勇者達が邪神の玩具にされる話   作:黒歴史ノート

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十一話 策謀

 大社の巫女の寮のセキュリティは、最低限は保障されている。

 不正アクセスや謎の侵入者の一件から多少の対策が取られたのだ。

 しかし、それすら安芸真鈴があっさり破れる程度の物でしかない。

 そういう大社の杜撰さは、あまり褒められた話ではないだろう。

 だが、そのおかげで真鈴は赤嶺に対して優位に立つ事ができた。

 

「ごめんね、うちの弟が赤嶺ちゃんと遊びたいってうるさくて」

「いえ、真鈴先輩の弟さんには、妹も懐いているようなので」

 

 それこそ、赤嶺家の敷居をまたいで懐に入り込める程度には。

 赤嶺家の防諜がどの程度かはわからないが、大社よりはマシだろう。

 

「お姉ちゃん達は大切な話があるから、庭で遊んでらっしゃい」

「うん、わかった! いこ、赤嶺ちゃん!」

「えっと・・・・・・」

「行ってらっしゃい。大丈夫だから」

「・・・・・・っ、うん!」

 

 真鈴の弟が、赤嶺の妹を連れて玄関を出て行く。

 赤嶺の両親は共働きだ。本土の親戚の戸籍に乗る形で、沖縄出身を隠して働いているらしい。どうしてそれほど身分を偽る必要があるのか不思議だが、今回の真鈴の目的は他人の家庭に土足で踏み入る事ではない。

 

「それじゃ、人払いは済んだから、聞かせてくれる?」

「そうですね、まずは香炉に隠していたアレについて・・・・・・」

 

 真鈴の目的は、先輩として後輩の問題行動を問いつめる事だった。

 

「大社で祝詞が禁止されている、アレの御神体よね?」

「はい、人を滅ぼすべくバーテックスを送り込んでいる神です」

 

 そして、赤嶺の白状はとてもあっさりとした物だった。

 バーテックスの親玉は、大社の祝詞選別から察していたので驚かない。

 だが、真鈴が聞きたいのは、赤嶺の白状から更に一歩先だった。

 バーテックスから逃れて沖縄から来た筈の赤嶺がどうして、と。

 

「私達を救ってくださった棗お姉様は、海の神の力を借りる勇者です」

「海の神っていうと、ワダツミとかそういうの?」

「いえ・・・・・・それよりはむしろ、母なる海と言うべきでしょう」

 

 少し長くなるがと前置いてから、赤嶺は話し始めた。

 母なる海がどういう物か、赤嶺も最初は認識が曖昧だったという。

 空から来たバーテックスという敵から、海が守ってくれている。

 そういう二項対立的なイメージで、海を慕っていたそうだ。

 

「最初の違和感は、一人の妊婦さんの異常でした」

 

 しかし赤嶺は、隣の家に暮らす夫婦の悲劇で、目を覚ましたそうだ。

 

「臨月を迎えてから半年、ずっと赤ちゃんが産まれて来なくて、それどころかお腹がみるみる小さくなって、ついには月のモノが始まってしまったのです」

「えっと、お腹の中には赤ちゃんがいた筈じゃ・・・・・・」

「それが消えてしまったのです」

 

 赤嶺はその光景をすぐ近くで見ていた為に、それに気づいた。

 

「人々は流産してしまったのだろうと言っていましたが、そんな物ではありませんでした」

 

 それから、赤嶺は次々と小さな異常が起きている事に気づき始めた。

 七歳を過ぎた子供達の赤ちゃん返り、赤子のように笑い始める老人達。

 そして、そんな異常を住民達の多くが気にしていない異常さ。

 

「海の結界はバーテックスを遠ざけてくれました。しかし、私達の身体に何かが起きていると、私は感じました。子供は生まれず、老人は赤子のように穏やかに笑って息を引き取る。私の妹も、一度は赤ちゃんのようになって、一人では何もできなくなってしまいました。あぁ、実はここだけの話ですが、妹は今年で十歳になるんです。五歳程度にしか見えないでしょうけれど、妹みたく若返るまではいかずとも、子供が成長しにくいという現象は海の結界内で多く見られました」

「・・・・・・・・・」

 

 真鈴は何も言わず、ただ真剣に赤嶺の話に耳を傾けていた。

 

「数少ない異常を察知していた一人、まとめ役のおばあ様は、母なる海に人々が引かれているのだと言いました。そして、おばあ様は、このままでは皆がバーテックスに殺されなくとも海の一部になってしまうと、沖縄住民の脱出を押し進めました。皆を不安にさせないよう、そしてもう一つの理由から、海の結界の脅威は皆に伏せたまま、脱出は行われました」

