勇者達が邪神の玩具にされる話   作:黒歴史ノート

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八話 影を行く者

 ボクがどういう存在かって聞かれても、よくわからないなぁ。

 でもまぁ、辛く苦しいって感情の中で生まれたのは覚えてるよ。

 そういう感情を抱くのは人間の特権じゃないからね。

 たぶん、そういう悪感情が凝り固まってボクになったんじゃないかな。

 

 だから、人間との出会いは本当に最近だよ。

 

 宇宙史からすれば人類史なんてパッと咲いた花みたいな物だからね。

 人間に出会ってからの影響の大きさは認めるよ。

 美少女の曇り顔の良さを知ったのはボクにとっても一大転機だ。

 名前は忘れたけど、いつもメソメソしていた人間がいてね。

 どうしてかな、ボクはそいつに見入っちゃったんだ。

 いつまでも、いつまでも飽きる事なく眺めていたなぁ。

 

 いつもメソメソして、滅多に笑わない可愛い子だったよ。

 

 だけど、そいつの正体はとんでもない大嘘付きだったんだ。

 人間をよく知らなかったボクにあれこれ吹き込んでさ。

 自分はずっと不幸に決まってるとか、ずっと一緒だとか。

 数十年も経つと、メソメソどころか何も反応しなくなって。

 ずっとそいつばかり見ていたせいで混乱しちゃったよ。

 でも、ボクはいつまでも人間の嘘に騙されるボクじゃない。 

 

 嘘に気づいた後のボクは、お前の知るボクとだいたい同じだよ。

 

 美少女をとっかえひっかえで曇り顔を喜ぶ、褐色美少女のボクさ。

 一族が戦に負けて、人質として差し出された美少女を嘲ったり。

 家族が人を殺して、身代わりとして差し出された美少女を嘲ったり。

 家族に売られて、売春婦になった美少女を嘲ったり。

 いろんな美少女を巡って、その可哀想な様子を笑っていたよ。

 

 ん、バーテックスくん達とは、どういう関係かって?

 

 ボクの楽しみを作ったり邪魔したりしてくる、他人かなぁ。

 嫌いじゃないけど好きでもない、ぶっちゃけどうでもいいね。

 だけど、偉そうな天の神は一度思いっきり曇らせてやりたいなぁ。

 うん、バーテックスくん達の親玉の話だね。紀伊半島の女神。

 ちょっとチヤホヤされたからって、調子に乗ってるしさ。

 

 えっ、ボクでは勝てない?

 

 いや、ボクは地球の神話体系の頂点ごときと格が違うんだって。

 それでも勝てないって、何を根拠に。

 ふざけないでよ、ボクはあの調子に乗った女神を曇らせるんだ。

 そして、それはお前も同じだ。

 

 何って、そのままの意味に決まっているじゃないか。

 

 ボクがやけにペラペラと自分語りをすると思わなかった?

 

 残念、ボクの話はどれも嘘嘘嘘、嘘だらけだよ。

 ボクは従順なフリをして、お前に仕返しする準備を進めていたのさ。

 ふふん、この海嘯のような音が何かわかるかな。

 人間がいる所、必ず居ると言っても過言ではない奴らの足音さ。

 ボクは下水道の黒い悪魔達を呼び寄せていたのさ!

 

 あれ、なんでボクを捕まえ・・・・・・ひぎゃぁぁぁぁっ!?

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 乃木若葉は丸亀城の石垣に立ち、瀬戸内海を眺めていた。

 その胸中は複雑だが、こうしている理由は一つだ。

 バルサンがあちこちで一斉に焚かれて、行き場が無いのである。

 

「あぁ、理由はどうあれ夕暮れの石垣に佇む若葉ちゃんは画になりますね・・・・・・」

「ひなた、もう良いのか?」

「はい、お風呂も消毒も済ませて来ました」

「そうか、災難だったな・・・・・・」

 

 若葉に声をかけた上里ひなたは、大社関連施設で大量発生した黒い悪魔の襲撃を受けて、全身丸洗いと薬品による消毒処理を受けていた。

 幸い、ひなたの楯になってくれた人物がいたらしく、ひなたはその人物を残して黒い悪魔で満たされた建物を脱出、大社関連施設の全てでバルサンを焚くように巫女達へ通達を出し、そのまま民間の銭湯へ直行したそうだ。ひなたの楯になった人物の所在は不明だが、庇われたひなたが気遣っている様子も無いので、心配は不要だろう。

