四国丸亀城の一角で、藤森水都は悩んでいた。
諏訪から遙々、四国へと逃れて来たばかりの水都に悩みは多い。
(おーい、みーちゃん。聞こえてるー?)
そんな水都の悩みが、また一つ増えてしまった。
頭の中に響く奇妙な声に、水都は天を仰いだ。
三年前から神託を受けている水都にとって今更、とは言えない。
神託というのは人間の言葉ではなく、大抵はイメージで降ってくる物だ。
こうやって頭に直接話しかけられるなど、水都にも珍しい体験だった。
「どちら様・・・・・・?」
(よっし、ライン接続成功。ボクは美少女を愛する褐色美少女だよ)
そして、相手が褐色美少女を自称して、水都は改めて身構えた。
電波じみた接触方法に、まともに自分を教えない胡散臭い態度。
まともな相手とは思えなかったのだ。
「えっと、何か用ですか・・・・・・」
とはいえ情報を集めない事には対処もできない。
水都は慎重に、この正体不明の相手と対話を試みるのだった。
(え、用事? あー、とりあえず諏訪脱出おめでとう?)
「いつから私を見ているんですか・・・・・・?」
(諏訪の結界を作ってた、クソ雑魚土地神が力つきる直前ってところかなー)
「っ・・・・・・! 諏訪の神様を悪く言わないでください!」
(おっ・・・・・・? へぇ、みーちゃんってそんな強気な声も出せるんだ?)
しかし、水都が感情的になったせいか、対話は難航してしまった。
これについては、水都も自分の軽率さを反省する。
かといって、諏訪の人々の為に戦った神への侮辱を許す気は無かった。
水都はまだ何も誇る事がない凡人だが、尊い誰かを貶されて怒るぐらいはするのだ。
(まぁいいや。こうして言葉を伝えられるなら、いくらでも楽しみようがある)
「楽しみ・・・・・・?」
(ボクはキミ達の曇った表情が大好きでね。時折こうして煽っていくけど、ヨロシクね)
「・・・・・・そうですか」
(おっと、みーちゃんの曇り顔ゲット。いやぁ、みーちゃんは簡単に表情を曇らせるから好きだなー。スナック感覚で曇ってくれる)
そして、水都は僅かな会話で、相手が本当にろくでもないと理解した。
悪魔や邪神、輝かしい何かと正反対の存在だと確信できた。
(それじゃあ、まったねー)
二度と声をかけてほしくないと思った。
しかし、水都が望まずとも相手は声をかけて来るに違いない。
すぐに誰かに相談しなくてはいけないと思うのだった。
「うたのんの腕といい、何なんだろう・・・・・・」
そういえば、この声の主は褐色美少女を自称した。
歌野の意思とは無関係に暴れ出す腕も、ふと気づいた事だが、褐色肌である。
まさかと思いつつ、水都はそれも相談しようと思うのだった。
―――――――――――――――――――――
うんうん、やっぱり四国へ来させて正解だったね。
諏訪と比べて、びっくりするほど畜生が多い。
特に何だっけ、バーテックスとの戦いを担っている四国の組織。
あ、大社だ大社。
歌野とみーちゃんも所属させられたけど、実に酷くてグッド。
バーテックスと戦うのに有用な美少女を軟禁して悪びれない畜生っぷり。
いや、尊敬するね。天然物の畜生な事もポイント高いよ。
(戦争中だからとか妙な理屈で曇らされる美少女がたまらない・・・・・・)
巫女の施設なんて、そこかしこで美少女が曇っている。
