大社の寮の部屋は狭く、入室者同士の距離は自然と近くなる。
乃木若葉は、それほど警戒心の強い人間ではない。
だが、誰しもパーソナルスペースに他人が入れば緊張するものだ。
「千景、今日は何の用だ・・・・・・?」
おまけに今回は向き合う相手も、若葉の緊張を煽っていた。
若葉は大きく深呼吸して、改めて相手、郡千景に向き直る。
「ちょっと乃木さんに言っておきたい事があって」
「千景の言っておきたい事か・・・・・・」
千景は仲間の中でも群を抜いて、若葉に対する姿勢が厳しい少女だ。
例えば、勇者達のリーダーである若葉が、訓練に疲れた仲間の「普通の中学生が羨ましい」という弱音に対して、リーダーとして「今は有事だ。勇者である私達の双肩に掛かる責任の重さを忘れるな」と檄を飛ばしてうっかり相手の弱音を圧し殺してしまった時も、千景は「つくづく正論ね。貴女みたいなリーダーが、私は心の底から大嫌いだけど」と、若葉に噛みついて心を抉って来たのだ。
「貴女、やっぱりリーダーに向いていないわ」
「ぐっ・・・・・・。また何か、私に至らない部分があっただろうか・・・・・・?」
そして今回もまた、千景は若葉に対して辛辣だった。
「一つ一つ挙げて行くけど、ちゃんと聞く覚悟はある?」
「わ、わかった、心して聞かせて貰おう」
とはいえ、千景もわざわざ休日の貴重な時間を割いて言いに来たのだ。
きっと重要な話に違いないと、若葉は佇まいを直した。
「まず、白鳥さん達が合流してからのバーテックスとの戦いだけど」
「あぁ、毎度百体程度の襲撃で、危なげなく撃退できている筈・・・・・・」
「"奥の手"を毎回使ってるわよね。何を焦ってるの?」
「いや、あれは・・・・・・」
しかし、千景の強い口調に、若葉はたじろいでしまった。
"奥の手"は、四国の勇者が対バーテックスの戦闘で用いる技だ。
土地神の精霊を身体に宿す事で、人間離れした力を行使できる。
「どうせ、白鳥さんに張り合っているのよね。四国の一番は自分だと、手柄を焦ってるんでしょ」
「それは、せめてリーダーとして皆の模範にならなくてはと・・・・・・」
歌野に刺激を受けているのは事実だが、悪し様に言う事だろうか。
若葉は皆に信頼されるリーダーになるべく、身を粉にして戦っているのに。
「貴女の奥の手で宿る精霊って、貴女に似ているわね」
「む・・・・・・?」
しかし、若葉が少し機嫌を損ねると、千景は哀れむような顔をした。
若葉の奥の手は、"源義経"という怨霊の側面を持つ精霊だ。
「源義経は責任のある立場の癖に最前線で大暴れして、誰の言うことも聞かず好き放題に手柄を立てて、自分勝手に振舞ったせいで兄に疎まれた。貴女も独り善がりを周囲に疎まれないと良いわね」
「・・・・・・私の戦いが独り善がりだと?」
若葉は皆の為に戦っているというのに、独り善がりと呼ぶ。
若葉は千景に対して、抑え難い怒りがこみ上がって来るのを感じた。
どうして怒りが止まらないのかは、若葉自身よくわからなかった。
だが、どういうわけか、千景を許せないと感じたのだった。
「皆を鼓舞する為の奮闘なら、私も認めるわ。でも、白鳥さん相手にマウンティングを取りたくて手柄を求めるのは、貴女の自己満足でしかない。猿山の大将みたく相手の頭を押さえないとリーダーの重責に耐えられないなら、やはり貴女はリーダーにふさわしくないわ」
「千景、それならお前がリーダーに立候補したらどうだ?」
若葉はなぜか、きちんと話を聞く約束すら頭から抜け落ちてしまった。