 

 そもそも沖縄には全住民を乗せられるような船は無く、一部の人間しか脱出できないのはわかり切っていたそうだ。赤嶺のように危機意識が残っている、更に特別な密命を与えられた人間だけが最初は脱出したという。

 

「おばあ様は、人々を守る為に沖縄へ残られました。自然の摂理で、胎児や老人から順に母なる海は迎えに来るから、自分が壁になる事で、若い人々への迎えを多少遅らせる事ができる筈だと。もはや、沖縄の人々の敵はバーテックスではなく、母なる海になっていたのです」

 

 そこまで話して、赤嶺は一度大きく息継ぎをした。

 真鈴も呼吸を忘れていた事に気づき、大きく溜息を吐く。

 

「なるほどね・・・・・・」

 

 人々を守っている筈の土地神が、人々を異界への引き込んでしまう。

 赤嶺の話をどれだけ信じるかだが、真鈴は知っていた。

 大社は三年間、地方の勇者に目もくれず、神々の加護を科学的に制御する手法の確立を目指していた。

 大社で盗み見た沖縄のメールにも、一部にセキュリティレベルが高く設定されて、真鈴では見れない物が混ざっていた。おそらく、大社はこれを知って、沖縄の様子を観察しながら対策を練ったのだろう。神々の加護の制御に失敗すれば、沖縄のようになるとわかっていたのだ。

 

「じゃあ、赤嶺がアレを祀っていたのは・・・・・・」

「海の結界をバーテックスに破壊してもらう為、呼びかけを行っていました」

 

 ここまで聞けば、真鈴も赤嶺の回答は予想ができた。

 

「とはいえ、おばあ様から預かった密命、四国からの救援を沖縄へ呼び込む為の工作の傍らでしたので、うまく成果も上がらず、工作の方も目先に降って湧いた幸運に飛びついて、二兎を追ったせいで真鈴先輩に捕まってしまったわけですが・・・・・・」

 

 赤嶺のちぐはぐな姿も、どうして出来上がったのかようやく理解できた。

 

「海の結界を破壊しなくても、船さえあれば赤嶺みたいに避難はできる」

「はい、一人を除けば」

「その一人が沖縄の勇者、棗なのね?」

「はい、棗お姉様は母なる海に愛された勇者ですから、沖縄の海から長く離れる事ができません。私達の避難する船を護衛しについて来てくれたので、あわよくばと引き留めもしたのですが、自分は沖縄の海から絶対に離れないと断られてしまいました。沖縄には待っている皆もいるからと」

 

 沖縄住民の為に工作を行いながら、棗を救う事を考えていた。

 しかも、工作の方と異なり、棗の為の計画は赤嶺の独断。

 大社向けの工作に対して、真鈴への対策が酷く雑だったわけだ。

 

「なるほどね・・・・・・赤嶺、質問いい?」

「どうぞ」

「誰かと役割分担しなかったの? 二兎を追ってる自覚はあったんだよね?」

「・・・・・・できるかなと」

「あー、うん、そう思っちゃう時ってあるわよね・・・・・・」

 

 赤嶺個人はやはり年相応、真鈴と同じくらいの凡人だ。

 だが、沖縄の全員を救える可能性を模索する気概は好きになれた。

 

「赤嶺の考えは、沖縄への救援船がつく直前のタイミングでバーテックスを呼び込んで、海の結界を破壊、防空壕か何かに住民が息を潜めている間に、救援船で到着した勇者が、結界を壊したバーテックスを駆逐する。棗と沖縄住民をまとめて四国へ連れ出して万歳、ってところよね?」

「はい、おおよそ、その通りです」

「まず、結界ってさ、そんなホイホイ破れるものじゃないと思うのよ。結界の中心になる物を、一発で破壊できるアテはあるの?」

「・・・・・・バーテックスであれば、できるかなと」

「ごめん、それは流石に無いわ・・・・・・」

 

 赤嶺個人の知略の程度を、真鈴は一部自分よりポンコツだと下方修正した。

 ちなみに海の結界の中心になる物は、海の沖にあるらしい。

 諏訪のように柱があったり、四国のように大樹があるわけでもない。

 海の一角が、そのまま結界の中心としての機能を果たしているらしい。

 そして、バーテックスへの防壁自体はさほど堅固ではないらしい。

 

