勇者達が邪神の玩具にされる話   作:黒歴史ノート

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十四話 行き来する物

 古波蔵棗は、海に浮かびながら物思いに耽っていた。

 棗は沖縄に帰って来て、海と向き合う時間を増やした。

 もはや、棗に沖縄から離れる考えは無かった。

 しかし、それゆえに自分の今後を冷静に考えなくてはいけない。

 

 逃げ遅れた棗の元同級生は、まだ住民に避難を呼びかけていたらしい。

 

 今日は防空壕への水や食料の貯蔵を進めていた。

 元同級生がいったい何をしたいのかは、棗にもわからなかった。

 だが、生きようと足掻いている事だけは、その姿から伝わって来た。

 おそらく元同級生は、生きる為にできる事を何でも試しているのだ。

 そして、そんな姿を見ると、棗もこのままで良いか、つい考えてしまうのだった。

 

「・・・・・・皆はどうして、あんなに穏やかなのだろうか」

 

 それに対して、残り四百弱の沖縄住民はとても落ち着いている。

 棗がいれば大丈夫、海が一緒なら大丈夫だと、口々に言っている。

 だが、棗がいれば大丈夫というのは大きな間違いだろう。

 棗があえて弱気を口に出す事は無いが、感覚でわかる事はある。

 本島の数千のバーテックスの一斉攻撃があれば、棗だけでは対処し切れないと。

 

「む・・・・・・そうなのか・・・・・・」

 

 しかし、海から声が聞こえた。

 沖縄本島のバーテックスは南部を避けて、北部に籠もっているらしいと。

 

「乃亜が追いかけ回しているのか・・・・・・。滅茶苦茶だな・・・・・・」

 

 棗の苦しむ様子を見たいと悪ぶっていた少女の姿が脳裏に浮かぶ。

 あれは、棗には少なくとも嘘を言っているようには見えなかった。

 しかし、これではまるで棗を助けているようだ。

 沖縄で最後の一人きりになるまで、棗に生き続けろという事なのか。

 なるほど、沖縄ではこの三年間、子供は一人も生まれていない。

 バーテックスが滅びても、沖縄の終焉は時間の問題なのかもしれない。

 

「・・・・・・それなら、私は何のために戦っているのだろうな」

 

 だが、そうなると棗にも疑問が湧いた。

 バーテックスさえ居なくなれば、皆が平和を取り戻せると思っていた。

 しかし棗の目には、皆がもう穏やかな日々を取り戻しているように見える。

 そして、そんな状況になっても、何故か沖縄の将来が見えてこない。

 

「・・・・・・おばあには、何か考えがあったのだろうか」

 

 数日前から寝込んでいる老婆の事を、棗は思う。

 自身は沖縄を離れるつもりは無いと言いつつ、住民を二度も四国へ送り出した。

 彼女は最初から、沖縄が長く保たない事を知っていたのかもしれない。

 それでも彼女が沖縄で朽ち果てる事を選んだなら、棗が手本にすべきは彼女だ。

 

「おばあの様子を見に行ってみよう・・・・・・」

 

 ひょっとすると、体調が良くなっているかもしれない。

 棗は今更になって揺らいでしまう、自分の心の弱さを恥じた。

 しかし、これをあえて隠す事に意味は無いと思った。

 

「早く覚悟を決めてしまわないと、皆が不安になる・・・・・・」

 

 海から泳いで砂浜まで戻ると、棗は心の定まらぬまま、皆の暮らす町を目指した。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 老婆は床に伏したまま瞑目して、己の人生を振り返っていた。

 

 人間として過ごした日々が、老婆を海に還らせず、繋ぎ留める鎖になった。

 かつては、老婆にも親が居て、友がいて、生涯の夫がいた。

 彼らとの思い出は、それはもう思い返すだけでも愛おしい。

 親に叱られた事も、嫉妬にかられて夫と喧嘩をした事も懐かしい。

 だが、それら全ては遠く過ぎ去った、過去の出来事でもあった。

 老婆にとって大切だった彼らは、とうの昔に"あちら"の住人だ。

 

 老婆は"また"だと思った。

 

 老婆の心に"あちら"への思慕が沁み込んで来ている。

 ここ数日、老婆はあちらからの呼び声が強くなるのを感じていた。

 今の老婆は、己があちらへ行くとしても、そこに恐怖を感じない。

 あちらへ行けば皆に逢えるのに、何を恐れる事があるだろうかと。

 命は巡る物だから、老婆は今とは違う形になるかもしれない。

 しかし、それでも世界のどこかで皆と巡り会えたなら、それで十分だと。

 老婆は残りの人生など、彼らへの土産話程度に感じるようになっていた。

 

「おばあ、どうすれば覚悟が固まるだろうか・・・・・・」

 