若葉を責める千景の言う事に、何の意味も無いと衝動的に思ってしまった。
そして、若葉が正しいか、千景が正しいか、皆に聞けば良いと思った。
どうせ、千景を選ぶような人間は勇者達に一人だっていない筈だと。
「ふっ、言うに事欠いてそれ?」
だが、若葉の怒りの籠った反応に千景はまるで動じなかった。
若葉はこれも気に食わず、千景を脅すように肩を掴んだ。
「答えろ、千景」
「私がリーダーになれるわけ無いじゃない」
それなのに、これにも千景は動じず、むしろ不敵に笑った。
若葉は強く出れば千景が引くと予想していただけに、これに逆にたじろいだ。
「四国を守る戦いに必要なリーダーは、長く苦しい籠城戦でも兵の士気を維持できる、肝の据わった指揮官よ。私みたいな一時の感情で周囲を振り回すガキはお呼びでないわ。そして、そんな指揮官になれる人間は勇者達の中でも一人きりよ」
そして、千景のカウンターのような主張に、若葉は天を仰いだ。
誰がリーダーに相応しいか脳裏に浮かんでしまったのだ。
「やはり、歌野か・・・・・・」
若葉は歌野を想像するだけで、何もかも諦めてしまいそうだった。
というのも、"諏訪の英雄"に対する、四国の熱狂が凄まじすぎるのだ。
丸亀城で生活している若葉達に、世間の声はそれほど聞こえて来ない。
だが、諏訪の結界がバーテックスに破られ、大社が諏訪の全滅を確信した数日後だった。
諏訪から静岡経由で来たと称する大船団が四国へ押し寄せて生じた騒動は、丸亀城に届くどころか、大社すら市民の熱狂を抑えきれず、若葉までマスコミの取材に追われるほどの大騒ぎになったのだ。
今もテレビをつければ、歌野達を取り上げた番組が放送されているだろう。
「歌野はまぎれもない英雄だからな・・・・・・」
大船団の正体が諏訪住民だと明らかになって間もなく、どのようにしてバーテックスの追撃を退けたか、避難が行われたかが四国住民の注目を集めた。
そして、諏訪住民が無数のグループに散らばる事でバーテックスの追撃被害を減らし、各グループの判断で山道を走り抜け、短時間のうちに静岡の港へ再集結した奇跡的な作戦内容が明らかになると、そのにわかには信じられない実行力に四国中が度肝を抜かれ、誰がそれを可能にする指導力を発揮したのかという話になった。
計画段階には多くの諏訪住民が関わっていたようだが、絶望的な状況にも関わらず士気を維持できた理由については、諏訪住民が口を揃えて、白鳥歌野と藤森水都という二人の少女のおかげだと言うものだから、二人は奇跡の撤退を成功させた立役者として、四国で揺るがない名声を得てしまったのだ。
四国での小規模な戦闘に終始する若葉達とは、名声の格が違うのである。
「四国の意地を見せてやると意気込んだが、独り善がりか・・・・・・」
若葉はふと、幼馴染の事を思い出していた。
上里ひなたは、水都が巫女達の間で発言力を増しても何食わぬ様子だ。
発言力云々は、巫女は非戦闘員ではあるが、神託を受け過ぎると頭が混乱する等の問題があるらしく、そのときの体調に応じて神託を受ける順番を交代するような助け合いがあり、その中で上下関係が発生しているのだという。
そこへ新たにやって来た水都だが、諏訪の神託を一人で捌いてきた経験者に年期の浅い巫女が助けを求めるのは言うまでもなく、うっかり助け合いの輪に混ざる事ができず孤立してしまった巫女にも水都は進んで手を差し伸べて、地獄に仏を見た巫女達がそのまま水都を囲う派閥を形成、諏訪の一件の名声も合わせて、水都の発言力は巫女だけでなく大社にまで及び、勇者達に寄り添う特別な巫女である、ひなたにも並んでいるという。