ここが天国か。
適正の低い巫女が、神託の度に昏倒する様なんて美しすぎるよ。
神託に怯える巫女達の薄幸ぶり。
みーちゃん並の逸材がわんさかいて、曇らせ甲斐があるよこれは。
(わ、あの子なんて泣いちゃったよ。うんうん、神託のせいで頭がグチャグチャなんだよね。自分の感情なのか神様の感情なのか、悲しいのか怒ってるのかわからなくて、精神が壊れちゃいそうなんだよね)
そして、そんな子供に精神安定のクスリを容赦なく投与する大社よ。
えげつないなぁ。さすがのボクもそこまではやらないよ。
精神安定のクスリは意識を朦朧とさせて思考を止めるだけだからね。
ボクは女の子の葛藤や苦しむ様子が好きだからクスリはナンセンスだ。
あー、クスリのせいで失神しちゃったよ。もったいない。
(みーちゃんも気を付けた方がいいよ。諏訪と違って、四国の神様っていろんな神様の複合体で、神託もギャップがあるだろうし)
「不安を煽ってそんなに楽しい?」
(そりゃ、楽しいさ。みーちゃんが土地神に神託ぶつけられてどんな醜態を晒すのか、今からワクワクが止まらないよ)
正直に言えば、みーちゃんなら神託でダメージは無いだろうけどね。
でも、みーちゃんなら不安を煽られて表情を曇らせるかなって。
だけど、ちょっと意外だな。
ボクが思っていたよりみーちゃんの反応が良くない。
不安で表情を曇らせるより、覚悟が決まった顔をしちゃってる。
「うん、これならぜんぜん平気」
(あれ、もう神託が降ってきたの?)
「百個くらいの星が降ってくるイメージ。諏訪に居た頃からバーテックスの襲撃前に見慣れた形・・・・・・」
(はぁ? 神託の形を統一とか、土地神の癖に小癪な真似を・・・・・・)
これじゃあ、大社のクソ対応に期待するしか無いじゃないか。
みーちゃんを曇らせてくれ、頼んだぞ大社仮面。
「あ、寮に帰って良いんですか・・・・・・? はい、ご指導ありがとうございました・・・・・・」
あー、くそっ。まともに対応するなよ。
優秀な巫女を曇らせる理由が無いからってさ。
大社の癖に常識的な対応するなよ。
優秀な巫女だな、生け贄にするか、くらいの鬼畜ムーヴかませよ。
(つまんなーい、みーちゃんの曇りが見れなくてつまんなーい)
「・・・・・・・・・」
クソ、みーちゃんもボクの話を真に受けない余裕モードだ。
あーあ、これなら周囲で曇ってる巫女を眺めてる方がマシだよ。
(お、あの子とか良い感じじゃん)
年齢は推定一桁、友達も居ない様子、一人きりの巫女。
所在無さげで儚げな、実に将来有望な感じの巫女だ。
「こんにちは、貴女も四国の巫女さん?」
「あ、はい・・・・・・。こんにちは・・・・・・」
(あーっ!? せっかく儚げだったのに、声かけちゃダメだろー!)
おまけにみーちゃんのお姉さんキャラとか、誰得なのさ。
みーちゃんはさ、小さい子に世話を焼くキャラじゃないよね。
小さい子にすら挙動不審で、怪訝がられるコミュ障だよね。
それなのに、今日のみーちゃんはどうしたのさ。
こんなのみーちゃんじゃないよ、ぜんぜん曇ってもくれないし。
おかしい、ナニカされたのか。友達から助言とかアドバイスとか。
くっ、ボクがみーちゃんから目を離した時間なんてそれほど無いのに。
(あー、くそっ! みーちゃんの癖に!)