「うん、結界の中心を無視して住民だけ殺しに行くわ。私がバーテックスなら」

「そう、ですか・・・・・・」

「噂で聞いた獅子座みたいなバーテックスを操れたら、結界の中心を破壊して赤嶺の計画通りにできる可能性もありそうだけど、そこまで話を聞いてくれる相手じゃないでしょ。バーテックスだし」

「では、どうすれば・・・・・・」

「かなり難しいけど、手段は思いつくわ」

「本当ですか、真鈴先輩・・・・・・!?」

 

 だが、赤嶺が饒舌に喋ってくれたおかげで真鈴にも考えができた。

 赤嶺個人を助ける理由は、今のところ真鈴にはあまり無い。

 ただ、"四国外の勇者"への四国住民らの熱狂を考えると、成功の旨味は大きい。

 表立って語れる作戦ではないが、だからこそ"裏側を抱え込む"意味も大きい。

 あと、先輩として後輩にカッコつけたい、唯一の助ける理由も地味に大きい。

 

「手段としては、普通の救援船派遣で勇者の回収ができない事を正体不明の誰かという形で、大社に垂れ込むのが第一段階」

「白鳥様のお力を借りるという事ですか?」

 

 真鈴の案に即座に食いついたあたり、赤嶺も一度は考えたのだろう。

 白鳥歌野の腕であれば、海の一角を丸ごと削り取る事だってできる。

 

「ですが、それは白鳥様に不義をお願いする形になるうえ、大社が棗お姉様の恨みを買ってしまう為、流石に押し通すのは難しいのでは・・・・・・」

「だからまた一工夫を加えるのよ」

 

 赤嶺も少し考えればわかる筈というか、真鈴のそれは赤嶺のそれだ。

 

「白鳥さんの力とバーテックスの危機意識が噛み合って、ようやく成功するんだけど・・・・・・」

「バーテックス・・・・・・もしや、直接ではなくバーテックスを利用するつもりですか?」

「正解。どこかから秘密が漏れたら棗がまず怒る、ろくでもない作戦。いや、本当に我ながらろくでもない事を考えてるわね」

 

 おまけに現状は画に描いた餅で、バーテックスを強化する為に勇者達を働かせる必要がある。

 真鈴は計画を正直に伝えた場合の勇者達の反応を想像しただけで気が滅入るが、これをやらないのは更に問題だ。

 大社はおそらく放っておいても沖縄へ救援船を送るだろうが、形だけの成果を得る為に、棗の捕縛のような命令を勇者達に出すかもしれない。こうやって策謀を巡らせるのと、どちらが勇者達の不信感を煽るかは五十歩百歩だが、真鈴はまだもう少しマシな着地点があると予想していた。

 

「バーテックスとの遭遇を増やすのは、巫女を利用すればなんとかなる」

「わざとぶつかる進路を取らせるのですね」

 

 だが、着地点へ至る道は険しく、それゆえ考えなくてはいけない。

 

「護衛艦の艦長も、大社から圧力をかければ何とかなる。どれくらい白鳥さんが暴れたら獅子座みたいなバーテックスが作られ始めるのかはわからない。でも、淡路島の獅子座が白鳥さんの力に対抗して作られたのはたぶん間違いないから、白鳥さん達との合流から北海道へ出立するまでの期間からして、それほど時間はかからない。大型の護衛艦なら余分な食料と燃料を乗せて出航、回り道をする事で、獅子座が作られるまで到着を引き延ばす事もできる」

「獅子座が発生した際の神託の形もわかっていますから、作るだけでしたら、なんとかなりそうですね」

 

 獅子座の攻撃を結界の中心へ誘導するのも、伊予島杏を騙して利用すれば良い。

 だが、これは最後の最後まで取っておくべきだろう。

 むしろ、本命はここから更に一歩踏み込んだ、より良い着地点だ。

 

「だけど、母なる海と棗の繋がりを断ち切る手段は、結界の破壊だけじゃない」

「・・・・・・どういう事でしょうか?」

 

 赤嶺はこれが読めないらしいが、真鈴にとっては当然の発想だ。

 母なる海に愛される勇者だから、棗は沖縄から離れる事ができない。

 赤嶺はそう言ったが、真鈴はそんな事は無いだろうと思っている。

 自分が危ないと思った時、母親が愛する子を道連れにするだろうか。

 そのような事、真鈴はあり得ないとすら感じていた。

 母親なら、子供を突き放してでも安全な場所に逃がそうとする筈だと。

 

「説得材料として、バーテックスの脅威をまずは見せつける」

 

