一色いろはは狡さと可愛さと素敵な何かで出来ている。   作:囃子米

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ヒッキーって自分の誕生日ちゃんと覚えてるのかなと疑問に思ったので。


一色いろはは狡さと可愛さと素敵な何かで出来ている。

 大学に入ってもう三年が経つ。高校卒業と共に俺は愛しい千葉を発って東京へと移住。夢の一人暮らしだ。とは言ってもぼっちは治らず、朝起きて講義に赴き、それが終わればバイトに行って家に帰り1日を終える。そんな無機質な日々が続いていた。

 ただ、今は夏休みで無機質な日々がさらに意味の持たないものになり始めた。高校の頃からそうだが、究極のぼっちは夏休みが暇だ。最初のうちは確かに楽しい。死ぬほど楽しい。忙しくてあまり手のつかなかったゲームや小説、漫画に勤しむ事ができる。しかしそれも束の間、ある一定まで満たされると次は虚無感が襲ってくる。だから仕方なくレポート、高校時代なら宿題に移る。しかしそれも終わる。本当の虚無感が襲ってくる。買い物に行っても安いTシャツと短パン、それと数冊の小説を買って終わる。飯もそんなに食わないからそもそも外に出る事が完全に潰える。

 ほらな、ぼっちの夏休みの完成だ。みんながぼくの夏休みやろーぜってとか言ってワイワイ八月三日をプレイしてる間に俺は隠された八月三十一日をやってたまである。

 まぁとどのつまり暇だ。長ったらしくぼっちの夏休みを1人でに解説することもまた虚しい。

「つーか今日何日だよ」

 スマホを見ると八月八日を指していた。まだ八月の序盤、気は重くなる一方だ。そうしてそのままTwitterをいじる。閉じた。

 ボーッと天井を眺める。暇が過ぎるので眠気が襲い、瞼を閉じようとした時、スマホに通知が届く。

『今から電話しますから』

 一色だった。懐かしい奴からメッセージが来たもんだなと思っているのも束の間、次の瞬間本当に電話が鳴る。

「もしもし? お前いきなりなんなの」

『なんなのって酷いですよ〜先輩!」

 甘ったるい。声がとにかく甘ったるい。同じ講義受けてるイケメンにそこらの女が声をかけに行く時と同じぐらい甘い。もっとわかりやすく言うと追い込んで高めに浮いたスライダー並みに甘い。ちなみに今のは川柳だ。

「はぁ〜。で? 何? 金? やだよ俺」

『先輩は私をなんだと思ってるんですか……』

「あざとい後輩」

『終わりですか!?』

「あぁ」

 電話の向こうからはため息が聞こえる。ため息つくために電話したの? 

『今、東京に来てるんですけど』

「おう、観光か? 浅草寺あたりいんじゃね? 知らんけど」

『勧めるなら確信あるところにして下さいよ……ともかく! 今から先輩の家行きますから! 良いですね!』

「は? お前、なんで俺の家知ってんだよ」

 そういうと向こうから聞こえてくるのは無機質な音。通話が途切れたことを知らせる。絶対に小町だな。でもお兄ちゃん小町のこと大好きだから許しちゃう。

 まぁしかし、奇妙なこともあったもんだ。一色と会うのは二年ぶりかそこらだ。土地に慣れず、住んでいる地域一帯を歩いているとばったり、戸部を連れ回している一色と出会った。こちらに気付かないように努力し、音を殺して歩いたにもかかわらず目が合ってしまったために、一目散に歩いてきて問い詰められた果てに東京の大学に進学し、一人暮らしすることを自白させられる形になった。

 困ったものだ。客人に用意するようなものは何にもないしテーブルがあるだけで座布団は一枚しかない。なんならコップも一個しかないし箸についても一膳しかない。なんだこの家。

「まぁ、いいか」

 そう言って再びベッドに体を預ける。正直、高校のことを思い出すきっかけに出会うとは思ってもいなかった。由比ヶ浜と雪ノ下が仲良くやっているということは平塚先生や何故か偶然にも頻繁に会う陽乃さんからも聞く。ちなみに平塚先生は未だに結婚できていない。そろそろ本当にだれか貰ってあげてほしい。果実は熟れすぎると腐り落ちるからな。これを本人に言うと殴られるのを通り越して泣きつかれるので絶対に言わない。

 しかし、それ以外のことは本当に知らない。小町が新大学生だということぐらいだろうか。それもまぁまぁ有名な大学の。

 本当に、知らないのだ。由比ヶ浜も雪ノ下も。あいつらがどこでどんな暮らしをしていて、何を思って生きているのかなんて。俺に知る権利もないだろう。

 沈黙する俺の部屋にはエアコンの風の音がよく響いた。窓の外からは蝉の声がやたら聞こえる。なんだか苛立った。高校時代を思い出せばいつもそうだ。あの頃の無力な自分にただ腹が立つ。