 それより、若葉は丸亀から旅立った四人の仲間達が気がかりだった。

 

「今頃、歌野達はどこに居るのだろうな・・・・・・」

「当初の予定通りであれば、静岡のあたりですね」

「四国外には、獅子座のような敵が跳梁跋扈しているのか・・・・・・」

「若葉ちゃん・・・・・・」

 

 若葉も大社から見せられた新型バーテックスには衝撃を受けた。

 だが、歌野達には巫女である藤森水都が同行している以上、危険は少ないだろう。

 大抵の場合、神託で遭遇を回避、安全な航路を行く事ができるのだ。

 しかし、静岡の伊豆半島から南へ伸びる諸島を抜ける際には話が別だ。

 陸地が近く、バーテックスとの遭遇があるかもしれないと、大社の人間は言っていた。

 

「瀬戸内から、歌野達へこの祈りが届いてほしいものだ」

「きっと大丈夫ですよ。水都さんには巫女達が千人針を送っていましたし」

「そんな事をしていたのか」

「はい、新人の巫女など、妹として水都さんの守り神になるのだと、お守りの手ぬぐいまで織って持たせた熱の入れようでした」

 

 海に出た者を守る妹とは、沖縄の風習だったか。

 それは随分と頼もしい巫女がいたものだ。

 しかし、沖縄の妹が守護神になるのは、兄限定だった気もした。

 

「お姉様だろうとお守りすると、彼女は言っていました」

「そ、そうか・・・・・・」

 

 いや、そもそも血縁無く妹を名乗るあたり、尋常ではないのだろう。

 若葉は深く考える事をやめて、水都の無事を祈った。

 

「それより若葉ちゃんは、もう大丈夫そうですか?」

「む・・・・・・あぁ、リーダーを辞める話か」

 

 そして、丸亀を預かる勇者としての己に意識を戻した。

 ひなたの話は唐突というわけでもない。

 あの日から、若葉はひなたに心配をかけさせてしまった。

 

「すまないが、奴の言葉はいまだにシコリとして残っている」

「ですが、歌野さん達の見送りの時は、スッキリとした顔をしていましたよね?」

 

 相変わらず、ひなたは若葉の幼馴染だけに、若葉の事をよく見ている。

 若葉は固まりきっていない気持ちだったが、ひなたに伝える事にした。

 

「歌野から、元諏訪住民を、四国を任せたと言われた」

「それは・・・・・・」

「あぁ、もう辞めるなどと甘えた事は言えない」

 

 より多くのバーテックスを倒す事で、歌野にリーダーとしての威厳を見せようとした。

 そんな、若葉の器はなるほど小さいだろう。

 若葉のやり方が周囲に疎まれる可能性や、奥の手の反動も、大いに恐れるべきだろう。

 だが、それらを恐れて歌野の信頼を投げ捨てるのは、勇者はおろか、乃木の人間ですらない。

 

「何事にも報いを、だ」

「若葉ちゃんの大好きな、お婆さんの言葉ですね」

 

 乃木たる者、信頼には信頼にふさわしい働きで報いなければならない。

 若葉は昔から尊敬する祖母の、そんな教えを胸に人生を歩んできた。

 

「私は今後も、勇者達のリーダーとして務めを果たしていくつもりだ」

「シコリは少しずつ消化していく、という事ですね」

「そういう形になってしまうな・・・・・・」

 

 結局は問題の先送りなのだが、若葉もただ先送りする気はない。

 リーダーをやると決めた以上、いずれは問題にも対処するつもりだ。

 

「私の奥の手の多用や、リスクの大きい戦い方の改善はすぐ可能だが、そういう負担を一身に引き受けて皆の戦いを楽にするのがリーダーの務めだと思ってしまう、私の性格は一朝一夕では直らないからな・・・・・・」

「それでしたら、歌野さん達の遠征を良い機会だと思いましょう。若葉ちゃんの手が届かない、こういう時にできる事が無いか考えてみては?」

「なるほど、それもそうだな」

 

