな凡人でもなんとかできるだろう。

 

「生憎、口封じされる気は無いから。香炉の中にあったアレは、私に何かあれば大社の神官に手紙と一緒に渡される手筈になっている」

「・・・・・・・・・」

 

 真鈴の弟に対するハニトラも、それほど大した物ではなかった。

 可愛い弟の事だから焦ったが、蓋を開けてみればなんて事はない。

 赤嶺のやっていた事は、単なる泥縄だった。

 真鈴を利用して、それから慌てて真鈴に首輪を填めに行ったのだ。

 計画性の感じられないお粗末さに、真鈴も拍子抜けしてしまった。

 

「で、何を企んでいるの?」

 

 だが、身元を隠して大社へ侵入したり、大社を脅して動かしてみせたあたりの計画はかなり計算ずくだったように真鈴には見えた。

 真鈴を動かして大社側の記録を取りに行かせたあたりから粗が目立ち、不正アクセスや謎の侵入者は赤嶺とは無関係で、このタイミングでなら大社の恐怖が最大になるからとついつい計画を前倒しで、真鈴へ首輪をつけないまま実行に移してしまった、といったところかもしれない。

 それでも沖縄への救援計画の後押しという目的は達成されており、真鈴もWIN-WINの関係から、どうして赤嶺が慌てて首輪を填めに来たのかが不思議だった。しかし、それも赤嶺の部屋で見つけた物でわかった。

 

「もう既にご存じ、なのでは?」

「赤嶺がどうしてアレを祀っているのか、先輩として心配なのよ」

「先輩として、ですか・・・・・・」

 

 そして、真鈴は別に赤嶺を取って食うつもりなど無い。

 ただ、先輩として、後輩が間違った事をしたら正してやりたいのだ。

 

「まぁ、大社では話しづらいかもしれないから、赤嶺の実家に行くわね」

「なっ・・・・・・!?」

「弱みを握っているのはこっち。私は先輩。いいわよね?」

「わかりました・・・・・・」

「はいはい、睨まないの」

 

 赤嶺の不快そうな視線を浴びても、真鈴は冷めた顔よりはマシだと笑うのだった。

 

 

 

(つづく)




改変箇所:赤嶺がアレを祀り始める
原因:棗
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