「器の違いか・・・・・・」
水都の派閥が成長しても、ひなたは自分の派閥を維持している。
水都の下でも巫女達が幸せならそれで良いと、無益な争いを避けた結果だ。
だが、若葉は歌野に対抗し、仲間に頼りないと見られてしまった。
「これが、貴女がリーダーにふさわしくない理由、その一」
「まだあるのか・・・・・・」
「二つ目は、貴女の体調問題よ」
しかし、そこまで理解した若葉に、千景は更に追い打ちをかけた。
「大社はこれを把握しながら隠しているみたいだけど、奥の手を使いすぎると魂に穢れが溜まって、精神に異常をきたすらしいわ。貴女がやたらと手柄に拘っていると私はさっきから言っているけど、それは貴女が源義経の怨霊を宿し続けて、その影響を受けているせいじゃないかしら」
そもそも若葉は自分の意志に従って歌野に張り合っているのか。
千景は若葉の目をじっと見つめて、警告した。
「感情のタガが緩んでいると感じたら、警戒しなさい」
「それは・・・・・・」
若葉はさきほど衝動的に湧きあがった、抑えられない怒りを思い返した。
千景の肩を掴んで脅しつけるような事までしてしまった、あの怒りを。
「すまない・・・・・・。さっきは少し、冷静さを欠いてしまった・・・・・・」
若葉が正気でなければ、もはやリーダーの資質云々ではない。
「冷静に戻れるなら軽症ね。今のうちにリーダーを退いて静養しなさい。それが皆の為よ」
若葉は、千景の言葉に何も言い返す事ができなかった。
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若葉をぐんちゃんのフリして曇らせるの、たーのしー。
リーダーとしての努力を仲間に全否定されるとか、辛いよね。
若葉ったら、捨てられた子犬みたいな顔しちゃってさ。
うんうん、どうしたら信頼を取り戻せるか、教えてほしいんだよね。
若葉の信頼は全く失われていないのに、悩んじゃって可愛いなぁ。
いやホント、そんな縋るような目を向けるなよ、可愛すぎだから。
ボクが褐色美少女じゃなかったら押し倒してるところだぞ。
まぁ、それはさておき、どうしようかな。
若葉はリーダーをやめる雰囲気だし、言葉の追加は蛇足だよね。
適当につっついて遊んで行くか。
わき腹つんつん。
あは、滅茶苦茶びっくりしてる。
真面目な話から、どうしてそうなるって気分だよね。
残念、ボクは真面目な話をする気なんて最初から無かったのさ。
若葉を曇らせる為に適当な理屈をこねくり回しただけだよ。
ぐんちゃんっぽい演技の為に勇者システムや大社サーバの情報は抜き取りまくったけど。
それそれ、わき腹くすぐり~。
うわっ、若葉ってば、身体つきまで完璧な美少女なんだ。
しかも、このスベスベ肌、絶対に戦ってる人間のそれじゃないよね。
あと、なんか良い匂いがしてきたけど、これって若葉の汗かな。
どれだけ完璧なのさ。
くそっ、攻めてる筈なのに敗北感が湧いてきた。
ボクのぐんちゃんボディだって、結構なクオリティなんだぞ。
すらっとした脚、きゅっとくびれたウェスト、控えめながらそれなりに膨らんだバスト、十人に聞けば九人は美少女だと言うに違いない整った顔立ち、依代にしたのがブロンズ像だからちょっと体臭が金属っぽいけど、このクオリティで敗北感なんて、普通はあり得ないからね。
どうして服を脱いでいるって、白黒つける為だって決まっているじゃないか。
全身を見比べて、ボクが勝利している事を確認してやる
あ、こら、若葉逃げるな!
