あっ、憲兵さん、違います。待って、離して、やめて、やめろ、やめろおおぉぉぉ!!
「補給は既に完了していましたから、最大で3カ月は航行可能です。ですが、食料の偏りから我々乗員に健康被害が出ることが予想されます」
「ここから一番近いのはインドのマドラス英海軍基地です。しかし先程から通信妨害が発生していて連絡が取れません」
「通信妨害って、少しでもソマリア基地のことが分かるのを少しでも遅らせる為?」
「砲術長。恐らくテロリスト連中の目的はそれだけやあらへん。実行犯の逃走を手助けする目的も含んどるはずや」
「あっ、水雷長。大丈夫ですか?」
「大丈夫やて。別に男一人に固執する程、うち小さくあらへんし」
現状を纏める為、艦橋で話し合っていると今朝から医務室で休んでいた水雷長の龍驤さんがやってきた。話から察するに、彼氏さんと別れたみたい…。
「すみません、遅れました…」
「お邪魔します」
まだ悩んでいるとシロちゃんと包帯を巻いた少年が扉を開けて入ってきた。声からして、火傷を負ったあの少年だと分かる。
「おいたんどうしたん?飴ちゃんあげよっか?」
「水雷長、彼は保護すべき民間人です」
「…龍驤水雷長。24歳。呉海洋学校育ち、イギリス海軍大学に留学し、そこで彼氏、アレクサンd…」
「もう言わんでええ!!言わんでええ!!」
「あの…君は一体」
最初は無い胸を張っていた龍驤さんだったけど、彼氏さんの話になった途端腕を大きく振って口を止めようとする。
一見は和ましい風景だけど、あの少年はどうしてそんなことを知っているのだろうか。
「岬艦長…失礼しました。自己紹介をさせていただきます」
少年は姿勢を正し、敬礼をする。そしてハキハキとした声で言う。
「ゲルマンドルフィン所属、臨検・突撃隊隊長、バーナード・マッケン特務監査官です」
「バーナード…マッケン」
「バーナード・マッケン!?」
「うるさ…航海長、知っとるんか?」
自己紹介をした後、腕を下ろそうとしたとき、航海長が大きな声をあげて龍驤さんが渋い顔をする。
「知っとるも何も…バーナード・マッケンって言ったら7歳でGD(ゲルマンドルフィン)に入隊、試験においてはアルコールとニコチン耐性以外は全て日本で言う甲判定。入隊後も演習や実戦において負け知らず。6年前の北アイスランド海賊港湾占拠事件の時は8歳にも関わらず一次攻撃から隊を率いて参加し、72時間戦地に居続けた未来の海人ですよ!!」
「おっ、そ、そうなんや」
早口に次ぐ早口で何とも言えなかったが、取り敢えず凄いってことは伝わった。
けど、この目の前にいる15歳の少年が、本当にそんな人なのか、あまりに現実離れし過ぎて信じれない。
「そ、それじゃマッケンk…特務監査官はどうすればいいと思います?」
「そうですね…この艦なら横須賀に大体数日で行けますよね?」
「はい、3日で行けます」
海賊の跳梁跋扈に合わせて全艦の、取分け準主力の重巡洋艦は機関が強化され、横須賀はハワイへの救援を考えた秒速50メートル以上の化物機関ことセブン機関が通常の機関とは別に移動用として組み込まれている。
燃費の問題から普段は使わないが、帰る際にソマリア基地から横須賀に行く分の燃料はある。
「でしたら、セブン機関を使い横須賀を目指すことをお勧めします。マドラスやシンガポール基地に被害が無かったとは到底思えません。ならば派遣元の横須賀に戻って被害があれば復興に努めるのが良いかと」
「ありがとう!!…ございます。機関長、セブン機関を準備して」
「りょーかーい。セブン機関じゅんびー。速度出るまで10分はかかるかなー」
「なるべく早くでお願いね」
「わかったー」
聞いていると何だが落ち着いてくるラー・シン・バーン機関長の返事を聞いた後、マッケン君に話そうとしたら、艦橋の外に行っていた。
指揮をシロちゃんに任せて私はあの子を追う。
「…岬艦長、なにか用です?」
転落防止手摺に寄りかかりながら、聞いてくる。やっぱり何かラー機関長みたいな、何処か抜けている感じがする。
「あの…なんて呼べばいいのか分からなくって」
「呼び方?そんなのを気にするのか…」
なんだそれはと笑っているが、私の中だと結構な考えもの。年下だからマッケン君と呼びそうになるが、階級的には彼の方が上だ。横須賀基地で一度呼び方で軽い問題になったことがある。二度目は流石にいやだ。
「昔は、男は船で女は港と呼ばれてました」
「は…はい」
「今は男女共に船であり港です。気にしないでください」
何故かは分からないが、彼から少しの先輩感を感じる。龍驤さんやラーさんに似た先輩感だ。
セブン機関が回ってきたからか、風が強くなってきたので中に入ろうと扉を開けようとして、声を掛けようとする。
「マッケン君、早く中に入…ろ…」
落下防止手摺に彼の姿はない。寧ろ違う大きなものがあった。
黒い丸。中から時々青い雷が出てきて、不穏な雰囲気を醸し出している。
それが、本艦と並走していた。
「横七の…ワームホール?」
8年前の春に見た衝撃過ぎる思い出。それの一つである横七独自の移動方法ワームホール。誰もが手に入れることを望み、そして叶わず過去の映像となったそれが、今動いている。
「岬艦長!!」
幼い男の子の叫び声、そして暗黒から伸ばされる腕。
「マッケン君!!今助けるから!!」
まだ届く、助けれる。
そう思って走り出し、手を掴んだと思った瞬間。
ワームホールは消滅した。まるで今までずっと無かったかのように。
「艦長、セブン機関がまもなく最大出力を発揮します。中に入ってください」
肩に手を置かれ、我に返る。
シロちゃんが態々来てくれていた。
「どうしたんですか、そんなに落ち込んで…マッケン特務監査官はどちらに?」
あたりをキョロキョロに見渡すシロちゃん。…さっきのことは誰にも見られていなかったらしい。
「シロちゃん…副長。そのことについて話したいことがあります。後で私の部屋に来て」
「っ…分かりました」
海上では風を遮るものはない。
だからこそ風は凄まじい勢いで吹く。それでも私達は急いで横須賀に戻り、これからのことを考えるのであった。