 だから、ふと枕元で聞こえた小娘の戯言が、老婆には笑えて仕方なかった。

 覚悟が決まらないなら、決める必要なんて無いだろうにと。

 海に還るべき時が来ていないのなら、無理に還る必要など無いだろうにと。

 

「四国へお行き・・・・・・」

「おばあ、意識が・・・・・・!?」

「おぼこの娘が何を泣きそうな顔で"覚悟"だよ・・・・・・」

「おばあ・・・・・・」

 

 生きる覚悟だの、死ぬ覚悟だの、老婆にとってはもはや馬鹿らしい。

 死んでいる間は、母に抱かれた胎児のように何もできない。

 だから、生きている間に、やりたい事をやっておくだけだ。

 しかし、棗はまだ本心でやりたい事を見つけてさえいない小娘だ。

 誰かの為、海の為。自分がまだ弱い、だから迷うのだ。

 

「四国もなかなか悪い場所じゃあないよ・・・・・・」

「でも、それだと沖縄の皆が・・・・・・」

「そんなに遠くに遊びに行くのが怖いかい・・・・・・。甘えん坊だねぇ・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

 

 いつになるかわからないが、四国から迎えの船が来る最低限の仕掛けは施した。

 

「四国から船が来たら、それに乗りなさい・・・・・・」

「それなら、おばあ達も一緒に・・・・・・」

「私はもう十分生きた、四国の土産話を楽しみにしているよ・・・・・・」

「でも・・・・・・」

 

 ここまでお膳立てして、まだグズる甘えたがりなら仕方ない。

 老婆は意地悪をして、突き放してやろうと思うのだった。

 

「土産話がつまらなかったら、沖縄の家に入れてやらないからね・・・・・・」

 

 もっと酷い言葉をかけてやるべきだったかと、不安はあった。

 しかし、老婆も喋りすぎたせいか、酷く疲れてしまった。

 

「待ってるよ・・・・・・。のんびりしておいで・・・・・・」

 

 耐え難い眠気に飲まれるように、老婆は意識を失った。

 その後の事は、老婆は知らない。

 だが、最期の最期に海から、何か声が聞こえた気がした。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 沖縄へ向けて出航した護衛艦の甲板にて。

 

「やばいやばい! 敵の数がぜんぜん減らない!」

 

 秋原雪花は悲鳴混じりに、槍を投げまくっていた。

 沖縄遠征は、北海道からの船旅とは打って変わって、激戦続きだった。

 バーテックスが四国から沖縄の航路に集結している理由は不明だ。

 だが、安芸真鈴という巫女がバーテックスの少ない道を神託で知らされて進んでいるにも関わらず戦闘がろくに途切れないあたり、海域全体でバーテックスの密度がどれだけなのか、雪花は気が遠くなりそうだった。

 

「歌野さん、敵が融合体を作り始めました!」

「杏、雪花! 追い込みサンクス!」

 

 杏の合図に反応して、歌野が動く。

 

「一気に削るわ!」

「よっしゃあ! ぶちかましてください、歌乃さん!」

 

 数百の個体による融合体を歌野が消し飛ばすと、バーテックスは撤退を始めた。

 幸いな事に、戦闘毎にバーテックス達の撤退は早くなっていた。

 こちらの戦力に対抗できないのを学習して、交戦を避けているらしい。

 

「大型バーテックスにまだ遭遇していないのがラッキーね」

「安芸さんが言うには、ちらほら分布はしてるっぽいけどねー」

「安芸先輩が言うには、どれも沖縄を目指しているそうですが・・・・・・」

「ホワッツ!? それって沖縄の勇者がデンジャラスってことよね!?」

 

 そして、そのしわ寄せのように、沖縄にバーテックスが集結しているらしい。

 雪花も内心で焦ってはいるが、顔には出さない。

 しかし、救助先に敵を追い込むなど、本末転倒も良いところだ。

 

「えぇ、そうなんですが・・・・・・。どういうわけか安芸先輩の神託によれば、沖縄本島の沖合でじっと動きを止めているみたいで・・・・・・。それが沖縄の結界の効果なのかどうかは不明ですが・・・・・・」

「とにかく、急いだ方が良さそうね」

「はい、今晩には沖縄に到着する予定だそうですし、勝負どころです」

 

 せめて沖縄が陥落する前に船が到着してほしいと、雪花は祈った。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 あれー、まだ結界が壊れてないのー?

 

 ボクの依代だった、ぐんちゃんブロンズ像はちゃんと投げ込んだのに。

 夜でも見やすいように光り輝くエフェクトまでサービスしたのに。

 うっかり海に沈んで見えない事が無いよう、空中浮遊のサービスまでしたのに。

 なんでバーテックスくん達、ブロンズ像を遠巻きに眺めてるだけなのさ。

 

 大丈夫だよー、攻撃しても反撃効果なんて、あんまり付けてないよー。

 

 うっかり目印が無くならないよう工夫はしたけど。

 元気っぽい玉でしか結界の中心を壊せないから、雑魚の攻撃は全力カットだけど。

 でも、バーテックスくん達の全力で壊せるように設定してあるからさ。

 

 元気っぽい玉カモン!

