幕間 勇者達の休日(ぐんたか)
古来より、日本人はランキングという物を好んだ。
民明書房の調査によれば、聖徳太子の冠位十二階に端を発するとかしないとか。
貴族の家格、神社の格付け、相撲の番付と、あらゆる場面で格付けを日本人は行ってきた。
そして、そんな日本人の習性が現代まで脈々と受け継がれているのは言わずと知れた事。であれば、バーテックスと戦う勇者という存在に対し、その習性が向けられない事がどうしてあるだろうか。
しかしーー
「こんな事、あり得ないわ・・・・・・」
郡千景は雑誌を広げて愕然とした。
あまりに許し難い情報を、そのランキングは示していた。
第八位 高嶋友奈
「高嶋さんが、どうして!?」
それは、男性読者にアンケートを取った人気投票だった。
雑誌の記事にはこう書かれている。
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人懐こい笑顔で男性読者の視線を釘付けにした、かつての彼女はもう居ない。
月日が経つほどにファンサービスは減り、男の視線を避ける地味な服装を普段からするようになった彼女を指して、誰かと付き合い始めたのではと男性読者の間で噂が囁かれたのは、まだ平和だった頃の話。
勇者として演武の舞台に立った彼女に対し、唐突に愛の告白をした迷惑な男性ファンに「好きな人がいるのでごめんなさい」と回答したうえに、食い下がる男性ファンを容赦なく殴り倒して公の場に姿を見せなくなったあたりから、売約済みのレッテルが剥がれなくなる。
大社の杜撰な警備体制の被害者として同情の声が聞かれる事も無くはないが、勇者の仲間に暴力を振るって怪我をさせた前科があるという噂もあり、腹黒、暴力女といった風評が付きまとって剥がれないのが現状だ。
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「ふざけないでよ・・・・・・!」
千景はどう考えてもこれは世間がおかしいと感じた。
頭のおかしい男性ファンを払いのけただけで、どうしてそこまで言われなくてはいけないのか。
こっちはファンサービスで食っているアイドルではない、バーテックスの侵攻から国土を守っている勇者だというのに。
おまけに千景が知る限りで、友奈に男の影があった事など一度もない。
それを売約済みなど、濡れ衣も良いところだ。
だいたい、千景と一緒にいるとき、友奈はいつも決まってミニスカートを履いて、肩を出すような大胆な服装をしている事すら多々あり、目立たない地味な服装なんて、千景は見たことすら無いのに、世間の男共は一体何を見ているのか。
こんな妄想を書き連ねたような雑誌記事で友奈が貶められるなど、あってはならない事だと千景は激怒した。
「高嶋さん、明日は街へ行きましょう!」
「えっ、ぐんちゃんとデートするって事?」
ありのままの友奈の姿を、世の人々に広めなくてはいけない。
そう決意した千景は、友奈を街へ連れ出すと決めた。
「明日の何時に待ち合わせ?」
「少しゆっくりで、十時頃でどうかしら?」
「うん、わかった!」
千景も友奈を輝かせる為に、相応の支度を整える。
友奈がどこに行けば楽しめるか、遊びのスケジュールを組み立てる。
スケジュールを組んだうえで、千景は自身の振る舞いも考える。
千景は明日、友奈を引き立てる脇役になるのだ。
その際、友奈が千景を噛ませ犬にしていると見られるリスクの見積もりを誤ってはいけない。
ギリギリの線で、友奈が輝く振る舞いをしなくてはいけないのだ。
だが、千景は友奈が選ぶだろう服装を頭の中でいくつも組み立てて、どこまで攻めるべきか悩んでしまった。
「くっ・・・・・・。そうだ、秋原さんに聞きましょう!」
そこで、千景は勇者達の中で最もファッションセンスに優れた、秋原雪花にチェックを依頼する事にした。
だが、千景が雪花の部屋を訪ねたところ――
「た、高嶋さん!?」
「ぐんちゃん!?」
まさかの友奈が先に雪花のアドバイスを聞きに来ていた。
そんな予想外の事態に、千景は大いに焦りを感じた。
これでは千景の企みが友奈にバレてしまう。
友奈は、千景を引き立て役にしたがる少女ではないのだ。
「あー、二人とも来たんだ・・・・・・」
「ご、ごめんね、せっちゃん・・・・・・」
「いや、二人とも揃ってるなら、むしろ話が早くていいよ」
だが、雪花は何かを察したように軽く苦笑いした。
「千景には、これとかどうかな?」
「それは、高嶋さんとデザインが被っているんじゃ・・・・・・」