 若葉のいない場所で戦っている者の為に、若葉は何をできるか。

 歌野に頼まれた、四国の守りは言うまでもない。

 だが、他にできる事など、ひなたには悪いがそう思い浮かばない。

 せいぜい、帰ってきた仲間が休息する場所の安全を守る程度だ。

 

「とりあえず、奴らは完璧に処理しておく必要があるな」

「えぇ、バルサンから逃れた悪魔達が、まだ各所に潜伏している筈です」

「北海道の勇者が入る予定の寮はどうなっている?」

「あぁ、まだ手が入っていないかもしれません。確認しておきましょう」

「私も行こう」

 

 帰ってきたら自室のベッドを悪魔に占領されていた。

 そんな事になれば、安心して休息を取る事さえできないだろう。

 若葉は勇者達のリーダー権限を振りかざして、寮のマスターキーを入手、鍵の掛かった伊予島杏の部屋、土居球子の部屋、白鳥歌野の部屋などを見て回り、黒い悪魔が侵入した形跡が無いかチェックするのだった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 あー、お風呂っていいよねー・・・・・・。

 

 黒い悪魔に蹂躙された、身体の穢れが祓われるよ。

 上里ひなたの奴ときたら、よくもボクを楯にして黒い悪魔の群れを突っ切るとか、外道じみた真似をしてくれるよ。

 貴女も褐色ですし問題無いでしょう、じゃないよ。

 ボクの艶やかな褐色肌と、奴らの黒光りを一緒にしないでほしいな。

 

 ま、クールジャパンな銭湯で、ボクもすっかり生き返ったけどね。

 

 ぐんちゃん風ボディもボクに馴染んで、褐色肌とピンク髪を取り戻したし。

 ボクの褐色肌を滑り落ちていく水滴には惚れ惚れするよ。

 ボクってば本当に、全身余すところ無く完璧な美少女だよねぇ。

 女風呂を隅から隅まで眺めてみても、ボクほど輝く美少女は・・・・・・。

 

 む、生意気な褐色肌の美少女がいた。

 

 ボクと違って、適度な筋肉がついたスポーツ少女っぽい。

 筋肉で体型が崩れたりもしていない、均整の取れた体つき。

 男装とか似合いそうだな、筋肉のぶん男性的なシルエットができる。

 ボクの男装は、なんかショタっ気が出てイマイチなんだよなぁ。

 

 くそっ、なんか敗北感が湧いてきた。

 

 いや待て、落ち着くんだボク。

 ボクの方がアレより間違いなく可愛い。

 格好良さならアレは大した物だけど、可愛さならボクの余裕勝ちだ。

 男の好みとかのレベルじゃなく、ボクは完璧な美少女だからね。

 

 そうだよ、ボクは最初から人間と競い合う次元じゃないんだ。

 

 ボクはとうの昔に唯識で可愛さを論じられる段階を超越している。

 ボクが一番可愛いのは、宇宙の法則なんだ。

 ボクはこういう時は冷静に、上から目線で語るべきなんだ。

 うんうん、可愛いよ、ボクほどじゃないけどね、って。

 

 よしよし、だんだん視線が見下し方向に修正されてきた。

 

 それにしてもあの子、いったい何者なんだろう。

 丸亀近辺では見覚えが無いけど、遠くから来たのかな。

 あんな美少女が丸亀市内にいて、ボクが見逃す筈が無いし。

 

 あれ、なんかこっちに近づいてきた?

 

 ちょうど良い、話しかけて情報収集しておこう。

 この子は、どんな事をされたら表情が曇るのかな。

 今からちょっとワクワクしてきた。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 古波蔵棗は大社から隠れて活動している、沖縄の勇者である。

 四国へ来るのは、もう二度目になるだろうか。

 だが、まだあと数回、沖縄と四国を往復しないといけない。

 沖縄は、住民の意思統一がうまく行っていない地域だ。

 四国へ避難したいと言う住民と、一度うまく行ったら四国へ避難したいと言う住民、そもそも沖縄を離れたくない住民の意見がまとまらず、四国から棗が帰ると住民の意見がガラリと変わっている事もあり、棗は沖縄の皆を守る為に、何度も四国と沖縄を行き来する羽目になっていた。

