今日も今日とて尸魂界は平和です   作:ぴんころ

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第二話

「なんてことをしてくれるのかしら」

 

 それは、異様な光景だった。

 那岐の体から那岐の声帯で女の声が出ている。

 誰一人として聞いたことのない声。

 

「彼のことを傷つけてくれるなんて」

 

 その声には怒りが込められている。

 握った斬魄刀は、始解すらされていないはずなのに如何なる理屈か雷を帯びている。

 徐々に、徐々に、那岐の肉体を使う何者かが発する霊圧は巨大になっていき、最下級大虚(ギリアン)に恐怖という感情を思い起こさせる。

 

「でも、一つだけ感謝してあげる」

 

 構えは、これまでの斬術で習ったものとはまるで違う。

 那岐の肉体を今扱っている少女らしき精神が知る限り、最もこの斬魄刀を扱うのに適した構え。

 刀身を投げ出すようにしたその構えに、脱力しきったその状態を前に、されど最下級大虚は動けない。

 

「あなたのおかげで、彼が私を使ってくれるわ」

 

 刀身が霊圧に耐えきれない。

 ぎしりぎしりと嫌な音を立てている。

 それでも、那岐の肉体を扱う何者かは霊圧を込めることをやめることはなく。

 一つの呪言を口にした。

 

「ーーーーー」

 

 それこそが始解。

 那岐が持つ斬魄刀の名。

 その言葉とともに放たれた一撃は、ギリアンを完全に消滅させた。

 

 

 

 

「現世への駐在任務、ですか?」

 

 その日、那岐に与えられた任務はそれだった。

 

「ああ、どういう理屈かお前だけは一週間後から現世への駐在だ。期間は一ヶ月。先達となる死神の元で研修って感じだな」

 

 他の同期の死神たちは未だに流魂街の巡回任務だけなのだが、なぜか那岐にだけはそれが言い渡された。

 先輩となる死神も、そのことには内心疑問だったらしい。

 那岐のことを見て、お前何かやらかしたのかと言ってくる。

 

「いえ、特別何かしたとは思いませんが」

 

 ただ、那岐自身何かしたような覚えはなく、首を傾げる他に取れる行動などあるはずもない。

 少年のその態度を見て、先輩にあたる大柄な男は笑ってバシバシと背中を叩く。

 

「ま、それまではしっかりと修行しとけよ。現世になると、本格的に修行する時間なんてなくなるからな」

 

「はい、わかりました」

 

 今から再度の斬術指南の元での斬術修行。

 そしてその後にはまた刃禅を行うことになる。

 去って行く那岐を見送る先輩からすれば、彼が現世に行くことを考えて今日中には始解を習得してもらって残りの期間には斬魄刀の始解を操っての戦い方を最低限構築してもらいたいと思うところ。

 

「さて、一体どうなるんだろうか。あいつ、結構感情が希薄に見えるしなぁ……」

 

 上からの命令に自分の意見を見せずに従うだけ。

 兵士としての価値の判断には困る。

 もしもの時に自分で行動できるような人間には見えないからだ。

 先に命令されたことしか実行できない機械のような、そんな印象すら見える。

 

 そして実際、那岐は彼の予想通り一週間では斬魄刀の名前をものにすることはできなかった。

 

 

 

 

「邪魔……っ!」

 

 那岐が持つ始解前の斬魄刀で虚を切り裂く。

 彼らの体を構成していた霊子が斬魄刀によって分子間の結合から解き放たれ、まるで血を吹き出したかのような形を表現しながら虚が消滅して行く。

 斬魄刀によって切り裂かれた虚は、虚となってからの罪の一切を禊がれ尸魂界(ソウル・ソサエティ)にまで送られることは、那岐も知っている。

 だが、実際に送り返したことはこれが初めてで、ぼうっとその状況を眺めていた。

 

「おいおい、もしかしてまだ見たことなかったのか?」

 

「はい、これまでの見回りでは一度も虚とは出会いませんでしたから」

 

「マジか……なかなか珍しいなお前」

 

 流魂街は確かに広く、虚が出たとしてもその見回りの担当地域、見回りの時間帯に出没することは少ないが、それでも入隊から一年近く経った彼が一度も出会ったことがないのは不自然だった。

 

「そろそろ新しい後輩ができる時期だってのに、一度も戦ったことのない先輩っていうのはどうかと思うぜ?」

 

「そう言われましても……」

 

 別に、那岐からすればそれは大したことではない。

 そもそも席次というものがあって、実力者がそこにつくことになる以上は先輩としての面目などこの護廷十三隊ではないに等しいもの。

 実際、今この場にいる先輩も那岐に対して『先達として教えることができる』と判断された人材でありながら、未だに始解をできていないために刃禅に通っている中には彼よりも早く護廷十三隊に入った人だっている。