 初めて酒を飲んだ日には平塚先生が横にいた。泣いていたらしい。俺は一体なにを成せたんだろうって。陽乃さんが酒に酔えない性分だと俺のことを評したが、あの時だけは違った。後にもあんなに泥酔することはなかった。『雪ノ下の依頼、本当に解決できたのだろうか。由比ヶ浜を笑顔にできたのだろうか』そうひたすら自分に問いかけて、そうして音のない返事に泣いたらしい。

 記憶が飛んだ翌日の朝に平塚先生はベランダで煙草を吸っていて、俺にこう言った。『君は自分を誇れ。守れたものは手の内にないだけで、きっとあるはずだよ。人生はそんなものだ』と。諭すような微笑みと朝日を添えて、優しくそう言った。その後、隣に並んで俺もタバコを吸った。苦かったのを覚えている。からかうように笑われた。

 正直、一色に会うのも心苦しい。いつも資格や権利が頭をよぎる。

 また、スマホが鳴った。

『先輩、多分ついたと思うんですけどマンションの玄関まで来てください』

「はぁ? まぁいいけど。ちょっと待ってろ」

 電話をすぐ切り玄関を出る。心臓がうるさかった。21年間捻くれに捻くれた思考が頭をよぎる。そもそも、俺に一色と会う資格があるのだろうか。

 階段を降りるとすぐに一色がいた。

「先輩、二年ぶりですね。音沙汰もなく何してたんですか」

「あぁ、そりゃ、お前勉学に勤しんでたんだよ」

「下手な嘘をつく時目をそらすのやめましょうね」

「皆、何気に心配してたんですから」

 小さくそう言ったのを聞き逃せなかった。当たり前だ。俺はラブコメの鈍感主人公じゃないんだからな。都合のいいことだけを聞き逃したり、そんなことはできない。

「さ、先輩、家にあげてください。わざわざ八月の猛暑の中はるばる

 やってきた後輩を軒先で追い返しませんよね?」

「もうここまできた時点で分かってるよ。入れよ」

「わーい! 先輩の家ー」

 そういうと一色は一目散に駆け、俺のベッドに腰掛ける。

「なんか飲むか。つっても麦茶かマッ缶ぐらいしかねぇけど」

 俺の開ける冷蔵庫を見て何やら一色は絶句していた。

「先輩、それ本当にいってるんですか?」

「は? マッ缶舐めんな」

「いや、もうそれはどうでもいいんですけど。その冷蔵庫の中身。何もないじゃないですか!」

「あぁ、まぁ二日ぐらい食わなくても生きていけるしな」

「死にますよ!?」

 はぁ、と一色は大きく溜息を吐いた。

「まぁ、なんだ。前みたいに金に余裕もないんだよ」

「知ってますけど」

 沈黙が続いた。やっぱり蝉の音とエアコンの風の音が響く。

「お前、今日なんで来たんだよ。夏休みだろ。友達と遊びに行ったりとかないのか」

「先輩ほんとバカですね」

「バカってお前」

 一色は途中で俺の話を遮る。立てられた人差し指を俺の唇に添えて。驚いて一色の方はと見ると赤面してそっぽを向いている。かくいう俺も自身の頰が熱を帯びるのが分かる。

「先輩に、会いに来たんですよ」

「先輩、今日誕生日ですよね」

 誕生日。この二年祝ってもらうことが無かったからもう忘れていたが、そういえば八月八日は俺の誕生日だ。しかし、よりによってなんで一色が知ってるんだ。

「私、怖かったです。先輩が卒業した後に音沙汰も無くなって、なんだか小町ちゃんに聞くのも億劫になって。それでなんだかパーっと買い物をしようと戸部先輩を引きずり回してた時に」

 一色はそっぽを向いたまま今度は顔を下に向けた。ポツポツと紡がれる言葉は一色の心情を表してるように見えた。本当に、感情が態度に出やすい癖は治っていないらしい。

 とはいえ戸部は引きずり回されてたのか。

「先輩に会ったんです。その時は少しのことしか話してくれなくて、私に先輩と会う資格があるのかなって」

「由比ヶ浜先輩も雪ノ下先輩も同じ道に進んだのに、先輩だけが独りで、それで」

 一色は嗚咽を漏らし始めた。床には涙の粒が落ちている。

「なんで自分のことじゃないのに泣くんだよ」

「だって……」

 不意に、小町を撫でていたみたいに一色の頭に手を置いた。何故そうしたのかは分からない。ただ、放ってはおけなかった。胸の奥が少しずつ暖かくなるのが分かった。

「すまん、いきなり」

「いえ、今はこれでいいです。四十点ぐらいあげます」

「高得点でどうも」

 そのまま、隣に座った一色の頭を撫で続けた。少しずつ日が傾いていくのが分かって、時間の経過を感じる。

 雪ノ下と由比ヶ浜は同じ道を進んで、俺だけが逃げるみたいに東京へやってきた。後悔はしていない。どう転んだってこうなるのは仕方なかったのだと思うと後悔することもできない。それでも、一色は今日ここにやってきた。権利なんてくだらないことを気にして。