―――――――――――――――――――――
上里ひなたは、若葉の部屋を訪ねて、思わず凍り付いてしまった。
若葉に北海道の件で相談をしようと電話をかけたのに、何故か通じないから様子を見に来たのだ。
そのついでに、若葉をびっくりさせるべく入室時にノックをしない悪戯を試みたのだ。
試みたのだが――
「若葉ちゃん・・・・・・。千景さん・・・・・・?」
千景をベッドに組み伏せる、若葉の姿がそこにはあった。
千景は一矢纏わぬ姿で、顔を上気させ、呼吸を乱している。
若葉も同様で、着衣の乱れがあり、これではまるで――
「まさか、そんな・・・・・・」
「ひなた、待ってくれ! 誤解だ!」
若葉が必死に弁解するが、ひなたは見てしまった。
ひなたの動揺を見て、勝ち誇るように口元を歪める千景を。
「っ・・・・・・この泥棒猫!」
「ひなたっ!?」
「若葉ちゃんは下がってください」
「待ってくれ、誤解なんだ!」
「大丈夫ですよ、若葉ちゃん。この卑しいメス猫を部屋から叩き出したら、詳しい話を聞かせていただきます」
「ふふっ、何をそんなに怒っているのかしら。上里さん?」
「黙りなさい!」
ひなたの渾身のビンタを頬に受けても、千景は変わらない。
ひなたの怒り狂った様子を愛でるように、ニヤニヤと笑っている。
「落ち着け! ひなたらしくもない!」
「若葉ちゃんはどうしてこんな・・・・・・! こんな女を部屋に入れたんですか!」
「いや、大切な話があると言うから・・・・・・」
「そうよ、話が盛り上がりすぎて、こうなってしまっただけなのよ」
「戯れ言を・・・・・・っ!」
腹立たしい顔をする千景への二度目のビンタは、止められてしまった。
「若葉ちゃん・・・・・・っ!?」
「千景、すまないが出て行ってくれるか」
「えぇ、そうさせてもらうわ。しっかり、"用事は済ませた"から」
「っ・・・・・・! 若葉ちゃん、どうして・・・・・・っ!」
そして、千景は余裕を見せつけるように時間をかけて服を着て、ドアノブに手を――
「乃木さん、上里さん、無事!?」
「あっ、やばっ」
かけようとした瞬間、"千景"が部屋へ飛び込んで来たのだった。
何キロも全力疾走してきたような、真っ赤な顔の千景だった。
「スマホで私の偽物がいるって連絡を入れようとしても、何故か通じなくて・・・・・・っ!」
ひなたのスマホと同様、千景のスマホも通じなくなっていたらしい。
「白鳥さんの腕の主だから、私の顔をした奴が何を言っても絶対に信じたらダメよ・・・・・・っ!」
ひなたは、真っ赤な顔をした千景から視線を外した。
「・・・・・・ベー」
そして、窓から逃げようとしている千景のあかんべぇに頭が冷えた。
「・・・・・・そうでしたか、そういう事でしたか」
「顔面崩壊ざまぁ」
「えぇ、見事に食らってしまいましたね。では、お返しです!」
「嫌なこった、勝ち逃げ万歳だ!」
窓から逃げる千景もどきを追って、ひなたも窓枠に手をかける。
「ひなた落ち着け!」
「若葉ちゃん、あの女だけは、あの女だけは・・・・・・っ!」
しかし、ひなたは若葉に取り押さえられてしまった。
ひなたは諦めず、千景の顔をした何者かが大社施設に潜伏しているという情報を走って拡散、大社総出で捕獲作戦も実施された。
しかし、多くの人員を動員しておきながら成果は挙がらず、対象の捕獲はおろか発見にすら至らなかった。
ひなたと千景が苦しめられた通信障害の原因が勇者システムおよび大社サーバへの不正アクセスであった事、巫女向けの回線はかろうじて無事であった事は判明するものの、どのような情報を抜き取られたかまでは確認が取れず、大社の紙ベース資料の紛失が無いかまで巫女と大社職員が総出でチェックする羽目になる等、大社は正体不明の存在に完全な敗北を喫してしまったのだった。
「神樹様、どうかあの女に一泡吹かせる神託を・・・・・・っ!」
なお、ひなたの懇願に土地神の慈悲が無かった事も付け加えておく。
(つづく)