 

「っと、次の虚だな。……なんか、今日は多いな」

 

「そうなんですか?」

 

 初めての駐在任務ゆえに、それすらもわかっていない。

 そんな後輩に苦笑して、先輩死神は次の反応があった場所へと向かった。

 それが、彼にとっての地獄の始まりだとは知らずに。

 

大虚(メノスグランデ)!? なんでこんなに……」

 

 見つけたのは無数の大虚。

 頭から黒い布状のものをかぶり、鼻の部分がとがった仮面をつけている巨大な虚。

 死神が真央霊術院の教本で見るような普遍的な最下級大虚だった。

 その数、およそ三十。

 どう考えても一般の死神でしかない彼らが戦えるような相手ではない。

 

「ちっ……おい、那岐! お前は尸魂界(ソウル・ソサエティ)に連絡と救援要請を入れろ! その時間は俺が稼ぐ!」

 

「わかりました」

 

 現世への任務の際に渡される機器を使用して、尸魂界に連絡を入れる。

 天挺空羅では現世から尸魂界まで届かないし、届いたとしてもそもそもあれは七十番代の縛道。

 那岐には扱うことはできない。

 ゆえにこうした場合に救援要請を入れるための機器がちゃんと渡されている。

 

「こちら、十三番隊那岐。現世駐在任務中に大虚の群れを確認。目視できる限りでは三十ほどの虚は全て最下級ではありますが、我々の手には負えないため救援を要請します」

 

『了解しました』

 

 要請は承諾された。

 あとはそれまでの時間を耐えるだけなのだが。

 

「よし、連絡が終わったか! なら後は耐え──」

 

 連絡が終わったことを察して一瞬でも気が緩んだのか、その時点で先輩死神は頭を食われていた。

 その時点で、虚たちの狙いは那岐に変更される。

 

「無駄だよ」

 

 けれど、那岐の肉体を捉えることができない。

 瞬歩によって縦横無尽に戦場を駆け回る那岐に、鈍重な動きしかできない最下級大虚ではついていくことができない。

 一体の虚の上に出現した那岐は、その斬魄刀を虚の脳天に突き刺すようにして墜ちる。

 まずは一体。

 一体一体確実に倒していけば最後には相手の数がゼロになることを知っている。

 相手の動きは鈍重、幾ら何でも出現直後にはどこに出現するのかまでは理解できていないだろうと考えて、他の虚のことは一旦頭の中から追い出した。

 

「なっ……!?」

 

 だから、直後視界を埋め尽くした黒い閃光に驚愕する。

 これまでの動きからは考えられないくらいの俊敏な反応で、真正面から虚閃(セロ)によっての迎撃。

 瞬歩を使っての避難、なんてことを実行する暇もなく、咄嗟に己の肉体を霊力で硬化する。

 

「──!」

 

 叫んだことなどほとんどない。

 何を叫べばいいのかわからない。

 ゆえにこの言葉は生存本能のみからくる音のない叫び。

 最低限の自己強化のみを残して、残り全ての霊力を斬魄刀に注ぎ込んで虚閃を切り裂くための刃と化す。

 

 ──届いた!

 

 体は痛みに苛まれながらも、それでも事実として虚の仮面にはその鋒が触れている。

 もう、斬れないなんて可能性は一切心の中にはない。

 ぴしり、と仮面が割れていく。

 虚の弱点であると教えられている仮面に、その一撃は深く、深く抉りこむようにして貫いた。

 虚が消滅する。

 一般の死神が一人では倒せないような大虚がその一撃で葬り去られる。

 だが、そこでおしまいだ。

 

「……っ!」

 

 深く貫きすぎた斬魄刀を引き抜くことは能わず、他の虚からの一撃が那岐の肉を切り裂こうと殺到し、防御そのものには成功しながらも大きく弾き飛ばされるのだった。

 

「う……ぁ……」

 

 か細く漏れる呼吸。

 斬魄刀を最後まで離さなかったことで、虚の消滅した場所に斬魄刀だけが置き去りになるという事態だけは避けることができた。

 だが、それだけだ。

 これ以上彼に斬魄刀を振るだけの力があるわけではなく、ここから逃げ果せるだけの力も残っていない。

 このまま向かってくる虚に食われて、無残にもその死体は誰の目にも止まらずに終わる。

 それが彼の末路。

 

 ──本当に……?