 これは学習教材の売り込みのようなものだ。

 まず不安を煽る情報を吹き込む。就職状況やら受験倍率やら。

 子供の心配をする母親は高確率でこういう話題を無視できない。

 

「次に、勇者システムを見せる。母なる海だけでなく神樹がバックアップについた勇者システムを利用できるようになれば、棗は間違いなく今より強くなれる。これだけでもバーテックスの脅威を知っている母なる海には魅力的な提案に映る筈だけど、スマホみたく距離がいくら離れても繋がりを維持できる、こんな部分も子供を心配をする母親に対してはアピールポイントになるわね。ちょっと距離が出来ても子供の安否がわかって、他の大人が見守ってくれて、いざとなれば自分が力になってあげる事もできるなら、ちょっとくらい一人立ちを応援してあげてもいいかなって気分に、きっとなってくれる。勇者システムを使って戦う子供達の逞しい姿を見せつけて、更に一押し。バーテックスの脅威を撃退できればプレゼンは完璧ね」

 

 神々の加護を科学的に制御してしまう、勇者システムの仕様は適当にぼかす。

 こうした説得で、比較的穏便に棗を四国へ連れ出す事ができると真鈴は思うのだった。

 

「・・・・・・真鈴先輩はなんというか、母親目線なのですね」

「弟と十歳差だもの。おしめも換えたしさ」

「なるほど、弟さんも可哀そうに」

 

 赤嶺は呆れつつも、棗の妹には出せない発想だったと嘆息した。

 

「少々乱暴だけど、バーテックスと勇者システムを利用して親離れと子離れを推進、力ずくの離間策は最後の最後まで取っておく感じで、どう?」

「はい、よろしくおねがいします」

 

 こうして、赤嶺と真鈴の話はまとまった。

 

「さて、それじゃあ、この作戦の最後の問題もついでに話し合っておきましょう」

「最後の問題ですか?」

「沖縄へ誘い込んだバーテックスを、どうやって片づけるか」

「あ・・・・・・」

 

 現在、大社は獅子座の対応策を検討中だ。

 暫定的に、高嶋友奈に"酒呑童子"という奥の手を与えて、いざとなればそれを使わせて対処をするとしているが、それだけでは勝てないだろう。というか、そんな死んでこいと言うような真似を大社にされて、上里ひなたの話によれば、友奈は精神的に不安定になってしまったらしい。

 友奈は入院中だという噂もあり、大社は獅子座に対して無策が実状だ。

 

「これに対処できないと沖縄も救えないし、四国も滅亡待った無し」

「・・・・・・でしたら、こちらに策があります」

「お、ひょっとして沖縄ならではって奴かしら?」

「そういうわけではありませんが、真鈴先輩はどうして海が母と呼ばれるかご存じですか? これは本州の山岳信仰にも含まれる要素なのですがーー」

 

 真鈴と赤嶺はその後、弟と妹が遊び疲れるまで語り尽くすのだった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

「あ、あの、乃亜さん・・・・・・」

「うん、どうしたのかな?」

 

 あぁ、今日もみーちゃん二号ちゃんが可愛い。

 いっつも曇りっぱなしで、それなのに諦めが悪い。

 ボクの数少ない癒しだよ、こういう子に溢れた世界なら良いのに。

 

「おばあが、今朝から様子がおかしいんだけど・・・・・・」

「あー、海が焦り始めたかな?」

「海が・・・・・・?」

 

 ちなみに棗は相も変わらず、海に入って水遊びしてるよ。

 何をしているのか知らないけれど、あまり海に近づき過ぎるのはね。

 ボクに会いに来るのなんて、もうこの棗の元同級生くらいだ。

 

「バーテックスくん達の攻撃が激しくなったからね。海が子供達を取られまいと、皆を深く抱き込もうとしてるのさ」

「えっと、海の神様は、皆を守ってくれているんだよね・・・・・・?」

「"守る"ね・・・・・・。母親の胎内に逆行するのは、守られると言うべきなのかな? いや、こんな状況でも穏やかに暮らしてる連中は、実際守られてる心地なんだろうけどさ。所詮は人間の気持ちの問題だよねー」

「あの、じゃあ、おばあは・・・・・・」

「海に連れて行かれる一歩手前だろうね。老人は子供と同じくらいあっちに近いから」

「っ・・・・・・!?」

 

 このみーちゃん二号ちゃんがいなければ、最悪だったよ。

 どいつもこいつも、母親に抱かれた子供みたいな顔しちゃってさ。

 棗様がいれば大丈夫、海が守ってくれる。

 危機感の強い連中は脱出しているのに、なんで安全だと思うのかね。

 人間はつくづく不思議だよ。

 バーテックスくんに殺された方が、まだ人間らしく死ねるのに。

 