 そして、そんな権利なんてくだらないと、塵にでもそんなことを思えたからこそ俺の心も少し軽くなったように感じる。

「手の内に残ってないだけで、きっと守れたものはある。か」

 ボソッと呟いた。

 案外その通りなのかもしれない。そして、それを伝えてくれた一色は良い後輩で、良い女の子だ。こんな俺の後輩で申し訳ないとも思う。

「ありがとうな」

 一色は俺に肩を預けて寝てしまっていた。こんな卑怯な俺は、こんな時にしか感謝を伝えられない。それでも、ありがとう。心からそう思う。

 そうして、壁に寄りかかって俺も眠りについた。

 

 

 目を開けると外は暗くて、ポツンと細道に立った一本の街灯が窓の外で明かりを灯していた。寝てしまっていたのが理解できた。けれど、部屋の中は暗くなかった。このワンルーム、キッチン辺りでなんだか音が聞こえる。

「あ、先輩おはようございます。というかこんばんは」

「んぁ?」

 思わずみっともない声が漏れた。

「何してんの?」

「目はもう治ったかと思ったんですけど。まだ腐ったままなんですか?」

 やだこの子雪ノ下みたいなこと言う。そんな後輩に育てた覚えないんですけど。というか本気で何してんだよ。あいつ料理作れたの? 

「さぁ、ちょうど良い頃合いに起きましたね」

「いろはちゃん特製の料理です」

 並べられてきたのは白いご飯に味噌汁、それと肉じゃが。そして脇にはほうれん草のおひたし。何というか和食だ。

「あ! 今地味とか思いましたか!?」

「まぁ、思ったけど。なんだ、ちゃんと飯食うのは久しぶりだから、ありがたい」

 気恥ずかしくなって話題を変える。八幡まだ思春期終わってない。

「というか食器とかどうしたんだ? 持参?」

「食器って書かれた段ボールがあったのでまさかと思って開けたらありました。正直ビックリしました引きました」

 そういえばと思い出す。引っ越しの時に食器棚のスペースに入れるのがめんどくさくなって使う分しか入れてなかったのだ。コップも箸もその影響だ。ちなみに座布団が一枚なのは意図的にだ。本当に客人は来ないものだと思っていた。

「無駄なことはしない主義なんだ」

 そう言って目を逸らす。

「もはや無駄ですけどね」

「とにかく食べてください」

「いただきます」

 味噌汁を啜ってから、おひたしを頂く。なんというかこの時点でもう涙溢れそう。おふくろの味よりおふくろの味してる。

「美味いわ。なんなら泣ける」

「それは引きますよ」

 そうして俺の食うところを一色は満足げに眺めていた。なんだかとても懐かしい気がした。多分別に料理じゃなくても良かったんだと思う。俺が何かをして、それを一色が眺める。多分その事実だけで懐かしいんだ。

「先輩、私のお味噌汁毎日飲みたいですか?」

「ゴフッ!」

 あまりにも小悪魔めいたその笑顔と、堪えるのに困る狡い質問で思わずむせ返る。

「バッカお前今感傷に浸ってたの見えなかったの?」

「ふふ、からかっただけです。私らしいですよね?」

 そう言って一色はまた小悪魔的に微笑んだ。こいつの笑顔も久しぶりに見た。心の距離も、本当の距離も、一回遠く離れたからこそもう一度分かる気がする。

「先輩、ハッピーバースデイ」

 一色は、このあざとい女の子は、狡さと可愛さと、それと素敵な何かで出来ている。

 そんなことを思い出して、俺は言った。

「ありがとう。一色」

「やっぱりあざといよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一色後輩がとても好きで、八幡と早くくっつけばいいのになんて思ってます。とはいえ八幡が何も選ばないという選択をした時、きっと一色は死ぬほど後悔するので、今日はそのルートを書いたつもりです。
何も選ばなかったからこそ、自分を選んでください。卑怯な子でごめんなさい。なんていう甘酸っぱい感情がそこにはあると思います。

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