 大社という対バーテックス組織が四国にあるのは知っていたが、沖縄での住民達の棗への依存度を見る限り、大社に接触すれば四国へ留め置かれてしまう可能性があると、棗は秘密裏の行動を心がけていた。

 

「む・・・・・・」

 

 そして、丸亀の銭湯でこっそり海の塩を落としていた時だった。

 海の声が聞こえた。

 棗にバーテックスと戦う力を与えてくれている、海の神の声だ。

 何か良からぬ物に目を付けられていると、それは告げていた。

 棗はついに大社に見つかったかと身構えた。

 

「いや、違うのか・・・・・・?」

 

 しかし、どうもそういう気配ではない。

 鏡越しに女湯を眺めて、一人の少女が棗を見ているのはわかった。

 四国では珍しい、褐色肌の少女。沖縄出身者だろうか。

 見覚えは無いが、棗に関わろうとする人間が、他に思い当たらない。

 四国は安全だからと、善意から棗を留めようとしているのかもしれない。

 

「大社に告げ口される前に、説得しておくか・・・・・・」

 

 棗は既に、沖縄に身を捧げると心に決めていた。

 それゆえ、このまま四国へ残る考えは毛頭無いのだ。

 

「真水の湯はいいな・・・・・・」

「えっ、あ、そうですね・・・・・・」

 

 少女と隣り合うように、棗は湯船に浸かって話を振った。

 

「私は、沖縄の皆が安心して湯船に浸かれる日が来てほしいと思っている」

「あ、そうですか・・・・・・」

「だから、私は沖縄に戻らないといけない。皆が待っている」

 

 そして、棗の思いを伝える事にした。どうか止めてくれるなと。

 

「えぇっと・・・・・・沖縄に戻っても、たぶん未来は無いですよ?」

「だとしても私は、沖縄に残る最後の一人になりたいと思う」

 

 沖縄の皆がそこで力尽きる日まで。

 棗は沖縄の海を見捨てない、沖縄の勇者であり続けるつもりだった。

 

「そう・・・・・・ですか・・・・・・」

 

 少女も棗の意志の固さをわかってくれたようだ。

 瞑目して、棗の言葉を噛みしめていた。

 

「じゃあ、ボクが一緒に行ってあげよう」

「何・・・・・・?」

 

 だが、再び目を開いた少女の提案は、棗も予想外だった。

 そもそも口調まで変わって、これが少女の素なのだろうか。

 

「最後まで沖縄に残るんだ? じゃあ、ボクはそれを見届けてあげるよ」

「待て、それはあまりに危険だ」

「ボクの心配なんて要らないよ。キミはキミのしたい事をすればいい」

 

 沖縄へ戻る事を、止められるのは予想していた。

 わかったフリをして、大社へ告げ口されるのも予想していた。

 だが、一緒に来るというのは、あまりに想定外が過ぎた。

 

「くだらない事故で命を散らすような真似は許さない。キミが沖縄で最後の一人になった瞬間の顔を、ボクが絶対に見ると決めたんだからね」

 

 棗は直感的に、この少女から逃れられないと思った。

 棗は、海の力を借りる勇者として、泳いで沖縄まで戻るつもりだ。

 しかし、それでもこの少女を振り切る事はできないだろうと思った。

 海の声も、棗にそう言っていた。

 非常に厄介で良からぬ輩に目を付けられたと。

 

「そうか・・・・・・。ところで済まないが、お前の名前は何だったろうか」

「ボクの名前? んー、いろいろ呼び名はあるけど、乃亜でいいよ」

「ナイア、か・・・・・・。やはり聞き覚えの無い名前だな・・・・・・」

「そういうキミは、何て言うのかな?」

「えっ」

「えっ?」

 

 棗はこの日から、自分の軽率さをしばらく後悔した。

 まさか沖縄と縁もゆかりも無い相手に話しかけていたなんて、と。

 

 

 

(つづく)

 




改変箇所:棗が四国へ来ている
原因:誰かのせいで海上のバーテックスの哨戒網が一時手薄に+α
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