 

 え、なになに、元気っぽい玉のバーテックスくんがまだ来ていない?

 うそだー、もう皆来てるのに、一人だけ遅刻とか最低だぞー!

 今どこにいるのさ、早く走って来てよー!

 

 はやく結界を壊して棗を曇らせて! はっやっくっ、はっやっく!

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

「おばあ・・・・・・」

 

 棗は海岸で、老婆が最期に残した言葉をじっと噛みしめていた。

 四国へ行けと、棗は言われた。

 あれは老婆の最期の願い、遺言だったのだろう。

 四国から船が来るから、それに乗って行けと、老婆は最後に棗に願ったのだ。

 沖縄で朽ち果てるつもりだった、棗の心は大きく揺らいでいた。

 

「棗様・・・・・・ううん、なっち、ちょっと良い?」

 

 そして、そんな棗の背中にかけられる声があった。

 三年も一緒にいて、いまだ渾名と敬称でどっちつかずな、元同級生だ。

 一度は棗様で落ち着いたかと思いきや、気づけばなっちに戻っている。

 

「どうかしたのか?」

「今夜、おばあの見送りに一緒に行かない?」

 

 見送りと聞いて、葬儀を棗は連想した。

 葬儀はたしかに夜になってから行われるという話だった。

 しかし、元同級生のそれは、少しだけ意味が違うように聞こえた。

 

「・・・・・・そうか、今日は大潮か」

「うん、一緒に浜下りして、見送りに行こう?」

 

 大潮の"浜下り"は、沖縄の風習だ。

 潮干狩りのような行楽的な意味もあるが、それだけではない。

 冥界である海の下が、地上へ現れて、人と交わる。

 浜下りには神遊びの意味があった。

 

「海の際まで見送りに行ってあげたら、おばあも喜ぶんじゃないかな?」

「・・・・・・そうだな、そうしよう」

 

 海へと還っていく者に、最期の別れを告げるにも丁度良いだろう。

 むしろ淡々と準備される葬儀よりは、別れの形がわかりやすい。

 元同級生が人の死を重く考えているのがわかって、棗は安心した。

 沖縄ではなんとなく、人の死が年々軽くなっている気がしたのだ。

 

「・・・・・・なぁ、お前は四国から船が来たら、どうする?」

「えっ・・・・・・?」

「お前なら、きっと喜んで四国へ行くんだろうな・・・・・・」

「そんなわけないじゃん! 私は、なっちと一蓮托生だし!」

 

 それなのに元同級生は沖縄で死ぬつもりらしい。

 

「なっちが沖縄を離れなければ、私も沖縄を離れないよ」

 

 いや、そうではない。

 

「私が四国へ行けば、お前も四国に来るのか・・・・・・」

「まぁ、そのつもりだけど・・・・・・」

 

 元同級生に命を預けられているのを、棗はようやく理解した。

 四国で共に生き延びるか、沖縄で共に死ぬか任せると言われているのだ。

 

「なっちが三年間、沖縄に残ってくれて安心したのは認めるよ? なっちならどうせ戻って来るんだろうなーって、四国へ避難する船に乗らず、こっちで待ってて、なっちが四国から戻って来なかったら最悪だったし」

「そんな賭をしていたのか・・・・・・。沖縄で死ぬ覚悟があったわけではなく・・・・・・」

「当然、私は死ぬのが怖い、どこにでもいる普通の中学生だし」

 

 それは嘘だろうと、棗は思った。

 死にたくないだけなら四国へ行けば良かったのだ。

 だが、生死を越えて棗と一緒にいる為に沖縄に残ったと思うのは、愛の告白をされていると一人合点するようで、棗は気恥ずかしかった。

 

「だから、おばあの見送りが済んだら、なっちに大事な話があるんだ」

「大事な話?」

「ついでにその話の為に、南海岸の防空壕に来てほしい、みたいな・・・・・・」

「皆の避難には使っていない方か・・・・・・」

「うん、人目があると、ちょっと困る話だから・・・・・・」

 

 棗は元同級生の話を聞こうと思った。

 自分に命を預けている相手が、自分に何を求めているのか。

 それを聞かなくては、選択を間違えてしまうかもしれない。

 

「わかった、夜の葬儀の後に会おう」

「うん、海岸で待ってるね」

 

 棗はこの夜がどれだけ重要な物か、まるで想像していなかった。

 ふと、東の方角を見ると、何かが光ったようにも見えた。

 しかし、バーテックスがやってくるのはいつも決まって西の本島側からだ。

 棗は深く捉えず、元同級生の話がどんな物になるか考えるのだった。

 

 

 

(つづく)

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