「それが良いんだって」
それからしばし、雪花のファッションチェックは続いた。
「友奈もさ、適度にガス抜きして、こじらせない方が良いよ」
「うぅ・・・・・・でも、やっぱりよくわかんなくて・・・・・・」
「ファッションもそうだけど、人目に晒さないと常識からズレてくよ?」
「それは、そうなんだけど・・・・・・」
結局、千景も友奈も、雪花のダメ出しを食らってしまった。
千景の作戦は、そもそも双方の合意があってこそだろうと却下。
友奈は衣装を、妙に露出度の高い服はまるで友奈に似合っていないと却下。
「もっと中学生らしく、気軽に遊びに行った方がいいって」
対して、雪花に選ばれた服はこう言ってはなんだが、普通だった。
千景の衣装は、千景好みの赤と黒の配色だが、そう地味ではない。
友奈の衣装は、友奈が好きなミニスカートを除けば、大人しいコーデ。
そして、ポイントでペアルックのアクセサリを追加しただけだった。
「このくらいならまぁ、悪目立ちはしないっしょ」
勇者はただでさえ注目されやすいのだから、服装は地味くらいで良い。
地味で浮くような格好は逆効果だが、木を隠すなら森の中。
どこにでもいる中学生っぽい格好がミソだと、雪花は言った。
「それだと、高嶋さんの魅力が皆に伝わらないんじゃ・・・・・・」
「友奈はさ、別に皆にチヤホヤされたいとか思ってないっしょ?」
「うん、ぐんちゃんと楽しく遊べたらそれでいいかなって」
「ほら、友奈もこう言ってるし」
千景の未練も、雪花には一蹴された。
「千景はファッションの型を重く考えすぎ。ファッションが心の武装になって、引っ込み思案な子の魅力を引き出すパターンがあるのは認めるけど、友奈はそういうタイプじゃないし。肩ひじ張らず自然に笑って自然に遊べる格好が基本と、雪花さんは思うわけよ」
雪花は、だから普通でも、こういう服が良いのだと言った。
二人の好みでアレンジ自由だが、雪花なりにキャラや街の流行を汲み取ったとも。
千景も、そこまで言われては嫌とは言えないのだった。
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「ぐんちゃん、最近変わったね」
「そうかしら・・・・・・?」
翌日、千景と友奈は動物園に来ていた。
大きめの動物園の為、半分も回らぬうちにお昼になってしまったが、ふれあいコーナーで動物を撫でさせてもらったり、二人なりに動物園を満喫できていた。
そして、今は動物園の一角にある休憩所で、二人が作ってきたお弁当の中身を交換して昼食を取りつつの休憩中だった。
「高嶋さんと違って、せいぜい簡単なサンドイッチしか・・・・・・」
「あ、お弁当の話じゃなくって・・・・・・」
そんなところ、友奈がスマホで一枚の写メを見せてきた。
「さっきの、ふれあいコーナーで撮った写真ね・・・・・・」
そこにはウサギに囲まれて、笑っている千景の姿があった。
「それで、こっちが昔のぐんちゃん」
そして、友奈が続けて見せて来たのも、千景の写メだった。
「それは・・・・・・丸亀に来たばかりの頃かしら?」
そちらの写メの中で、千景は友奈に寄り添われていた。
友奈の抱いている猫を、おっかなびっくり指先で撫でている。
千景もこの時の事はよく覚えていた。
「この猫、私だけ撫でさせてくれなかったのよね・・・・・・」
若葉や球子、杏やひなたが近づいても気にせず撫でさせてくれた、丸亀城公園の猫。
だが、当時の千景は高知の小学校でいじめられていた頃の感覚がまだ抜けていなかった。
他人と触れ合う事に恐怖を感じてしまう子供だった。
そんな千景の緊張を感じ取って、猫は千景を避けるように振舞ったのだ。
「少し恥ずかしいわね・・・・・・」
そんな千景を友奈が気遣ってくれたのが、この写メだった。
「今なら、ぐんちゃんもだっこさせてもらえるかな?」
「どうかしら・・・・・・。ウサギと違って、猫だから・・・・・・」
千景が友奈を好きになったきっかけの一つが、それだった気がした。
友達がいなかった千景にとって、同年代で初めて優しくされた相手が友奈だったのだ。
「高嶋さんは、最近はどうかしら?」
「どうって?」
しかし、千景にとってはやはり恥ずかしい話だ。
当時の千景は、友奈がどういう気持ちで明るく振る舞っているかなど、欠片も知らなかったし、知ろうともしなかった。
「ご両親が見つかったって聞いたわ」
「えーっ!? 誰から聞いたの!?」