 

『ねえ、死にたくはない?』

 

 そんな声が、彼の内側から囁いてくる。

 他の誰かがいる気配があるわけでもなく。

 されどただの幻聴と切り捨てるにはあまりにもはっきりとした囁き。

 

『死にたくないなら、私の名前を呼んでちょうだい』

 

 名前を呼ぶ、その少女のような声は彼に未来を示す。

 この状況下でこの声が何者か、そんなことを考える必要はない。

 

『あなたの持つ死にたくないという気持ちに応えられるのは、私だけよ』

 

 この声が斬魄刀以外の一体何者だというのか。

 けれど、応えるべき名前が彼にはわからないが故に詰まってしまう。

 斬魄刀との対話、そして同調。

 それが済んでいない彼には、この声の正体はわかってもその名前まではわからない。

 

『……もう、死にたくないって気持ちはあるんでしょうけど、その気持ちが小さすぎて私と同調できていないのね』

 

 声すら出せない状況の那岐にはそれに対する返答はできない。

 今の彼は死に瀕しているというのに、それでも死にたくないという気持ちが希薄なままなのだ。

 そう、少女の声は断じている。

 

『しょうがないわね』

 

 だからこそ斬魄刀の名前を呼べるほどの同調ができていない。

 けれど、それでも少女は斬魄刀との同調を望んでいる。

 故にこの状況を切り抜けるために選ばれたのは、古今東西のあらゆる死神が見ても『いや、それはおかしい』と言ってしまうような前例のない方法だった。

 

「ここからは、私の番よ」

 

 少女の声が、那岐の口から漏れた。

 

 それは、乗っ取りという言葉が一番近い。

 那岐の感情の足りていない部分を斬魄刀側の強大な感情によって補って、肉体の主体を死神から斬魄刀の意思へと擬似的に変換するという行為。

 理性なきはずの虚が、あまりにも不可解すぎるものを見たために一瞬停止した。

 停止して、しまった。

 このタイミング以外に、彼らに反抗する余地など回ってくるはずもなかったのに。

 

「なんてことをしてくれるのかしら」

 

 それを示すように、那岐の肉体が纏う霊圧が上昇する。

 肉体についた傷の全てが膨大すぎる霊力によって強制的に修復されて、また壊れていくことを繰り返す。

 

「彼のことを傷つけてくれるなんて」

 

 その声には怒りが込められている。

 握った斬魄刀は、始解すらされていないはずなのに如何なる理屈か雷を帯びている。

 

「でも、一つだけ感謝してあげる」

 

 構えは、これまでの斬術で習ったものとはまるで違う。

 那岐の肉体を今扱っている少女らしき精神が知る限り、最もこの斬魄刀を扱うのに適した構え。

 刀身を投げ出すようにしたその構えに、脱力しきったその状態を前に、されど最下級大虚は動けない。

 

「あなたのおかげで、彼が私を使ってくれるわ」

 

 刀身が霊圧に耐えきれない。

 ぎしりぎしりと嫌な音を立てている。

 それでも、那岐の肉体を扱う何者かは霊圧を込めることをやめることはなく。

 一つの呪言を口にした。

 

「灼き祓え、『神鳴(かみなり)』」

 

 始解の解号。

 斬魄刀が帯電を開始する。

 先ほどまでの雷がまるで児戯であったかのような、ただそこにあるだけでコンクリートすら融解させそうなほどの熱を放ちながら、雷鳴が斬魄刀の中に押し込められていく。

 収束する雷は、消滅するのではなく刀身に集中させられているだけ。

 雷が刀身のみを覆うほどにまで小さくなった瞬間、ようやくその斬魄刀の姿が誰の目にも明らかになった。

 

「さ、終わらせましょう?」

 

 バスタードソード。

 現世においてはそう呼ばれる武器。

 無骨な大剣であり、絢爛なものでは断じてない。

 女性人格ゆえかその事実に少女はムッとしながらも、怯えを隠せぬ虚たちに路傍の石ころを見るような目を向ける。

 ……いいや、あるいはそれだけの価値すら認めていないかもしれない。

 片手では振るうことすらも難しい大剣を、那岐(少女)はまるで羽毛か何かのように片手でくるくると回す。

 そしてそのまま、無造作に斬魄刀を敵の集団の中に向けて、瞬歩で距離を詰めることもせずにその場で振るった。

 

「死電」

 

 振るった軌跡に雷電が置かれた。

 圧縮された雷電は今か今かと解き放たれる瞬間を待ちながら、バチバチと音を鳴らしている。

 

「行きなさい」

 

 よく躾けられた犬のように、その雷鳴は飢餓を癒すために虚という霊力の塊を喰らい尽くす。

 雷鳴がその圧縮を解かれたために、全方位に向けて同時に放たれた。

 涼しい顔でその雷鳴を眺める那岐の肉体を借りた斬魄刀は、溜飲が下がったかのように虚が消滅する様を見届けて。

 

「あら、そろそろ援軍が来るみたいね」

 

 霊圧の揺らぎを感じた人格がその肉体の奥、本来住まう精神世界へと戻っていく。

 彼女が戻るのと、那岐の人格が疲労により戻ってこずに倒れるのと、救援の死神がやって来るのはほぼ同時のことだった。

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