テストしかない一週間
学生が聞いたら卒倒するそれは、存在した。
横須賀女子海洋学校は今年、第二次深海戦争の影響もあり一週間テストもテストを行っていた。
と言っても受けるテストの数は人によって変わる。例えば機関科のテストを砲術科は受けない。その逆も然りだ。
故に、多くは基礎教科と保健体育などの副教科、自分の属する学科のペーパーテストと実技テストだ。艦長や副長、各科長はこれに艦内や科内の指揮のテストを行う。
その為、人によっては5日間連続でテストを受ける者と日によっては少ない者、受けない者もいた。
そして今は、そのテストが全て終わり、全ての生徒が自由を手にし週末を過ごそうかという時の事だった。
――
「ううぅぅ…うわああぁぁぁぁ、分かんなくなってきたよー」
「頑張ってください、初航海であれだけ無茶したんですから、報告書を学校に提出しなきゃ」
「書類仕事はホントに苦手でぇ…」
テストが終わったにも拘わらず、図書室で書類と戦うのは晴風艦長と副長、武蔵艦長の3人だった。
厳密に言えばこの場には4人いる。ただその1人は喋る余裕が全くなかった。
「兄さん~助けてよ~」
「…」
「兄さん?」
「…ぉ、如何したミサ?」
「書類…」
「ふむ…どれどれ」
持っていたタブレットから目を離して肩を突いた張本人を見る。その後、書類を一度撫でる。そして片腕でしっかりと持った後に右手にペンを持って紙を一気に空へ投げる。
「せっかく纏めたのに…」
机の上に全て落ちた後、ロイはゆっくりと座る。
「あれを纏めたというなら、相当の怠慢だぞ、シロ坊。まぁ多くは横七に関する物だったから、代わりに書いといた」
「えっ…本当だ、全て『答える義理はない ロイ・ヴィッフェ・ヒドルフ』て書いてある」
「何今の技!!私にも教えて!!」
「今のをやろうとするなら空中で回転する包丁を使って野菜を切らなきゃな」
以前から度々目撃されるロイの奇行の一つ、回転包丁。読んで字の如く、空中に包丁を回転を掛けながら投げて浮遊させる。その間に野菜などの食材を切る時短技の一つらしい。尚、様々な方面から危険だからやめろと言われている。
「にしても…あの書類の山が一気に2つまで減った…」
「それ程横七のことが知りたいのよ。あそうそう、明日の3時ぐらいまでにそれ終わらせれる?」
「えーっと、多分大丈夫かな」
「三笠公園にいるスパルタンにこれを見せろ、きっといい思い出になる」
少し自信のある言い方をしつつ、渡すのは紙製の腕時計。
「あれ?掛け時計の指してる時間と違う」
「ミケちゃん、それカウントダウンだよ」
「明日の午後三時に一体何をやろうって言うんです?」
三人の問いかけに、腕を組んでふっふっふと不敵に笑う。
「明日の午後三時、我々は総力を結集して海の一大ページェントを敢行する」
「一大ページェント?何をするつもりですか?」
「なに、答えは明日になれば分かる。けどこの書類の山を崩さなければ味わえないぞ」
「…兄さんの考えが少し分かっちゃった気がします」
「流石は我妹、誇らしいぞ。だけどもか、ばらすんじゃないぞ」
にこやかに言い、椅子から立ち上がる。
「助っ人はここでさよならです、もかも手伝いすぎるなよ」
少しのブーイングを受け流しつつ階段を降りて正面から出る。
「あっ、ロイ教官。お帰りですか?」
「まだ一仕事だ、そういうお前さんはどうしたんだ?」
少し歩くと記録員の納沙幸子に出会う。彼女の映画趣味は少し変わっているし妄想癖も如何にかしないといけないと思うが、それでも普段はとてもいい子なのだ、繰り返しで悪いが妄想癖さえ無ければ。
「艦長達に呼ばれたので、お二人は中に?」
「ああ、二階の学習室の一部を占拠してる。直ぐに分る筈だ」
「ありがとうございます」
礼儀もなってるし見た目も良い。面接試験であいつを問題児であると見極めた面接官は凄いよ、俺でも見逃しちゃいそうだもん。
なんて歩いていく後ろ姿を見送ったら目的地に向けて跳んでいく。ドクターストップを一時期掛けられていたこの壁走りも、つい先日解禁されたばかりだ。…あっ、軽く挫いた。
――
「ではここで、現場の穂先アナと繋がっております、穂先さん」
「はい、こちら横須賀市内にあります、喫茶プロメシアンです。ここでは横七総統ロイ・ヴィッフェ・ヒドルフ氏がとあるTouYuberの生配信に出演するとのこともあり、各社報道陣や一般の方が押し寄せております」
オレンジと白による塗装が施されている喫茶プロメシアン。一年前にオープンした比較的新しい喫茶店である。オススメはウォーデンエターナルというオレンジのジャムをパンケーキに掛けたものである。客足はまぁまぁ。
「配信開始の予定時間まで後30分ありますが、人の出入りは確認されておりません。一度スタジオに…」
お返しします。
その言葉は、周囲の人々の声によって掻き消された。
「ロイだ!!」
一斉に指を空に向ける。
その先には緑を主体としたコートを着る男が空から落ちてきていた。
「ああ、皆道を開けて。ここにいても配信は見れないから。家に帰ってスマホかパソコンを使って配信を見ろよな」
宣伝をしつつ店に入っていく。それを見て我も我もと店に興奮した群衆やマスコミも入ろうとする。
しかし砂糖の甘い香りに惹かれた一匹の蝶が扉を潜ろうとして灰になった。横七に興味を持ってここに来た人ならだれもが覚えている晴風侵入犯焼死事件。あれと同じようなことが起こり一気に熱が冷めてしまう。
「あ、失礼します」
その間を一人の男が掻い潜って入店したことに気付いたのは、テレビ中継先のスタジオのスタッフだった。
—―
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ」
「本日は予め頂いている質問と適当なコメントを拾っていきたいと思います」
そう言うと男は前日に運び込まれていたカメラやら音声機材やらを調整し、配信開始時間が迫るまでロイのいるテーブルには戻らなかった。
「開始まで5…4…3…2…1…はいどうも皆さんこんにちは、カインTVのカインです。本日は喫茶プロメシアンから、今世界で注目の的となっている方とお送りしていきたいと思います」
「えーっ、目の前の男が数秒前は少し震えてたのに今は水を得た魚の様に生き生きしている様に少し驚きを隠せておりません、横七提督のロイです」
かくして待機人数が10万を超えていた「横七提督 ロイ・ヴィッフェ・ヒドルフさんに生で色々聞く」は始まった。