「大社の職員が、天恐のステージ4から回復した例として教えてくれたわ。家族が天恐だった勇者同士、相談に乗ってあげなさい、って」
ちなみにステージは、天恐こと天空恐怖症候群の重篤さを段階分けするのに使われる用語である。
ステージ1なら空を見るのを嫌がって外出を億劫に感じる程度だが、ステージ2になるとバーテックス襲撃時のフラッシュバック、幻覚を見るような症状が出てきて、ステージ3になると空を見れば必ずと言って良い頻度でバーテックスの幻覚が見えるようになり、ステージ4はバーテックス襲撃時と現在の記憶が混濁して発狂、自我崩壊へと至るらしい。
ただ、沖縄から避難してきた住民にどういうわけか天恐の患者らしき存在が一人も居ない事に目を付けた大社が研究を進めて、ステージ4から社会復帰が可能なステージへの回復を確認したと、千景は聞かされていた。
「うー・・・・・・。でも、ぐんちゃんが言った通りで、うちのお父さんもお母さんも退院して、仕事も大社が紹介してくれたみたいだから、もう相談なんて・・・・・・」
「社会復帰が早いわね・・・・・・。でも、うちのお母さんが、勇者の身内で天恐経験者の仲間がいたらいいのにって、いつだかぼやいてて・・・・・・」
しかし、家族を巻き込む話は、少し重たかったかもしれない。
話題選びを間違えてしまったと、千景は少し反省した。
「・・・・・・・・・。今度、ぐんちゃんの家に挨拶しに行ってもいい?」
「・・・・・・? えぇ、そうね。家族の事だから、段階は踏むべきよね」
しかし、気まずい空気は友奈の気遣いでかろうじて誤魔化された。
家族の話はまた今度、という事だろう。
「じゃあ、私も高嶋さんの家へ挨拶に行っても良いかしら?」
「も、もちろん大丈夫だよ!?」
千景も話の流れで友奈の家へ行く事になった。
友奈ばかりに気を遣わせるわけにはいかない、という話だ。
なお、友達の家に遊びに行った経験など、千景には一度も無い。
だが、手土産を持って身綺麗にして行く程度は、千景も予想ができた。
それゆえ、千景は深く考えず、この話を切り上げた。
「じゃあ、この話はまた今度するとして・・・・・・」
「うん、またじっくり相談しないとだね・・・・・・!」
友奈は妙に興奮した様子だったが、千景は気にしなかった。
千景の実家は、少し前に大社の支援で高知の村から移転していた。
新しい家は外観が綺麗で、友奈に見られても恥ずかしくない。
「午後はどうしましょうか、高嶋さんはリクエストはある?」
「うーん・・・・・・。動物園で会っておきたい子が一匹いるんだけど・・・・・・」
地味な動物だけど良いかと聞かれて、千景に否は無い。
友奈とならどこへだろうと行く、それが千景の基本的な思考だった。
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友奈に連れられてやって来たのは、動物園の隅にある檻だった。
そこで飼育されている動物の名前を書いた札は簡潔だ。
三文字だけ、大きくひらがなで書かれている。
たぬき
千景が檻の中を覗くと、茶色い毛玉が一匹いた。
「ポン吉、会いに来たよー!」
友奈に呼ばれて、毛玉がもそりと動く。
格子に近づいてきた大きさからして、まだ子供だろう。
友奈によればもっと小さい頃に、一家がまるごと交通事故に遭ったらしい。
一匹だけ生き残って、親の遺体の側で鳴いていたところを保護されたという。
親がいない子狸が一匹だけの檻は寂しく、両親が行方知れずだった友奈は他人事とは思えず、子狸がどうか元気に育ってほしいと見守っていたのだという。
「あれ、ポン吉、口の周りに何かついてる・・・・・・?」
「この色合い、柿かしら・・・・・・?」
しかし、ふとタヌキが口の周りに何かをつけている事に気づいた。
動物園の餌に柿があったのかと思っていた、その時――
「タヌキに柿が怖いなんて言われて騙されたボクはもう居ないぞ! 覚悟しろ、この畜生め! これがお前の弱点、饅頭だ!」
褐色肌の少女が、饅頭を乗せた皿を片手に現れた。
どういう原理か、饅頭の皿が格子を潜り抜け、タヌキの前に置かれる。
「今度は嘘じゃないか、きちんと飼育員さんに確認を取って来たからな! タヌキは饅頭を食べる生態は持っていない! ボクをバカにした報いだ! 自然界に存在しない糖質の塊を食べて体調を崩してしまえ!」
なお、タヌキは雑食性で、人間の残飯は好物の類である。
高笑いする少女の前で、タヌキは皿の上の饅頭をはぐはぐと平らげた。
「馬鹿な奴。これから苦しむとも知らずに饅頭を食べちゃってさー」