もっと曇れよちくしょう。
―――――――――――――――――――――
白鳥歌野が鎖のついた長い革手袋を外すと、褐色の肌が露わになる。
その腕を見た反応は、六人それぞれだった。
四国でバーテックスと戦っている勇者は五人、そして勇者付きの巫女は一人。
「それが歌野の悩みの腕か・・・・・・」
最初に口を開いた乃木若葉は、歌野と同じ中学二年生で、四国の勇者達のリーダーだ。
諏訪に居た頃から歌野と定期連絡を取り合ってきた友人でもある。
こちらへやってきたばかりの歌野の悩みも初めに聞いてくれた、頼れる相手だ。
「いずれは、もっと厳重な封印を施す予定なのよね・・・・・・?」
郡千景は、歌野より一つ上の中学三年生。
こちらへ来てから知り合った関係だが、上級生の義務感か、歌野の腕について前のめりで相談に乗ってくれて、見た目の良い拘束用手袋を一緒に探してくれた、優しい先輩だ。
「ですが、千景さんの言うような封印は大社も研究段階で、完成はいつになるか・・・・・・」
上里ひなたも、こちらで知り合った中学二年生だが、巫女として同輩の水都へ助言をしつつ、勇者の要望を大社へ伝えるような仕事も行ってくれている。
「いくら切り落としても生えてくる腕って、どういう理屈なんだ?」
「ギリシャ神話のヒュドラという怪物は、いくら首を落としても新しい首が生えてきたと言いますが・・・・・・」
「お、おい杏、あんまりその腕に近づくなって・・・・・・」
同じく中学二年の土居球子は、歌野の腕に強い警戒心を抱いている。
球子は伊予島杏という一年の後輩を庇うよう振る舞うから、警戒が分かり易い。
肝心の杏が歌野の腕に対して好奇心旺盛なので、二人の間に割って入る球子と歌野の距離も近いが、球子の警戒心は人一倍だ。
「制御するのは大変そうだけど、バーテックスの群れを吹き飛ばしたなんて凄いね!」
そして最後は、高嶋友奈、中学二年生。
彼女は、禍々しい歌野の腕を重く捉えていない様子だ。
これは友奈の武器もまた、呪詛の籠もった拳であるせいだろう。
友奈は同い年の歌野を、自分の仲間と思っているのかもしれない。
「歌野ちゃんの腕、ちゃんと制御できるようになるといいね」
「友奈、応援サンクス。でも、あんまり気軽に触ると怖いわよ?」
歌野は念のため、友奈にも詳細な説明をしておく事にした。
この腕がひとりでに動き出して、子供に襲いかかろうとした話を。
咄嗟に鉈で手首を切り落としたら、虫のように地面を這い回ってから煙のように消えて、暴れ出す前と同じ状態に戻ったという話を。
「こんな手袋をして、胴体に縛り付けているのはファッションじゃないの。この腕には友奈も気を付けてくれると助かるわ」
「えー、大丈夫だと思うけどなー?」
「私の為だと思って、ね」
やがて歌野の気持ちが通じたのか、友奈も少しだけ佇まいを直した。
千景は歌野に感情移入しすぎたのか、自分の腕を押さえていた。
「ぐんちゃんの腕は暴れないから大丈夫だよ?」
「そ、そうね、心配させてごめんなさい、高嶋さん・・・・・・」
「でも、私は手袋とかあった方が良いのかな? ぐんちゃんは、どう思う?」
「高嶋さんには要らないと思うけど・・・・・・」
「そっかー、残念・・・・・・」
千景の感受性は、歌野と一緒に手袋を探していた時からそうだった。
自分の腕に手袋をあててデザインを確認したり、自分なりに腕が暴れた時の実験を「くっ、腕が勝手に・・・・・・!」と真剣にやってくれた。
千景は本当に、歌野の事を親身に考えてくれる先輩だった。
「そういえば、ひなたさんが言ってたアレ、本当なの?」
「水都さんにまとわりつく、神託もどきのお話ですね」
ひなたもまた、今朝に水都からの相談を受けて、助言を行ってくれていた。
そして、ひなたが言うには、歌野と水都の悩みがどちらも同一存在の仕業であれば、水都と神託もどきの会話内容から、どういう時に歌野の腕が暴れ出すか予測できるかもしれないらしい。