「そういえば、説得はどうだった?」

「皆、沖縄を離れるつもりは無いって・・・・・・」

「ほらねー」

 

 当然、胎内の蛙顔に何を言っても通じるわけがない。

 まともなら、そもそも可愛いボクを無視する筈が無いよねって。

 

「まぁ、安心していいよ。ボクはキミを気に入ってるから、最悪キミだけは海の結界から連れ出してあげる。キミが頑張って棗を呼び続ければ、那由他の彼方に一つくらいの確率で、棗が生き残る可能性も無くはないし」

 

 その点、棗はかなり頑張っている方かもね。

 海に入りながら、まだ人間でいられている。

 どこかの誰かが、棗を頑張って呼び続けているのかな。

 まぁ、十中八九、四国に逃げた沖縄住民だろうね。

 とはいえ、海が焦り始めたから、それも時間切れだ。

 海の結界が深くなれば、地上からの呼び声も届かなくなる。

 

「何か、もっとできる事は無いんですか・・・・・・?」

「何をしても相手の腹の中さ、海が干上がりでもしない限りね」

「海が干上がる・・・・・・?」

「太陽と満月が同時に出るような話だよ」

 

 海の結界の要になるのは、棗がいつも水遊びしている海。

 あそこまで潮が引くような事は、大潮でも無いだろうからね。

 それこそ奇跡でも起きなければ、海の結界は破られない。

 

「あそこは、なっちの大切な海で・・・・・・」

「母神の女陰を焼いて生まれた子は父神に切り捨てられた、なんて話もあるからね。母親に仇なせば、もちろん当然の報いを受けるんじゃないかなー?」

「そう・・・・・・ですよね・・・・・・」

 

 みーちゃん二号ちゃんはどうするのかな。

 仮に奇跡が起きたとしても、待っているのは棗の怒り。

 棗が大切な海を害されて怒るのは、わかりきった話だ。

 

「・・・・・・大潮は、十日後です」

「へぇ、やる気なんだ?」

 

 いや、早すぎるよ、もっとウジウジしてくれて良いのに。

 あぁ、だけどもうダメだ、覚悟の決まった顔になっちゃった。

 目が諏訪ってるよ。

 もう、めそめそみーちゃん二号ちゃんじゃないのかな。

 

「結界が破れたらバーテックスくん達の餌食だよ?」

「防空壕に食料や水を貯えたら、しばらくもちます」

「それだと大人数は養えないよ?」

「なっちと、私だけでいいです。なっち一人だと、生きてくれないみたいだから・・・・・・」

 

 ろくでもない決意を口にする、泣きそうな顔はグッド。

 

「信じていた元同級生に裏切られて、大切な海を蹂躙されて、海から引き離されて、防空壕に監禁される棗か・・・・・・。いいね、ボクも一枚噛んであげるよ」

 

 クールに見えて甘えん坊の棗が、どんな悲痛な表情になるんだろう。

 地獄への道が善意で舗装されているって話は本当だったんだね。

 元同級生ちゃんには、棗に生きてほしいって気持ちしか無いもん。

 棗からどんな罵声が飛び出すか、それで元同級生ちゃんがどう曇るか。

 やばい、楽しみすぎてテンションおかしくなりそう。

 

「月は大潮、太陽はバーテックスくん達に頑張ってもらえばいいかな」

「バーテックスに・・・・・・?」

「あの子達って、人間をムシャムシャするだけじゃなくて、合体してすっごい火の玉を出したりできるからさ。大潮の時なら、瞬間的に沖の海を干上がらせる程度の実力はあるんだよ。ボクが体感したから間違いない」

 

 問題は、沖縄本島にいるバーテックスくん達の絶対数が足りない事。

 でも、ボクの煽動者としての才能があれば、何も問題は無いよね!

 ボクが声をかけて回れば、一万や二万は釣られて来る筈さ。

 

「キミは食料と水の貯蓄を頑張りなよ。他はボクがやってあげる」

「乃亜さん、全く止めないんですね・・・・・・」

「当然、ボクはキミ達が苦しむ姿ならいくらでも見たいからね」

「そうですか・・・・・・」

 

 元同級生ちゃんは、悪魔と契約した気分かな。

 でもまぁ、せいぜい頑張ると良いよ。

 ボクは悪魔みたいに契約だけに従う、残酷な存在じゃないからね。

 

 

 

(つづく)

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