「ケフッ」
タヌキは満足そうな様子で、軽く咳を一つ。
少女にペコペコと頭を下げると、友奈の方へと戻ってきた。
「ポン吉、お饅頭好きなの?」
「コクコク」
「はぁっ!? ど、どうせ強がりに決まってるしー!?」
「それより貴女、動物園で動物に餌をあげたらダメな事は知ってるわよね・・・・・・?」
「なにそれ? 知らないね! ボクはボクがルールだから!」
そして少女は、千景と友奈に捕まった。
ルールを知らないなら教えてあげるべきという、友奈の親切心である。
そして、少女は飼育員の元へ連行され、どうして動物園で勝手な餌やりがダメか滔々と説明されたのだった。少女の態度の悪さから、親を呼ぶかという空気になる事もあったが、親はずっと前に死んだから呼ぶなら警察だという話が少女の口から飛び出し、少女も癖はあるが子狸に自分を重ねて見てしまう孤児の一人なのだろうと、飼育員が同情で大目に見てくれたおかげで、無事解放される事と相成ったのである。
「キミさ、柿も饅頭もたらふく食べて、残り寿命もあとわずかだよね? そろそろ、人間に復讐したいと意気込んでたあの頃のキミを取り戻してくれないかな? ボクが化け狸にしてあげたのに、ボクばかり化かしていじって、それってどうなのさ。狸の血がそうさせるって言ってもさぁ・・・・・・」
そして飼育員に解放された後、少女はすぐさまタヌキの檻に戻った。
友奈と千景は、それほどタヌキの檻に長居はしなかった。
しかし、あの少女は閉園までずっとタヌキの傍らにいたのだろう。
千景はなんとなく、そんな予感がしたのだった。
「変わった子だったねー」
「そうね・・・・・・。どこかで会った気もしたのだけど・・・・・・」
ちなみに関係ないが、飼育員によればタヌキの性別は雌らしい。
それとは知らずポン吉と呼んでいた、友奈は驚愕していた。
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後日、丸亀城の教室にて。
土居球子はコソコソと何か読んでいる、杏が気になった。
「杏、何読んでるんだー?」
「タ、タマっち先輩!? こ、これは、その・・・・・・」
そして、球子は杏が読む雑誌のタイトルを見て、首を傾げた。
百合とは、花だっただろうか。
杏は可愛らしい女の子だから、花も似合うだろう。
しかし、それだと雑誌の表紙が不思議だった。
少女が二人、仲が良さそうに寄り添っている。
「花の雑誌・・・・・・じゃないよな、杏の好きな"同人誌"ってやつか?」
「一応、出版社から出てる物だけど・・・・・・」
杏はよく好んで恋愛小説を読んでいる。
なんとなく、それと雰囲気が似ている気がした。
そして、雑誌の中を球子が覗くと――
「おぉ、勇者のランキングなんてやってるのか!」
「う、うん・・・・・・」
勇者のランキングのような記事が見えた。
恋愛小説の雑誌にランキングがあるとは、球子も予想外だった。
しかし、球子もそういう誰が強いというランキングは好きな方だ。
ちなみにランキング上位にいた"若葉×歌野"と"歌野×若葉"が別集計な理由が球子にはわからなかったが、杏によれば、どちらが主導権を握るかで意味が違うらしい。
球子もなるほど、若葉のサポートが歌野か、歌野のサポートが若葉かで、戦い方が変わるという話かと理解するのだった。
「あの二人の組み合わせはどっちにしても上位なんだなー」
「そ、そうだね・・・・・・」
「けど、友奈と千景が一番なのか! なになに・・・・・・家族ぐるみの公認カップ――」
「ごめん、タマっち先輩!」
「うわっ、なんで逃げるんだ、杏!?」
しかし、杏がいきなり走り出して、球子は振り払われてしまった。
球子には何がなんだかわからなかった。
しかし、球子にとって非常に面白いランキングだったのは間違いない。
下の方の"友奈×タヌキ"など、その意味不明さが球子にはかえって面白かった。
「ま、後で見せてもらえばいっか」
しかし、球子はそう軽く考えてしまった。
二度とその雑誌を目にする機会が無いなど、想像すらしなかった。
「シクシクシク・・・・・・」
それゆえに後日、杏が涙を流す理由も理解できなかった。
『大社検閲済み』と判の押された、真っ黒な雑誌の正体も不明のままだ。
おろおろとする中、秋原雪花に肩に手を置かれた意味もわからなかった。
だが、理解すれば良いわけではない、そっと見守る優しさもあると、雪花は言った。
球子は杏を深く追求せず、少しだけ大人になるのだった。
(つづく)