「神託もどきは、水都さんや歌野さんの不快な様子を見たいと言ったそうです。腕が暴れて子供を勝手に襲ったりしたのも、それをすぐに止めたのも、深い動機が無い、嫌がらせだったせいなのかもしれません」
「それだと、バーテックスを蹴散らしたのはどういう考えなのかしら?」
「おそらく歌野さんや水都さんが死んでしまうのが、神託もどきの主にとって面白くなかったのでしょう。水都さんから聞いた限りでは、神託もどきの主はかなり享楽的な性格なようですから」
ひなたの説の真偽はいまのところ不明だが、歌野は信じる価値があると感じていた。
というのも、誰にも明かしていない若葉と歌野の秘密だが、四国へ辿り着いてから若葉に顔を合わせて、感動のあまり包容を交わそうとした瞬間、腕が若葉に殴りかかり、危うく押さえるという場面があったのだ。子供を襲ったのは静岡の港に無事到着して一安心したタイミング、若葉を襲ったのは言うまでもなく歌野が幸福を味わっていたタイミング、どちらも歌野の気分を害するタイミングで腕は動いたのだ。
「ただ、水都さんが強気な態度で接した場合、つまらないつまらないと文句を言うばかりで実力行使には出なかったそうです。歌野さんの腕の力からすれば相当に強力な存在であると予想できますが、その力を行使するそぶりも無かった。となると、神託もどきの主が現実に誰かを害するにはそれなりの制約、あるいはこだわりがあると考える事ができます。そのこだわりをうまく見抜ければ、腕の力を利用しつつリスクを最小限に押さえ込む事ができると、私は考えています」
ひなた曰く、既にいくつかこだわりらしき点は見えているらしい。
例えば、人間を害するときには咄嗟に防げるレベルの攻撃に留めている点がそれだという。これは神託もどきの主の嗜虐性から、生々しい行為を見せつける事を楽しんで、あえてそうしている可能性があるそうだ。ただ、歌野や水都の慌てふためく様子を見ただけで満足して攻撃を止めているあたり、完璧な封印よりは、腕が暴れる度に押さえていくのが攻撃の過激化を抑止する意味でも正解だろうと、ひなたは言った。
「腕が暴れるのは、今後も歌野さんの楽しい気持ちに水を差すタイミングが多くなるでしょう。お祝い事のときは要注意ですが、日常に安心して気の緩んだタイミングでやってくる可能性も大です。皆さん、それぞれ警戒して、怪しい動きを見せたらいつでも捕まえる心構えをお願いします」
ひなたのまとめに、その場の六人はそれぞれ頷き返すのだった。
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バーカ、バーカ、丸聞こえだよー。
ボクの腕がついた歌野の目の前で作戦会議とか、馬っ鹿じゃないの。
上里ひなた、お前の名前覚えたからな。
美少女だからって調子に乗ってると痛い目見るんだぞ。
まぁ、しばらくはお前のガバガバ対策に乗ってやるよ。
それから適当なタイミングで予想を裏切ってやる。
調子に乗ったところで「こんな筈では・・・・・・!」って曇らせてやるんだ。
みーちゃんに入れ知恵したのも、お前だってわかったからな。
人間風情がボクを制御しようなんて思い上がった事を後悔させてやる。
歌野の腕を操っての顔面グーパンを食らえ!
あ、くそ、防ぎやがった。巫女の癖に生意気だぞ。
避けるな、このっ、あっ、若葉どけ、そいつ殴れない!
あー、くそ、捕まった。
まぁいいや、これからいくらでも殴りかかるチャンスはあるし。
上里ひなた、絶対に顔面グーパンかましてやる。
明日も、絶対に教室に来いよな。
明日こそ殴ってやるから。
あ、そういえば明日はバーテックスの襲撃があるんだっけ?
くそ、地球の神の分際にボクの邪魔するなよ。
ムカつくなぁ。くそっ。
(つづく)
改変箇所:四国へのバーテックスの攻撃開始が早くなる。
原因:諏訪崩壊の早期化と同様。